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zoom RSS エリック・ロメール Eric Rohmerと最後の光線。

<<   作成日時 : 2017/12/29 16:00   >>

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フランス時間で2010年1月11日の未明、エリック・ロメール Éric Rohmer監督が心臓発作のため89歳で逝去しました。


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エリック・ロメール Éric Rohmer
(本名ジャン=マリ・モリス・シェレール Jean-Marie Maurice Schérer)
フランス中央部ヌーヴェル=アキテーヌ地域圏コレーズ県テュール Tulle出身

1920年3月21日生まれ (3月20日、4月4日)
2010年1月11日没


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当時のフランスの新聞には、“トリュフォーやゴダールと共にヌーヴェル・ヴァーグ勃興の立役者となり、「モード家の一夜」の監督として途方もない遺産をフランス映画界に残した人”と表現されています。いわゆるメジャースタジオによる大作映画とは一切無縁の創作活動を貫き、バルベット・シュローダーと一緒に独自の製作プロダクションを作ったそうです。コミカルな持ち味で知られる俳優ファブリス・ルキーニを重用し、1970年から1992年までの間に5作品で起用。彼の真価を映画界に知らしめることに貢献しました。また、アリエル・ドンバールを1978年の映画『Perceval le Gallois』でデビューさせ(当時20歳、奇しくもルキーニとの共演だった)、1983年の「海辺のポーリーヌ」で彼女のコケティッシュな魅力を開花させました。また1984年の「満月の夜」で、1980年代のニュー・ウェイヴ・ミュージカル映画のはしりとなり、フランス映画界屈指のコメディエンヌ、パスカル・オジェとのコラボレーションも成功させています。

ロメールと多くの仕事を共にし、ゆかりの深かった俳優達のコメントも掲載されていますね。ファブリス・ルキーニは“エリックとは幸福な相思相愛の関係だった”と嘆き、アリエル・ドンバールは“彼は永遠の青年だった”と故人の瑞々しい感性を称え、フランソワーズ・ファビアンは“大変なショックを受けている”と動揺しながらも、“知性とロックンロールな陽気さが合体した、次に何をしでかすかわからない愉快な人物”と、故人との思い出を語っています。

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やはりフランス人にとって、エリック・ロメールというシネアストは偉大なイコンであり、フランス映画界を変革した人物として大きな尊敬を集めていたということがわかります。彼の作品というのは恐らく、ある程度人生の侘び寂びを知ってからでないと、その真の滋味深さは理解できない類のものではないかと思いますね。個人的には「緑の光線」「モード家の一夜」辺りが非常に気に入っているのですが、私自身がこれらの作品の魅力に気付いたのも、黄昏の30代も終わろうかという頃でした(笑)。ロメール監督は、ヌーヴェル・バーグ世代最後の映画作家ですが、商業的な成功を手に入れたのもヌーヴェル・バーグ世代の最後でした。しかしその代わり、年を取っても決して失われることのなかった瑞々しい感性で、息の長い創作活動を展開し、たくさんの“フランス映画”を残した作家でしたね。
オジェやドンバールなど、コケティッシュな雰囲気の女優さんを好んで起用し、ルキーニのように、悲劇も喜劇も双方とも器用にこなすタイプの味わい深い俳優を重視しました。ロメール作品でいいなと思う点は、俳優の自然な魅力を引き出す術に長けていたところ。これはまた、フランス映画の伝統でもあるのですよね。考えてみれば、実にフランスらしい、真の“エスプリ”を生涯保持し続けた映画作家でした。ご冥福をお祈りします。










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