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zoom RSS 岸辺で再び、私は人生と相見える―「岸辺のふたり Father and Daughter」

<<   作成日時 : 2017/07/20 22:52   >>

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“家族とは、誰も置き去りにされたり忘れられたりしないということを意味する。 Family means no one gets left behind or forgotten.” -- David Ogden Stiers

「岸辺のふたり Father and Daughter」(2000年公開、日本では2004年に初公開)イギリス、オランダ製作
監督:マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット Michael Dudok de Wit
脚本:マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット Michael Dudok de Wit
製作:クレア・ジェニングズ Claire Jennings、ウィレム・ティーセン Willem Thijssen
プロダクションデザイン:マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット Michael Dudok de Wit
音楽:ノーマン・ロジェ Normand Roger、 デニス・L・チャートランド Denis L. Chartrand

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私の中にある生前の父の最後の記憶は、幼い頃、自転車に乗って湖まで一緒にサイクリングしたことだ。

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今ならば、この日の父の様子が朝から妙だったとかなんとか、何とでも言い訳ができるだろう。だがこの時の私は本当に幼かったのだ。

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なぜ父が私を残して1人でボートで湖に漕ぎ出していったのか、1人で湖で何をしようとしていたのか、さっぱり見当もつかなかった。

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“お前は来てはだめだよ”父の声はいつもと変わりなく優しかったと思う。だから私はその言いつけを守り、おとなしく道端で彼の帰りを待っていた。父はきっとなにか用事があって1人でボートに乗っていっただけで、しばらく経てば戻ってくると信じていたから。

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だが結局、生きた姿の父を見たのは、これが最後となった。

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それからの私の人生は…。ただ私に言えるのは、生きていればどんな人間にも等しく苦難が訪れるし、誰だって苦痛を乗り越えるために傷を負うのだということだけだ。

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子供はやがて成長する。

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子供の頃には非力でどうにもならないと嘆いていたことが、いずれは大人の力と知恵で対処できるようになる。子供の頃の大問題は、大人になれば他愛ない事に過ぎなくなる。家族を失って孤独だった私は、大人になって友人を得た。友人と共に学び、遊び、働き、毎日がせわしなくなると、目の前で失った父の痛ましい思い出も日ごとに薄れていった。

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…だがもちろん、彼の面影が瞼の裏からすっかり消えてしまったわけではないのだ。

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やがて私はある男性と知り合い、共に過ごすようになった。

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私に新しい“家族”ができた。今度は新しい家族と共に岸辺を訪れる。

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子供たちは水際で遊んでいる。

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彼らがはしゃぐ声を聞きながらも、私の心は未だ見ぬ湖の果てに飛んでゆく。父と別れてから、あの後の彼がどうなったのか、何度も何度も考えた。ああでもないこうでもないと、湖面を見つめながらその後の父の行方を幾通りにも推理したが、結局真相は分からない。考えても考えても、彼が生きているのか、それとも死んでいるのかを自問するうち、最後には必ず“幼い娘を残して勝手に姿を消した”父の行動への怒りに火がつき、最後は虚しくなるばかりだった。

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子供たちが成長して巣立ってからは、1人で岸辺にやってくるのが日課になった。

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老いを意識するようになると、私は若い頃とは違う心境で岸辺に通うようになった。

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なぜなら、年代を経て岸辺の様子も随分変わってきたからだ。ひょっとしたら、今なら湖の向こうまで行けるかもしれない。

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…しかし、仮に湖の果てに辿り着いたとして、そこで私は何を見ることになるのだろうか。ずっと心の中に溜め込んできた疑問への答えを、私は期待しているのか。

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いや、そうではないだろう。第一、父につながる手がかりになるものがもし残っているのだとしたら、それは、父が私と別れた後に最悪の運命をたどったことを意味するではないか。私は本当は、真相を知るのが怖いのだ。知ったところで過去をやり直すことはできない。それに、私自身が子供を育て巣立たせた今、父を罰したいという怒りより寧ろ、親としての父が味わったかもしれない苦痛を知るのが恐ろしかったのだ。どんな形でも良いから、でき得れば、父があの後苦痛から解放されていて欲しかった。

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夫は、たった1人で湖に漕ぎ出すようなことはなかった。私は彼を、長年連れ添った伴侶にふさわしい形で送り出すことができた。

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手足もめっきり弱くなり、背中も曲がり、私自身、自転車に乗れるような状態ではなくなった。それでも、この岸辺に来る時だけは、老いで弱った不自由な体を引きずってでも、自転車と一緒でなければ気が済まなかった。従って、自転車にもたれつつ、ゆっくりゆっくりと手でハンドルを押しながらやってきた。

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長い長い年月の間に、湖の水はすっかり干上がり、跡地には広い草原が広がっていた。

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この日、私は心に決めていたことがあった。水がなくなり、湖の向こう側はもはや見果てぬ地ではなくなった。今日こそ、自分の足で湖を渡ってみるのだ。遠い昔、父がボートで漕ぎ出した湖の向こうへ自分も行くのだ。父の後を追い、彼が見たかもしれない最後の光景を自分もこの目で見るのだ。今までやりたくとも出来なかったことを実行するのだ。

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父が何故幼い私を捨てたのか、また、その後彼がどうなったのか。父への怒りも真実を知ることへの恐怖も、既に私の心の中からは消えていた。今願うのは、愛しい父の後を追うことだけ。

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…ボートがあった。父が、最後に乗ったボートかもしれない。いや、これが父の最期を見届けたボートに違いないと、私は確信した。まるで、そこに生前の父の面影が陽炎のように漂っているような気がした。暖かい日差しが降り注いでおり、幼い頃、あの最後の日に父に抱っこされた時の暖かさを思わせた。私はその幸せな記憶と共にそこに身を横たえた。

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どれほどの時間が経っただろうか。

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すっかり眠り込んでいたらしい。私は目を覚ました。

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老いと共にどんどん重くなっていた身体が、不思議なことにとても軽く感じる。まるで、上に重しでも乗せられたように辛かった背中も痛みを感じない。

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関節痛も消え、ギクシャクしなくなった両足を軽快に動かす。いや、速く歩くだけでは物足らない。私の足はいつの間にか駆け出していた。

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水の消えた湖の底で、瑞々しい草の息吹を感じながら、私はついに懐かしい人と再会した。別れ別れになってから片時も忘れることのなかった、愛しい父をとうとう見つけたのだ。

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父は最後に見た時と寸分違わぬ姿だった。おそらく私も、これまでの人生の中で父の行動を許そうと決心した時の姿に戻っているはずだ。なぜなら、こうして父と再会しても、彼の不実を詰る言葉はついに私の口から飛び出すことはなかったから。私は、ただただ、嬉しかったのだ。父と再び相見えて、長い長い間私の人生というジグソーパズルに欠けていた最後のピースが見つかったのだ。これでいい。もう失くしたピースを待ち続ける必要はなくなったのだ。



もし、“人生を描いた優れた作品をいくつか挙げなさい”と言われたら、私は迷わずこの作品をリストに入れる。なぜならこれは、たった8分30秒の中に、1人の女性の一生を、彼女の生涯に起こった全ての出来事を、その悲しみも喜びもひっくるめた全ての要素を凝縮してあるからだ。

まるで水墨画の如き素朴で味わい深い絵のタッチは、枯淡の域に到達している。かつてアニメーターとして世界各地で働き、その後は短編アニメーション作品の名手として知られるようになったマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット Michael Dudok de Wit監督の会心作だ。彼は、今年のカンヌ国際映画祭をはじめ、世界中の映画祭で軒並み高い評価を得た長編アニメーション作品(なんと62歳の処女作だそうだ)「レッドタートル ある島の物語 The Red Turtle」(2015年)でも、実際に画面上に描かれている以上の、もっともっと深いものを付加した物語を創造したかったと語っている。

この「岸辺のふたり Father and Daughter」(2000年)でも、目に見える形で表現されているものの背後に隠れている、もっと大きくて深いもの―“娘”の心の奥深くにしまわれていただろう、父親に対する感情の変化であるとか、作品内では直接的な説明が一切なされない“父”の人生を狂わせた深い悲しみ、“娘”が1人で生きてきた人生模様など―が、シンプルな絵と余計な装飾を省いた画面の端々から感じとれるのだ。この深い余韻は、本編が終わった後も観る者の心を覆いつくしてしまう。


今作は、アカデミー賞最優秀短編アニメーション映画賞 Academy Award for Best Animated Short Film、英国アカデミー賞最優秀短編アニメーション映画賞 BAFTA Award for Best Short Animationを受賞し、20を超える映画賞を獲得した。マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督のフィルモグラフィーの中では間違いなく、批評面においても興行的にも最も成功した作品となった。


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