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zoom RSS 戦いを捨てた戦士―「ディーパンの闘い Dheepan」

<<   作成日時 : 2016/06/22 18:41   >>

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スリランカ内戦 Sri Lanka Civil War(1983年〜2009年)

イギリス統治下にあったスリランカでは、総人口のうち2割弱を占める少数民族のタミル人住民を優遇する分割統治政策がとられていた。1948年にセイロン(現スリランカ)が独立すると、翌年にはこれまでの反動からタミル系住民の選挙権が剥奪された。1956年、総人口のうち7割を占める多数派民族シンハラ人が、シンハラ語公用化政策をはじめとするシンハラ優遇政策を強行。これにより両民族間の対立が高まり、1972年、反政府勢力がシンハラ系政府からの分離独立を掲げ、『新しいタミルの虎(TNT)』を設立した。TNTはテロ活動を続け、1975年にTNTを母体として『タミル・イーラム解放の虎(LTTE)』が生まれた。
1983年7月、北部ジャフナ県で起こった殺人事件が発端で、暴動が全土に拡大(ブラック・ジュライ)、内戦となってますます人びとの生活を苦難に落とし込んだ。2004年12月26日にスリランカを襲ったインド洋津波では内戦中の東部、北部の沿岸地域も被災し、人びとは紛争と大津波、二重被災に見舞われた。更に、2006年には東部で政府軍とLTTEの紛争が激化し、最大で13万人が国内避難民になった。
2007年7月、LTTEの東部最後の砦、トッピガラ地区を政府軍が制圧し紛争が終結、避難民の帰還が始まった(2008年11月帰還終了)。2009年1月、北部キリノッチ県やムライティブ県を政府軍が制圧し、20年以上続いた紛争が遂に終了した。28万人の国内避難民は、避難民キャンプ〈マニック・ファーム〉から故郷への帰還を開始、避難民の帰還が終了した2012年9月にマニック・ファームは閉鎖された。2015年8月には、政府管轄地とLTTE占拠地を分断していた検問所も撤去され、移動の自由も実現した。映画「ディーパンの闘い Dheepan」でディーパンを演じたアントニーターサン・ジェスターサンは、実際に16歳から3年間、LTTEの少年兵として戦い、(タイを経由して)フランスに移住した。様々な職業を転々とした後作家生活に入り、故国が内戦によって焦土と化したこと、子供を戦場に送り込むことへの怒りと疑問を、著作を通じて表明した。そして、25歳の時、フランスに政治亡命を申請した。タミル語で書かれた彼の著作は幾つかが英訳され、英語圏の国々でも出版されている。
現在、かつての激戦地では、日本をはじめ国際支援によりインフラ構築やコミュニティ再建に向けた復興が急ピッチで進んでいる。また、国は様々な制度を改革しており、スリランカの人びとは民族融和の下、平和国家としての道を歩むことを願っている。
 ―「ディーパンの闘い Dheepan」公式サイトから抜粋

注意スリランカ内戦 Sri Lanka Civil Warについては、ここに書かれていることよりもっと複雑で陰惨な出来事があったことも明らかになっています。ですが、多くのスリランカの人達にとって、痛ましい過去の傷をこと細かく書きたてるよりも、今やっと異民族間の融和が成ったことを祝福し、未来に希望を託す方が良いと判断しました。ここでは内戦の概略のみ、公式サイトからそのまま引用させていただきました。


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逃げ場のない未知の世界で異質のものと遭遇し、闘ってボロボロに傷つき、精魂尽き果てた人々が選択する道はいくつかある。闘うことを諦め、環境から逃避するのも一つ。環境と融合する方法を模索するのもありだ。異質のものから永遠に隔絶するのか、異質のものに取り込まれていく運命に従うのか。私自身は、例え当事者がどちらの道を選択したとしても、それを責める権利は誰にもないと思っている。逃避も迎合も立派な処方箋だから。私たちは皆、“程々”のところで折り合いをつけ、なんとかかんとか生きていく。その折り合いをつける場所が、人によって異なるというだけの話だろう。ただ、どちらのケースにおいても確かなのは、折り合いをつける過程で見出す安らぎこそが愛情に他ならないということだ。

「ディーパンの闘い Dheepan」(2015年)
監督:ジャック・オディアール Jacques Audiard
脚本:ノエ・ドブレ、トマ・ビデガン、ジャック・オディアール
撮影:エポニーヌ・モモンソ
編集:ジュリエット・ウェルフラン
音楽:ニコラス・ジャー
美術:ミシェル・バルテレミー
アート部門協力:エレナ・クロッツ
衣装:C.ブレック
録音(son):ダニエル・ソブリノ
音編集(montage son):ヴァレリ・ドルフ
ミキシング:シリル・オルツ
キャスティング:フィリップ・エルクビ他。
第一監督:ジャン=バティスト・プイユー
エグゼクティブ・プロデューサー:マルティーヌ・カシネリ
出演:アントニーターサン・ジェスターサン(ディーパン)
カレアスワリ・スリニバサン(ヤリニ)
カラウタヤニ・ヴィナシタンビ(イラヤル)
ヴァンサン・ロティエ(ブラヒム)
マーク・ジンガ(ユスフ)他。

スリランカの内戦は激化し、政府軍と反政府勢力である『タミル・イーラム解放の虎(LTTE)』の戦いは、双方共に敵を壊滅するまで止まない泥沼の様相を呈していた。しかし、何年にも渡って続いた凄まじい戦いも、物量に勝る政府軍がLTTEの勢力を蹴散らし、圧倒しており、LTTEの敗北は決定的となった。そんな中、家族を政府軍に殺されてしまったLTTEの戦士ディーパンは、戦う気力どころか生きる気力すら失い、何年も肌身離さず抱えてきた武器を遂に捨てる決意を固めた。
その頃、1人の若い女が、少女の手を引きながら避難民キャンプの中を走り回っていた。母親を亡くしたらしい少女の身内がキャンプ内にいないか探していたのだ。女は、その少女とは赤の他人であったが、混乱するキャンプ内のこと故、自分の身内の者の安否と所在を確認することすら不可能に近かったのだ。結局、少女の身内を発見することはできないまま、国外脱出の斡旋をしている業者の前に連行されてしまった。女と少女が斡旋屋の前に立った時、たまたまそこに居合わせたのがディーパンだった。斡旋屋は有無を言わせず、ディーパンと女と少女を偽装家族に仕立てるために適当な偽造パスポートを彼らにあてがった。彼らは今ここで、ディーパン、ディーパンの24歳の妻ヤリニ、彼らの間の9歳の娘イラヤルという即席家族になったのだった。ヤリニは、その場にいた見ず知らずの男と少女と一緒に家族にさせられたことに気色ばんだ。彼女にはイギリスに従兄弟がおり、そのつてを頼ってイギリスに脱出する心算だったのだ。だが、今ここでは斡旋屋の手を借りなければ、国の外に出ることも叶わない。ヤリニにはもちろん、ディーパンにもイラヤルにも選択の余地はなかった。彼らは家族を装い、難民としてフランスに向かうことになった。

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戦火に荒れ狂う故国を命からがら脱出したは良いが、フランスに辿り着いたからといってすぐに安全で豊かな暮らしができるわけではない。故郷を後にした難民の多くがそうであるように、ディーパンたちもまた、家具もほとんどない殺風景な部屋で息を潜め、子供の小遣いで買えるようなちゃちな玩具を路上で違法販売することで、その日暮らしを凌いでいた。外では家族を装い、家の中では他人に戻るという関係は、ディーパンたちの間にギスギスした緊張感を絶えず強いる。だが、いつになるか見当もつかない難民審査に3人揃ってパスしなければならない。その共通の目的だけで、彼らは辛うじて一つに繋がっていた。綱渡りのような毎日の中、ようやく難民審査の日がやってくる。
フランス人の面接官とタミル語の通訳官とディーパンの3人の間で繰り返される腹の探りあい。斡旋屋によって“家族”に仕立て上げられた難民たちを多く見てきている通訳官の目はごまかせず、ディーパンのついている嘘がタミル語を解しない面接官にばれるのも時間の問題だった。ところが、ディーパンその人が、政府軍の拷問によって死んだとみなされていたLTTEの名高い戦士だったと分かると、通訳官の態度が一変する。スリランカにおけるLTTE、政府軍、民間人の関係は非常に複雑だ。利害関係が一致する者同志であっても、必ずしも同じ側に立っているとは限らない。この通訳官はLTTEに近しい立場だったのだろう、ディーパンと彼の偽装家族の身柄を面接官に保障した。

辛くも難民審査をパスしたディーパンたちは、パリ郊外の集合団地に住むことになった。フランス語を解しない3人の中では、最も早くフランス語に親しんでいたイラヤルが、団地の管理人や住人達とディーパン、ヤリニ達の間の通訳を買って出る。団地内で起こる様々なトラブルを解決し、物資や人材の融通を行う便利屋ユスフを通じ、ディーパンは団地の管理人の仕事を得た。相変わらず一つ屋根の下ではぎくしゃくした関係の3人だったが、イラヤルが小学校のフランス語強化クラス“クリン”に編入することが決まり、彼らの日常生活も変わり始める。イラヤルが小学校に早く慣れるよう、家での食事も手づかみではなくスプーンを使い、言葉が分からないながら、ディーパンもまた管理人の仕事を黙々とこなす。登校初日でイジメにあい、同級生達の社会になじめず学校を飛び出したイラヤルの肩を抱きながら、ディーパンは静かに諭した。嫌なことや辛いことがあっても、この環境から逃げ出してはいけない。一刻も早く環境になじまねば、今までの努力は水の泡となり、3人共にスリランカに強制送還だ。

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ここでも日中外では家族を装い、夜になると家の中で他人同士に戻る生活は続く。イラヤルが学校で覚えたフランス語を、家ではディーパンに教えるという習慣ができ、イラヤルとディーパンの絆は日増しに強くなっていった。それを横目で見ながら、フランス語が分からず外の社会を極度に恐れるようになったヤリニは引き篭もるようになる。ディーパンが管理人の仕事をヤリニに手伝わせようとしたが、些細な失敗が原因でヤリニが心を閉ざしたせいだ。ディーパンはユスフから、団地内に住む痴呆症の老人ハビブの身の回りの世話と簡単な家事を行う家政婦の仕事を斡旋してもらう。ハビブは甥ブラヒムの部屋に住んでおり、常時介護が必要な状態だった。ハビブは一言もしゃべらないしブラヒムは家にいないことが多い。いても、常にいかつい人相の輩達と一緒に自室に閉じこもっている。フランス語を強制されず、しかも高額の報酬もあってヤリニは喜んで仕事に出かけるようになった。

ブラヒムはヤリニがこしらえるスリランカの家庭料理を褒めてくれた。また彼は、ヤリニの想像に反してまだ若く、彼の名前が示すような“移民の子”のような容姿ではなかった。この団地を根城にする麻薬密売組織のボスであり、警察からGPS装置をつけさせられている危険人物だったが、彼の佇まいからどことなく漂ってくる、“似た者同志”の孤独感は、異国の地でやはり心細さに苛まれていた若きヤリニの心を揺さぶった。ブラヒムは彼女の前でだけ穏やかな一面を見せる。ヤリニの頑なだった心は、ブラヒムだけではなくディーパンとイラヤルに対しても開かれるようになった。友達が出来ずふさぎ込むイラヤルをどう扱ってよいか分からず、子育ての経験がないことを吐露し、ヤリニとイラヤルははじめて腹を割って話したのだから。

一方、イラヤルとのフランス語個人特訓に加え、団地仲間との付き合いから、ディーパンも日常会話には困らないようになる。故郷の町を離れてブラヒムの下で働く下っ端チンピラの青年と話をした時は、彼の置かれた惨めな境遇に驚き、フランスにも自分と同じような人間がいることを思い知ったものだ。イラヤルのフランス語は上達し、学校でも優秀な成績をおさめるようになった。すっかり“管理人の親父”が板についたディーパンはある夜の食卓で、団地仲間が交わす与太話の面白さが理解できないと嘆く。ヤリニはディーパンの困り顔を見て吹き出し、タミル語で話をしてもちっとも面白くないディーパンの生真面目さをからかった。だが、こんな風に和やかに会話できるのはヤリニにとっても嬉しいことだ。あなたはそのままでいいのだ。ディーパンとヤリニは程なくして結ばれた。

スリランカの人々にとって、宗教は生活の中心をなすものだ。異国に住んでいても、スリランカの人々はパリ市内に建てられた寺院に集まり、大切な儀式を行う。ヤリニは同じ宗派を信仰するイラヤルと張り切って弁当をこしらえ、寺院での祈りが終わった後のピクニックに備えた。“母と娘”が色鮮やかな民族衣装に身を包み、久しぶりに故郷への想いに浮き浮きしながら寺院に向かう後姿を、ディーパンは寂しげに見送る。彼は彼らと一緒に寺院に入ることは出来ない。宗派が異なるためだ。宗派の違いはどの宗教においても根深い禍根となる。表向き同じ宗教であっても、その中で細かく枝分かれしていく“宗派”は、異教より余程苛烈に信者を分け隔ててしまうのだ。ディーパン達が命懸けで逃れてきたスリランカの内戦にしても、結局は宗派の違いという問題が事態を一層混乱させた。

ともあれ、“妻子”と共に、ピクニック日和の公園でのんびり寛ぐのは、久し振りに得た“平和”をディーパンに痛感させた。イラヤルはやっと学校に馴染み、ヤリニも家政婦の仕事をきちんとこなしている。相変わらず仕事仲間のジョークは解せないが、このまま、うまくいけばこのまま、数十年振りに“家族”との穏やかな生活を取り戻せるかもしれない。新しい家族で、新しい人生を始めるのだ。ディーパンがしばしの間、そんな甘い夢想に浸っていた時、難民審査の日に出会ったあの通訳官が突然目の前に現れた。“将軍”がお前を呼んでいる、と。

ディーパンがインターネットで世界中のニュースを検索した限り、彼が命を捧げてきたスリランカの内戦は、LTTE側の惨敗という結果に終わったはずだった。スリランカに残っていたLTTEの残党も残らず政府軍に狩られ、泥沼の内戦は終局を迎えていた。不毛な戦いと妻子を殺された無念は、歴戦の戦士として政府軍に恐れられたディーパンですらも打ちのめし、戦場を放棄せしめたのだ。だから、密かにスリランカを脱出してパリに潜伏していたLTTEの将軍から、フランスで武器を調達し、故郷の友軍に送る任務を命じられたときも、戦いはもうとっくに終わっており、少なくとも自分の中では無益な戦争は過去のものとなっていると答えた。政府軍に捕らえられる恐怖に精神を蝕まれていた“将軍”は、ディーパンの冷ややかな拒絶を侮辱と解釈して激昂し、彼の身体を滅多打ちにする。

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ディーパンとて、スリランカの戦場で“英雄”として戦っていた過去を思い出さぬわけではない。それに比して故郷への強制送還を恐れ、息を潜めて暮らす現在の状況は、LTTE戦士としてのプライドをいたく傷つけるものではある。しかし、何度もディーパンの夢に出てくるスリランカの情景といえば、決まってジャングルで道に迷い、誇り高き動物である象に遭遇して威圧されるというものだ。自分は崇高な正義のため、故郷の同胞のために戦っていたつもりでいたが、結局はジャングルの中で道に迷っていただけだったのだろう。将軍のアパルトマンを文字通り叩き出されたディーパンは、こうして、彼のアイデンティティにとって最後の砦であったLTTEという縁からも完全に拒絶されることになった。彼と彼にとっての“故郷”を結ぶ縁が失われた。永遠に。さすがに心の痛みに耐えかねたディーパンは、地下室で安酒をラッパ飲みしながら故郷の歌謡曲を大音量で流した。いつもは心の奥底に封印している故郷への未練を断ち切るために。酷い二日酔いと共に目を覚ましたディーパンは、金箔を貼りつけた小さな仏壇を手作りし、亡き妻子の写真をそのささやかな祭壇に大切に飾った。彼らの魂にしばし祈りを捧げ、今を共に暮らす新しい家族のために、彼らへの未練と過去の戦場の亡霊の双方を完全に断ち切ったのだった。

麻薬密売という仕事柄、ブラヒムには敵が多く、いつ誰から命を狙われる羽目になるか分からない状態だった。そんな刹那の世界に生きる彼は、あちこちからかき集めた手下たちと、商売の成功を祝って夜通し乱痴気騒ぎに明け暮れることも多々あった。真夜中に酔っ払ったブラヒム達が、爆竹代わりに空に向けて発砲することも珍しくない。戦場を知っているディーパンはまだしも、ヤリニとイラヤルは銃声が聞こえるたびに怯えていたものだ。ところが、団地敷地内である日起こった銃撃戦は、いつもの乱痴気騒ぎとは様子が違っていた。
ヤリニと学校帰りのイラヤルが買い物を終えて連れ立って帰宅した時だ。突如敷地内から激しい銃声が聞こえた。複数の銃から発砲された音だ。しかも立て続けに。ヤリニはスリランカ時代の習慣で、反射的にイラヤルの頭を守るように抱きかかえ、壁の陰に隠れた。瞳孔は開き切り、心臓が早鐘のように打つ。全神経を銃声の聞こえる方向に研ぎ澄ます。銃声は断続的に続いている。一刻も早く安全な建物内に入るため、銃声が止んだ隙を突き、ヤリニはイラヤルと共にアパートの中に転がり込んだ。
自室に篭って震えるイラヤルを置いて、ヤリニは身の回りの最低限のものをまとめると、小さなバッグ一つでアパートの外に飛び出した。そのまま駅に向かったヤリニを、ディーパンが慌てて追いかける。晴れて正式なパスポートを手に入れて自由の身になるまでは、不審な行動をとれば即強制送還される危険がある。いまだ“難民”のレッテルを貼られた自分達は、今の環境から逃げるわけにはいかないのだ。だが、何処へ行っても暴力沙汰から逃れられない運命に嫌気が差したヤリニは、無理矢理にでも、たとえ自分1人だけでもイギリスに行くと言い張った。そうだ。今は自分達と家族を装ってはいるが、ディーパンは元をただせばゲリラ軍団にいた者。同じタミル人同士であっても、銃をとらなかった一般市民である自分達を、LTTEは基本的に軽蔑していた。ディーパンも口にこそ出さないが、いまだにヤリニたちより自分の方が立場が上だと思っていることだろう。引き止めようとするディーパンに、ヤリニは口にしてはいけない言葉をぶつけてしまった。ディーパンは発作的にヤリニに手をあげた。したたか頬をはられたヤリニは目が覚め、ディーパンが過激派反政府集団LTTEの元戦士であった事実をまざまざと思い知らされる。ヤリニは、ディーパンに寄せていた信頼や親愛の情がみるみるうちに醒めていくのを感じた。ディーパンは、自分達から“難民”のレッテルがはがれるまでは、絶対に勝手な行動をしてはいけないと声を荒げ、ヤリニの仮パスポートを取り上げてしまった。

団地に戻ってきたディーパンとヤリニを、ブラヒム配下の下っ端チンピラどもが取り囲む。ブラヒムの商売敵との抗争が始まり、団地の住人達全ての出入りを厳しく管理することになったため、危険なものを持っていないか身体検査するというのだ。チンピラどもがヤリニの身体を触るのに我慢がならないディーパンは、ブラヒムの取り巻き達に掴みかかった。せっかく和やかになりかけていたディーパン“一家”は、この一件で元のぎくしゃくした関係に戻ってしまった。チンピラどもが勝手に銃を乱射する最低の治安、よりによって一つ屋根の下に暮らす男の暴力。ヤリニはディーパンに心を開かなくなり、ディーパンもディーパンで不機嫌なまま自分の殻に閉じこもってしまう。加えて、団地内の、特にブラヒム配下の人間達のディーパン達に対する態度も硬化した。

スリランカの内戦では、政府軍が一般市民を守るために“発砲禁止区域 No Fire Zone”という中立地域をもうけていた。しかしながら現実には、その“発砲禁止 No Fire”というルールは守られず、タミル人達は政府軍から攻撃を受け続けたのであるが。団地内の発砲事件があった翌日、石灰を持ち出したディーパンは、自分達や他の一般住民が暮らす棟と、ブラヒム配下のチンピラどもがたむろする棟の間に、太い白線を引き始めた。チンピラ連中が抗議すると、ディーパンはこの線からこちら側は“発砲禁止区域 No Fire Zone”だから、勝手に銃を撃ってはダメだと叫ぶ。なんとしても、ごく普通の安全な日常生活を守るために、ディーパンは身体を張ることにしたのだ。そして、相変わらずめちゃくちゃに汚れているチンピラ棟を掃除する管理人としての仕事が終わった後も、“発砲禁止 No Fire”ルールがちゃんと守られているか見張るため、日中は自らチンピラ棟の玄関ホールに居座った。

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強面のディーパンが、その強面を一層険しくして玄関ホールに陣取り始めると、その迫力にチンピラどもが恐れをなした。彼が腕組みをして睨みを利かせている前で、さすがに悪さは出来ないからだ。ディーパンとチンピラどもが対立し始めてから、抗争の巻き添えになることを恐れたヤリニは、ブラヒムの家政婦の仕事も放棄するようになっていた。ところが、チンピラどもの不満がついにブラヒムの耳に入るに至り、便利屋ユスフがヤリニに直に接触しにくる。半ば脅されるようにしてブラヒムのアパートまで連れてこられたヤリニは、ブラヒムが、自分と一対一のときに見せていた穏やかな表情とは一変した“麻薬密売グループのボス”の顔になっていることに恐怖する。ディーパンがブラヒムたちの根城である棟に立てこもるのは困るというメッセージを、ディーパン当人ではなく、非力なヤリニを使って知らせてきたブラヒムの卑劣なやり口に、ディーパンはあらためて怒りを露にする。だが、ブラヒム達に日常生活の安全を脅かされ、ヤリニもイラヤルも怯えきっており、立場が悪くなっているディーパンを支えることはできなかった。

家族を守ろうとするディーパンの想いはヤリニには届かず、生活の基盤である団地でも孤立を深めるディーパンは、イギリスに行くことを夢見ているヤリニと行動を共にすることにためらいを感じていた。自分は何処にいたいのだろう。ここフランスに残っても、イギリスに行ったとしても、彼自身の孤独は解消されることはないのではないか。やはり、新しい家族と一緒に新しい人生を始めることは、夢でしかなかったのか。妻子を喪って以来、これ程までに孤独であることを痛感したことはなかった。ディーパンは部屋に戻ることも止め、夜は1人地下室で酒を友に寝起きするようになった。

ある日帰宅したヤリニは、イギリス渡航用の手続きを全て済ませた彼女個人の正式なパスポートと、まとまった額の金が一緒に置いてあるのを見つけた。ディーパンからの最後のプレゼントだった。これでヤリニは自由に家を出ることができる。ヤリニは携帯で涙ながらにディーパンに礼を述べ、一緒にイギリスに行こうと改めて訴える。しかし、今のディーパンには、自分が何処に行くべきなのか再び分からなくなっていた。

ブラヒムのアパートに意を決してやって来たヤリニは、ブラヒム本人に、ディーパンが悪人ではないこと、発砲禁止ラインも自分たちのためを思ってやったことだと必死に訴えた。普段フランス語をしゃべらないヤリニの真剣なまなざしに、さすがのブラヒムも心を動かされる。ところが、ブラヒムの身辺は相変わらずきなくささを増しているようだ。ブラヒム自身に余裕が無いことが伺える。そしてヤリニの仕事中に、アパート正面玄関から突如銃弾が撃ち込まれた。食卓についていたハビブは蜂の巣にされて即死。とっさに銃をとったブラヒムも複数の刺客から撃たれて重傷を負った。恐怖のあまり這うようにしてその場から逃げようとしたヤリニに、虫の息のブラヒムが銃を突きつけた。今すぐディーパンに電話し、ここまで来て自分を助けるよう言えというのだ。ヤリニはパニック状態に陥り、ディーパンに助けを求めた。

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二日酔いで眠りこけていたディーパンは、携帯越しのヤリニの絶叫に叩き起こされた。事態を悟った次の瞬間、彼はためらうことなくLTTE戦士だった自分を過去の封印から呼び戻す。鉈と灯油、マッチ、身の回りの道具で“武装”したディーパンは、ついにブラヒムの商売敵が送り込んだ刺客だらけになった敷地内から、自分で引いた“発砲禁止ライン No Fire”を越えた。そこから先は、いつどこから敵の銃弾が撃ち込まれるか分からない。この薄汚れたアパートが、このアパートの最上階にあるブラヒムの部屋に至る階段が、ディーパンの新たな戦場となったのである。


私自身は常々、個々人のごくごく私的で、こじんまりとした日常生活が無数に集まり、大きな一枚の布に綴れ折られたものが“社会”であり同時に“政治”であると考えています。私たち一般ピープルと“社会”あるいは“政治”とは、全く異なる次元にそれぞれ存在していると、つい思ってしまいがちですけどね。私たち日本人が島国に住んでいる身の上で、ある意味世界から少しく隔離された状態に甘んじているせいでしょう。
本来、全ての国々は、世界は、地続きです。また、私たち個人個人の生活が寄り集まってコミュニティができ、それがさらに複数集まって社会ができる。おまけに、政治は私たち個人個人の日常生活に直接影響を及ぼす存在なのです。私たちの目には見えませんが、私たちが今立っている所のすぐ隣合う場所に、幽霊のように佇んで私たちの生活に目を光らせています。この国に起こっていることだけではありません。今、世界中で問題になっている状況を鑑みるに、一国の政治の崩壊が、その国の人々全ての人生を狂わせていく恐怖に戦慄せざるを得ません。
そしてその“呪い”は、国自体が消えようが変わろうが、結局は国民すべてのその後の人生にとり憑き、死ぬまで離れることはありません。より良い未来を求めて別の国に逃れたとしても、“祖国からの逃亡者”という烙印は消えないし、当人以外の全ての他者の目にはっきり識別され続けるのだと思います。インターネットによって世界中が否応無く結び付けられ、従って世界が否応無く小さくなっていくばかりの今は、なおさらね。
私達の国の歴史、文化、ありとあらゆる全てのことについて、私達1人1人は、知らないうちに大きな責任を負っています。いくら祖国のこととはいえ、大昔に起こった歴史なんて、今を生きる私らには関係ないじゃないかと憤慨する人がほとんどだと思います。実際のところはね。ですがそんな考えも、いったん国の外に出れば、一切通用しないこともまた事実です。
シリア内戦の泥沼化に伴い、命がけでシリアを脱出した人々が難民となって欧州各国に流れ、受け入れ側の国々に、難民受け入れの限界だけではなく他にも様々な問題をもたらしています。勿論、戦争に何もかも奪われ、心身ともに深く傷ついている人々が好き好んで難民になったわけではありません。彼らの生きる権利はなんとしても守られねばならない。が、彼らを受け入れる側の国にも同時に、戦禍を逃れてきた人々が背負っている深刻な問題の一つ―テロリスト達もまた世界中に広がっていく―が引き継がれてしまう現実もまた、変えようがありません。この作品で、ディーパンたちが言葉も分からぬフランスで、文字通り息を潜めるような苦しい生活を強いられる背景には、そういった如何ともしがたい問題が山積しているからなのです。しかも、現在大きくなるばかりの移民問題を鑑みるに、ディーパン達のようなケースはまだ幸運な方だというのがやりきれないですね。

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さて、ディーパンの物語の背景に、今現在地球規模で膨れ上がっている問題があることが分かりました。しかし、オディアール Audiard監督と今回脚本を共同執筆したノエ・ドブレ、トマ・ビデガンには、この作品を、移民問題を声高に訴えるバリバリの社会派映画にする意図は最初からなかったようですね。
作品の出発点は、サム・ペキンパー Sam Peckinpah監督の「わらの犬 Straw Dog」。ダスティン・ホフマンがこの作品で演じた、悪者どもにたった一人で立ち向かう普通の男のイメージが中心にあったのだそうです。そこに、ノエ・ドブレが持ち込んだBBCドキュメンタリー作品「No Fire Zone: The Killing Fields of Sri Lanka」(2013年)で描かれていた、政府軍の設けた“発砲禁止区域 No Fire Zone”でのタミル人の受難というインプレッションが加わり、フランス語圏の国でもなく、また元フランス領の国でもないもっともっと遠い国から、命からがら戦火を逃れてきた移民の人々が直面する新たな苦悩がストーリーの根幹をなすように。さらに、主人公の男を紋切り型の“孤高のヒーロー”像から逸脱させ、長い間信念のために命を賭けて戦ってきたことが無為だったと悟る元戦士の、戦いを捨てた後の人生の変遷を描くアイデアが加えられました。
こうして、様々な作品群―前述したサム・ペキンパー監督の「わらの犬」然り、今作がカンヌ、パルム・ドールを獲得した際の審査員であったコーエン兄弟 Joel & Ethan Coenによるクライム・サスペンス作品群、マーティン・スコセッシ Martin Scorsese監督の「タクシードライバー Taxi Driver」、オディアール監督自身はパク・チャヌク監督の「オールド・ボーイ Old Boy」からの影響も挙げている―のDNAを受け継ぎ、またオディアール監督自身が「預言者 A Prophet」「君と歩く世界 Rust and Bone」(2012年)で新たに追求し始めた、“一度挫折した人生が、新しいパートナー、或いは家族を得て新しい方向へ再生されていく物語”を、新しいキャラクター、彼の作品でははじめて扱われるアジア圏の言語(タミル語)世界を用いて紡いだ新しい物語が、この「ディーパンの闘い Dheepan」だったというわけです。

オディアール監督の描く世界は、決して広い範囲で起こった出来事を描くものではないんですね。フランスのある街の一角で起こる物語であるとか、刑務所内という限定された世界の中のお話であったりとか。カメラが切り取るのはあくまでも、ごく狭い日常生活の片隅で起こる事件です。それに関わった人々の運命が変わっていく様子をつぶさに見つめることで、そこから普遍的なテーマを持った、もっと大きな“内的世界”を観客に見せてくれるわけです。目の前で展開する光景は見慣れた日常であっても、それを透かして明らかになる精神世界は、古今東西を問わず誰にでも共通する感覚だということですね。私が長年に渡ってオディアール監督の作品を愛して止まないのは、世界中の人たちが共有し得る普遍的内面世界の完成度が高い故だと思っています。それに加えて、今回の「ディーパンの闘い Dheepan」でもさらに進化・熟成した、サスペンス、アクションといった要素と、人間ドラマの要素の高次元での融合は、彼の演出能力がいまだ最盛期のレベルを保っていることを証明しているでしょう。

これまでオディアール監督の作品は、フィルム・ノワール、サスペンス映画といったジャンル内で語られ、そのジャンルでの演出技術の高さを評価されてきました。しかし実は、人と人が知り合って、様々な葛藤を経て深く結びつき、友情なり愛情なりの人間関係を築くいていくといった人間ドラマ、特に恋愛物語としての要素を色濃く持っているのです。だからこそ、オディアール監督作品に登場する主要キャラクターは最小限の人数に抑えられ、その代わり、彼らの心理描写は大変緻密に、また深遠にもなります。キャラクター同志のケミストリーによって変化してゆく様も、また克明に映像に焼き付けられます。特に、主人公と、主人公の運命を変える他者との間に広がる心象風景は、監督の繊細な演出によってリリカルに表現され、ストーリーのハイライトになると同時に、その起承転結を牽引する原動力にもなっています。

「ディーパンの闘い Dheepan」を見ていて感じたのは、オディアール監督の中で映画作家としての視点の比重が、サスペンス、アクションの描写より、人間ドラマ、特に恋愛ドラマ描写の方に移行しつつあるのかなあということでした。映画監督としても、また人間性を鋭く捉える観察者としても円熟の境地にあるオディアール監督にとって、視点の変化はごく自然なことだと思いますよ。世の中には色んな映画があって、私も雑食性映画好きとして多種多様な映画を見ます。しかしまあ、どんなジャンルの映画を見ていても、私が心を打たれるのはいつだって、人の心模様の変化を描いた部分なのですね。人と人が出会って、意気投合したりぶつかり合ったりしながら、一つの絆を築いていく過程にこそ、私ら観客は最も惹かれるのではないでしょうかね。その絆の“モラル的良し悪し”に関係なくね。

さて「ディーパンの闘い Dheepan」では、幼いイラヤルとディーパンの間に、先ずは“父親と娘の絆”が生まれます。これは、イラヤルがまだ素直な子供であるために容易く生まれたのだろうと察せられますね。ところが問題は、大人同志であるがゆえに、また異なる宗派を信仰する者同士ゆえに、また何より、一般市民と元LTTE戦士という立場の違いが決定的な溝となり、お互い相手に心を開くことが出来ないディーパンとヤリニの間の関係です。

いくら国を脱出するという共通の目的があるとはいえ、他人同士で夫婦の振りをしなくてはいけない苦痛は、まだ若いヤリニには重荷でしょうね。言葉が不自由であることに加え、自分以外の“家族”が日々順調に家族らしくなっていくのに、自分だけが蚊帳の外にいる孤独感。はじめてブラヒムと言葉を交わしたとき、ヤリニは同じ年頃の彼にあっけなく吸い寄せられていきました。ヤリニが近しい者に対して妙に依怙地になる心境とか、外界に出ることができない鬱憤で自尊心や自信を失い、挙句、全てに対して心を閉ざしてしまうに至る負のスパイラルは、実は私自身も体験してきたことなので、他人事とは思えず、胸が痛かったですね。
尤も、そんなヤリニの閉塞的な状況も、ブラヒムの家で家政婦の仕事を得てからは180度変わります。不思議なもので、ヤリニ自身が外の世界(例えそれが同じアパート敷地内の隣の棟に過ぎないとしても)で、自力で何かをやれる(例えそれが家政婦の仕事に過ぎないとしても)と確信した途端、彼女の存在に俄然活力がみなぎってきます。彼女が自信を取り戻すと同時に、彼女とイラヤルとの、そしてディーパンとの関係も好転していくわけですが、やっぱり人間って、外に出て他者と交流するといった“社会性”をなによりも必要とする生き物なんですよね。

ヤリニの心模様の変化を追うのは簡単ですが、ディーパンの心理状態となると、これがなかなか推し量るのは困難です。長い間酷い戦場で心身を酷使してきたせいで、彼自身が、自分の気持ちをどこかに散逸してしまい、その行方も分からなくなっていたのではないかと思われます。LTTEの闘士として勇猛果敢に戦ったものの、結局自分自身が信じてきたものが幻に過ぎないと悟り、妻子も喪ってしまったディーパン。この作品の冒頭における彼は、いわば魂の抜け殻状態でした。偽装家族と共に取り敢えずパリに脱出したものの、その時の彼の心は、“とにかく早く自由の身になって、辛い喪失の思い出しかない故郷のことを忘れたい”という思いで占められていたことでしょう。

この作品の視点(=カメラが見つめる対象)は、葛藤と軋轢を経て“偽装家族”から“家族”になっていくディーパン、ヤリニ、イラヤルの三者に分かれており、ストーリーの展開に沿って、それぞれの視点が頻繁に移動します。編集の妙によって、その視点の細かい移動は、移動したことすら観客が気付かないほどスムーズですね。ですが、視点の中心はやはりディーパンその人で、彼の空ろだった目に映る世界がどのように変化するかを“映している”のが、この作品だとも言えます。

パリで難民審査を突破し、郊外の団地で管理人として働き始めた頃のディーパンはおそらく、強制送還されないために、ある種の義務感から黙々と日課を繰り返していたのでしょう。子供は学校でフランス語を学び、大人は働く。生きるためには、そうしなければならないから。ディーパンの心に再び血が通い始めたのは、学校でのいじめに苦しむイラヤルを支える必要が生じたことがきっかけです。イラヤルも家族を亡くし、天涯孤独の身の上でしたから、ディーパンと相通ずるものが最初からあったといえます。イラヤルとディーパンの関係は、親子というよりは、同じ傷を持つ仲間同士で支えあうという形から出発しました。
ところで、大人たちにとっての未来への希望の星となるイラヤルを演じたカラウタヤニ・ヴィナシタンビは撮影当時9歳だったそうで、オディアール監督をして“神童だ”と言わしめたほどの、澄み切った存在感と周囲を魅了する個性の持ち主です。彼女が成長しても女優を続けてくれることを願って止みません。

ヤリニがブラヒムとハビブという外部の他者と関わりを持ち、自らの殻から脱すると、ディーパンの目にはヤリニがさながら、蛹から羽化した蝶のように映ったことでしょうね。ヤリニを演じたカレアスワリ・スリニバサンは、繊細さと野性が複雑に変化する、まことに魅惑的な美貌の持ち主です。そして、あの艶やかな声で、やはり深く閉ざされていたディーパンの心の蓋を開けてしまいました。おっかなびっくり、ぎこちなく歩み寄っていくヤリニとディーパン。このまま何事も起こらなければよかったのですが、彼らが住まう環境が治安の良くない場所であったのが不運でした。
人と人の間に結ばれていく絆というのは多種多様で、ヤリニと麻薬密売組織のボス、ブラヒムの間にだって、儚いものではありましたが、確かに絆と呼べる結びつきがあったと思います。“ブラヒム”という名前から察せられるように、ブラヒム自身も他国からの移民の子供。フランス社会では、多くが底辺に留め置かれる立場の人間です。その意味では、ヤリニと似た者同志の孤独を共有していたわけですね。しかしまあ、チンピラの親分ですから、ブラヒムは暴力沙汰に首までどっぷり浸かっている状態であり、彼に関わる者にまで暴力の悪影響を及ぼしてしまいます。皮肉なことに、ヤリニが自分を取り戻すきっかけとなったブラヒム自身が、ヤリニに故郷での恐怖を思い出させることになりました。
どんなに美しい絆があったとしても、暴力は凄まじい理不尽さでもって人間達に襲い掛かり、それを踏みにじってしまいます。せっかくうまくいきかけたディーパンとヤリニの絆も、犯罪と暴力の下に脆くも壊れました。しかも、彼らの過去の関係性をまざまざと思い知らせる形で。政府軍とLTTEとの戦い、それに巻き込まれた一般市民の恐怖という三すくみの関係は、故郷を遠く離れた異国の地でも、形を変えて繰り返されたのですね。ディーパンの中に、“LTTEの残忍なテロリスト”という過去の残像を見つけたヤリニは再び彼に対して心を閉ざし、ディーパンとヤリニの関係も元の木阿弥に。
ディーパンは劇中たびたび夢を見ます。決まってスリランカのジャングルの中で道に迷い、聖なる生き物である象に圧倒されるという夢ですね。このイメージが繰り返し映像に挿入されるのですが、口数が少なく、自分自身の心がどこにあるのかも分からず、従って自分の気持ちを言葉で説明することができないディーパンの内面の焦燥を代弁するシーンです。一旦は、今を生きる世界に戻ってきたディーパンの心も、ヤリニに拒絶されたことで再び故郷のジャングルの中にさ迷い出ます。しかし、さらなる大きな暴力がディーパンたちの世界を襲ったため、ディーパンは心を過去のジャングルの中に残したまま、新しい家族、新しい愛情を守るために再度“戦士”として立ち上がったのですね。

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実は、ディーパンの心が過去の幻影である故郷のジャングルから戻ってこれるかどうかは、ヤリニ次第でした。歴戦の戦士であったディーパンにとって、なんぼ数が多かろうと、地元のチンピラ連中を倒すことなぞ造作も無かったはず。しかし、ジャングルから解き放たれた“過去の戦士の亡霊”は、ディーパンの魂を今にも食い尽くす程深く蝕んでおり、ヤリニの対応次第では、彼は残忍な殺人者に堕ちてしまう可能性もあるのですね。彼のその後の運命がどうなったかは、映画本編で確認してみてください。解釈の仕方は見る人によって様々だと思いますよ。

ディーパンを演じたアントニーターサン・ジェスターサンは前述したとおり、16歳から19歳の間、LTTEの少年兵として実際に凄まじい戦闘に参加していました。その後タイに逃れてフランスに辿り着いたという経歴の持ち主であり、ディーパンの人生は、そのままアントニーターサン自身のそれと重なるわけです。従って、ディーパンというキャラクターに、演技だけではどう頑張っても再現不可能な“リアリティ”を付加し得たのは、アントニーターサン自身の生き様でした。言い換えれば、ディーパンを演じられるのは、彼しかいなかったのですね。作品中で、アントニーターサンの存在感は問答無用、圧倒的であり、この物語を1人で支え、1人で牽引し、最後はあらゆる事象を超越してしまいます。おそらく彼なしでは、この作品は稀有な名作になり得なかったでしょう。

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