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zoom RSS NY映画祭 NYFF 2015ドキュメンタリー映画 Spotlight on Documentary

<<   作成日時 : 2015/09/16 17:23   >>

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だいぶ追記しました。

昨年度のニューヨーク映画祭 NYFFで初めて世界に向けて大々的に披露されたドキュメンタリー映画『CITIZENFOUR』は、文字通り大反響を呼びました。現在を生きる人間全てにとっての脅威ともいえる、ネットを通じて密かに行われる“国家による国民の監視、支配”を告発したスノーデン氏の軌跡を、ローラ・ポイトラス監督とスタッフたちがカメラで追っていったものです。

スノーデン氏が立ち向かったのは国家ですから、もちろん彼のドキュメンタリー映画も大きなリスクを背負っていました。映画製作中は、スノーデン氏自身のみならずスタッフ全員が常に身の危険に晒されもしましたが、まさしく執念で完成された今作は、その後オスカーを獲得。これで、スノーデン氏と『CitizenFour』製作スタッフの長きに渡った苦労は報われ、また、ワールド・プレミアを行うことで今作を力強くサポートしたニューヨーク映画祭にとっても、輝かしい栄誉となりました。

それでは、今年のニューヨーク映画祭のドキュメンタリー映画部門のラインナップはどうなっているのでしょうか。

“今年のNY映画祭では、12のドキュメンタリー映画を招待しました。描く対象に関する情報を大量に詰め込み、徹底的に調査することで得られた客観性を活用し、視野が広く偏見のない演出で、対象を映画というキャンバスいっぱいに描いたような作品を選出しています。

(今年のドキュメンタリー映画部門のラインナップを見て)パム・イェーツ Pam Yates、マイケル・カメリーニ Michael Cameriniとシェイリ・ロバートソン Shari Robertsonらが、フレデリック・ワイズマン Fred Wisemanという、85歳にしていまだ現役で優れたドキュメンタリーを世に送り続ける鉄人と、1人のイラク市民の目線で、アメリカに侵攻される前と後のイラクでのささやかな日常生活を見つめた貴重なドキュメントを作ってくれたアッバス・ファデル Abbas Fahdelと共に並び立っているのを目に出来て、本当に嬉しく思っています。

フレッドのドキュメンタリーの中で捉えられるニューヨークの姿は、私達がフィクション映画でよく目にするニューヨークとは大いに違いますよね。また、ジェイコブ・バーンスタイン Jacob Bernsteinが彼の著名な母親、故ノラ・エフロンについて知られざる側面を記録した作品や、凄惨な殺人の犠牲となり、ごく普通の一般市民と犯罪心理との関係について恐ろしい教訓を残すことになったキティ・ジェノヴェーゼ Kitty Genovese事件のドキュメンタリー(ジェームズ・ソロモン James Solomon監督)、“ニューヨークっ子西へ行く”タイプの『Troublemakers: The Story of Land Art』といった、テーマも対象も作品傾向も大きく異なる作品群が一堂に会した多様性は素晴らしいと思っています。

あるいは、パムと彼女の長年の友人であり、かつ彼女のドキュメンタリー・フィルムのテーマでもある名撮影監督ハスケル・ウェクスラー Haskell Wexlerが、リベラリストとして政治に関わっていくことや、それらがもたらす変化について問いかける(招待作品『Rebel Citizen』)一方で、ローラ・ポイトラス Laura Poitrasは同じ命題を全く異なる方向から描こうとしている(『Field of Vision: New Episodic Nonfiction』)ことが分かります。あるいはまた、ホアキン・ピント Joaquim Pintoがスクリーンに美しく切り取った、名もない漁師の生活の光景がもたらす癒しと深い意味(『Fish Tail / Rabo de Peixe』)、スティグ・ビョークマン Stig Björkmanがイングリッド・バーグマンの肖像をユーモアを交えて明らかにした作品から溢れる暖かさ(『Ingrid Bergman in Her Own Words』)。異国の親友ジャ・ジャンクー Jia Zhangkeの生き様をカメラで捉えたウォルター・サレス Walter Sallesのドキュメンタリー(『Jia Zhangke, A Guy from Fenyang』)からは、人種や文化の違いを超えた友情を感じます。これらの映画には、それぞれ異なる個性をもった優れた才能の人生が息づいているのが分かりますね。”

―NY映画祭 NY Film Festival 2015 ディレクター、ケント・ジョーンズ Kent Jones氏談話

ニューヨーク映画祭ドキュメンタリー映画部門ラインナップ New York Film Festival Spotlight on Documentary公式ページはこちら


・ドキュメンタリー映画にスポットライトを Spotlight on Documentary Lineup

…今年のNY映画祭ドキュメンタリー部門のテーマは“多様性”。


『Everything Is Copy』(USA)
監督:ジェイコブ・バーンスタイン Jacob Bernstein HBO Documentary Films配給 ワールド・プレミア上映 World Premiere

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ノーラ・エフロン Nora Ephron
1941年5月19日生まれ
2012年6月26日没(白血病のため71歳で死去)
アメリカ、ニューヨーク州出身

●フィルモグラフィー Filmography

2009年「ジュリー&ジュリア Julie & Julia」監督・脚本
2005年「奥さまは魔女 Bewitched」監督・脚本
2000年「電話で抱きしめて Hanging Up」脚本・製作
2000年「ラッキー・ナンバー Lucky Number」監督・製作
1998年「ユー・ガット・メール You've Got Mail」監督・脚本
1996年「マイケル Michael」監督・脚本
1994年「ミックス・ナッツ/イブに逢えたら Mixed Nuts」監督・脚本
1993年「めぐり逢えたら Sleepless in Seattle」監督・脚本
1992年「ディス・イズ・マイ・ライフ This Is My Life」監督・脚本
1990年「マイ・ブルー・ヘブン My Blue Heaven」脚本
1989年「恋人たちの予感 When Harry Met Sally...」脚本
1986年「心みだれて Heartburn」脚本
1983年「シルクウッド Silkwood」脚本

両親共に脚本家で姉妹も脚本家。ノーラ自身はウェルズリー大学卒業後、5年間ニューヨーク・ポストの記者として激務に就いていた。これが彼女にとって生涯最初の“物書き”の仕事となったが、後にエッセイを書き始めるようになる。面白くて機知に富み、時に鋭く真理を突く彼女の文章は評判になり、小説を上梓、そして両親と同じ職業である脚本家の道へと進んでゆく。
1983年、マイク・ニコルズ Mike Nichols監督の「シルクウッド Silkwood」の脚本でオスカーにノミネートされ、映画界で注目を集める存在になった。1986年に執筆した「心みだれて Heartburn」は、1976年から1980年までの短期間結婚していた、ウォーターゲート事件で名高い記者カール・バーンスタインとの波乱の結婚生活を基にしている。メグ・ライアンのあの名演技が有名になった「恋人たちの予感 When Harry Met Sally...」(1989年)は批評家受けもよく、興行的にも成功を収め、その年のオスカーに再びノミネートされた。そしていよいよ1992年に、「ディス・イズ・マイ・ライフ This Is My Life」で監督デビューを果たす。
自作脚本「めぐり逢えたら Sleepless in Seattle」(1993年)でメグ・ライアンと再度タッグを組み、映画は大ヒット、エフロン自身も3度目のオスカー・ノミネートを勝ち取った。ノーラ・エフロン&メグ・ライアンの“ロマンティック・コメディ黄金コンビ”は1998年の「ユー・ガット・メール You've Got Mail」を生み出し、映画は日本でも“メール”が社会現象になるほどのヒットを記録した。

ノーラ・エフロンの肖像を、彼女が遺した生前のインタビュー映像や数々の名言、彼女の姉妹達の記憶、かつての同僚達、はたまた元ダンナ衆、彼女の大勢の友人達からの証言や、彼女が遺した映画のシーンから抜粋した映像を綴れることで生き生きと描いたのは、「心みだれて Heartburn」という作品まで出来てしまったカール・バーンスタインとの間に生まれた息子、ジェイコブ・バーンスタイン。彼の父親と母ノーラ・エフロンが一緒に暮らしていた時間は短かったのですが、映像作家として彼が記録した母親の肖像は、とても元気がよく、誠実で、あけっぴろげでウィットに富み、時に鋭いユーモア精神も垣間見せ…と、まさしく生前の母親そのまんまの姿。また、エフロンの生涯を形作ったニューヨーク・カルチャーの変遷も作品の随所に織り込まれ、ノーラ・エフロンという才能溢れるクリエイターの生き様を、ニューヨーク・カルチャー史全体の中で捉えることができる興味深いドキュメンタリーです。
実は、私自身が非常に興味を引かれたのは、このドキュメンタリーを撮ったのがエフロンの実子だという事実です。子供が親のドキュメンタリー映画を撮るなんて、ざらにあることじゃないかと仰る方もおられるでしょう。しかし、その“子供”が幼い頃に離婚した両親の肖像を映像にする行為には、私達が考える以上の深い意味が込められているかもしれません。今作の監督であるジェイコブ・バーンスタインは、彼が子供の頃に受け取るはずだった両親からの愛情を得られずに成長した間の空白部分を、その親の真実の姿を追い求めて映像に記録することで埋め合わせようとしていたのかなあと思うんですよ。それを踏まえると、今作で甦ったノーラ・エフロンの肖像が生き生きと輝いているという事実そのものに、私は深い感銘を受けずにいられませんね。ジェイコブ・バーンスタインが、彼自身の人生に良い意味でも悪い意味でも影響を及ぼしていただろう母親の影から完全に脱出し、その母を取材対象として客観的に見ることができたということを意味するのですから。


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via The Guardian
『Field of Vision: New Episodic Nonfiction』(USA / Germany)
監督:ローラ・ポイトラス Laura Poitras ワールド・プレミア上映 World Premiere

前述したように、ローラ・ポイトラス監督と彼女の取材対象であったエドワード・スノーデン氏が『CITIZENFOUR』製作中に共に経験した苦労は、昨年度のオスカー受賞という形で報われ、長きに渡った戦いは大団円を迎えました。そして今年、ポイトラス監督は、『CITIZENFOUR』製作中に手に入れたある人物に関する諸々の情報を、『CITIZENFOUR』の補筆編として1本の映画にまとめました。この人物とは、ウィキリークス WikiLeaksのラスボス黒幕創始者にして“誰も知らない秘密の情報”を自在に操る魔法使い、ジュリアン・アサンジであります。朝ン次、もとい、アサンジ氏の存在は、スノーデン氏の半生を追う上で避けては通れないともいえますもんね。ポイトラス監督一行は、ロンドンにあるエクアドル大使館に事実上軟禁状態となっていたアサンジ氏を間近に取材し、様々な言動で世界中を煙に巻いているこの謎多き人物の真相に迫ります。いろいろな意味で、本当にいろいろな意味で、というか寧ろ怖いもの見たさで(笑)見てみたいドキュメンタリーではありますね。


『Fish Tail / Rabo de Peixe』(Portugal)
監督:ホアキン・ピント Joaquim Pinto & ヌーノ・レオネル Nuno Leonel ポルトガル語上映 北アメリカ・プレミア上映 North American Premiere

2013年にホアキン・ピント Joaquim Pinto監督が発表したドキュメンタリー映画『What Now? Remind Me』は、ピント監督自身の半生を描いた自伝的セルフ・ドキュメンタリーでした。ピント監督がHIV陽性と診断された後、その治療の過程で彼と彼の伴侶であるヌーノ・レオネル Nuno Leonel、双方の家族が体験したすったもんだの大騒ぎをまとめたものです。HIVという現実がピント監督にもたらした悲劇を通じ、生きるとはどういうことなのかを明確に提示しました。この心揺さぶられる作品は、第51回ニューヨーク映画祭 NYFF 51でプレミア上映され、非常に高い評価を受けております。その年のオスカーの外国語映画賞部門にポルトガル代表として出品されましたが、惜しくも外国語映画賞部門の枠内からは落選してしまいました。
そして今年、ピント監督は、公私におけるパートナーであるレオネル監督と共に、ポルトガル沖にあるアゾレス諸島の小さな島を舞台に、そこで昔ながらの伝統的漁法を守って暮らす漁師を取材しました。大量生産を最終目標にしたグローバル化の波は、この辺鄙な島にも押し寄せており、効率的とは言い難い、しかも重労働を求められる伝統をどうやって維持するかということは、島の漁師たちが直面している問題ではあります。しかしながら、今作は、彼らの真に自立した、自由で静かな暮らしを見つめながら、何もかもを一つの型にはめ込んでしまう今の世界経済のあり方に、疑問を投げかけるものでもあるようです。


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via abbasfahdel.com
『Homeland (Iraq Year Zero)』(Iraq/France)
Part 1: Before the Fall
Part 2: After the Battle
監督:アッバス・ファデル Abbas Fahdel アラビア語上映 北アメリカ・プレミア上映 North American Premiere

2002年2月。アメリカ軍によるイラク侵攻の前年、フランスを拠点にして活躍するイラク出身の映画作家アッバス・ファデルは、アメリカとの戦争を目前に、揺れる祖国を取材しました。目的は、戦争前夜の祖国に暮らす普通の庶民の日常生活を記録するため。このときは、大人よりむしろ子供達―例えば監督の12歳になる甥っ子Haider―の視点を通して見る方が、イラクの普通の人々の姿はより鮮明に見えたそうです。 (Part 1: Before the Fall)

しかし、アメリカ軍が侵攻して2週間後の2003年に監督がイラクを再訪した際には、学校に通ったり、市場へ食料を買いに行ったりといったごく当たり前の行動が、ほぼ不可能な状態に様変わりしていました。バグダッドの多くのエリアは一般市民に対して封鎖され、市民は狭い地域に押し込められていたのです。フル装備を身につけたアメリカ軍兵士が街のあちこちで待機し、戦車が街の通りの真ん中に鎮座し、武器を持たぬ丸腰の人々は封鎖地域内で震えている…。監督の甥っ子Haiderは幸いにも無事で、彼の隣人や同世代の子供達の声を代弁してくれました。「アメリカ軍はあちこちにいてバグダッドは彼らでいっぱいの状態だ。でも、僕らは彼らに反対したり意見したりすることはできない。僕らの国はまるでパレスチナのようになってしまったよ」 (Part 2: After the Battle)

ファデル監督のこの貴重な記録は、自分達のふるさとが戦場と化してしまった普通の人々が、絶えず命の危機に晒される恐怖の中で暮らす苦悩、それこそ、生と死の境界線が恐ろしいほど曖昧な場所で生きねばならぬ絶望を雄弁に伝えているそうです。しかしよく考えれば、今は平和と安全が保たれている環境でのほほんと暮らしている私やあなただって、いつ家の周囲全てが砲弾飛び交う戦場に変ずるか、分かったものではないはず。

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先日、「それでも僕は帰る シリア 若者たちが求め続けたふるさと Return to Homs」(2013年)(監督:タラール・デルキ Talal Derki)を観ました。“アラブの春”に端を発した、若者を中心とした自由と平等の権利を求める反政府運動が、シリア国内でいかにして“政府軍と反政府軍”の泥沼の内戦に変じていったか。シリア内に留まって内戦の実情をカメラやハンディカム等で撮影し、シリアの実情を外国に訴え続けた“非武装・非暴力”の運動を信じた青年オサマと、人気サッカー選手からシリア革命のリーダーに転じた当時まだ19歳の若者バセットの物語を中心に、タラール・デルキ Talal Derki監督が第三者の立場から、そしてアサド大統領に抵抗した人々の側から、シリア内戦を捉えたドキュメンタリー映画です。
一方の立場からの視点だけで構成されたドキュメントであるため、見方が偏らざるを得ないということを差し引いても尚、私には“戦争”の実情が如何に理不尽で空疎であるかが、吐き気を催すほど明確に理解できました。先日見たドキュメンタリー映画「セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター The Salt of the Earth」でも、著名報道カメラマンであるサルガドをして、“(ルワンダの虐殺後の遺体の山の写真を示しながら)これを見て、皆は人間がどれほど残虐で愚かであるか、思い知るべきだ”と言わしめた戦争。
ほんの数週間前までは平和で美しかった街が砲撃に晒され、あっという間にボロボロの地獄絵図になり、最後には人っ子一人いなくなる廃墟と化す様子を目の当たりにして、ただ呆然とするしかありませんでした。また、ごく普通の明るい若者達がライフルを担ぎ、敵を1人撃つ毎に目から光を失っていき、最後にはどんよりと曇ったまなざしで空虚を見つめるまでに変貌する様に戦慄しました。あるいは、機関銃を携えた狙撃手が、軍によって封鎖された道路を渡ろうとする丸腰の市民を躊躇なく撃ち、撃ち損じた者は刀で切り殺し、女子供がまだ中にいるアパートを戦車が砲撃する様子を、悪夢でも見るような心持ちで見つめました。
兵士に狙撃された子供の遺体、目の前で銃撃戦が起こり、人形のように人がバタバタ倒れていく様子、路上に放置されたままの遺体。こんなに悲惨な光景を立て続けに見せられて悟ったことは何か?戦争はただの殺し合いに過ぎず、そこに“どちらが正しくて、どちらがまちがっている”だの、“どちらが良い奴でどちらが悪い奴だ”といった善悪、責任の所在など、もはや存在しないのだということです。また、“市民の自由と権利のために戦う”だの、“国の秩序を保つ為に異分子を排除する”だのといった、戦争に付与されがちな大義名分にも何らの意味もないのです。機械的に敵を殺し、一般市民を殺していく行為は、単なる究極の暴力行為であり、そこに人間性など介在しません。そんな環境の中で人間が生きねばならない理由も意味もまた、見出すことは不可能です。

“人間とは何ぞや”という問いへの究極の回答が、“戦争”であり、“殺すために、死ぬために、生きる生き物だ”であるとは信じたくないのですが、内戦や紛争に関するドキュメンタリーを見て考えるに、そう結論せざるを得ませんね。内戦であれ紛争であれテロであれ、なんであれ、人と人が殺しあう現場で真っ先に被害に遭い、そして社会から真っ先に切り捨てられる運命にあるのは一般庶民です。そんな彼らの声をこそ丁寧に拾い上げ、戦争の大きな影にすっぽりと覆い尽くされてしまう彼らの姿にこそ光を当てたこの『Homeland (Iraq Year Zero)』は、それゆえに大変貴重な記録だといえるのです。このドキュメンタリー映画を見て、私達は何度でも繰り返し“これを見て、皆は人間がどれほど残虐で愚かであるか、思い知るべきだ”と自戒せねばならないと思います。


『Immigration Battle』(USA)
監督:マイケル・カメリーニ Michael Camerini & シェイリ・ロバートソン Shari Robertson ワールド・プレミア上映 World Premiere

今年のトロント国際映画祭 Toronto International Film Festivalは政治色の濃いラインナップになっていると書いていたのは、どこの映画サイトだったか。それを言うなら、今年の映画祭はどれも、政治色の濃い作品が集まる傾向にあると考えるべきでしょう。今お話しているこのニューヨーク映画祭 New York Film Festivalも同様です。映画は世界を変えるわけではありませんが、その時代の世相を如実に反映する鏡だからです。
先ほどのシリア内戦の話題と地続きになりますが、今現在、内戦で荒廃した故国を身一つで脱出し、一縷の望みに賭けて命がけで外国に出てきたシリア難民の人々が、ヨーロッパ諸国に溢れている状態でありますよね。シリアの人々にとっても、彼らを受け入れる側の国にとっても、この問題は非常に深刻であり、今や世界中の社会問題にまで波及しています。従って、映画の世界がこの問題に敏感に反応するのも当然だと思われるのですね。

アメリカ合衆国は別名“移民の国”とも称されます。様々な人種の人々が集まり、1つの国家を形成しているのですから、人種間の軋轢は日常茶飯事。加えてアメリカは今も、諸外国から移住してくる人々が後を絶ちません。ただでさえ自国内の移民受け入れ問題で手一杯なのに、この上シリアの人たちを受け入れることができるかどうか。この作品『Immigration Battle』の監督マイケル・カメリーニ Michael Camerini とシェイリ・ロバートソン Shari Robertsonは、この16年間にアメリカ中をくまなく廻り、移民に消極的な政治家と移民のために働いている活動家の双方に根気よく取材を続けてきたそうです。彼らはその成果を、移民問題に関するドキュメンタリー映画を製作することで世に問うてきました。2年前の第51回ニューヨーク映画祭では、『How Democracy Works』という作品を出品し、今年はこのテーマの集大成として『Immigration Battle』を完成させました。島国国家である日本人の多くにとって、移民問題というのはピンとこない社会現象ではあるでしょう。しかし、これから先も、世界のグローバル化は進んでいく一方でしょうし、先のシリアの人々のように、住み慣れた場所が戦場になった挙句、流浪の民になってしまう可能性だってあります。つまり、移民問題とは、決して他人事ではないということです。今は既に、世界の問題に無関心ではいられない時代なのですね。

おそらく今後は一層、移民や難民の問題をテーマにした映画が多く製作されるようになるでしょう。


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『Ingrid Bergman in Her Own Words』(Sweden)
監督:スティグ・ビョークマン Stig Björkman スウェーデン語上映 Rialto Pictures配給

スウェーデンが生んだ映画史上最高の名ハリウッド女優にして、スウェーデン映画界のアイコンであるイングリッド・バーグマンの人生を追慕、記録したドキュメンタリー映画が完成しました。

この作品では、バーグマンが生前に書いた手紙や几帳面につけられていた日記が初めて公開され(朗読するのは、バーグマンと同じくスウェーデン出身の新進女優アリシア・ヴィカンダー Alicia Vikander 「EX Machina」「The Danish Girl」)、彼女の子供達―ピア・リンドストローム(最初の夫ペッテル・リンドストローム Dr. Peter Lindstromとの間に生まれた娘)、1950年に「ストロンボリ Stromboli」主演をきっかけに、不倫関係から駆け落ち同然に結婚したロベルト・ロッセリーニ Roberto Rossellini監督の間にもうけた子供達、イザベラ・ロッセリーニ Isabella Rossellini、イングリッド・ロッセリーニ、ロベルト・ロッセリーニ―が明らかにする母、イングリッド・バーグマンの肖像や、ごくわずかにいた、本当に親しい友人達と同僚(リヴ・ウルマン Liv Ullmann、シガーニー・ウィーヴァー Sigourney Weaverなど)の証言が一つ一つ丁寧に披露されています。無数に遺された彼女のプライベート写真、そしてなんと、何年にも渡ってバーグマン本人がスーパー8や16ミリフィルムで撮りためていたという、何千フィートにも上る膨大なフッテージ・ショットも公開され、映画スターでも名女優でもない、1人の人間としてのイングリッド・バーグマンの真の肖像を明らかにした内容なのだそうですよ。また同時に、映画史に名を残す偉大な女優に関する、映画史的な意味においても大変に貴重な記録でありますよね。彼女自身が撮った映像が残っていただなんて、私も今の今まで知りませんでしたもの。

思えば、バーグマンの人生は波乱万丈でありました。スウェーデンはストックホルムで、ドイツ人の母親とスウェーデン人の父親の間に生まれたイングリッドは、なんとわずか2歳の時に母親を亡くし、12歳の時には続いて父親をも亡くすという辛い運命と向き合わねばなりませんでした。彼女は叔父に引き取られます。小学校を終える頃には女優になると決意し、一刻も早い自立のためもあって、10代で舞台に立ったりクレジットもされないようなエキストラでスウェーデン映画に出演したりと、積極的に活動を開始。24歳でハリウッド映画に招かれた頃には、スウェーデンでは既に名を知られた女優になっていました。1940年代初めには、大物プロデューサー、デヴィッド・O・セルズニックをして“最も完成された、堅実かつ誠実なる女優だ”と感心せしめる程、年齢に似合わぬ落ち着きと高いプロ意識、女優業への献身を身につけていました。つまり、“大女優イングリッド・バーグマン”を作ったのは、バーグマン自身の女優としての人生に賭ける覚悟と、才能と知性、努力、成功したキャリアと名誉を捨て去ってまで新しい人生(ロベルト・ロッセリーニ Roberto Rossellini監督)の冒険に出立できる勇気、その勇気を形作る本当の意味での完全に自立した精神だったと分かりますね。このドキュメンタリー映画は、彼女が彼女自身の言葉でもって彼女という自立した女性を物語る、素晴らしきセルフ・ポートレートなのです。


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『In Jackson Heights』(USA)
監督:フレデリック・ワイズマン Frederick Wiseman ジポラ・フィルムズ Zipporah Films配給

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(Dir. Wiseman at Venice International Film Festival)
トロント国際映画祭 Toronto International Film Festivalはじめ、世界各地の映画祭に招待されているフレデリック・ワイズマン Frederick Wiseman監督の、記念すべき40本目の長編ドキュメンタリー作品がこの『In Jackson Heights』です。先日終了したヴェネチア国際映画祭 Venice International Film Festivalでワールド・プレミア上映、トロントでは北アメリカ・プレミア上映という形でお披露目されました。

前作「ナショナル・ギャラリー 英国の至宝 National Gallery」も、ドキュメンタリーの映画文法全てを駆使して到達した洗練を見せてくれた作品でしたが、あちこちで見かける今作のレビューをチラ見するに、なんかもう、これまでの優れたドキュメンタリー映画群を遥かに凌いだ“本物の傑作 masterpiece”に仕上がっているようですよ!ワイズマン御大、今年85歳におなりなんですが、あなたまだドキュメンタリー映画作家として進化の過程にいらっしゃるんですね!

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この度のワイズマン御大のテーマは、人種と異文化の坩堝たるニューヨークの中でも、そしておそらくは世界中でも最も多様性に富んだ文化―絶えず変化し続けるファッション文化や多彩な料理文化、一説によると167種もの異なる言語が飛び交うという、複雑な言語文化圏に属する―を有する、クィーンズ地区のジャクソン・ハイツに住まう人々です。ジャクソン・ハイツの住人は人種も文化背景も本当に多種多様で、近年、アメリカの経済的発展装置として位置づけられてもいます。ワイズマン監督は、この街に住む職業も社会的位置づけもてんでバラバラな人々を取材し、この街の文化、政治、日常生活の模様をスクリーン上にコラージュしていきました。ジャクソン・ハイツとは、一つのアパートメントと一つの商店街の中に、世界一多様な人種の人々がひしめきあって住んでいるようなもの。バベルの塔の伝説にいわく、元は一つの言語と一つの文化を共有していた人類が、それぞれ独自の言語と文化を持つようになった結果、異人種と異文化間の人々の間で意思の疎通ができなくなり、混乱に陥ってしまいました。ジャクソン・ハイツの人々の生活にとっても、そうした混乱は日常茶飯事。

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それでもワイズマン監督のカメラは、ある意味世界の縮図ともいえる多彩な文化と多彩な人種、多彩な言語が溢れるコミュニティゆえに起こる混沌の中で、毎日を精一杯生きる人々の姿を活写します。路上で演奏するパフォーマーたち、美容院にいるビジネスマンたち、ゲイ・プライド・パレードについて話し合う人たち、ホロコーストを生き延びた人々の集会などなど。金子みすず女史の言葉じゃありませんが、“みんな違って、みんな良い”をそのまんま体現している人々の悲喜こもごもの姿に、私達は深い感銘を覚えずにはいられないでしょう。2015年現在のニューヨークという混沌の街で生きること自体がドラマティックではありますが、多種多様な人間の持つ多彩な感情と感性がぶつかり合い、混じり合ってできる人間模様の綴れ織りは、しかし、洋の東西を問わず、共鳴できる要素ばかりではないかと思いますよ。


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『Jia Zhangke, A Guy from Fenyang』(Brazil/France)(2014年製作)
監督:ウォルター・サレス Walter Salles 中国語上映 北アメリカ・プレミア上映 North American Premiere

『ジャ・ジャンクー、フェンヤンから来た男』。これです!目下のところ、わたくしめが一番見たいドキュメンタリー映画がこれなんです!今回のニューヨーク映画祭 New York Film Festival 2015でもMain Slate部門の方で最新作『Mountains May Depart』が上映予定である、中国第6世代の映画監督ジャ・ジャンクー監督のドキュメンタリー作品ですね。ジャ・ジャンクー監督の作風がなぜ私の琴線に触れるのかは、リンクを貼ったNY映画祭のMain Slate作品紹介記事に書いてありますので、ここでは繰り返しません。

異能ジャ・ジャンクー監督を形作ったものは何なのか。それを探るため、彼のふるさとであり、また初期作品の舞台にもなった山西省フェンヤン(汾陽 Fenyang)から始まる、彼の足跡を辿っていく旅の模様を収めたものです。彼をカメラで追っていくのは、同じ映画監督で、「セントラル・ステーション Central do Brasil」や「モーターサイクル・ダイアリーズ Diarios de motocicleta」等で知られるブラジルの名匠ウォルター・サレス Walter Salles監督です。

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1997年の「一瞬の夢」の舞台となった商店街を歩くのはワン・ホンウェイ。チャオ・タオは2000年の「プラットホーム」のピンヤオの城壁に赴きます。そして北京。2004年の「世界」のロケ現場となった世界公園を再訪するのはジャ・ジャンクー本人。各地で、ジャンクー、サレス監督一行は、ジャンクー監督の家族や友人達を訪ね、ジャンクー監督の幼い頃の思い出話や、学校での出来事、ジャンクー監督の父親の思い出話などを掘り起こしていきます。そして、映画ビジネス全体にとっては頭の痛い問題ではあっても、“海賊版DVD”の存在がなければ、ジャンクー監督の初期作品の多くは中国で陽の目を見ることはなかっただろうという事実も明らかに。まあ確かにそうですよね。中国内でインディペンデント映画を作るということは、私達が想像する以上に難しかったでしょうしね。ここら辺の問題は非常に悩ましいものです。そして、ジャンクー監督の人生を形作ってきたものはこれ全て、彼がこれまでに生み出した作品に投影されていたことが分かりますね。

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彼の人生の旅路は、しかし、一つの大きな大きな旅―ジャンクー監督自身の過去と中国という国を結ぶ関係―の一部に過ぎません。ウォルター・サレス監督による、友情に溢れた愛すべきジャ・ジャンクー監督の肖像は、彼のこれまでの人生、信念、思想が彼の芸術と密接に結びついていたことを明らかにしただけではなく、これから続く彼の未来をも指し示すだろうことを予見しているそうです。


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