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zoom RSS 歴史と天才の狭間ー「イミテーション・ゲーム The Imitation Game」追記。

<<   作成日時 : 2015/06/30 22:36   >>

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追記しました。

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「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密 The Imitation Game」(2014年)
監督:モルテン・ティルドゥム
脚本:グレアム・ムーア
原作:アンドリュー・ホッジス
製作:ノーラ・グロスマン他。
製作総指揮:グレアム・ムーア
出演:ベネディクト・カンバーバッチ
キーラ・ナイトレイ
マシュー・グッド
ロリー・キニア
チャールズ・ダンス
マーク・ストロング
音楽:アレクサンドル・デスプラ
撮影:オスカル・ファウラ
編集:ウィリアム・ゴールデンバーグ

1939年。ドイツ軍と戦う連合軍にとって、敵の暗号機“エニグマ”の解読は勝利のために欠かせない最重要課題だった。しかしエニグマは、天文学的な組み合わせパターンを有しており、解読は事実上不可能といわれる史上最強の暗号機だった。そんな中、イギリスではMI6のもとにチェスのチャンピオンをはじめ様々な分野の精鋭が集められ、解読チームが組織される。その中に天才数学者アラン・チューリングの姿もあった。しかし彼は、共同作業に加わろうとせず、勝手に奇妙なマシンを作り始めてしまう。次第に孤立を深めていくチューリングだったが、クロスワードパズルの天才ジョーンがチームに加わると、彼女がチューリングの良き理解者となり、周囲との溝を埋めていく。やがて解読チームはまとまりを見せ始め、エニグマ解読まであと一歩のところまで迫っていくチューリングだったが…。 allcinema onlineより抜粋





今作品は、伝記映画、歴史映画としてバランス感覚に極めて秀でた映画だと思う。エニグマ暗号解読成るかという、スリリングなミステリー作品としての面白さと、国家間の駆け引きという魑魅魍魎跋扈する世界の犠牲となった人間の、痛ましいドラマ性と。娯楽作品としての質もさることながら、シリアスなドラマ作品としても上々の出来映え。この双方がお互いにうまく作用し合い、きちんと両立している。オスカーに輝いたグレアム・ムーアの脚色の技巧が光るが、娯楽性とドラマ性のどちらか片方に埋没することなく、この驚くべき実話を冷静に映像化したモルテン・ティルドゥム監督の演出も手堅い。

戦争を始めるのも、戦場で命がけで戦うのも、暗号を解読するのも、戦争を終わらせるのも、全ては生身の人間が行うこと。歴史が、個々の人間のささやかな営みの集大成だとするならば、エニグマを打ち破るという偉業(たとえそれが世間に広く知られていなくても)を成し遂げたアラン・チューリングの物語も、一個人としてのささやかなドラマに帰するべきだろう。
アラン・チューリングという人間の核を作った、クリストファーとの短くも最も美しく優しさに満ちた思い出の断片が、完成間近のパズルの最後のピースを物語の最後に埋める。世界中に存在するありとあらゆるコンピューターの始祖となった彼の“クリストファー”が、アパートの狭い部屋の中で組み立てられ、改良を重ねられ、密かに息づいている姿と、少年の頃にチューリング自身が愛したクリストファーを永遠に喪ったことを知った瞬間が、映画の最後に交錯するのだ。その時観客は初めて、膨大な功績とエピソードで埋まったチューリングの人生が、癒しようのない痛みによって突き動かされていたことを知る。

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“大きな歴史の流れ云々”と書いてしまうと、歴史と私たちの日常生活が結び付かず、まるで他人事のように聞こえてしまう。しかし、歴史とはつまり、私達のような市民の日常生活を綴れ織のように編みあげて完成する一枚の布なのだと考えると、歴史の闇に葬られていたチューリング氏の業績を彼の人生そのものから明らかにした「イミテーション・ゲーム The Imitation Game」も、それこそドキュメンタリー映画が何本あっても足りない程の巨大な業績を残しているスティーヴン・ホーキング博士の極私小説的映画「博士と彼女のセオリー The Theory of Everything」も、人間と歴史の関わりといった意味において極めて正しい“歴史映画”だと思う。
また「イミテーション・ゲーム The Imitation Game」では、映画に描かれた内容と史実との乖離が批判の的になっていたが、凡人の人生の数倍の濃度と密度を持つ彼ら天才の人生の中で、どの部分に焦点を当てるのかによって、表現の仕方が変わってくるのは致し方ないと思う。そこの所が、所謂“真実に基づいた劇映画”全般が抱える最大のジレンマであり、史実と作品の間の距離が小さければ小さいほど高く評価してもらえるドキュメンタリー映画との、決定的な差異だ。

実は私自身は、この作品の最も美しい部分は、チューリング氏の功績を明らかにすること以上に、彼がどのような人間だったのか、どれだけの痛みを抱えた人間だったのかという、非常に感情的な側面に寄り添って描き切っているところだと理解している。歴史映画のストーリーは、史実に忠実な部分と映画的な盛り上がりを意図してあえて史実を脚色する部分のバランスの上に初めて成立する。あくまでも個人的な意見だが、今作の“史実と脚色の配分バランス”は、同性愛への迫害の歴史というデリケートなテーマをも一方で支えながら、本当に奇跡的としか言いようのない絶妙さを保っているのではないか。

チューリング氏の人生には、それこそ多様な側面がある。周囲に理解されない天才の孤独と悲哀、コンピューターの始祖、人間と機械を隔てるものは何かと問いかける、ある意味哲学者の一面(チューリング・テスト)、同性を愛する人間への無理解と迫害の犠牲者。つまり一人の人間の中に、かつて誰も答えられなかった、“人間とは何ぞや”という究極の問いかけへの回答がつまっているようなものだ。人間の抱える業の全てを網羅したかの如き複雑な人間の生きた証を、今作は見事なバランスを保ちながら、古今東西、老若男女、誰でも容易に共鳴できる方法で描いた。それが、チューリング氏の感情面に寄り添う話法であり、私が最も感銘を受けた部分だ。“感情的である事”は、今作の弱点では全くない。それどころか、複雑過ぎて我ら凡人には到底理解できぬチューリング氏の人生と我々を結ぶ、唯一絶対の絆だと言える。そこに着目してチューリング氏の人生を解析した脚本と演出に感謝したい。

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オスカーにノミネートされたベネディクト・カンバーバッチやキーラ・ナイトレイ等、俳優陣の重厚かつ繊細なアンサンブル演技の見事さなど、改めて指摘するまでもない。斜に構えた“クールさ”がもてはやされる今の時代に、エモーショナルな人間ドラマを最後まで描き切った今作の勇気に感謝するだけだ。


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…さて。映画「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密 The Imitation Game」の個人的な感想文は、以上をもちまして終了です。この作品については、既にいろんな方が詳細な分析を試みられており、作品を一層深く楽しむための補助教材をお探しなら、うちではなく、他の映画サイトに飛んでくださった方がいいと思います。私は、映画賞“出来”レースにおいて、なんだワリを食ってしまったような印象も受ける今作があまりに不憫で、個人的に好意的な感想文を書き残しておきたいと思いました。作品としては非常にバランスのよい佳作なのに、必要以上に貶められていたような気もしたのですよね。まあ、どなたかの御目に留まれば幸いです。


そして、ここからはほんの付け足しの駄文が続きますので、どうかお気になさらず、他の楽しい場所に速やかに移動してくださいまし。


実は今作の初見時に感じたのは、不当に貶められたアラン・チューリングという天才の存在そのものが、まるで“突然変異体のようだ”ということでした。

自然界の生き物の歴史は、変化する環境への適応の歴史だと言い換えられます。激変する自然環境に適応できなかった生物は、皆絶滅する運命にあります。つまり、環境に適応できるように進化できるか否か、これが種の存続の鍵を握る要素なのです。これは昔も今も同じですね。

そして、生物の進化の原動力となるのが、遺伝子の“突然変異”という現象です。突然変異についての専門的な解説は、ググッてみりゃわかることなので、ここでは触れません。ものすごくざっくり言い換えると、何らかの要因で遺伝子の塩基配列に、配列順序が狂ったり、配列の一部が欠損したりといった“異変”が起こり(遺伝子に“傷がつく”というイメージです)、その異変が生じた遺伝子を基にして生物の組織が作られため、同種の生物とは少し違った組織を持った個体が産まれること、これが突然変異だということです。
自然界で起こる突然変異によって産まれた変異体が、環境にうまく適応すれば、次はその変異体がその環境内で生き残っていくことになり、変異体ではない他の個体はやがて淘汰されていく。こうして生物は“進化”していくわけですが、自然界全体というマクロ視点でみると、一個体の中にある膨大な遺伝子の中のわずか一つに起こった“異変”が生物の進化を引き起こすと言われたところで、そんなもん誰も気付きません(笑)。生物の長い長い歴史の中で起こる遺伝子の突然変異は、目にも見えないごく一瞬の出来事ですから。しかしその、誰も気にも留めない突然変異という現象こそが、確かに生物の進化という大きな出来事を押し進めてきました。

チューリング氏の、エニグマ暗号を破ったという功績は、そうでなければもっと長引いたであろうと試算される第2次世界大戦を、早期に終結させたそうです。これは、私が自分で調査したことでもないし、第2次世界大戦におけるチューリング氏の役割を判断することもできません。しかし、氏はその後、暗号を破るために開発したマシンを発展させ、コンピューターの基礎を築きました。この事実は、今現在のコンピューター社会を鑑みるに、“社会の進化”を何歩も先に押し進めたといえるでしょう。つまりチューリング氏は、コンピューターによって繋がっていく現社会の進化の原動力となった、偉大な“突然変異体”だったのですよ。

でも、氏の人生の真の意義が、そんな途方もない“突然変異”にあったことなんて、今の社会に生きる私たちのほとんどは知りもしませんでした。この映画を見るまではね。そんな貴重な事実に気付かせてくれたことについても、私はこの作品に感謝したいと思うのですよ。


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