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zoom RSS 宿無しと神様―「聖なる酔っ払いの伝説 La Leggenda del Santo Bevitore」

<<   作成日時 : 2015/12/26 07:11   >>

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最近、自分自身の“老い”について考えることが増えたせいでしょうね。キラキラした若者を主人公にした映画より、老境に達した人間を描いたものに強く惹かれるようになりました。

名匠エルマンノ・オルミ監督のフィルモグラフィーの中でも、国際的に名を知られたある俳優を起用したことで特に知られる「聖なる酔っ払いの伝説」は、死を前にした一人の男に起こるささやかな奇跡の物語。これを初めて観たのは、実は学生時代であったのですが、それ以降、冬になり、身を切るような寒さを感じると思い出す映画の一つとなりました。

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「聖なる酔っ払いの伝説 La Leggenda del Santo Bevitore」(1988年製作)
監督:エルマンノ・オルミ
脚本:エルマンノ・オルミ 、 トゥリオ・ケツィク
原作:ヨゼフ・ロート
製作:ロベルト・チクット 、 ヴィンチェンツォ・デ・レオ
撮影:ダンテ・スピノッティ
美術:ジャン・ジャック・カジオ
音楽:イーゴリ・ストラヴィンスキー
編集:Fabio Olmi 、 Paolo Cottignola
出演:ルトガー・ハウアー(アンドレアスAndreas Kartak)
アンソニー・クェイル(Signore Distino)
サンドリーヌ・デュマ(ギャビーGabby)
ドミニク・ピノン(ヴォイテクWoitech)
ソフィー・セガレン(カロリーヌKaroline)
Jean Maurice Chanet(Kanjak)
セシール・パオリ(Commessa Negozio Pelletteria)他。

パリ、セーヌ川の橋の下を住み家にしているホームレス、アンドレアスは、ある日不思議な紳士から、日曜の朝に、聖テレーズ像のあるリシューの教会でミサの後に金を返すことを条件に、200フランを貸してもらうことになる。それからというもの彼の身の上に奇妙な出来事が続く。ワインを飲むために立ち寄ったカフェで仕事が見つかったり、買った新品の財布に金が入っていたり、また若いダンサー、ギャビーとのつかの間の情事を楽しんだり……。そして、あの紳士との約束を果たすために教会へ急ぐアンドレアスは、そこでカロリーヌと再会する。アンドレアスには昔、シュレジアの炭鉱夫だった頃、彼女をめぐって誤まって友人である彼女の夫を殺し、投獄された過去をもっていた。アンドレアスは、忘れ去ろうとして果たせず、しかし二度と会うことはなかろうと諦めてもいた女性と、懐しい愛の日々を回顧した。また違う日には、幼なじみのヴォイテクと偶然再会したりして、アンドレアスはなかなか紳士との約束を果たせないでいた。そして風の強いある日曜日、教会の前のカフェでヴォイテクと待ちあわせをしていたアンドレアスは、そこで少女に姿を変えた聖テレーズの姿を見る。そのまま昏倒したアンドレアスは教会に運ばれ、少女に見守られながら静かに息をひきとるのだった。
 ―Movie Walkerより抜粋

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館長がまだ若かりし頃、とある劇場でエルマンノ・オルミ監督の「聖なる酔っぱらいの伝説」(1988年製作、1990年日本公開)という映画が公開されました。元々はヨゼフ・ロートの短編が原作です。学生時代の私がこの映画を観ようと思った理由は、ずばり、今作の主演俳優への愛情所以でありました。
ハリウッドではすっかりスポイルされてB級アクション映画にキャスティングされるようになってしまった大好きなルトガー・ハウアーが、いったん古巣のヨーロッパ映画界に戻って演技派俳優としての本領を発揮した作品とあっては、絶対に観逃すわけにはいきませんでしたもの。
映画を観に行ったある日、最終の上映を観終わった観客(私を含めてほんの数人)は、狭い館内に明かりが灯されてから帰り支度を始めていました。と、そこへ、映画館のスタッフが現れて、小さなコップに入った赤ワインを皆に配ってくれたのです。劇中アンドレアスがしきりに飲んでいたような、赤い赤いワインですね。

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おおよそ、アル中を扱った映画を観終わった後になど、酒を飲む気にはなれないものです。古くはレイ・ミランドの代表作「失われた週末」、最近の作品なら、優秀なパイロットでありながら、重度のアルコール中毒のために人生を天国と地獄に隔てる岐路に立たされるデンゼル・ワシントンの「フライト」など。この二作はアル中との戦いそのものがテーマなので、頭では映画だと分かっていても見ているのが辛くなるくだりもあります。文字通り何もかも失って、やっとの思いでアル中地獄から脱出した主人公の姿を見届ければ、映画が終わったあとに一杯引っかけて帰ろうかなんて考えは萎えてしまうでしょうよ(笑)。

しかしながら、この作品は違います。人はいいがつい酒の誘惑に勝てず、ずるずると人生を踏み外していったアンドレアス自身には、実は一片の罪悪感も自己憐憫もありません。ただ淡々と、呼吸するようにごく自然に安い酒を飲み続けるのみ。嬉しいことも哀しいことも山のように経験しながら尚、飄々とパリの片隅で生きるその様は、高貴とさえいえるでしょう。…いや、地獄を見てきたからこそ、静まり返った水面のようにひっそりと佇んでいられるのかもしれません。酒場で黙々と安酒の入ったグラスを傾けるその目は、何ものも映していないようで、本当のところ、充分すぎる程の悲しみを遥か彼方に見ているようでした。

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そんな人間だったからこそ、神様は老紳士の姿に身をやつし、彼に200フランとささやかな奇蹟を与えたもうたのでしょうね。本質的に良い人間である彼を天に召す前に、彼に自身の人生のまとめをさせようとしたのではないでしょうか。昔激しい恋に落ちたものの、本当なら二度と会うこともなかったであろう女性と再会したり、降ってわいたように仕事が舞い込んだり、思ってもみなかったような新しい恋を得たり…。これまでの人生では諦めざるを得なかった諸々の事柄を、アンドレアスはささやかな幸福として享受し、かねて老紳士と約束した通り、借りたお金200フランを握り締めたまま、ついに教会で息を引き取っていきます。

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映画館のスタッフが配ってくれたワインを言葉少なに啜りながら、私たち観客はアンドレアスが教会で最期に目にしたものに、しみじみと思いを馳せておりました。長年の飲酒癖のせいで濁った彼の瞳には、きっとまばゆい光に包まれた天使の舞う姿が映っていたに違いありません。現実的に考えれば悲劇的なストーリーのこの作品は、しかし観る者に不思議なほど心安らかな余韻を与えてくれます。そう、それはさながら、旨い赤ワインのもたらす酔いのようでありましたね。

滋味深いワインに誘われて、私たちもまたアンドレアス同様、現実の人生の痛みや哀しみからほんのいっとき目を逸らし、聖テレーズの導く良き人生の奇跡を見つめる必要があるのかもしれません。例えそれが一瞬の幻だと分かっていても、ささやかな奇跡は、他ならぬ私たちが自分自身の人生を再び愛することを可能にしてくれるからです。



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