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zoom RSS The Three Faces of Sean―ショーン・ビーンさんの3つの顔。…追記しました。

<<   作成日時 : 2012/03/17 13:49   >>

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昨日は週末恒例の用事でバタバタしておりまして、疲労困憊でした。今日は朝から大雨で、気圧の変化も関係してか頭痛が酷いですね。

Sean Bean Onlineさんが、ショーンの最近作の中からきれいなショットを紹介してくれましたので、昨日はそれを見て和んでおりましたとさ(笑)。

まずは1ショットめ。ABCテレビが、アシュリー・ジャッドを主演に迎えて制作するアクション・サスペンス・シリーズ『Missing』からの画像です。

画像

優しい夫ポール(これがショーン)と可愛い一人息子マイケルに恵まれた主婦ベッカの平凡な日常は、ポールの乗った車が爆破されたことを機に一変する。10年後、ベッカが女手ひとつで育て上げた息子マイケルが、欧州へ旅立った。マイケルが旅先から送ってくる動画を楽しんでいたのも束の間、彼は謎の一味に誘拐されてしまう。それを知ったベッカは、息子の足跡を辿り、その行方を捜し始める。警察はアテにならない。頼りになるのは自分だけ。ベッカは片手に銃火器、片手にバイク、迫りくる敵を撃ちまくり、襲い掛かる敵を問答無用で殴り倒し、わからずやの警察機構相手に怒鳴り散らし、怪しげな人物には銃口を突きつけて、走り続ける。息子マイケルを奪還するために。マイケルの失踪には、10年前の夫ポールの爆死が深くかかわっていると確信したベッカは、CIA工作員だった過去の自分を解き放ち、息子の行方を求め世界をまたに駆けて暴れまわる。


ちっとも平凡ではない主婦ベッカさんが、銃火器片手に大暴れするアクション・サスペンス巨編です。ポイントは、アメリカのアクション系ドラマにありがちな、“おとなしそうなおにゃのこが、実はカンフーやカラテの達人でIQ300超えの天才でスナイパー並みの銃の腕前を持っているのだー”というゴージャスてんこ盛りな設定。

Missing (ABC) - Trailer


ここでこんなことを書いて水を差すわけじゃないんですが、アシュリー・ジャッドって、映画に出ている頃も「ダブル・ジョパディー」とか「ツイステッド」とか「ハイ・クライムズ」とか「コレクター」とか、似たような設定のサスペンス・アクションものの、似たような雰囲気のヒロインを演じるのが大好きでした(笑)。私としては、「五線譜のラブレター De-Lovely」(2004年)で演じた、コール・ポーターの奥さんのような役柄なんぞが、本当の意味でドラマティックかつエモーショナルだと思うのですがね。もっともっとこんな役に挑戦してもらいたかったなあ。暴れたり、走り回ったり、ぎゃーぎゃー大騒ぎするだけの演技じゃなくってね。
それにしても、今回このトレーラーで久しぶりにアシュリーを見たのですが、時間の経過の残酷さをしみじみと感じたものです…。彼女も若かりし頃は、マリサ・トメイのようにほっぺたがふっくらした小悪魔系の童顔で、今風の言葉でエロ可愛いっていうんですかね、そんなタイプの美女だったのですよ。…私、さっきから過去形でばかりしゃべってますが(笑)、もちろん今でもアシュリーは美しい方ですよ。

今回ABC放送が予算をつぎ込んで制作するシリーズ『Missing』は、パイロット版がアメリカで放映されたばかりですが、視聴者の反応如何では当然連続ドラマシリーズ化する予定であります。ファースト・ルック・トレーラーを見たときは、冒頭に確かにショーンが出ているのを確認しましたが(苦笑)、上に貼ったトレーラーにはショーンの“シ”の字も出てきやがりません。IMDbには、パイロット版に引き続き、シリーズ初回から3エピソード目までショーンも出てくるように書かれていますが、彼演じるポールは“過去の回想”という形で登場するようですね。
ショーンが『Missing』で演じるポールというキャラクターについて、彼自身がインタビューで解説している記事は、このSean Bean seems OK about role as a flashback in 'Missing'というもの。ネタばれ気味か(笑)?大丈夫なのか?

ここから追記です。
このシリーズにおけるポール・パパの出番なんですが、パイロット版をご覧になった方からの情報で、ポールにまつわる回想シーンが結構あったことが確認されています。つまり、そんなにサブリミナル出演ではなかったということですね(安堵)。パイロット版というのは、制作側が局に番組を売り込むために作るお話でして、この視聴率がノルマを達成できれば、局から制作にゴーサインが出ますし、思った以上に視聴率が稼げなければ、シリーズ化は幻となってしまいます。だいぶ前のお話ですが、ショーンにも実はパイロット版を制作していながら、結局シリーズ化されなかった『Faceless』というドラマがありました。
アメリカのテレビドラマ業界は、ケーブルテレビの台頭と、慢性的なアメリカ経済の低迷によって、現在非常に厳しい状況にあり、鳴り物入りで開始したドラマや人気があるドラマであっても、継続的に視聴率を稼げなければ、即打ち切りの憂き目に遭います。この『Missing』も、アシュリー・ジャッドというそこそこ知名度のある女優を看板にして、かなり気合の入った宣活を行っていた模様。ショーンのポール・パパの出番が今後も継続するのかどうか、あるいはストーリーに急展開があって、実はポール・パパは生きていた…?!的な、ショーンにとっておいしい流れに出来るかどうか、全てはアシュリー姐さんの“視聴率ポテンシャル”にかかっているといっても過言ではありません。この際、アシュリー姐さんのキャリア云々はとりあえず置いといて(←コラ)、なんでもいいからとにかく視聴率を上げるために、『Missing』のFacebook公式ページをリンクしておきますね(笑)。

Missing Facebook Page
このページのウォールに書き込まれている、パイロット版視聴者からの反響は様々ですが、中には、映画化もされた昔の名シリーズ「逃亡者 The Fugitive」(1963年〜1967年)を引き合いに出している人もいますねえ。「逃亡者」のように、“追いつ追われつ”という要素だけでシリーズを引っ張っていくことができるかどうか。『Missing』の成功のカギは、そこにあるでしょう。


2ショットめ。ショーンの役柄“王様”の扱い如何によっては、私によってヤキを入れられるかもしれない(笑)ターセム・シン監督の白雪姫リブート作品、『Mirror Mirror』から。

画像

王様、やっとこ登場のクローズアップ画像。

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―click to enlarge
『Mirror Mirror』のカラフルかつどこかエキゾティックな衣装の数々は、今年1月21日に亡くなった著名な衣装デザイナー、石岡瑛子女史が手がけたもの。ショーンが身につけているこの王様のガウンも、よく見ると、襟の部分や袖口に花びらがデザインされていたり、ガウンの模様も東洋的だったりと、非常に個性的ですね。
それより、ショーンがコスプレ映画に出演している時、こんなに明るい色合いの衣装を着ている記憶がないので、ショーンにとっても、今作がおそらく“初イエロー映画”となるでしょうね。…それが何を意味するかはよく分かりませんけどさ…。
ともあれ、石岡さんの衣装はこれで見納めだと思われますので、故人の独創的な世界観を偲びつつ、ぜひ上の画像をクリックして大きくしてご覧になってくださいね。

『Mirror Mirror』に関連したショーンのインタビュー記事が出ました。まあ確かに、ショーンはコスプレが一等似合う俳優ですが、Sean Bean’s kingly performance in Mirror Mirror is a crowning achievement.とか持ち上げられると、なぜかちょっぴり複雑な気もしないではありません…。英国の舞台で培った演技力より、コスプレに映える彼の姿かたちのみが取り沙汰されているようにも思えるのでね。現代の設定の作品に出演する時のショーンは、悪役かそれに近いキャラクター・カテゴリーに押し込まれる事が圧倒的に多いですから。


3ショットめ。先日ここでもご紹介したショーン主演作品『Cleanskin』から。

画像

出ました、ショーンの十八番中の十八番、鉄鋼の町シェフィールドが生んだボーン・トゥ・ビー・ワイルドな(笑)、男一匹拳で勝負だショーンです!!…自分でも何を書いているのか分からなくなってきていますが、とにかくそういうキーワードで語られることの多いショーン自身のパーソナリティーが色濃く出た、これも彼の俳優としてのもう一つの表情ですね。ショーン・ビーンという役者を「カラヴァッジオ」で知って以来、極東の片隅でずーっと彼の応援を続けてきましたが、彼の素顔に一番近いこんな表情を見ると、やっぱりどこか安心してしまう自分がいます(笑)。

ブランドものの高価なスーツをかっちりと着こなしたり、古代ギリシャの王様の衣装を着て戦場に立ったり、はたまた中世の騎士の甲冑に身を固めるショーンも良いですが、決してセンスがあるとはいえない(爆)私服に限りなく近い、衣装とは呼べないような衣装で自然体で演じる姿をもっと見たいもんですな。演技なのか地なのか区別がつかんわいという、ショーン独特のナチュラルな演技が、いつか広く認められることをこれからも祈っております。

くどいようですが、日本の配給会社の皆様、『Cleanskin』の劇場公開をよろしくお願いしますよ。


最後にオマケを。
今日のお話のタイトル“The Three Faces of Sean”ですが、懸命な皆さんなら既にお気づきのように、故ポール・ニューマンの恋女房ジョアン・ウッドワードが主演した「イブの三つの顔 The Three Faces of Eve」(1957年製作、ナナリー・ジョンソン監督)から頂いています。

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この作品、三つの異なる人格(イブ・ホワイト、イブ・ブラック、ジェーン)をもった女性のお話なのですが、彼女がこの多重人格をどのように克服したのか、その経緯を淡々と追っていくドラマであります。ウッドワードは、おとなしく気弱なイブ・ホワイト、妖艶で悪女風のイブ・ブラック、治療途中でやっと登場する、中立の立場らしい3番目の人格ジェーンを、丁寧に演じ分けていました。
映画は、なぜ人格が3つに分かれてしまったのか、また3人のイブがそのそれぞれの人格をどのように認識しているのか、それらをどうやって統合していくのかなどを、多重人格者本人の視点ではなく、あくまでも彼女を診察する精神科医の視界から客観的に描いています。それが、今作に“多重人格を追求するお話”を期待したむきに、ある種の拍子抜けのようなあっけなさを感じさせてしまうのでしょう。今作の体裁は、イブ以外の人間、つまり“正常な”人間から見た、イブという“異常”な人間の様子を見せるというもの。“精神疾患を抱えた気の毒な人間が、苦闘の末に、正常な人間の社会に復帰できた”ということを、感動的に捉えねばならないドラマなのです。腑に落ちない部分があっても、1957年当時なら、今作のような表現方法が精一杯であったと理解しなければ。
おそらく今なら、多重人格を抱える人間本人の見ている外世界の情景と、彼ら自身の内なる世界観を映像に移植するところでしょうね。“どちらがより正しくて、どちらが間違っている”というような、単純な二元論ではこのようなテーマは解析できないからです。精神医学に対する認識の深さが、1957年当時と現代では相当に異なるということを、一応頭において観なければならない作品だと思います。
しかしながら、前述したように、1人で3つの人格の交替を自然に演じ分けたウッドワードの演技は見事ですし、窓から差し込む太陽光線の加減で時間の経過を表現する、スタンリー・コルテスのカメラワークも素晴らしい。1人の女性の心理的葛藤のドラマだとみなせば、地味ながら得るものはある作品でありましょう。
ハリウッドは昔から、アル中、ヤク中、精神疾患者が登場するドラマが大好き。映画の中でそれらを演じた役者は、たいていオスカーにノミネートされたり、実際に受賞したりもします。役者冥利に尽きる、演じ甲斐のあるキャラクターでありますね。この映画でも、多重人格者を演じたウッドワードがアカデミー主演女優賞を受賞しています。


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なるほど(納得、参考になった、ヘー)
The Three Faces of Sean―ショーン・ビーンさんの3つの顔。…追記しました。 House of M/BIGLOBEウェブリブログ
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