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zoom RSS ポール・マザースキーの思い出アルバム―Memories about Paul Mazursky

<<   作成日時 : 2014/07/02 05:19   >>

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ポール・マザースキー監督は、現地時間で6月30日の月曜日に入院先の病院で心肺機能停止が確認されました。享年84歳。心からご冥福をお祈り申し上げます。過去記事を再掲しておきますね。


“それでも人生はいいもんだ”

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ポール・マザースキー Paul Mazursky

1930年4月25日生まれ
ニューヨーク州ブルックリン出身

本名はアーウィン・マザースキー。彼とユダヤ人であるという人種的ルーツは、切っても切り離せない。祖父はウクライナから自由を求めてアメリカに移住してきた。彼の母親はダンス教室で伴奏を弾くピアニストであり、父親は肉体労働に従事。だが、1951年にブルックリン大学を卒業後、エンターテイメントに魅了されてその世界に入ったマザースキーは、どちらかというとひ弱な文系タイプの男であった。ユダヤ人であることに誇りは持つが、残念ながらユダヤ教の熱心な信者というわけではない。

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ブルックリン大学在学中は、明けても暮れても学生演劇三昧の日々を過ごした。この辺りの事情は、自伝的作品「グリニッチ・ビレッジの青春」に詳しい。エンターテインメント界で活躍する未来の輝かしい自分を夢見つつ、下積みの年月を耐え、大学を卒業後は俳優としてキャリアのスタートを切った。意外なことに銀幕デビュー作は、まだ駆け出しの新米監督であった頃のスタンリー・キューブリックの処女作品『Fear and Desire』。時を同じくして、芸名を“ポール”と改めた。別にユダヤ的本名を厭ったわけではない。観客にもプロデューサーにも、一刻も早く名前を覚えてもらうためである。リチャード・ブルックス監督の「暴力教室」(1955年)にも、シドニー・ポワチエやヴィック・モローといった俳優達に混じって登場。また、学生時代に培ったコメディセンスと執筆能力を生かし、1963年にはダニー・ケイ主演のテレビ番組“The Danny Kaye Show”のライターとなった。1965年には、“The Monkees”というテレビ・シリーズのパイロット版の脚本を、ラリー・タッカーと共に手がけている。その双方で俳優としてカメオ出演も果たした。

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役者と脚本家の二足のわらじを履くキャリアは、1968年のピーター・セラーズ主演コメディ映画「太ももに蝶」で脚本を担当したことで大きく前進した。この作品で映画脚本家としてデビューを飾ったマザースキーは、翌年には自作の脚本に基づく映画「ボブ&キャロル&テッド&アリス」(製作は、『The Monkees』で組んだラリー・タッカー)のメガホンも任されるようになる。この作品では、オスカーのオリジナル脚本賞部門でノミネートを受け、一躍ブルックリン出身のひねくれ者ユダヤ人映画作家の名前を高めた。さらにその翌年の1970年には、ドナルド・サザーランドとエレン・バースティンという芸達者2人を主演に迎えた、シニカルでドラッギーなドラメディ「Alex in Wonderland」を監督(兼脚本)する。その後も、『Blume in Love』(1973年)、アート・カーニーと猫の“トント”の名演が涙を絞る名作「ハリーとトント」(1974年、オスカーのオリジナル脚本賞ノミネート)、自伝的青春群像劇「グリニッジビレッジの青春」(1976年、カンヌ国際映画祭パルム・ドール候補)、そしてマザースキーの名前を不動のものとした「結婚しない女」(1978年、オスカー作品賞とオリジナル脚本賞ノミネート、カンヌ国際映画祭パルム・ドール候補)など旺盛な創作意欲で秀作を発表し、映画作家として豊穣の70年代を送った。

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市井の人々の生き様を、繊細にフィルムに活写するドラマ作りが身上のマザースキーにとって、何もかもが大げさでバブリーな1980年代とは摩訶不思議な時代であったに違いない。なぜなら、彼の作った映画たちを見れば、人と人が出会って別れていくまでの心情の移ろいを、その曖昧さまでもいとおしんで丹念にフィルムに拾い上げていることがわかるからだ。たとえそれが男女間のすれ違いであろうとも、世代間の溝であろうとも、家族の間の愛情のずれであろうとも、人と人がある限り、そこにマザースキーの愛する“ドラマ”が存在するのである。

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映像を優しく包み込むユーモアは、まあ時に自虐的ですらあるが、素直になれないマザースキーの本質たるロマンティシズムの照れ隠しである。そしてそれは時に隠し切れないペーソスを伴う。愚かで未熟な人間たちの、不器用にも程がある心模様に呆れながらも、愛さずにはいられない彼自身の優しさが、そのペーソス溢れる詩情から漂っている。ことほどさように、マザースキーというひねくれ者のユダヤ人はデリケートなのだ。そんなデリケートな男に、デリカシーのかけらもない80年代は似合わない。

案の定、80年代における映画作家としてのマザースキーは、やや精彩を欠いた。トリュフォー監督の名作「突然炎のごとく」のリメイク「ウィリーとフィル/危険な関係」(1980年)、ジョン・カサヴェテスやジーナ・ローランズ、スーザン・サランドンといった芸達者たちを迎えたドラマ「テンペスト」(1982年)、ロビン・ウィリアムズの一世一代の名演技が堪能できる佳作「ハドソン河のモスコー」(1984年)といった80年代前半に製作された作品は、いずれも日本では劇場公開が見送られてしまったのだ。
“80年代 vs マザースキー”の構図を象徴する作品は、一般的には高い評価ではないものの、1986年のコメディ「ビバリーヒルズ・バム」であったと思う。ジャン・ルノワール監督の名作「素晴らしき浮浪者」のリメイクだ。ある浮浪者が、鼻持ちならないが金は持ってるビバリーヒルズの一家の邸宅に上がりこんでくる。社会的な地位としては、浮浪者は底辺、一家はピラミッドの頂点に君臨する立場だが、豪放磊落な反面、鋭敏な知性も感じさせる魅力で、その浮浪者は金持ち一家を逆に感化し始める。上流階級を気取る成金一家の常識を覆す浮浪者と、彼に振り回される金持ち一家という下克上の構図。コメディにはありがちのパターンであるといえばそれまでだが、そこに込められたマザースキーの真意を考えると、また違った意味合いも感じられるだろう。どちらかと言えば、古風でノスタルジックな作風の似合うマザースキーと、新しくて攻撃的な新時代の映画界。彼はおそらく、「ビバリーヒルズ・バム」の浮浪者に託して、そんな新しい時代に挑戦していたのではあるまいか。

「パラドールにかかる月」(1988年)では、俳優でありながら独裁国家“パラドール”の独裁者の影武者となったリチャード・ドレイファスの一人二役演技が面白い。エルンスト・ルビッチ監督の「生きるべきか死ぬべきか」(1942年)を思わせるが、笑いの規模が小粒になった印象はぬぐえない。

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80年代の10年間でマザースキーが放った力作は、1989年の「敵、ある愛の物語」か。ユダヤ系アメリカ人のノーベル賞作家アイザック・バシェヴィス・シンガーの小説を、ルーツを同じくするマザースキー自身が脚色・映像化したものである。第2次世界大戦後、サバイバルに成功したユダヤ人ハーマンはポーランド人女性と結婚し、アメリカで幸せな毎日を送っていた…はずだった。ハーマンという男、典型的な中年ユダヤ人のルックスで、お世辞にも冴えた美男とは言い難いのだが、なぜか女にもてる。妻に隠れて愛人との間に隠し子までもうけているのだから、小柄ながらあちらの方も滅法強い。しかし、そこへ強制収容所で死んだと思われていた先妻が登場し、ハーマンの身辺は俄かに緊張する。それぞれの女達に真実がバレないようにと、ハーマンは仕方なく3人の女達と偽装重婚する羽目に。自業自得というべきか、結局はハーマンの背信がそれぞれの女達に知られてしまう。女達はまなじり険しく、ハーマンに3人のうち誰か1人を選ぶよう迫る。ちょっとやそっとのことでは動じない、肝っ玉母さんタイプの先妻、猛獣の吼え声が良く似合うセクシーかつワイルドな現妻、そして優しい愛人。優柔不断でずるい男とののしられようが、ハーマンはハーマンなりに、性格もタイプも異なる3人の女達をそれぞれに見合った形で愛していた。しかしハーマンという男はこの世にただ1人しかいない。女達にハーマンを仲良く共有する意思などあろう筈もないのだから(第一、ハーマンの精力がもたない)、彼女らの主張通り、ハーマンは3人の中で誰か1人だけを選ばねばならない。予期せぬ事態に右往左往するハーマンが下した決断とは。
1940年代のノスタルジックな風俗の再現は、かなり緻密な時代考証に則ったもの。そんな美しい光景の中で繰り広げられるのは、3人の女達の間をオロオロさまよう中年男の受難劇。ま、受難というか、むしろ自業自得なのだが(笑)。1人の男を巡っていかにも強そうな複数の女達がにらみ合う構図は、シリアスに描けば悲劇的な泥沼に陥るのだろうが、マザースキー独特の自虐的で乾いたユーモアのタッチに触れれば、あら不思議、飄々とした人間ドラマを生み出してしまう。げに摩訶不思議なるは男女の仲。第三者には窺い知ることの出来ない男女間の心の機微を、不完全燃焼気味な描写はあれども、絶妙の軽さで描いたこの作品は、まさに“マザースキーらしい”ものだといえるだろう。オスカーでは脚色賞にノミネーションを受けている。

90年代に入ると、さしものマザースキーも映画監督としては半ば隠遁状態に入ってしまう。そもそも日本公開作品がほとんどなくなったし、1990年の「結婚記念日」と1993年の「フライング・ピクルス」以降は、自ら脚本も手がける力のこもった演出も見られなくなってしまうのだ。 1996年の『Faithful』、1998年の「ザ・ジャーナリスト」、2003年の『Coast to Coast』、最近作では2006年のドキュメンタリー・フィルム『Yippee』などが監督作品として挙げられる。70年代の、クリエイターとしての彼の輝きを知る者にとっては、正直なところ、現在のマザースキーは“あの人は今”状態であると言わざるを得ない。
尤も、マザースキー自身、そんな自らを省みて格別焦燥感に駆られているようには見えない。なんといっても、テレビ・シリーズ「トワイライト・ゾーン」や『The Rifleman』への出演から始まった俳優としてのキャリアも、相も変わらず淡々と積み上げているからだ。こちらは、映画とテレビ界を股にかけ、ジャンルを問わず息の長い活動軌跡を残している。有名どころとしては、1976年のバーブラ・ストライザンド版「スター誕生」、1993年の「カリートへの道」、声の出演を果たしたアニメ映画「アンツ」などがある。いや、むしろ最近では、人気テレビ・シリーズ「ザ・ソプラノズ/哀愁のマフィア」で、“サンシャイン”というキャラクターを演じた人だと言った方が通りが良いか。あるいは、「ラリーのミッドライフ★クライシス」でメル・ブルックスのパートナーの“ノーム”だった人、とか。

いずれにせよ、彼がハリウッドにひっそりと残した作品たちは、それ自体が過去の思い出を手繰り寄せるようなノスタルジックな佇まいである。思い出というものが、時を経れば経るほどにその色彩も輪郭も鮮やかになっていくように、彼の作品たちもまた、遠い過去に追いやられるほどに、美しさと愛しさをいや増していくのだろう。何が何でも業界の最前線に居座り続けようと、躍起になって処世術を駆使するあさましさは、マザースキーには似合わない。

そうそう、ひとつ付け加えておくと、マザースキーはハーマンと違い、恋女房ベッツィーと生涯添い遂げる気であるらしい。

●フィルモグラフィー

2004年「ラリーのミッドライフ★クライシス(シーズン4)」TVシリーズ ゲスト出演
2003年「アメリカン・ニューシネマ 反逆と再生のハリウッド史」(未) 出演
2001年「ハッピー・フューネラル」 出演
2001年「ザ・ソプラノズ/哀愁のマフィア(シーズン3)」TVシリーズ ゲスト出演
2000年「ザ・ソプラノズ/哀愁のマフィア(シーズン2)」TVシリーズ ゲスト出演
1999年「テリーの災難」TVムービー 出演
1998年「ホワイ・ドゥ・フールズ・フォール・イン・ラブ」(未) 出演
1998年「クレイジー・イン・アラバマ」(未) 出演
1998年「ザ・ジャーナリスト」TVムービー 監督
1997年「ザ・ネットワーク」(未) 出演
1997年「ヘイ・ヘイ・ウィアー・ザ・モンキーズ」TVムービー 出演
1996年「2 days トゥー・デイズ」 出演
1996年「Touch タッチ」 出演
1994年「マイアミ・ラプソディー」 出演
1993年「フライング・ピクルス」(未) 監督&製作&脚本
1990年「結婚記念日」 監督&製作&脚本&出演
1990年「ファイロファックス/トラブル手帳で大逆転」(未) 製作
1989年「敵、ある愛の物語」 監督&製作&脚本
1988年「パラドールにかかる月」(未) 監督&製作&脚本
1988年「パンチライン」(未) 出演
1985年「ビバリーヒルズ・バム」 監督&製作&脚本
1984年「ハドソン河のモスコー」(未) 監督&製作&脚本
1982年「テンペスト」(未) 監督&脚本
1980年「ウィリーとフィル/危険な関係」(未) 監督&製作&脚本
1979年「男と恋と銀行泥棒」(未) 出演
1978年「結婚しない女」 監督&製作&脚本
1976年「グリニッチ・ビレッジの青春」 監督&製作&脚本
1976年「スター誕生」 出演
1974年「ハリーとトント」 監督&製作&脚本
1969年「ボブ&キャロル&テッド&アリス」 監督&製作&脚本
1968年「太ももに蝶」 脚本
1955年「暴力教室」 出演



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マザースキーはウクライナ系のユダヤ人。上の画像の人もユダヤ人。

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