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zoom RSS 銃を撃つことに理由は存在しない。―2013年1月改訂版(苦笑)

<<   作成日時 : 2013/01/31 14:16   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

1月31日付けでAFP BB Newsに記載された2つの記事には、今現在アメリカ社会を苦しめている、ある病根が共通して登場している。“銃”というパンドラの箱を巡り、彼らが抱えるジレンマが浮き彫りになっているのだ。









銃規制法案を可決すべきか否か。銃社会ともいわれるアメリカで、“治安”に対する認識を根本から揺るがす問題が議論され続けている。その議論の行き着く果ては遥か彼方であり、今や“卵が先かひよこが先か”的な迷走も見せているような気がする。
しかしいつも思うのは、結局、銃が勝手に人を殺すわけではなく、銃を持っている人間こそがその引き金を引かせているという事実だ。銃を持つことで、人間が己の理性を保てないのなら、法律で銃を規制するしかないのではないかと思うが。

銃はやはり人間にとってパンドラの箱であったのだろう。2010年6月にはこんな事件も起こっている。

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銃乱射事件というのは、銃社会アメリカならではの、空虚な現代を象徴する現象だと思っていた。

湖水地方といえば、英国の北西部、ウェストモーランドからランカシャー地方にまで広がる風光明媚なリゾート地だ。かのビアトリクス・ポター(ピーター・ラビットの生みの親)が愛し過ごしたニア・ソーリーや、ワーズワースが晩年をすごしたアンブルサイドなどを含む、大小さまざまな湖を擁した国定公園である。




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この美しい場所で、あるうだつの上がらぬ風采のタクシー運転手が銃を乱射し、33人もの人命を奪った。動機はわからない。なにしろ当の本人が死んでしまっているのだ。

とかく昨今の殺人事件においては、“動機不明”もしくは“動機は理解不能”といったケースが多い。むしろ動機の筋道をちゃんと解説できる(という言い方は変だが)事件の方が少ないのではないか。このケースも様々な憶測が飛び交っているようだが、結局は“動機は曖昧”という形で決着しそうな気がする。

銃を乱射し、無差別に無関係の人間を殺害していくことに、どんな特殊な理由も成り立たないだろう。ただそこに銃があり、自分は怒っている。たったそれだけで銃は乱射され、多くの人々が亡くなってしまう。この種の事件に遭遇するたび思うのだが、よく言われるような“ゲーム感覚の犯行”とも少し違う感触なのだ。

日常生活の狭間に、ある日突然ぽっかりと真っ暗な深淵が口を開け、人が生きていくうえで経験するあらゆる感情、感覚が全て、そこから虚無に吸い込まれていく。後には何も残らない。だから何かでそこを埋めてしまわねばならない。その“何か”は人によって異なるだろうが、最近では銃を手に取る人が多いのだろうか。

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この2つの作品は、1999年4月20日、コロラド州ジェファーソン郡にあるコロンバイン高校で起こった銃乱射事件を基にしている。同高校で、日常的にいじめの被害に遭っていたエリックとディランという生徒2名は、1999年4月20日午前11時10分、トレンチコートを羽織った姿で高校にやってきた。用意していた爆弾が不発であることがわかると、彼らは持っていた各種の銃器で無差別殺戮を開始。約45分間に渡って高校内で銃を乱射し続けた。警察の対応の不手際もあり、結局12名の生徒と1名の教師が亡くなり、重軽傷者は24名にまで上る大惨事となってしまった。エリックとディランは現場で自殺。
銃が実に簡単に購入できてしまう社会への危機感、学校内に存在する階級社会といじめの構造、初動捜査における警察の重大なミスと情報操作等、現代アメリカ社会が抱える多くの問題を表出させ、同事件は今に至るまで痛ましい記憶を残している。
上記した2作品では、それぞれに異なったアプローチで同事件に迫っている。「エレファント」はガス・ヴァン・サント監督による作品だが、同事件が起こった日の高校の一日をリアルに切り取ったものだ。2台の車がフラフラと高校の敷地内に到着する冒頭から、前代未聞の惨事が起こるまでを嵐の前の静けさのごとき不穏な空気の中で、淡々と描いていく。犯人の2人にしても被害者側の子供たちにしても、サント監督は事件の要因を彼らに追及するような演出は一切施さない。しかし、ごく普通に展開されているように見えるアメリカの一般的な高校生活の奥に、事件の遠因となった問題が黒く蠢いているのは窺える。子供たちの社会においても、差別の連鎖や権力・派閥構造といった、世界情勢を揺るがすのと同種の問題が根付いているのだ。これはもう、人間が根源的に抱える治癒不可能な病魔だとしかいいようがない。
「ボウリング・フォー・コロンバイン」では、アポなし突撃取材の名物男マイケル・ムーア監督が、同事件発生の主たる要因にアメリカ社会の銃構造の問題が挙げられると強く主張する。アメリカ社会を犯罪の温床にしている“銃”そのものを規制すべきであると。第2第3のコロンバイン事件を抑止するためには、銃を頼みとするアメリカ人の意識改革を根底から行う必要があるだろう。

しかし、どちらの作品も結局は、エリックとディランが銃を手に取るに至った本当の理由を明示できない。私自身は、そもそも“理由”などないとすら思っている。ぽっかりと開いた穴を見つけると、そこに何かを押し込んでみたくなるように、彼らが人を殺そうとした経緯にも明確な論理などないに違いない。

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自然は昔からその姿をほとんど変えていない。それは、環境破壊が進んだ現代ですらそうだ。変わってしまったのは人間の方である。美しい自然の懐に抱かれながらも、人間はその恩恵に感謝することもなく、その美を賞賛することもなく、ただただ空虚な穴に成り果ててしまった。

無差別に人殺しをせずにいられないほどに。



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