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zoom RSS “プリンセス・シシー”は永遠に。ーRomy & Sissi

<<   作成日時 : 2015/08/15 18:54   >>

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ロミー・シュナイダー Romy Schneider

1938年9月23日生まれ
1982年5月29日没(フランス、パリ)
オーストリアはウィーン出身

本名はRosemarie Magdelena Albach-Retty。演劇の家系に生まれ、女優の母マグダ・シュナイダーのアドバイスに従って、芸名を“シュナイダー”とする。映画デビューを飾ったのも母マグダの主演作であった。芳紀15歳の美少女はたちまちにして業界の注目を集め、デビュー後すぐに製作された「プリンセス・シシー」でのタイトル・ロールの好演によって、アイドル女優となる。
マックス・オフェルス監督の作品『Liebelei』のリメイク「恋ひとすじに」(1958年)に出演した際、共演俳優であった新人のアラン・ドロンと電撃的な恋に落ちた。彼と一緒にすごすためにパリに居を移したロミーは、女優としても、活躍の場を大いに広げることになる。プリンセス・シシー役で定着した“美少女アイドル”のレッテルをはがし、より成熟した演技派女優への転身に苦労していた彼女は、ルキノ・ヴィスコンティ監督(「ボッカチオ’70」)やオーソン・ウェルズ監督(「審判」)との仕事に意欲的に取り組み、大きく成長していく。だが、野心的なドロンとの不安定な関係は長くは続かず、5年後に2人は破局。ドロンとの破局後程なくしてHarry Meyenと結婚するが、心の傷は癒えてはおらず、ロミーのキャリアもそこで足踏み状態になってしまう。
ジュールス・ダッシン監督の心理サスペンス・ドラマ「夏の夜の10時30分」(1966年)での繊細な演技で、彼女は再び国際派女優としての活動を再開。ロミーのキャリアは、その後ヨーロッパ映画界で順調に成熟してゆく。70年代には、アンジェイ・ズラウスキー監督作『L'important c'est d'aimer』(1975年)でセザール賞の最優秀主演女優賞を獲得。3年後の作品「ありふれた愛のストーリー」(クロード・ソーテ監督)でも同賞を授与されるなど、トップ女優として揺るぎない地位を確立したといえる。しかし、仕事の好調とは裏腹に、その私生活は波乱続きであり、最愛の息子デヴィッド・クリストファーをもうけた夫Harry Meyenとも1975年ついに離婚。アルコールとドラッグに溺れる悲惨な状態であったという。ヴィスコンティ監督と再びタッグを組んだ「ルードウィヒ/神々の黄昏 Ludwig」(1972年)では、私生活を反映したかのような孤独な皇女エリザベートを印象深く演じたが、“死に魅入られたかのような孤独な女”の肖像は、晩年の女優ロミー・シュナイダーの確固たるペルソナとなる。
元秘書との短命に終わった結婚生活の後、最大の悲劇がロミーを襲った。息子デヴィッド・クリストファーが事故で早世してしまったのだ。彼女はこの喪失に耐えることが出来ず、薄幸の女を演じた「サン・スーシの女 La Passante du Sans-Souci」を遺作に、1982年5月29日睡眠薬の大量摂取が原因でこの世を去ってしまった。享年43歳の若さであった。

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実は、パリ滞在中に購入するかどうかで1年間迷っていたのが、このシリーズのDVDでした(笑)。近所のfnacでは、シリーズ全3作のDVDが美しいBOX版にまとめられて売られており、それはもう喉から手が出るほど(笑)欲しかった…。で、悩みに悩んだ挙句、結局購入を断念したわけですが、その後日本語版が無事発売の運びとなって本当に嬉しいですよ。ロミー・シュナイダーが一躍ヨーロッパのアイドル女優になった、記念すべき作品ですものね。

「プリンセス・シシー Sissi」(「エリザベート ロミー・シュナイダーのプリンセス・シシー」)(1955年製作)
「若き皇后シシー」(1956年)…第2作目
「ある皇后の運命の歳月」(1957年)…第3作目
監督:エルンスト・マリシュカ
脚本:エルンスト・マリシュカ
製作:カール・エーリッヒ、エルンスト・マリシュカ
撮影:ブルーノ・モンディ
音楽:アントン・プロフェス
編集:アルフレート・スルプ
美術:フリッツ・ユプトナー=ヨンストルフ
衣装:レオ・バイ、ゲルダーゴ
出演: ロミー・シュナイダー(エリーザベト)
カールハインツ・ベーム(フランツ・ヨーゼフ1世)
マグダ・シュナイダー( ルドヴィカ、エリーザベトの母)
グスタフ・クヌート(マクシミリアン、エリーザベトの父)
ウタ・フランツ( ヘレーネ、エリーザベトの姉)
フィルマ・デギッシャー(ゾフィー、フランツ・ヨーゼフの母、ルドヴィカの姉)他。

オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世と、その皇后となるエリーザベト(エリザベート)の出会いから結婚までを、3作品に描いた歴史ロマン大作です。まあ、作品そのものの出来上がりは、豪華絢爛な美術や衣装、オーストリアという特異な君主国家の背負う複雑な歴史背景で見せる、ごく普通のロマンティックな歴史絵巻モノの範疇を超えません。そこに独自の解釈がみられるわけでも、特筆すべき映像的工夫があるわけでもないと思います。思いますが、若き日のエリーザベトに扮したロミーの、輝くような若さと、ヨーロッパ女性にしかない気品、そして溌剌とした美貌が、そのままの形でフィルムに刻印されているという一点において、今シリーズは映画史に残る作品になったと信じております。それほど、まだ挫折や孤独を知らないエリーザベトを愛くるしく演じるロミーの姿は、貴重だと思うのです。

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ロミーは、キャリアの出発点たる思い出深い“プリンセス・シシー”を、実は後年「ルードウィヒ/神々の黄昏」において再度演じています。そのときのシシーは、もうあの頃のような、純粋でおてんばで穢れなきお姫様ではありませんでした。混迷を極めるヨーロッパの政局を案じる不安と、長年続いた王家の歴史が今まさに終わらんとする斜陽の時代への憂鬱、王族であるがゆえに家族のささやかな幸せも手に入らぬ孤独に苛まれた、1人の哀れな女性であったのです。ですがシシーは、王族の誇りと意志の強さで、傲然と顎をあげて生きる力強さも持ち合わせていました。
「ルードウィヒ Ludwig」におけるロミー=シシーの美貌は、歳月を経て芳醇な大人の女性のそれに変貌し、幾重にも歴史の哀しみを吸い込んだ魂は、狂気と結びつくぎりぎりの境界を彷徨いつつも、消える直前のろうそくの炎のように彼女の美しさを際立たせています。「プリンセス・シシー Sissi」シリーズの頃のロミーと「ルードウィヒ」のロミーの変貌振りを見るにつけ、演じている対象であるはずの“シシー”そのものの人生の変遷と、奇妙なほど共鳴しているように感じますね。ロミーは、プリンセス・シシーという歴史に名高い女性を、文字通りその生涯を賭けて演じ切ったわけです。

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私にとってのロミー・シュナイダーの最高峰の演技は、おそらく他の大勢の意見とは異なり、出番は少ないながらもプリンセス・シシーの人生の総決算をスクリーンに示してみせた「ルードウィヒ/神々の黄昏 Ludwig」と、第2次世界大戦中、ナチスを逃れて列車で国外逃亡を図ろうとするユダヤ人男女の絶望的なロマンスを描いた「離愁 Le Train」(1973年)、遺作となった「サン・スーシの女 La Passante du Sans-Souci」ですね。彼女ほどの実力とスター性を兼ね備えた大女優にしては、代表作と呼べる作品数が少ないのが非常に残念ですが、女性が内包する複雑な心理を演じさせたら、少なくとも同時代の女優の中で彼女の右に出る者はいなかったでしょう。そして、死の翳りが常に付きまとうごときの彼女の陰影深い美貌は、私自身が女優に求める美の基準ともなった程、強烈な印象を私に与えることにもなったのです。

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