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zoom RSS 「メル・ブルックスの大脱走 To Be Or Not To Be」

<<   作成日時 : 2017/05/10 17:00   >>

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生か死か?いやいや、名優か大根なのか、それが問題だ。

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「メル・ブルックスの大脱走 To Be or Not to Be」(1983年製作)
監督:アラン・ジョンソン Alan Johnson
製作総指揮:ハワード・ジェフリー
製作:メル・ブルックス Mel Brooks
原案:エルンスト・ルビッチ
脚本:トーマス・ミーハン&ロニー・グラハム
撮影:ジェラルド・ハーシュフェルド
音楽:ジョン・モリス
衣裳デザイン:アルバート・ウォルスキー
出演:メル・ブルックス Mel Brooks (フレデリック・ブロンスキー)
アン・バンクロフト Anne Bancroft(アンナ・ブロンスキー)
ティム・マティスン(アンドレ・ソビンスキー中尉)
チャールズ・ダーニング(エアハルト大佐)
ホセ・ファーラー(シレッツキー教授)
クリストファー・ロイド(シュルツ大尉)

1939年8月。ワルシャワにあるヴォードヴィル一座のブロンスキー劇場では、今夜もフレデリック・ブロンスキーが愛妻のアンナとともに踊り歌って喝采を浴びていた。フレデリックには内緒だが、実はアンナには熱狂的なファンがいた。若き青年士官である空軍パイロットのアンドレ・ソビンスキー中尉だ。彼は毎日のようにアンナに花束を贈り、ついにアンナの付き人サーシャの機転で一緒に甘美なひと時を過ごすまでに。ところが、ナチス・ドイツの脅威はワルシャワにまで及んでおり、劇場ではヒトラーを諷刺した寸劇が当局から禁止されてしまう。フレデリックは窮余の策として、大好きなシェークスピア作「ハムレット」のさわりのシーンを演じることにした。大根役者のフレデリックのハムレットは、実際見るに耐えないシロモノなのだが、この際背に腹は変えられない。フレデリックが「生か、死かそれが問題だ」のくだりをとうとうと始めると、申し合わせたように客席からアンドレが立ちあがり、フレデリックはくさる。アンドレは、この台詞が始まるとひそかにアンナの楽屋へ赴き、彼女と密会する約束だったのだ。

戦局は急速に変わり、ナチスが国境を越えてポーランドに侵攻し、ワルシャワを占拠した。アンドレはナチスに抵抗すべくイギリスに渡り、英軍基地につめていた。ポーランドの名士と謳われるシレッツキー教授が、危険を冒して帰国することになった。ロンドンのポーランド空軍部では、教授のための歓送会が開かれ、イギリスに駐留するポーランド軍人たちは皆、地下組織にいる仲間や家族たちへの手紙を教授に託した。アンドレも愛するアンナ宛に2人だけの秘密の台詞“生か、死か”を伝言したのだが、教授がワルシャワきっての有名女優アンナを知らなかったことから、教授に疑念を抱くように。もしも教授がナチスのスパイだったら?ワルシャワの地下組織の情報を一手に握ることを意味するこのリストによって、レジスタンスは壊滅だ。アンドレは教授に先回りして帰国することにした。
一方その頃、ブロンスキーの屋敷はゲシュタポに押収され、追い出された夫妻はサーシャの狭苦しいアパートに居候する羽目になっていた。ワルシャワに到着した教授は、早速有名人であるアンナを呼び出す。何かの暗号かもしれない“生か死か”の真意を問い詰めるのを口実に、彼女に迫ってくる。アンナはなんとか難を逃れながら、教授がゲシュタポのボス、エアハルト大佐に会って、ワルシャワ地下組織のリストを手渡す予定であることを聞き出した。恐ろしい事実を知ったアンナは、密かに故郷に戻ってきたアンドレにそのことを相談する。急ぎリストを奪還せねばならない。幸いにも、教授はエアハルト大佐を直接には知らないことから、ブロンスキー一座は一世一代の大芝居を打つことになった。急遽劇場をゲシュタポ本部に仕立て、フレデリックがナチスの軍服の衣装で大佐に化け、教授からリストを受け取るのだ。しかし、緊張のためあがってしまったフレデリックの化けの皮がはがれ、劇場内で銃撃戦が始まり、教授は死亡してしまう。死体は衣裳かばんに隠された。

こうなれば毒を食らわば皿までだ。次にフレデリックは教授に化け、エアハルトに偽のリストを渡すべく会見する。その場は何とかしのいだものの、この後、運悪く教授の死体が発見され、エアハルトはフレデリック扮する偽者教授を呼び出して問い正す。絶体絶命の危機がフレデリックに迫るが、付け髭の機転で辛くも難を逃れた。屋敷を取り上げられたフレデリックは劇場に寝起きしていたが、その多くがユダヤ人である劇団員や、彼らの家族や知人のユダヤ人総勢50名もいつのまにか劇場地下に隠れ住むようになっていた。ナチスのユダヤ人狩りが激化する中、このややこしい事態に一度は激怒するフレデリックであったが、サーシャが同性愛であることを表すピンクの印をつけられて収容所送りになったのを機に、ユダヤ人を匿うことに同意せざるを得なくなる。間の悪いことに、アンナがアンドレと浮気していたこともフレデリックにばれてしまい、怒り心頭のフレデリックを中心に仲間割れの危機が沸き起こる。しかし、フレデリック、アンナ、劇団員、アンドレの面々は、皆が安全な国イギリスまで逃亡するため、ひとまず協力し合うことを誓う。
そうこうするうち、ヒトラーがポーランドにやってきた。ブロンスキー劇場でヒトラーのために迎賓公演を行うことになった。フレデリックたちはアンドレの先導で、お芝居の演出と見せかけ、劇団員や劇場地下に隠れる50名のユダヤ人たちを劇場の外に出し、そのまま国外に脱出する計画を立てる。アンナが本物のナチス将校であるエアハルトを色仕掛けで引き止める間、フレデリックと劇団員2名が得意の変装でヒトラーとその取り巻きに扮し、劇団員の1人が彼らの前に躍り出て啖呵を切り、時間を稼ぐ。アンドレたちは、本物のヒトラー専用機に爆弾を仕掛けて脱出用飛行機を用意し、劇団員とユダヤ人50名は、芝居にかこつけて外に出るや輸送トラックに乗り込む。再びヒトラーに化けたフレデリックが、アンナを救出すべくエアハルトを急襲する。途中何度もからくりがばれそうになったものの、手はず通りにことが運び、皆が無事に飛行機に飛び乗った。明らかに重量オーバーの飛行機はエンジンが悲鳴を上げるが、アンドレの飛行テクニックで何とか離陸に成功し、文字通り墜落寸前でイギリスに辿り着いた。
ポーランドを脱出したフレデリックたちは英国空軍に歓待される。すっかり英雄気分のフレデリックは、せっかくのシェークスピアの本場で、大好きなハムレットを演じたいという野望に胸躍らせる。ところが、肝心の「生か、死か、それが問題だ」のくだりに差し掛かると、やはり1人の男性が、かつてのアンドレのように席を立って出ていく。フレデリックのお芝居は、ここイギリスでも大根であることであるには変わりがなかったのだ。


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こりゃ、面白いわ!と思っていたら、実はこの作品には先行するオリジナルがありました。エルンスト・ルビッチ Ernst Lubitsch監督の「生きるべきか死ぬべきか To Be or Not To Be」(1942年)がそれですね。
ナチスの脅威に怯えるワルシャワのユダヤ系ヴォードヴィル一座の、正真正銘命をかけた“お芝居”の顛末と、50名に上るユダヤ人の奇想天外な脱出劇の面白さ。真実がばれることはすなわち死を意味する状況で、実は大根役者に過ぎないフレデリックの演技こそが、全ての人々の生命線であるという不条理。そして、背水の陣でフレデリックが見せた“一世一代の名演技”は、ナチスをもだまくらかすほど見事なものだったにもかかわらず、それを見ていた観客は誰もいないという皮肉。しかし、次々と襲ってくる危機が、フレデリックのみならず一座全体の役者魂に再び火をつけ、彼らのユダヤ人としての誇りと生きることへの渇望を奮い立たせます。
ラストの大脱出のクライマックスまで、ピンチに次ぐピンチの連続、それを機転で潜り抜けるフレデリックたちの活躍に、文字通りハラハラドキドキのし通しです。アン・バンクロフトが扮したアンナは、オリジナル版では名コメディエンヌ、キャロル・ロンバートが魅力的に演じており(役名はマリアですが)、若き空軍パイロット、アンドレとの不倫すら絵になる美しさでした。思えば、このアンナ=マリアとアンドレの不倫がいつばれるかというドキドキも、作品の大事なポイントのひとつでありましたね。とにかく、練りに練り上げられた脚本に則り、あちこちに張られた伏線がきちんと機能し、ラストの大脱出まで無理なくストーリーが流れていく見事さ。なるほど、その手できたか!と、感心することしきりでした。ルビッチ監督らしい、真似したくなるほど気の利いた台詞の応酬も素晴らしい。

リメイクとなるメル・バージョンは、ストーリーラインその他、オリジナルにかなり忠実な仕上がりでありますが、メルの存在感や個性が上手く生かされた、彼のフィルモグラフィーの中でも上位に位置する作品になったと思います。オリジナルより鮮明に、対ナチス批判の色合いを強め、メル流の反ナチス、反戦メッセージを泥臭いおちょくり笑いに昇華。また、アンナの付き人サーシャをゲイに設定することで、ナチスの同性愛弾圧をも槍玉に挙げている点は、個人的にお気に入りの部分ですね。
まあ、メルのお笑いは元々が垢抜けなく、下品なドタバタに走りがちのもの。おそらく、オリジナルの洗練されたコミカルさ、計算されつくした語り口の方に軍配が上がるのは当然だと思われます。しかしながら、今作は、やはり下地となるオリジナル作品が素晴らしい内容であるためか、お笑いのくどさも程ほどで、メルが自分で監督した他の作品よりバランス感覚も見事です(監督は長年ブルックス監督作品で振り付けを担当し、今作で監督デビューを飾ったアラン・ジョンソン)。
物語が終了したラスト、主要登場人物が再登場して、全員が舞台上で挨拶するんですよ。ゲシュタポのエアハルトを演じたチャールズ・ダーニング、ナチスのスパイ、シレツキー教授を演じたホセ・ファーラー、エアハルトの直属の部下を演じた若き日のクリストファー・ロイド…、考えてみれば皆さん芸達者ばかり。この濃い面子でアンサンブルを見せてくれるのですから、面白くないはずはないわけで。今作がメルの独りよがり映画にならなかったのも、彼らの個性のおかげだといっていいでしょうね。個人的に最も気に入ったのは、風船のようなぷくぷくの巨漢で “虎の威を借る狐”エアハルトを演じたダーニング氏です。その巨躯を生かした悪役を演じることも多いダーニングですが、ここでは、堅物の部下シュルツ大尉 (ロイド演じるガチガチのナチス将校)におんぶに抱っこの、だいぶ間が抜けた男。惚れたアンナにいいところを見せようと、太短い足を無理やりデスクの上に乗せてみたり、いちいち仕草がキュートで堪りません(笑)。

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そしてもちろんメルも!実はわたくしめ、彼がこんなに味わい深い演技をする人だなんて知りませんでした(笑)。三文役者と馬鹿にされても、己の演技に誇りを持ち続けるフレデリックの悲哀を、ドタバタ気味のお笑いの陰にひっそりと隠し、いっそけなげなほど。ホセ・ファーラー扮するシレツキー教授に化けるくだりも、かなり本人に似せていましたし、歌も上手い。実生活でも妻であるアン・バンクロフトとの掛け合い夫婦漫才も絶妙。オリジナル版のロンバートの美しさとはまた違った、熟年女性ならではの酸いも甘いも味わい尽くした魅力を奥様からきちんと引き出していて、思わずにやりとさせられますね。なんですか、遠まわしの嫁自慢というのか、手の込んだ嫁お惚気映画とでも呼ぶべきなんでしょうかね、この映画は(笑)。
最後の最後、前述した出演者再紹介のシーンで、これまた映画冒頭からの長〜い伏線が生きてきます。オリジナル版もリメイク版も、隅々まで気配りの為された、思わず膝を打つ傑作コメディです。そして、見事な風刺の効いた反戦映画でもありますね。この点を忘れてはいけないでしょう。


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