Don’t steal my posts. All posts on this blog are written by me.

House of M

アクセスカウンタ

zoom RSS 「エミールくんがんばる」「へびのクリクター」―トミー・アンゲラーTomi Ungerer

<<   作成日時 : 2015/07/25 06:10   >>

ナイス ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

みんな違って、みんないい!…大切なのは中身なの。


エミールくんがんばる
文化出版局
トミー・ウンゲラー

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ商品ポータルで情報を見る

文と絵:トミー・ウンゲラー 訳:今江 祥智 (文化出版局)

サモファ船長がある日得意の潜水をしていると、恐ろしいサメが歯をぎらつかせながら迫ってきた!間一髪、我らが大だこのエミールが馳せ参じ、岩をサメの口に押し込んで船長を救い出したのだった。
エミールに船に連れ戻された船長は、感謝感激、エミールを自宅に招待した。うちで一緒に暮らそうよ!
エミールは、船長が作ってくれた特製塩水入りのお風呂でリフレッシュ。そして船長に連れられて人間の社交界にデビューした。舞踏会で楽器を奏でれば、8本の足を自在に使い、1人オーケストラの名演奏。
それでもやっぱりエミールは海の生き物。季節は夏。海水浴客でごったがえす海岸で、ライフセーバーの仕事に就いた。子供達には泳ぎ方を教え、船から転落した人が溺れないかと見張る毎日。沖に出すぎた連中を時には一度に4人も救助して、テレビのニュースにも登場だ。暇なときには、柔らかい身体をくねくね曲げて人まねごっこをご披露した。椅子でも、ソリでも、車でも、ユニコーンでも、牛でも、鳥でも、ゾウにでも…ほれご覧の通り見事に化ける。海岸の人々はやんやの喝采だ。
休みの日には、サモファ船長の乗る警察船のお供をする。ある日、船長はあやしげな船を呼び止めた。エミールは密かに海にもぐり、船が隠してあった荷物を見つけると急ぎ船長に知らせた。船長の指揮の下、警察官達があやしい船に乗り込んだが、悪者達は拳銃を持ち出した。そして逆に警察船を乗っ取ると機関銃を撃って逃げ出した!エミールはすぐさま船に追いついて、コンブをまきつけスクリューを止める。8本の足で機関銃を奪い、同時に悪者どもを押さえつけ、操縦桿を握ってもまだ手は余っている。我らのヒーロー、エミールは船を取り戻して港へ向かった。
喜んだ人々はエミールの勇気と手柄を褒め称え、彼の名前を船に冠した。竣工式ではエミールがシャンペンのボトルを投げる。
でもエミールは、やっぱり海の静かな暮らしが恋しくて帰りたがった。人間の友達は、皆正装してエミールとのお別れパーティーに集まった。8本の手でみんなと最後の乾杯だ。
サモファ船長は、エミールに会いたくなると、今度は自分が潜水服に身を固めて海の底を訪ねるようになった。そう、2人の友情はどんな海よりも深かったのだ。


へびのクリクター
文化出版局
トミー・ウンゲラー

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ商品ポータルで情報を見る

文と絵:トミー・ウンゲラー 訳:中野 完二 (文化出版局)

昔、フランスの小さな街に、ルイーズ・ボド夫人という品のよい女性が住んでいた。彼女には息子が1人あり、ブラジルで爬虫類の研究に没頭しているという。
ある朝郵便配達が、ボド夫人の家に丸い箱の荷物を届けにきた。ボド夫人は、箱を開けてびっくり仰天!中から1匹のヘビが出てきたのだ。それは息子からの誕生日のプレゼントだった。夫人は早速動物園に赴いて、毒蛇かどうか確かめてみた。贈られてきたヘビは、ボア・コンストリクターという無毒の大蛇の仲間だった。夫人は安心して、ヘビに“クリクター”と名前を付け、まるで我が子のように大切に世話をした。夫人は、クリクターが寂しくないように、ヤシの木を何本も購入して家中に置いた。クリクターは喜んで、小犬のように尻尾の先を振った。クリクターは夫人の手厚い世話のおかげですくすく成長し、どんどん長く強くなっていった。夫人は買い物に行くのもクリクターと一緒。道行く人は、大きなヘビが従順に夫人の後をついて這っていくのでびっくり仰天。
街の人から驚かれようとも、ボド夫人は一向に気に介さず、今日もクリクターに本を支えてもらって読書する。そして長い毛糸のセーターを編む。冬になってもクリクターが寒くならないようにするためだ。クリクターには、ほかほかの長い特製ベッドも用意された。故郷のヤシの木や観葉植物を傍らに置き、広々とした屋敷の中で毎日心地よく暮らすのだった。冬の日。クリクターはボド夫人お手製の毛糸の帽子とセーターを着て、夫人のお供で雪の中を這い回る。ものめずらしくてクリクターは大はしゃぎ。
ボド夫人は学校の先生をしている。そこで、ある日クリクターを教室に連れて行くことにした。子供たちと同じ机に腰掛け、夫人の授業を受けるクリクターは、たちまち自分の長い身体でアルファベットを書き始めた。スネークのs。エレファントのe。ナッシングのN。ライオンのL。マンのM。グラスのG。ホエール (くじら)のW。数字もお得意だ。2、3、4、5、6、7、8!
クリクターはまた、子供たちと遊ぶのも上手かった。男の子には、かっこいいすべり台になり、女の子には、縄跳びの縄の代わりになってあげた。おまけにボーイスカウトの綱結びの練習も手伝った。凧を電線に絡めてしまった子供達を助けてあげたり。クリクターは優しく、親切なヘビだった。ボド夫人とクリクターがカフェでコーヒーを飲んでいると、隣の紳士がこんなことを言っていた。近頃この辺りで泥棒が出没しているらしいと。よりによってその晩、ボド夫人の家に件の泥棒が侵入してきた。怪しい物音を聞きつけたクリクターが起きると、夫人は猿轡をかまされ、椅子に縛られていた。クリクターは身を翻して泥棒に襲い掛かった。泥棒は大蛇に飛び掛られてびっくり仰天。悲鳴を上げたところを、近所の人が警察に通報したのだった。クリクターは、警察が到着するまで泥棒をぐるぐる巻きにしていた。
街の人々は、クリクターの手柄をたたえて素晴らしい勲章を贈った。街中には、勲章を首から下げた英雄クリクターの銅像さえ建てられた。そして、ボド夫人とクリクターが散歩できるよう、“クリクター公園”を作った。街中の人々から愛され、尊敬されたクリクターは、末永く幸せに暮らしたということだ。


画像


この2つの作品は、アンゲラーの絵本の中でも少し地味な存在ですが、ユニークな発想という点にかけては他の追随を許さぬものがあります。
なにしろ、市民のヒーローとなるのが、“大だこ”と“大蛇”なのですから!考えてもみてください。あの映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」に出てきたクラーケンと、映画「アナコンダ」の食欲旺盛な大蛇が、揃って正義の味方になるようなものですよね。
まあタコと蛇というのは、昔から得体の知れない不気味な怪物というイメージで語られることがほとんどで、人間に害をなす者としての役割を演じてきました。なんなんでしょうね、あのヌラヌラした粘液っぽい感触がいけないんでしょうか(笑)。とにかく、いろいろな文献に登場するタコと蛇は、大概が人類の敵的キャラクターです。大だこは渡航する船を襲う魔物だし、蛇にいたっては、人類の祖を楽園から追放させた元凶という烙印まで押されています。それはたぶん、見た目の不可解さに起因するものなのでしょう。ぐにゃぐにゃした生き物とにょろにょろした生き物。彼らは、実際の生態をよく知られもしないうちから、見た目だけで“悪者”のレッテルを貼られてしまっているわけです。彼らにしてみれば本当にいい迷惑ですよね。
そこに目を付けたのがアンゲラーです。先入観だけで不当な差別を受ける彼らをあえてヒーローに仕立て上げることで、人間の中に否応なく潜んでいる差別意識や、異なるものを排除しようとするマジョリティー精神を皮肉ってみせたのです。
「エミールくんがんばる」にも、「へびのクリクター」にも、彼らを傷つけたりあるいは彼らの名声をやっかんだりする輩は1人も出てきません。サモファ船長は、純粋にエミールと生涯の友情を築こうと、彼を地上に連れてくるのですし、ボド夫人も、クリクターが無害だとわかればすぐに彼を我が子のように慈しんでいます。サモファ船長とボド夫人は共に、“偏見”を持たぬ人間の理想形を象徴しているのです。共通するのは、相手を理屈抜きで愛しているということ。相手を受け入れるのに、2人は何の理由付けも必要としていません。親が子を無条件で愛するように、子が親を無条件で信頼するように、人と人の間の絆は、本来このように無私の精神で結ばれて欲しいわけです。そういった絆が社会の中に広がれば、世界はもっと住みやすくなるに違いない。アンゲラーの願いはそこにあると考えていいでしょう。
エミールは最終的に故郷の海の底へ帰っていく道を選びましたが、サモファ船長はそれを尊重し、今度は自らがエミールの住む世界へ赴きます。いくら愛しているからといって、相手を己の価値観で束縛してはいけない。互いの価値観や意識の違いを認めた上でそれを尊重し、互いに少し譲歩する姿勢は、現実世界でも人間関係を円滑に保つ上で大変に重要ですよね。私達が少しでもサモファ船長のようになれれば、あるいは、クリクターと無心に遊ぶボド夫人の学校の生徒達のようになれれば、人種や国の違いによる軋轢は減るかもしれません。エミールもクリクターも大変正義感の強い、優しく頼もしいヒーローです。そして人々もまた、そんな彼らを心底愛し、敬意を払います。でも残念ながら現実世界ではそうはいきませんよね。無類のシニカル親父であるアンゲラーが、なぜ一見してきれいごとに見えるストーリーを書いたのか。やはりこれも、現実世界に冷然としてある偏見や差別に対する、彼なりの逆説的なアイロニーの発露だと思えます。

さて、これら2作品に共通する点はもうひとつあります。作中、エミールとクリクターが、自在に曲がる自身の体の特性を生かして物まねをするところですね。エミールは様々な動物の形を真似てみせ、クリクターは文字や数字の形を真似てみせる。その様子は非常に想像力を掻きたてられますし、もしもこんな風に勉強できれば、子供達の学習意欲もうんと増すだろうと思われます(笑)。絵柄はとても漫画ちっくで、飄々とした線描に、黒と緑と青、あるいは赤のシンプルな色彩がさりげなく乗ります。さすがは商業デザイナーとして一時代を築いた人だけに、見た目はとてもすっきりとしてるのに、全体的にセンスの良い作品に仕上がっておりますね。子供はもちろんのこと、大人にも充分見ごたえのある絵本ですよ。これだから、絵本探索の旅はやめられんのです(笑)。

にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
ナイス ナイス
「エミールくんがんばる」「へびのクリクター」―トミー・アンゲラーTomi Ungerer House of M/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる