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zoom RSS Nostalgia de Paris―「シモンのおとしものAdele & Simon」

<<   作成日時 : 2015/10/31 17:21   >>

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19世紀末のパリ、あっちこっち。

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シモンのおとしもの
あすなろ書房
バーバラ マクリントック

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「シモンのおとしもの Adele & Simon」
バーバラ マクリントック Barbara McClintock /作、絵 福本 友美子/翻訳
(あすなろ書房刊行)

19世紀末のパリ。
セーヌ川にかかる橋ポン・ヌフからは、秋の紅色に色づいた木々の向こうに、にぎやかな街の様子を見渡すことができます。優美なつる草模様の装飾が施されたデパート、サマリテーヌを中心に、カフェ、アパルトマンが所狭しと立ち並んでいるのがわかるでしょう。石畳の道にはたくさんの馬車と人が、冷え込む空気をやり過ごすように、足早に行き交っています。
アデールはいつものように、パリ5区内にある小学校に、弟のシモンを迎えに行きました。小さなシモンは、彼には少し長いマフラーを地面に引きずりながら、セーターの上に上着を着て、帽子をかぶり、手袋をしています。カバンは背負っていますが、本とクレヨンは手に持ち、学校で描いたというネコの絵を誇らしげに掲げてみせました。アデールは弟に、今日こそは落し物をしないように帰ろうねと言いました。
幼い姉弟はにぎやかな往来に出ました。道端には色とりどりの花を売る店や、八百屋さん、珍しい鳥を売る店、雑誌や本を売る書店などが並んでいます。老若男女、お店の人やお客さん、様々な階層の人々が等しく入り乱れ、店先で立ち話をしたり、品物をためすすがめつしています。アデールとシモンは、八百屋のビスキュイおばさんとおしゃべりし、新鮮なリンゴをもらいました。でも、シモンの手から、いつのまにかネコの絵が消えています。2人は慌てて通りを行ったり来たりしましたが、絵は見つかりませんでした。一体どこにあるか、みなさんにはわかりますか?
2人は、パリ5区内にある植物園にやってきました。 100年も前に植えられたレバノン杉など、珍しい古代植物がたくさん見られるところです。幼稚園の園児たちや、親子連れが散策を楽しんでいます。アデールもベンチで一休みしたいと思いました。ところがシモンの姿が見当たりません。職員のピエールさんも一緒に探してくれ、シモンは見つかりましたが、シモンが手に持っていた本はなくなった後でした。一体どこにあるのでしょうね?
シモンが恐竜を見たいとせがみます。姉弟は、自然史博物館の中の古生物学陳列室にやってきました。ティラノサウルスや竜脚類、マンモスなど、絶滅した生き物たちの化石が進化の過程にそって並び、2人を迎えます。仲良しのガードマン、ダンさんにあいさつしたとき、シモンはマフラーをなくしていることに気がつきました。アデールは呆れますが、シモンは肩をすくめるばかり。あらあら、マフラーは一体どこ?
2人は博物館を出て、新鮮な外の空気を胸いっぱいに吸い込みました。地下鉄のサン・ミッシェル駅の前で、シモンははたと気づきます。手袋の片方が、いつのまにやらなくなっていたのです!紅葉の葉が舞い落ちる中、優美な羽飾り付きの帽子を被ったご婦人方やシルクハットの紳士方が行き交うのを尻目に、2人は手袋を必死で探しました。でも、見つかりません。
広い広いリュクサンブール公園は、今日も多くの人でごったがえしています。幼い子供の手を引いた婦人や、赤ちゃんを連れて散歩にやってきた修道女や看護婦も多いですね。公園内を歩くポニーや、公園用の馬車には、子供達が乗って大はしゃぎです。人形劇をやっています。アデールはお友達の女の子と一緒に見物し、おしゃべりに夢中になりました。ところが、シモンが今度はもう片方の手袋もなくしてしまったのです。劇を見ていた子供達が、みな総出で手袋を探してくれましたが、どこにもありません。ついに堪忍袋の緒が切れたアデールは、かんかんです。雄々しく腰に手を当て、弟をしかりつけましたが、時既に遅し。向こうからにぎやかな音楽が聴こえてきたのです。
フランス共和国衛兵音楽隊のパレードでした。一番前で太鼓を叩いている友達のポールに並んで、アデールとシモンも美術館への道を歩いていました。ですが、シモンは帽子を被っていません。シモンは帽子までなくしたようでした。道端にも、木の上にも見物人が大勢います。帽子は見つからないでしょう。ママが見たらなんて言うかしら。アデールはうんざりしましたが、シモンは意に介しません。シモンの帽子…どこにあるんでしょうね?
ルーブル美術館に入ると、シモンは大好きな絵がある部屋にさっさとやってきました。猛獣と戦うアラブの戦士達の巨大な絵です。シモンは紙とクレヨンを出すと、一心に描きました。偶然、学校の美術の先生がいたので、シモンはうれしそうに絵を見せます。先生は絵の出来を褒め、画家に倣って自分の名前をサインするよう勧めました。ところが、肝心のクレヨンがありません。見学に来ていた人たちは皆、腰をかがめてクレヨンを探します。でも小さなクレヨンはバラバラになっていて、広い部屋の中から見つけ出すのは困難でした。
シモンは、怒られる前にアデールにおやつをおねだりしました。2人は美術館を出ると、メゾン・カドールの喫茶コーナーに腰を落ち着けました。色とりどりのケーキ、マジパン、キャンディー、マカロン…。いつもなら目移りするほどワクワクするお店ですが、今日のアデールはくたくたに疲れていて不機嫌です。弟の落し物につき合わされ続けているのですものね。でもシモンはおかまいなしで、エクレアをぱくぱく。お店を出る前には、ご丁寧にもカバンまでなくしていました。お店のウェイトレスさんやウェイターのボンボンさんをはじめ、小犬を連れた洒落たご婦人方までも、重そうなボンネットをずらしてそわそわ。カバンは一体どこにあるのでしょう?
壮麗なゴシック建築のノートルダム大聖堂。威風堂々とした大聖堂の前の広場では、曲芸が催されていました。ボールを器用に扱う道化師、椅子の上で倒立したり、タコのように身体を曲げたりする軽業師、ナイフを飲み込む驚異の男、力自慢の男…。大勢の子供達が歓声を上げています。シモンは友達のレオと一緒に、軽業師になりきって逆立ちやでんぐり返りをやりました。アデールがふと気がつくと、シモンは上着を着ていません。やれやれ。曲芸師たちも、芸を生かしてあちこち探してくれましたが、見つかりません。上着を持って行ったのは誰でしょう?
古い建物が建ち並ぶロアン小路に出た所で、アデールはシモンを怒鳴ろうと口をあけました。が、肝心のシモンがいません。とうとうシモン本人が消えてしまったのでしょうか。アデールは今度は、郵便屋のアンドレさんと一緒に弟を探し回る羽目になりました。しばらく後、シモンは袋小路のようになっている家の中庭から出てきました。でも、暑くなったのでセーターは脱いでしまったようです。さあ、シモンはセーターをどこに放りだしてきたのでしょう?
もう日も暮れかけています。アデールは仕方なく、シモンをつれて家に帰ることにしました。一日中、方々を探し物をして歩き、アデールはくたくたです。ママがシモンになくしたものを訊ねると、玄関に来客がありました。3人が扉を開けると、今日シモンが落としたものを手にした人たちが、ずらりと玄関の前に並んでいたのです!八百屋のビスキュイおばさんはネコの絵を、植物園のピエールさんは本を、博物館のダンさんはマフラーを、サン・ミッシェル駅の前を歩いていた犬は片方の手袋を、公園で人形劇を見ていた女の子はもう片方の手袋を、音楽隊のポールさんは帽子を、美術の先生はクレヨンを、メゾン・カドールのボンボンさんはカバンを、大聖堂前の軽業師たちは上着を、そして郵便屋のアンドレさんはセーターを。
無事に戻ってきた落し物をベッドの周りに並べ、シモンは幸せそうに眠りにつきました。お隣のベッドにはアデールがいます。シモンは明日は何をなくすのでしょう。無邪気な弟の寝顔を見つめながら、アデールはそっとためいきをつくのでした。


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(真夏のリュクサンブール公園。炎天下でも多くの人々が憩う場所である)

前回ご紹介した「ダニエルの不思議な絵 Danielle」とは、180度趣を異にする楽しい作品です。舞台は「ダニエルの不思議な絵」と同じ、19世紀末頃のパリ。パリ5区内に住んでいる、アデールとシモンの幼い姉弟のお話ですね。今回も、物語は彼らの行動を追いながら、19世紀当時のパリの街なかの活気を生き生きと描き出していきます。
ストーリーはいたってシンプル。落し物ばかりしているうっかり者の男の子シモンが、学校に迎えに来たアデールと帰宅するまでの間に、あちこちに寄り道していくというものです。もちろん、彼は寄った先で1つずつ律儀に落し物をしていきますので、劇中のアデールや彼らと居合わせた人たち同様、読者も一緒になってシモンがなくしたものを探し回る羽目になるわけです(笑)。

街の上空から俯瞰するような視点から、空間を広くとったイラストの醍醐味は相変わらず圧巻です。マクリントックの筆は、当時のパリの日常生活の一こまを実に自然に切りとりながら、その背後にある文化、風俗までを忠実に再現してみせていますね。描きこまれた人物像はみなとても小さいのですが、1人1人の表情まで読み取れるほど緻密な描写であり、今にも動き出すのではないかと錯覚するほど躍動感に満ちています。本当に、映画の1シーンを観ているような感覚ですね。

しかし今回は、かの「ウォーリーを探せ」よろしく、細部までみっちりと描きこまれた風景と人物の隅々までを、穴の開くほど見つめなければならないように趣向が凝らされています。確かに1つ1つの挿絵の情報量は極端に多いですが、“探し物”の在り処は子供でも見つけられるように工夫されていますから、テンポよく進むストーリーの流れを妨げるほどではありません。それに、前述したように、当時のパリの生態を詳しく知ることができるという楽しみもありますしね。そうそう、ルーブル美術館のシーンでは、当時活躍していた有名画家が複数登場します。みなさんは何人当てられますかね?私はオディロイ・ルドンだけは辛うじてわかったのですが、後はさっぱり…(苦笑)。

物語の季節は秋と設定され、全体的に落ち着いたセピア色のトーンでまとめられています。この絵本を手に取られるときは、ぜひゆったりとくつろいだ環境でご鑑賞ください。華やかなりし19世のパリの情景が、たちまち脳裏に広がることでしょう。浮世を忘れ、その芳醇な文化の香りにしばし浸るのも一興かもしれません。

実は、シモンとアデールが訪れる場所は、パリの中でもよりぬきの名所ばかり。シモンが駆け回る後を追いかけているうちに、読者も一緒にパリ見物ができるという寸法ですね。名所旧跡の由来と歴史については、絵本巻末に詳しく掲載されています。挿絵が、過去のどの作品からインスパイアされたかについても、マクリントックは丁寧に解説を施しています。それぞれの場所や参考にされた作品についての理解を深め、より身近に感じることができるようにとの、マクリントックの配慮だそうです。学校での講演活動などにも積極的な彼女らしい、教育的意図も秘めた絵本だったのですね。

それからもうひとつ。絵本の中では、シモン少年は学校に通っているのに、アデール姉さんのほうはそうではないと伺えます。男子には高等教育が施されるものの、女子に対してはその限りではなかったという、当時の社会風土の現れですよね。細かいことですが、そんなところも手抜きすることなく描写しているマクリントックのリサーチは、かなりのものなのでしょうね。

シモンがなくしたものについては、最後の最後に粋なオチが待っています。考えてみれば、子供は落しものやら忘れものやらをしょっちゅうやらかしてくれるわけで、親はそのたびにきりきり舞いさせられるものです。子供の注意力が散漫なのだろうかとか、このままでは、自分のことも自分で満足にできない人間になってしまうのではないだろうかとか。大したことでなくても、親の子供への心配事は尽きることがありません。

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(作者の絵本作家、バーバラ・マクリントック Barbara McClintock女史)

でもまあ、ピンチに見舞われたと焦っても、結局のところは、なんとかなるものなんですよね。「ダニエルの不思議な絵」のときも感じましたが、子供って、やることなすこと危なっかしくて、見ている親はハラハラし通しなのですが、本人は存外飄々と問題を乗り越えていくもの。親としては、慌てず騒がず子供の力と可能性を信じ、少し傍観することも必要なのでしょうね。

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そうそう。原作者の絵本作家マクリントック女史は、このアデルとシモンの名物姉弟(笑)の物語をシリーズ化した模様です。この姉弟が登場する他のお話に、『Adele & Simon in America』というものもあるそうですよ。

この記事中のバーバラ・マクリントック Barbara McClintock女史の画像と、『Adele & Simon in America』の表紙の画像は、マクリントック女史のバイオグラフィーと作品世界の魅力をふんだんに盛り込んだサイト Babara McClintock Children's Book Author & Illustrator からお借りしております。マクリントック女史の作品のイメージそのままの美しいサイトです。興味をもたれた方はぜひ訪問なさってみてください。


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