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zoom RSS 「ウエストワールド Westworld」―マイケル・クライトンMichael Crichton監督

<<   作成日時 : 2015/04/23 22:58   >>

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高性能の人工知能を生み出すことが、私達の未来を左右する重要要素となってずいぶん経ちます。しかし、コンピューターが私達の社会を支える支柱になると、同時に私達は、“ただの機械”にいずれは主導権を握られてしまうのではないかという新たな不安に苛まれることとなりました。“人工知能 vs. 人間”というモチーフをとりあげた映画が、ことごとく世紀末的感傷に病み憑かれているのはそのためでしょう。

最近、再び“人工知能 vs. 人間”をテーマにした映画が注目を集めています。新鋭アレックス・ガーランドAlex Garland監督のインディ映画『Ex Machina』ですね。「フランク Frank」にも主演したドーナル・グリーソン(「いとおしい時間について About Time」)君が、今度は近未来にタイムスリップして高性能人工知能の制御に奮闘いたします。この作品でもやはり、人工知能はいずれ人間に反旗を翻し、人間を支配するだろうという悲観的未来予想図が明確。この先駆け的なカルトSF映画をおさらいしましょう。


「デロスには、きっとあなたの求める素晴らしい休暇が待っているのです!」

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「ウエストワールド Westworld」(1973年製作)
監督:マイケル・クライトン
製作:ポール・N・ラザルス3世
脚本:マイケル・クライトン
撮影:ジーン・ポリト
音楽:フレッド・カーリン
出演:ユル・ブリンナー(ガンスリンガー)
リチャード・ベンジャミン(ピーター)
ジェームズ・ブローリン(ジョン)
ノーマン・バートルド(中世の黒騎士)
アラン・オッペンハイマー(主任技術者)
ヴィクトリア・ショウ(中世の女王)
ディック・ヴァン・パテン(銀行員)
リンダ・スコット(娼婦アーレット)
スティーヴ・フランケン(技術者)他。

ここ最近、全米の話題を集めているレジャーランドがある。大砂漠の中に造られた「デロス」がそれである。
デロスは3つの区画に分かれ、1880年頃のアメリカ開拓期大西部の世界、13世紀ヨーロッパの中世の世界、古代帝政ローマの世界が忠実に再現されていた。客は各自好きな世界に入り、その世界の衣装を身に着け、なりたい人物になり切り、リクエストした通りの冒険を安全に楽しむことが出来る。彼らのお相手をするのは、完璧に制御された高性能の人工知能を持つロボットたち。ロボットたちは、外見は人間そっくりだが客の安全を最優先し、決して傷つけたりしない。そして、客の望んだ通りのリアクションをするよう、あらかじめプログラミングされているのだ。おかげで、デロスは1日1000ドルという高価なレジャーにもかかわらず、毎日大繁盛している。
シカゴの弁護士ピーターは、親友のジョンに熱心に誘われてデロス行きのホバークラフトに乗り込んでいた。そもそもの発端は、ピーターが私生活において辛い別れを経験し、傷心してしまったことだ。ピーターがデロスのことを知るずいぶん前から、ジョンはこのバーチャル・リアリティ・レジャーに大ハマリしていた。そこで悪友は、ピーターの憂さを晴らしてやるために、一緒に大西部の世界で無頼のガンマンを気取ろうと誘ったのである。かっこいいガンマンになるのは男の永遠の夢。しかもデロスでは、本物の拳銃を手にすることができる。自分がロボットに向けて発砲すれば、それは百発百中命中するが、ロボットの扮するガンマンが銃を撃っても、人間はかすり傷ひとつ負わないように出来ている。人間の客が大西部の世界の中でどんな無茶をしても、誰にもとがめられないし傷つけられる心配もない。考えてみれば、こんなに都合よくことが運ぶ話も他にないだろう。

ジョンの案内で、2人は控え室で現世の衣服を脱ぎ捨てた。腰には、一度も撃った経験などない拳銃を帯びたガンベルト、頭にはテンガロン・ハット。西部開拓時代そのままに、駅馬車で西部の町に入る。道行く人は皆当時の衣装を身に着けており、一見するだけでは本物の人間が誰で、誰がロボットであるのかわからない。狐につままれたような心境のピーターは、ジョンの先導で映画でしか見たことのない安宿に腰を落ち着けた。まずは一杯引っ掛けようと、2人は部屋の階下にある酒場に赴く。そこでは、大勢のガンマンたちに混じり、全身黒ずくめの奇妙なガンマンがカウンターにのしかかるようにして酒を飲んでいた。だが彼は新顔のピーターを見ると、周囲に聞こえよがしにピーターを悪し様にからかい始めた。理不尽な言い掛かりに呆然とするピーターに、ジョンはそっと耳打ちする。「殺ってしまえ」

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そう、ここでは、ロボットたちは絶対に人間に危害を加えないのだ。客とロボット・ガンマンたちが携帯する拳銃の弾丸は、相手の体温を感知すると飛び出さない仕組みになっている。従って、ロボット・ガンマンが客を撃つことはありえないし、万が一、客同士が銃を向け合うことになっても、お互いに傷つく心配もない。客が“射殺”するのはロボットのみなのだ。ピーターは、おっかなびっくりで銃口を黒ずくめのガンマンに向けた。ガンマンはロボットで、もちろんピーターに銃を向けることはせず、ただなすがまま、ピーターの銃の前に倒れたのだった。とはいえ、まがりなりにも人間の姿形をしたものを初めて撃ってしまったピーターは、しばらく動揺が収まらなかった。夜も更けると、酒場はさらに無法地帯と化し、ささいなきっかけで殴り合いの喧嘩が始まった。ピーターもジョンも面白半分で参加し、子供の頃以来の大乱闘を演じてへとへとだ。客たちは、安宿に常駐する気に入りのロボット娼婦を買い、おのおのの部屋に散っていく。ピーターは不思議な心持で娼婦アーレットを買い、一夜を共に過ごした。ピーターに抱かれるアーレットの目が不気味に光っていることには、もちろん誰も気づかなかった。

客たちが酔いつぶれて眠る間も、広大なデロスの敷地の地下にあるコントロール・センターでは、大勢の技術者が不眠不休で、夜の間に回収されてきたロボットの調整に当たっていた。というのも、最近ことにロボットたちの機能の不調が相次いでいるのだ。ピーターが撃ったガンマンも、まるで手術台のような調整台に乗せられていた。彼はデロスで働くロボットの中でも、すこぶるつきの高性能ロボット“ガンスリンガー”であった。つまり彼は、人間に極めて近い回路を持っているということだ。実は、彼のように人間相手にプログラミング通りの行動をとらないロボットが最近増えていて、デロス本社のスタッフ・ミーティングでも、その兆候を懸念する意見が交わされていた。部品を頻繁に取り替えても、中央でのコントロール不能が改善されない例もあり、スタッフの中にはデロスの一時閉鎖を求める者もいた。だが、既に大勢の客が滞在している状態で、デロスの閉鎖は事実上不可能である。

翌日。ご機嫌なジョンが髭を剃り、二日酔いのピーターが湯船に漬かっていたとき、窓から突如黒ずくめのガンスリンガーが進入してきた。“調整”を終えて、再びデロスの西部に戻ってきたのである。呆然とするジョンをかばい、ピーターは本能のままに銃を取って無我夢中でガンスリンガーめがけて発砲した。今度もピーターの銃弾はガンスリンガーの胸に命中し、彼の身体は確かに往来に大の字になって動かなくなった。
町の保安官は、法律に則り“無抵抗の人間を射殺した”かどでピーターを逮捕、投獄する。しかしこれも、冒険をスリリングにするためのちょっとしたスパイスだ。ジョンはすぐさま牢獄に押しかけ、差し入れの朝食のトレイに隠した爆弾で辺り一面を木っ端微塵にし、ピーターを脱獄させた。自分たちの馬を奪い返した2人は町外れまで逃亡。まったく、どこかの西部劇で見た筋書き通りの展開に、ピーターもジョンも大笑いする。町外れの砂漠では、ご丁寧にも毒ヘビまで現れた。実はこのヘビも本来ロボットであるのだが、なんとプログラミングに反してジョンの腕に噛み付いた。驚いたジョンはロボット・ヘビを撃って破壊する。デロスの何かが着実に狂い始めていた。

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町に戻った2人の前に、あの黒ずくめのガンスリンガーが立ちはだかった。再び調整を終えて“生き返った”のだ。あまりにしつこい追跡に業を煮やしたジョンが、ガンスリンガーに銃口を向ける。しかし、一瞬早く銃を抜いたガンスリンガーの銃弾がジョンの胸に撃ち込まれた。茫然自失ので自分の血が流れ出るのを見たジョンは、そのまま息絶えた。おりしも、デロスの“中世”の街では、騎士に身をやつした客がロボット女王の愛を賭けて、ロボット黒騎士と御前試合を行うところであった。コントロール・センターでは、適当なところで客に勝たせる筋書きをロボット黒騎士の回路に命じるが、制御不能となる。黒騎士は本物の騎士同様、少しも手加減することなく客を打ちのめし、これを刺殺してしまった。ついに、あちこちでロボットの“反撃”が始まったのである。

地下のコトロール・センターでは、この取り返しのつかない異常事態にパニックとなる。メイン・コンピューターに、ガンスリンガーはじめ、武器を携帯する全てのロボットの機能停止を命じたが、電気回路の異常によっていずれも制御不能であった。デロスの3つの世界では、コントロール不能のロボットたちが狂ったように人間を襲い始めた。丸腰の客たちは、次々とロボットの手にかかって死んでゆく。阿鼻叫喚の地獄絵図が地上で展開するさなか、地下でも、センターに閉じ込められて脱出できなくなったスタッフたちが、命を落としていた。

今や不死身といっても過言ではないガンスリンガーの追及から逃れるため、ピーターは必死で逃げ惑う。途中で馬を捨て、徒歩で逃げ続けるピーターは、砂漠の中でスタッフの1人に出会った。だがわかったことといえば、ガンスリンガーは超高性能ロボットであるためにこれを倒すのは不可能であること、唯一の弱点が、酸を顔に浴びると視力が低下することぐらいだ。落胆したピーターは、ガンスリンガーに射殺されたそのスタッフを残してコントロール・センターに急ぐ。一方、ガンスリンガーの方は焦ることなく、大股で着実に獲物の後を追っていく。ピーターがどんなに必死に走っても、その規則正しい足音は決して乱れることなく、彼らの間の距離を縮めていくのだ。コントロール・センターの調整室には動かぬ大勢のロボットたちが横たわり、さながら霊廟室の趣きであった。しかしセンター内にいた人間は、そのとき既に全員死亡していたのである。ピーターは腹をくくり、酸の瓶を手に取ると、ガンスリンガーの隙を見つけてその顔に中身を浴びせかけた。ガンスリンガーの視力が低下したのを見計らい、ピーターは中世の町の地下牢に逃げ込んだ。ここには松明の炎があるのだ。松明の光の影に隠れたピーターを、ガンスリンガーの低下した視力は感知できない。ピーターは手にした松明をガンスリンガーめがけて投げつけ、その身体を火だるまにする。不死身のロボットも、全身を炎に覆われてはなす術もない。ついに機能を停止したガンスリンガーは、最期の力を振り絞ってピーターに襲い掛かるも、次の瞬間事切れた。
ようやく終わった恐怖に震えつつ、ピーターは地下牢のどこかで助けを求める女性の声を聞きつけた。両手を縛られて牢に繋がれた女性がいたのだ。ピーターは慌てて彼女を助け出し、気付けの水を与えたが、彼女はロボットであった。水によって回路がショートした彼女は、そのまま人形のように動きを止めてしまった。どうやら、この世界で人間であるのは自分ただ1人であるらしい。ピーターは力尽きて階段にうずくまる。がらんとした作り物の地下牢に、デロスを宣伝するアナウンサーのかしましい声が響いてくる。
「デロスには、きっとあなたの求める素晴らしい休暇が待っているのです!」
これは、果たして幻聴だったのであろうか。

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クライトン作品の魅力というのは、優れた現状認識に基づいた先見性と、確かな科学的知識に裏づけられたリアリティだと思われます。それも、何万光年も離れた宇宙のお話であるとか、何千年も未来のお話などといった、現実社会からかけ離れた荒唐無稽なものではありません。マイケル・クライトンという人は、ほんの少し先の時代のお話、宇宙と私たちが暮らす地球が深く関わりあうような、ごく現実に即したお話を、念入りなリサーチでSFとして描出することに長けた作家であるのですね。彼の作品については追悼記事でも少し触れていますが、科学的に解明されない大いなる謎の発生によって現実世界に広まる波紋のリアリティや、その謎を解き明かす緻密なプロセスにこそ、極上のエンターテインメントを見出せる作品なのです。
似たような作品傾向の作家は他にもいるでしょうが、クライトンが突出している点として、前述したような“先見性”を挙げることが出来ると思います。今現在私たちが感じている将来への不安や希望、興味を引かれる事物等を踏まえたうえで、そこから少し先の未来に、ひょっとしたら起こりうるのではないかと思われる物語を予測すること。この、現実世界と微妙にリンクする部分と、“未来予知”のリアリズムが、読者の関心を捉えて離さないのではないでしょうか。誰だって、近い将来に起こるかもしれない事柄を、先取りして知りたい欲求を持っていますしね。

ここでご紹介した「ウエストワールド」も、実はこうした、“近未来に起こる可能性の高い事象をただならぬリアリティをもって描く”クライトンの、真髄を感じることができるのです。作品自体はなんとなく、カルトB級映画のような認識をもたれていますが、クライトン自身が脚本も監督も手がけたとあって、彼の作品に共通する面白さと今一歩物足らない点の双方が顕になっています。
今現在、私たちの日常生活は様々な科学技術に支えられています。毎日の生活シーンで必要な事柄は簡便化される一方で、万が一、社会機構を支える技術のどれかひとつにでもミスが生じれば、人間の文明はたちどころに崩れてしまうでしょう。日々進化してゆく科学に、いつの間にか依存するようになった人間社会には、そんな脆い側面もあるのです。
今作の製作からさかのぼること5年、スタンリー・キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」で既に示唆されていた“コンピューターの反乱”は、現在もなお、最も怖れられる社会の不安要素のひとつでありますね。それを捻った形で提示する「ウエストワールド」では、現在の社会をあらゆる場面で支配しているといっても過言ではないコンピューター技術への人間の過信と依存を、ブラックなストーリー展開で皮肉ってみせるのです。そう、私たちが気づいていないだけで、今や私たちの興ずる娯楽にも、コンピューター制御は欠かせない技術です。映画では、近い未来、完璧に制御された高度な人工知能を持つロボットたちを、人間様の娯楽のために酷使する様子が淡々と描いてゆきます。これもまた “ありえそうな未来像”であり、モノリスの謎に頭を捻るより、随分と身近に感じることが出来る近未来ですよね。

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ロボット3原則の中には、“ロボットは絶対に人間を傷つけてはいけない”という鉄則があります。それを盾に、レジャー・ランド“デロス”では、ロボットたちを人間の快楽に奉仕させる奴隷として扱っていました。主人公が入り込む西部の世界では、ロボットたちが歯向かわないのをいいことに、彼らを銃で撃ち殺し放題であったし、劇中には少ししか登場しませんでしたが、ロボットたちは中世や古代ローマの世界でも、人間の暗い欲望を満足させるための人形でしかありませんでした。彼らをコントロールするのが、人間の生み出したコンピューター技術であったわけですが、ロボットの人工知能が独自に進化を始め、自我を持つに至っては、その自慢の技術も何ら効力を発揮できなくなるわけですね。例によって、デロスのロボットたちがなぜ自我を持つようになったのか、その原因は一切不明のまま映画はジ・エンドとなります。今回は、それを解明すべき技術者たちは、なす術もなくあっけなく殺されてしまうからです。たとえ人工のものであろうとも、すべからく“知能”と呼ばれるものは、必ず進化を遂げていきます。その進化の過程を、神に成り代わって“制御”できると過信する人間の愚かさを、この映画も描いていると考えられるでしょう。その意味では、「ジュラシック・パーク」におけるテーマともリンクするアイデアが、既に今作に見られているわけですね。

ただ、「ジュラシック・パーク」と違い、今作が名作となりえなかったのは、クライトン自身がメガホンを取ったことに遠因があるように思います。ロボットの知識も、コンピューターの知識もなんら持たない主人公が、自我と人間への恨みと不死身の身体を持つロボットにどこまでも追いかけられるというプロットは、実は「ターミネーター」の雛形でもある斬新なアイデアだったのですが、リアリティにこだわった平板な演出のために、アクションやサスペンスの盛り上がりを欠いてしまう残念な結果に終わりました。技術者たちがロボットの調整を行うシーンや、会議でロボットの不調が話し合われるシーン等、クライトン原作の他の映画化作品への目配せも感じられるものの、それが作品の不安感を煽るまでには至りません。物語世界を広い視野から見下ろす意図があったのでしょうが、主人公とガンスリンガーが対決する“ウエストワールド”以外の中世世界でのシーンもいささか長すぎ、緊張感が途切れてしまうのですね。一見無関係に思われる複数のエピソードを、伏線にしたがってクライマックスに繋げていく手法とも言いがたく、これならば、最初から最後まで西部世界の中だけでストーリーを展開した方が、映像的には良かったかもしれません。“不死身のロボットとの絶望的な追いつ追われつ”を強調し、スリリングな映像に徹するとかね。
尤も、映画にどっちつかずの不満を感じてしまうのも、クライトンの作品に登場する人物が、たいてい“記号”としての役割しか与えられていないせいもあるのですよ。登場するキャラクターは、いずれも現実にどこにでもいそうな人物で(もちろんガンスリンガーは別・笑)、格別共感を覚えるわけでもない。彼らの人物像にもう少し陰影があれば、ストーリーにも起伏ができるのですが、映画は、起こった現象の波紋を外側から追うことに集中してしまいます。まあそれが“ドキュメンタリー・タッチ”の限界点でもあるのですが、連鎖的に起こる事象の積み重ねを、うまく映像的興奮に昇華できる優れた映画作家の手を借りなければ、クライトン作品の面白さは生かされないような気もします。

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自身の名作「荒野の七人」の名キャラクターをセルフ・パロディしてまでも、終始不気味な存在感を見せつけたユル・ブリンナーが凄かっただけに、なんとももったいない作品であるなあと思うのです。黒衣のガンスリンガーの、黙して語らぬ人間への恨みの根深さを、そして自我を勝ち取ってしまったロボットの悲しみを、その鋭い眼光にみなぎらせていたユルはもっと評価されてもいいのでは、とも思いますね。彼、アップのシーンではまばたきすらしないんですよ。“ロボットはまばたきなんかしない”からって。有名な逸話ですが、演技中は息すら止める念の入れようで、無機質なロボットになり切ってみせました。今見直しますとね、例の「ターミネーター」シリーズでシュワルツネッガーが示した無表情演技は、このユルの演技を参考にしたのかもしれないと感じます。

それからもう御一方、ピーターの悪友ジョンを演じたジェームズ・ブローリンについて触れておきますね。絶対に撃たれるはずがない状況下で、人知れず自我を獲得していたガンスリンガーの銃弾を浴び、呆然と「オレ、撃たれちまったよ…」とつぶやきつつ崩折れていったジョン。個人的には、主役のピーターより断然印象的でした(笑)。彼の顔を見ていて誰かに似ていると思っていたら、あら不思議、「ノーカントリー」「ミルク」「ブッシュ」等、最近、数々の佳作で熱演を披露して注目されているジョッシュ・ブローリンのお父様でいらしたのね。最近初DVD化され、さらにカルト映画として定着しそうな、リチャード・フライシャー監督のアングラ臭漂うサスペンス「絞殺魔」にも、助演で登場していました。「カプリコン1」「悪魔の棲む家」などクセのある作品に多く出演し、ご自身もクセのある性格派俳優として息の長い活動を続行中。でも元々は、背が高くて渋い二の路線の俳優さんだったそうです。テレビシリーズにもたくさん出演されていますね。


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