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zoom RSS 「天使が隣で眠る夜Regarde les hommes tomber」―ジャック・オディアール監督

<<   作成日時 : 2015/05/23 22:59   >>

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孤独な魂が寄り添う夜。

「天使が隣で眠る夜 Regarde les hommes tomber」(1994年製作)
監督:ジャック・オーディアール
製作:フランク・ル・ウィタ&マルク・ド・ベイセル
製作総指揮:ディディエ・オードパン
脚本:アラン・ル・アンリ&ジャック・オーディアール
原作:テリー・ホワイト「真夜中の相棒」
撮影:ジェラール・ステラン
音楽:アレクサンドル・デプラ
出演:ジャン=ルイ・トランティニャン(マルクス)
マチュー・カソヴィッツ(フレデリックことジョニー)
ジャン・ヤンヌ(シモン)
イヴォン・バック(ミッキー)
ビュル・オジエ(シモンの妻・ナレーション)
クリスチーヌ・パスカル(シモンの娘サンドリーヌ)

「名刺、招待状、結婚通知、メニュー、宴会の案内状…何でも印刷するよ。菓子売り場で砂糖菓子を売ってたが、砂糖菓子といえば洗礼式…お祝い事だ。誰でも他人に知らせたいことがある。転居届けとか…求人広告とか。名刺を作ってもらいに印刷所へ行き、何千枚も作ってもらって、残りはどうする?この機械があれば、そんな無駄がなくなるってもんだ」

初老のセールスマン、シモンは印刷機を売って生計を立てている。売り文句も暗唱できるぐらい繰り返してきた。目の下はたるみ、髪にもひげにも否応なく白いものが混じっている。ある晩彼は自分の爪をしげしげと見つめ、それがまるで老犬のように黄ばんでいることに気づいた。そこで突然自分も“老いる”ことを悟ったのだ。これまでの人生を振り返る彼。結婚して出て行った娘…生活のため他人に売りつけた品々…すっかり情熱の冷めてしまった妻との味気ない暮らし…。一体あと何年生きられるのだろう。

「そんなときミッキーに出会った…」

ミッキーは若く、ハンサムな刑事だ。彼は、足でステップを踏みながら、シモンに笑いかける。
「ほら、簡単だよ、やってみなよ」
「…やりたくない」
「どうして?簡単だ。ほら右…左…やれよ!誰も見てない、バカになれよ!」
「やりたくない」
ミッキーは、囮捜査のために盗聴器を自分の体に仕込んだ。パートナーの刑事が怪我をしたために、代わりにシモンに見張りの役をやってほしいというのだ。ミッキーの盗聴器が拾う会話や物音を録音するカセットを、途中で換えるだけでいいからと。セールスマンの自分には無理だと躊躇するものの、結局ミッキーに押し切られて、シモンは見張りの手伝いをすることになった。
車の中で新聞を読みながらカセットを交換するシモン。ミッキーが追う獲物に特に動きはないようだった。
「ダナタの女が来る。車が見えたらナンバーを控えろ」
車が一台止まり、中から男が出てきたかと思うと、使用人がダナタに呼びかける声にかぶさって、突如銃声が響いた。はじかれるように車から転がりでたシモン。車は謎の男を吸い込んでまた走り去ってしまった。シモンがナンバーを覚える間もなかった。ミッキーは撃たれ、病院に搬送されていった。シモンはその様子を見守る野次馬の群れから、一人離れていった。

ミッキーは一命を取り留めたものの、こん睡状態に陥っていた。シモンは昏々と眠り続ける彼にかける言葉も見当たらない。

「ずっと以前の物語。登場人物がもう二人出会った」

初老のしがない賭博師マルクスは、汚いかばんを持って路上でヒッチハイクをしている。バスに乗る金もないのだ。そこへ、ひょろりと背の高い青年が現れた。マルクスが犬にでもするように追い払おうとしても、そばを離れようとしない。
車はなかなか止まってくれず、とうとう夜になってしまった。マルクスはヒッチハイクし続け、ようやくトラックが彼を拾ってくれた。片足が悪いというのに、荷台に乗れと運転手に言われておかんむりのマルクスは、ちゃっかり一緒に乗り込んだ青年と話をはじめた。青年の名前はフレデリック。
「女みたいな名前だぜ。フレディ…フレッド…まあいい、俺がマシな名前を考えてやる」
そう言われて彼フレデリックはにっこりと微笑んだ。

ミッキーの病室。相変わらず植物状態のミッキーに、シモンは話しかけてみることにした。
「ミッキー、俺だ、シモンだよ…」
シモンはミッキーのパートナーだった刑事に会いに行く。ミッキーを撃った犯人の捜査状況を聞くためだ。彼が追っていたダナタとは、ギャングのボスの名だ。なぜ彼がダナタと一緒に撃たれたかはわからない。刑事は、怪我をした手にはめたギプスの下をいらいらとかきながら答える。
「全力を尽くしてる。ところで…奴には誰も身寄りがいないんだ。友達も恋人もいない。代わりに奴の部屋の荷物を預かってやってくれないか」
シモンは初めてミッキーの自宅に足を踏み入れた。壁には一面に猥雑な写真や、事件現場で撮られたとおぼしき残虐な写真が貼られていた。彼は家財道具は処分し、小物はすべて引き取ることにした。

マルクスとフレデリック。二人は結局、身を寄せ合うようにして木賃宿に泊まることに。マルクスは、唯一の財産である馬皮の靴の由来を自慢げに語った。フレデリックはいまひとつ彼の話を飲みこめてないようだ。しゃべるだけしゃべって満足したマルクスがさっさと横になると、フレデリックは隣で寝てもいいかとたずねた。
「今度そんなことで俺を起こしたら、首の骨をへし折ってやる。わかったか!」

ミッキーの病室。シモンは娘サンドリーヌの家族のことを枕元で話した。娘の結婚相手は養蜂家で、郊外に家を新しく買ったらしい。
シモンは、地下室に置いたミッキーの持ち物の中から、あの日カセットに録音された会話を聞き直してみる。なにか手がかりがつかめるかもしれない。ミッキーのパートナーは、犯人は20代の男、左利き、運動靴を履き、殺しのプロであるということまでは調べていた。しかし彼も他の事件で手一杯で、とてもミッキーの事件だけにかかずらわっている暇はない。怒りを爆発させたシモンは、単独でミッキー狙撃の犯人を追う決心をする。

マルクスが路上でいかさま賭博をやっている。金を取られたカモの客がマルクスを襲ってきたところを、フレデリックが助けた。マルクスはその金を元手に博打を打ちたいのだ。手ごろなカモがいる。フレデリックは職業訓練校でもらった金を全部彼に渡し、『ジョニー』に改名すると宣言した。

シモンは仕事の毎日に戻った。印刷機を売り歩く日々。セールストークはいつも一緒だ。しかし彼には、ミッキー事件の捜査という新たな使命がある。営業もそこそこに、彼は警察の動きを密かに追っていった。警察がミッキー事件についてなにもしようとしないのを毒づきながら。
そこでシモンは、ミッキーのタレこみ屋をやっていた男と偶然出会った。彼によると、ダナタを殺した犯人はプロで、まず挙がらないだろうとのことだ。
ミッキーの病室で、シモンは今や毎日の日課となった新聞の朗読をした。彼の耳に届いていることを願いながらだが、半ば惰性にもなっている。そんなことをするうちに、自宅へは寝に帰るだけとなっていった。妻はなにか言いたそうであったが、彼は妻との会話を拒否した。

マルクスとフレデリック。せっかくフレデリックことジョニーに金をめぐんでもらったというのに、マルクスはそのすべてをフイにしてしまった。カモるどころか、自分がカモにされたのだ。
「お前が金を渡すのが悪いんだ。俺が頼んだか」
「気にするなよ」
「犬みたいな目で見やがって、クソいまいましい」
「どこに行くの?連れてってよ」
「だめだ。俺はビジネスがあるし、ガキを連れて歩く趣味はないんだ」
マルクスは、ジョニーとは行動を別にすることを勝手に宣言した。そして、せめて駅まで見送るとすがる彼を追い払い、宿を後にした。ジョニーは心もとなげに彼の後姿を見、捨てられた子犬のように目を潤ませるのだった。
ところが、宿の人間に連れ戻されたマルクスは、ジョニーが手首を切って血まみれになっている様子を目の当たりにし、離れるに離れられなくなる。翌日二人は宿を出て、あてもなく足の向くままさすらうことに。ジョニーが金に頓着しないのをいいことに、マルクスは彼の取り分まで全額預かった。良心の痛みの代償は、ジョニーが欲しがったダーツを買い与えることだ。

シモンは相変わらず眠り続けるミッキーに話しかけている。過去に自分が売ってきたもののこと。買い戻したおもちゃ工場で、また大量のおもちゃの在庫を抱えるハメになったことをおもしろおかしく話す彼。一方でミッキーのタレこみ屋と会い、初めてミッキーの私生活の一端を覗いた。ミッキーと彼とは、ホモセクシュアルな関係でSMを楽しむ仲だったのだ。ひどい“お仕置き”の話を聞いて、シモンはやっと、ミッキーが凄惨な死体の写真をコレクションしていた訳に納得したのである。
ミッキーが持っていた写真の中に、見知らぬ若い男の写真と、ミッキーの子供の頃のかわいらしい写真を見つけ、シモンは一人深い感慨にふけるのだった。

マルクスは、女性との経験のないジョニーのために娼婦を買ってやるが、彼はどうしていいかわからない。呆れるマルクスに、もう二度とセックスはしないと言うジョニー。
「やらなくてもまだ友達だよね?」
「もちろんさ。お前と俺のタマは別だからな」

シモンの元に、ミッキーのタレこみ屋から情報が入った。半年前にリヨンである男が殺された。黒幕は、殺された男の相棒メルラン。メルランはパリからプロの殺し屋を雇ったという。まだ20代の若い男だ。ミッキーを撃った男と一致するかもしれない。メルランはリヨンのナイトクラブ『魅惑の館』にいる。シモンは、その夜初めてミッキーのベッドで添い寝した。そして夢を見た。自宅に戻ると、妻が見知らぬ男とお楽しみの最中だった。妻は男に抱かれながらシモンに問いかける。
「私が年を取ったせい?」
「違うよ。俺のせいだ。…時間のせいだ」
「私はまだ若いの。楽しみたいし、愛されたいの」
「俺のことはどうなんだ。好きか?」
「さあ。あなたは老人になったから…。ミッキーのようにハンサムな子がいいんでしょ。もう動けないから裏切られる心配もないし」
シモンは、ミッキーの世話を看護婦に頼み、手にした限りの資料をかばんに入れ、会社に連絡もいれずに単身リヨンへ発った。妻への伝言は、冷蔵庫に貼ったメモのみであった。“仕事で2日ほど出かけるから”

マルクスとジョニーは、寒空の下、相変わらずヒッチハイクをしている。娼婦に払った金ですっからかんになったからだ。二人はトラックに拾われた。

シモンはリヨンで会社に電話を入れた。会社には出張と偽り、金が要るので前借りを頼む。その足で彼は『魅惑の館』に向かった。そこでミッキーがやっていたような“お仕置き”をメルランに施す。シモンは人が変わったように残忍な尋問を行い、殺し屋の情報を得た。メルランが雇った殺し屋は年寄りで、片足が悪かったらしい。

ジョニーは宅配ピザ屋でバイトを始めた。マルクスのいかさま商売のカモにする“客”の前で、夕食はどうするのと無邪気に訊ねてしまい、こっぴどくマルクスから叱られても、とりあえずは平穏な毎日だった。隣に住む盲目の老女の部屋で、テレビドラマの解説をしてやりながらピザを食べるのが、ジョニーの日課になった。

シモンは車で寝泊りしていた。会社が出張の話を信用してくれないからだ。頭にきたシモンは、もう5台も売ったと嘘をついて前借りの振込みを頼む。その間も彼は新聞にくまなく目を通し、めぼしい犯罪記事を見つけては、ファイルしていった。プロの犯行らしい殺人事件がグルノーブルで起こった。早速グルノーブルへ向かうシモン。ミッキーを殺したであろう殺し屋の足跡を追ううち、彼らがまるで旅回りのセールスマンと同じ人種のように思えてくる。

マルクスは博打で負け続け、とうとうダナタから借りた金を返せなくなってしまった。借金回収係りの男達にボコボコに殴られる彼。ジョニーは泣きながら、血まみれになった彼を介抱した。
金が返せなければマルクスは殺される。思いつめたジョニーは意を決して、勤め先のピザ屋の金庫を盗もうとした。だが、素人の犯罪がうまくいくはずはなく、彼はあっという間に警察に捕まってしまった。身請けしたマルクスは、自分の借金はなんとかするから余計なことをするなと、怒りながら諫めた。
「ごめんよ」
「謝るな。どうせ他人の金だろ、クソ食らえだ」
マルクスはピザ屋の店長にかけあい、なんとか告訴を取り下げてもらった。そこで知恵を絞り、マルクスはダナタの下で働くことを条件に、借金を帳消しにしてもらうことになった。マルクスとジョニーの初仕事は、同じようにダナタに借金した連中へ、その回収に向かうという下っ端の汚れ仕事だ。あまり意味のわかっていないジョニーには、そもそも身知らぬ相手を脅すことなどできない。目で睨み付けようとしても笑わせてしまうし、殴れと言われても理由もなく殴るなんてできないと怯える始末。
仕方なくマルクスは、一人で借金取立てに専念した。その間ジョニーは、取立ての相手の家にいた子供と遊んでやり、背中にその子をおぶったまま、笑顔で「金を返してくださいねー」と言っただけである。
初仕事の失敗に懲りたジョニーは、必死で強面を作ったり、ボクシングの練習に明け暮れる。二人の息は合い始め、借金回収の仕事は順調に捌けていった。

シモンも、相変わらず車中で寝泊りしながら、殺し屋コンビの足取りを追っている。彼らが起こしたであろう殺人事件の後を追いながら、シモンはついに、彼らが泊まっていったホテルを突き止めた。従業員によると、一人は若い男で一日中テレビの前から動かず、もう一人は年寄りで片足を引きずっていたという。シモンは二人が残していったかばんを引き取ることにした。
ある男娼が売春しているのをカフェから目撃したシモンは、彼をホテルに連れて帰った。シモンは男娼に、毎日男同士のカップルがどのように生活するかを訊ねた。私生活を知られることを嫌がった男娼であったが、やがて少しずつ、恋人マルクとの暮らしぶりを語り始めた。一緒になって2年になること、家に帰ればテレビを見たり、食事をしたり、…異性のカップルと同じようなことをする。マルクは自分が売春をしていることは知らない。彼にばれて愛想を尽かされるのが怖い。…
ミッキーのいる病院に電話している隙に、シモンは車を盗まれてしまう。幸い犯人はすぐ捕まったが、彼の車は燃やされて黒こげ状態であった。仕方なく彼は、重いかばんを引きずりながら道を歩く。会社に嘘をついて前借りを頼むものの、ついにクビを言い渡されてしまう。

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マルクスとジョニーの仕事は順調だ。そうなるとマルクスの悪い癖で、つい博打を打ちたくなってしまう。ジョニーが管理する取り立てた借金から、彼はいくらかちょろまかして博打につぎ込んでしまった。また全額スッたマルクスは、いよいよダナタに申し開きができなくなる。追い詰められたマルクスは、借金棒引きの代わりにダナタの商売敵を殺す仕事を引き受けざるを得なくなる。ダナタの使いに手を痛めつけられたジョニーをかき抱きながら、マルクスは命がけの仕事をどうするか悩んだ。
「やつらが僕の手をやったのはどうして?」
「お前が俺のダチだからさ」
「僕がダチ?」
「そうだ、違うか?」
「ダチ…」
ジョニーは渡されたサイレンサー付きの拳銃を手に持つ。
「こいつの反動はすごいけど、要領はダーツと同じだ。的を睨んで撃つ!」
「…いい加減にしろ。遊びじゃないんだぞ。銃を置けよ!これで人を殺すんだぞ、わかってるのか」
「…わかってるさ、でも殺らばければ殺られる」
とうとうジョニーは、自分が代わりに殺しを引き受けると言い出した。
「僕なら人殺しも平気だ」

浮浪者と混じって夜を明かしたシモン。見回りの警官に立ち退きを命じられ、浮浪者に混じってリヨンの街まで戻ってきた。カフェで荒れた後、あてもなく歩いていた彼の目に天使の像が映った。放心するシモン。娘サンドリーヌが声をかけてきた。ここは彼女の暮らす街なのだ。薄汚れた姿を見られたくないシモンは、無視してその場から去ろうとする。しかし疲れ果てた彼は、サンドリーヌの家に引き取られることになった。

ジョニーとマルクスは、初めての殺しの仕事を前に、手順を何度も確認する。宅配が花を届ける振りをして、ターゲットの家の玄関に立つ。相手が出てきたところを撃つ。緊張するジョニーに、マルクスは噛んで含めるように手順を繰り返した。
そして目指す家の玄関にやってきたジョニー。相手が出てくるやいなや、反射的に引き金を引く。初仕事は成功した。

シモンはサンドリーヌの家で、はじめて安眠する。しかし家を出た理由は決して明らかにしなかった。妻への連絡も断り、かたくなに殻に閉じこもっていた。シモンは殺し屋二人のかばんを調べる。中からは拳銃と、なぜか歯が出てくる。その歯を包んでいた紙には『ドミノ・ピザ』の名前と電話番号が書かれていた。

マルクスはジョニーと二人で殺し屋稼業に身を転じた。リヨンのカルヴェ、アトゥン兄弟、グルノーブルのフランシス殺し…。実際に手を下しているのはジョニーだが、表向きはどの殺しも、マルクスの鮮やかな仕事だと思われていた。おかげで彼らは、ダナタからのボーナスで結構な金を稼ぐようになったのだ。ある日マルクスのもとに、カルヴァンからの使いと名乗る男がやってきた。彼らの雇い主ダナタ本人を殺したいという依頼だ。

シモンはドミノ・ピザに向かった。店長から得た情報をもとに、殺し屋二人がかつて住んでいたアパートまでたどり着く。彼らの隣人であった盲目の老女が、ジョニーの話をしてくれた。ジョニーは出先から何枚も絵葉書を彼女に送ってくれたが、内容はいつもマルクスとかいう男のことだ。最後に届いた絵葉書は温泉場のカジノからだっようだ。裏には子供のような字で“元気ですか。僕は元気です。マルクスがよろしくと。ジョニーより”とだけ書かれていた。

ジョニーはダナタの自宅に向かい、呼び鈴を押した。本人が玄関まで出てきた。彼は躊躇することなく引き金を引き、一発で仕留めた。そのとき家の奥から飛び出してきた刑事ミッキーの姿を認めると、これにも発砲。予定外の“殺し”であった。

シモンは温泉場のカジノへ向かった。無表情にゲームに興じる青年の顔を見たとたん、彼こそ、ミッキーが持っていた写真の男であることを確信した。彼がダナタはじめ、一連の殺しの犯人であり、ミッキーをも撃った張本人であることも。

帰りの遅いジョニーを心配するマルクス。雇い主を撃ってしまった今は、マルクスは孤立無援だ。一人取り残されることに恐怖すら感じている。カルヴァンからはいまだなんの連絡もなく、マルクスは不機嫌の極致だ。殺しの仕事にあぶれたかもしれない。彼らはシモンが運転するキャンピングカーを偶然追い越していった。

現在のシモン。彼は緊張する自分をなだめながら、ジョニーに接近していった。話しかけるものの、ゲームに集中する彼は返事もしない。しかしシモンはあきらめず、食い下がっていく。
「暇そうだな」
「休暇なんだ」
「俺もだよ。食事でもどうだ」
「だめだ」
「俺と話をするのが怖いのか?俺は質問するのも答えるのも得意だぞ。…歩きながら話そう。歩けるだろ?片足ずつ前に出せばいいんだ。1…2…1…2…」
歩き始めたシモンの足の隣に、少し遅れてジョニーの運動靴をはいた足が追いつく。二人で1、2とリズムをとりながら歩くうち、ジョニーは少しずつしゃべり始めるのだった。
マルクスは今夜も帰りが遅いジョニーを探しに出かける。さんざん歩いてやっと探し当てた彼は、見知らぬ初老の男と楽しげに食事をしていた。凍りつくマルクス。
彼は帰宅したジョニーを問い詰めた。なにも話そうとしないジョニーに、怒りのあまり杖を振り上げる。
「あんな男と何を話していた!余計なことをしゃべったんじゃないだろうな」
打ち据えられ、体を丸くしたジョニーに声をかけるマルクスの様子を、外からうかがうシモン。彼はジョニーの後をつけてきたのだ。
「お前があんな男とと思うと…。ついカッとなってすまなかった。俺のしたことを許してくれ。…なぜ俺と一緒にいるんだ。俺なんか死んだほうがお前は幸せだろ…」
「愛してるよ」
「言うな…お前に愛がわかるのか」
「愛してる」
「…俺も愛してるよ」
シモンは二人のやり取りを聞いて、胸が痛んだ。立ち去りがたく、その場にたたずむ。やがてジョニーの声が聞こえてきた。
「マルクス、隣で寝ていい?」
「…好きにしろ」

翌朝ジョニーとマルクスはホテルを引き払い、次の標的の自宅に向かった。いつものようにマルクスは車内で待つ。ジョニーは無駄のない足取りで建物の中に吸い込まれていった。ふと不安にかられたマルクスは、拳銃をかまえつつジョニーを探しに行く。彼の前に現れたのはなんとシモンであった。シモンはマルクスに向かって引き金を引く。一発…二発…三発。虫の息のマルクスを見下ろし、シモンは死の宣告をした。
「ジョニーは俺が面倒を見る。彼は俺のものだ。お前の役目はもう終わったんだよ。ほら、幕!」
指をパチンと鳴らしたシモンの合図を待つかのように、マルクスは息を引き取った。
拘束していたジョニーを外に引きずり出す。ジョニーは涙ながらにシモンの顔を見ていたが、シモンはだまってその場を去っていった。どこにも行くあてのないジョニーは、一瞬の躊躇の後、シモンを追いかけていくのだった。

キャンピングカーでシモンが料理をこしらえている。酒も出し、いい気分だ。
「夕飯ができたぞ」
「コーラある?」
「冷蔵庫だ」
「なあ、ジョニーって本名か?」
「いや。フレデリックだ。嫌いな名だ。バカみたいだろ」
「それでジョニーにしたのか」
彼は頷いてグラスを置いた。その夜遅く、彼はシモンの肩に手を触れた。
「起こした?隣で寝てもいい?」
「好きにしな」
シモンは体をずらした。

天使が隣で眠る夜 [DVD]
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2006-03-25

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フィルム・ノワール―虚無的・悲観的・退廃的な指向性を持つ犯罪映画。
「天使が隣で眠る夜」は、まさにこの言葉通りの作品です。

ストーリーそのものは、非常にシンプル。人生に疲れ、老いと死の恐怖にさいなまれる初老の男が、何の因果か若くて危険な男に惹かれていく。しかし思いを寄せた青年はあっけなく銃の犠牲に。老人はかたきを討つために、犯人探しにのめりこんでいく…。その間に彼は妻も仕事も失ってしまうが、後には引けない。一方犯人の男もまた、相棒の男に愛情を寄せるあまりに、殺しまで請け負うような深みにはまっていった、一種の被害者であった。それが明らかになると、主人公は仇討ちの怒りの矛先を、相棒とは名ばかりの寄生虫のような男に変える…。

シモンのミッキーの仇討ちの物語と交錯して、犯人であるマルクスとジョニーの物語を過去にさかのぼってから語ることにより、ラスト近くになっていよいよシモンが仇に近づいていく緊迫感がより増す仕掛けになっています。つまり、シモンのストーリーは現在進行形ですが、それに絡んでくるマルクスとジョニーのストーリーは、時制を超えて過去から始まり、ラストでやっとこさ現在のシモンの時制に追いつくわけですね。
当初はこの時制の交錯に慣れずにとまどいますが、慣れれば、その語り口のうまさに唸らされます。時制を反芻することで、一つの事件に絡んだ複数の男達の感情のうねりが、とても丹念に描かれていることに気づくのです。また、劇中なんでもないシーンで、実にさりげなく、未来のストーリーへの伏線が置かれていることも出色です。ですから、派手なシーンなど一つもなくても、始終観客の集中力を引き付けておけるのですね。
さらにオディアール監督は、短いショットを積み重ねることにより、緊迫感を演出すると同時に(サスペンス)、謎が次第に解き明かされていく過程を無駄なく表現しています(ミステリー)。このようなフィルム・ノワールの定石を踏みながらも、彼は従来の“男同士の友情”の描き方に現代的な解釈を加えました。

まずはシモンとミッキー。シモンは平凡な妻子もちで、およそ色恋沙汰には無頓着な老人です。しかしこれといった理由もなく、若い同性であるミッキーに惹かれていきます。本人も、それを恋愛感情だと認識するのはずっと後になってから。一方ミッキーの方は、はっきりホモセクシュアルだと意識しているようですが、この二人の触れあいと、シモンのミッキーへの思いは、非常に曖昧なものに描かれています。
そしてマルクスとジョニーですが、この二人の関係はもう少し複雑です。いわゆる“共依存”的関係。ジョニーは少し知能が遅れ気味なのか、誰かに庇護してもらわねば生きてゆけない青年です。マルクスはいっぱしの賭博師ぶってはおりますが、いつも負けてばかり、これも人生の落伍者であります。誰かの援助を受けなければ、早々にセーヌ川に浮かぶことになっていたでしょう。そんな二人ですから、お互いに身を寄せ合うように生きるようになるのは、当然の成り行きだと言えましょう。彼らはマルクスのへまが原因で、どんどん犯罪の深みに嵌っていきます。でもジョニーにとっては頼れるのはマルクスだけ。彼のためならなんでもする覚悟です。それはやはり“愛”と呼んで差し支えない感情だと思います。
学問的にはあまり良い意味にとられない“共依存”関係ですが、物質的にも精神的にも完全に自立した人間なんて、この世の中にいるでしょうか。誰しも、どこかで誰かに頼ったり、支えられたりして生きているのが現実です。ですから、彼らがお互いに依存しあう姿は、私達の正直な姿を象徴しているのだと思えなくもない。彼らにどこかしら共感を覚えてしまうのは、その辺りに原因がありそうですね。
この3人の男達の関係も、時間を追うごとにせっぱつまったものになっていきます。マルクスはいよいよジョニーなしでは生きられなくなり、やがて、彼が自分を置いてどこかに去ってしまうのではないかという妄想に駆られるまでになります。ジョニーの無条件の愛なしにはダメな自分に気づくのですね。シモンも己のミッキーへの感情を愛と認識し、彼の仇をとりたいと思う一方で、旅の過程で徐々に明らかになっていったジョニーとマルクスの関係を知ると、自分がどうしたいのかわからなくなってしまう。殺したいのはジョニーなのか、マルクスなのか。
マルクスはジョニーに寄生する諸悪の根源ではあるが、その実態は、孤独で満たされない思いでいっぱいの悲しい老人です。シモンにとっては、まるで己を鏡で見ているようなものでしょう。だからこそ、シモンはマルクスに銃を向ける決意をしました。ジョニーを彼から奪いたいという単純な三角関係だけではなく、その行為の奥には、マルクスをその孤独や生きる辛さから開放してやる、という意味合いもあったのではないでしょうか。マルクスに引導を渡すことで、シモンは彼の罪を贖う手伝いをしたのですね。
では、二人の老人が奪い合う形となったジョニーはどうでしょう。彼はマルクスに引きずられて、殺しに手を染めました。その才能は豊かでも、殺人は彼の本質ではありません。ただ頼る人が必要なだけだった。ですから、シモンがマルクスを始末した後に、彼はなんとシモンの後についていくのです。新たに頼る人をシモンと定めたわけです。マルクスと違って、シモンは辛いことに彼を引き込んだりしません。確かに愛するマルクスを殺した相手ではありますが、いずれジョニーはシモンを安住の地とするでしょうね。もちろんシモンにとってもそれは同じ事で、彼はミッキーを失った代わりに、ジョニーという新たな愛の対象を見つけたわけです。
シモンとジョニー、傷をなめあうような関係が、相手を換えて始まっただけじゃないかと言うなかれ。そうではない関係が、世の中に一体いくつあることでしょうか。

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かつて一世を風靡したハードボイルド映画では、主人公は苦みばしったいい男と言うのが定説でした。ところがこの作品の主人公シモンは、タフでマッチョな私立探偵でも、刑事でもありません。なんのとりえもない、ただの老いぼれたセールスマン。いつも不機嫌そうに仏頂面を崩さない。おまけに、妻や子供には愛想を尽かされつつあります。そんな彼がミッキー狙撃事件にのめりこんだのも、実は、こうした現実から逃避したかったせいだとも考えられますね。それぐらい情けない、でもどこか一途で愛しい主人公を演じたのは、この役にぴったりのジャン・ヤンヌ。
もう一人の主人公たるべきマルクスを演じたのは、名優ジャン=ルイ・トランティニャンです。ケチで神経質で身勝手な小悪党を、それでも憎めない名演で軽妙に魅せてくれました。

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また、マチュー・カソヴィッツはこのジョニー役で完全にブレイクしました。純粋で、どんなに邪険に扱われてもどこまでもマルクスについていく健気さを、その子犬のようなまなざしに湛えながら、一方では非常な殺し屋でもあるジョニーの二面性を見事に演じきりました。
この作品で、オディアール監督の期待に見事に応えたカソヴィッツは、その後、再びコンビを組んで、「つつましき詐欺師」(1996年)を製作することになります。

オディアール監督は、計算され尽くした脚本をとても処女作とは思えない卓越した演出力で味付けしました。結果、この地味な作品は佳作に仕上がり、彼は映画監督として申し分ないスタートを切ることに成功したのです。


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さて、俳優として「アメリ」や「ミュンヘン」などに出演し、大変個性的な魅力を振りまくマチュー・カソヴィッツ。彼は多才な人でして、自らメガホンを取った監督作品がいくつかあります。1993年の「カフェ・オ・レ」、1995年の「憎しみ」、「レオン」のハリウッド・リメイクとなる1997年の「アサシンズ」、2000年の「クリムゾン・リバー」、2003年の「ゴシカ」ですね。ハリウッド資本の2作品「アサシンズ」と「ゴシカ」は別として、出演も兼ねた「カフェ・オ・レ」と今やパリの風物詩とも化している暴動に巻き込まれた、3人の移民青年の一日を追った「憎しみ」は非常に印象に残っています。特に前者はタイトルのセンスも抜群、1人の妊娠した黒人女性を巡る、リッチな黒人青年と貧乏なユダヤ人青年の大ゲンカの顛末を描いたものです。つまり、黒色+白色=カフェ・オ・レ色というわけ。肌の色の違い、あるいは生活習慣の違い等、なにからなにまで正反対の境遇にいる2人の青年と、彼らの間を逡巡する黒人女性の真理の襞を笑いを織り交ぜつつチャーミングに描写しておりました。この黒色と白色は、互いへのライバル意識もあってなかなか和合しません。女性を追っかけつつ、寄ると触ると角を突き合わせていがみ合い、何度も揃ってムショ入りする羽目になるのですね。しかし互いの家族をも巻き込んだこの出産大騒動は、女性が元気な赤ちゃんを産み落としたラストシーンによって、実に素敵な希望を産み落とします。
現在フランスでは、移民の問題、若者の失業率の問題などがいよいよ深刻化し、富裕層と貧困層の格差がますますもって広がっております。新政権が発足したばかりのフランス政府ですが、彼らの舵取りの先行きは不安であるといっていいでしょう。花の都パリも一歩奥に足を踏み入れれば、汚泥のように社会問題が折り重なる状態なのですね。そんな状況の中、この「カフェ・オ・レ」の3人の若者のように、回り道をしたとしてもなんとか希望ある未来図を描くことができればと願って止みません。“困難かもしれないけれど、可能性は充分にある”というカソヴィッツ監督のまなざしは、どこまでも澄んでいると感じます。

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「天使が隣で眠る夜Regarde les hommes tomber」―ジャック・オディアール監督 House of M/BIGLOBEウェブリブログ
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