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zoom RSS 「ルトガー・ハウアー/危険な愛 TURKS FRUIT」

<<   作成日時 : 2017/10/28 15:00   >>

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ただ一度の愛の物語。

「ルトガー・ハウアー/危険な愛 TURKS FRUIT」(日本劇場未公開)(1973年製作)
監督:ポール・ヴァーホーヴェン Paul Verhoeven
製作:ロブ・ホウワー
脚本:ジェラルド・ソエットマン
原作:ヤン・フォルカーズ『TURKS FRUIT』
撮影:ヤン・デ・ボン
音楽:ロジェ・ヴァン・オテルロー
ハーモニカ演奏:トゥーツ・シールマンス
出演:ルトガー・ハウアー Rutger Hauer(エリック・フォンク)
モニク・ヴァン・デ・ヴェン(オルハ)
トニー・ハーデマン(オルハの母)
ヴィム・ヴァン・デン・ブリンク(オルハの父)
ドルフ・デ・ヴリエス(ポール)他。

エリックは暗闇の中で、赤毛の女とその連れの男を待ち伏せしていた。にっくき相手を認識するや、彼は男に何度も殴打を浴びせ、殺してしまう。血の海の中泣き叫ぶ女にエリックは、無慈悲にも銃口を向けた。そして無言でその眉間に弾を打ち込むのだった。
そこで目覚めたエリックは、落ち窪んだ目で廃墟と見まごうばかりの荒れたアトリエを虚しく見回した。そして夢で殺した女そっくりの赤毛の女の写真を壁に貼ると、さらに虚しい自慰行為に及ぶのだった。彼の心に今も重苦しくのしかかるその女の名前はオルハ。誰よりも愛し、愛しすぎた故に別れる羽目になった彼女を、彼は今だ忘れることが出来ない。
エリックは虚しさを払拭するために外に繰り出し、目に留まる女という女を自室に引っ張り込んでモノにしていった。遊びなれた女、信心深い女、赤ん坊を連れた女、黒髪の女、金髪の女…。どんな女も服を脱いでしまえば皆同じだ。やることはひとつ。ばかばかしい。エリックは以前オルハをモデルに作った女性像の彫刻を見つめ、否応なく彼女と出会った頃のことを思い起こしていた。

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2年前のこと。エリックは才能豊かな新進彫刻家・造形作家であった。元より反抗的で無頼派の彼は、市から依頼された石造彫刻を完成させたものの、そこに蛆虫をデザインしてしまって役人から顰蹙を買う始末。だが気にも留めない彼は、彫刻落成を記念した賓客を招いてのパーティーの席でも大暴れ。大混乱となった会場を飛び出し、通りを走る車をヒッチハイクした。彼を拾ったのは、赤毛が魅力的なセクシーで若い娘であった。彼女を一目で気に入ったエリックは、常にないほど慎重かつ大胆に彼女―オルハ―に迫る。非常にハンサムな彼のアプローチにまんざらでもないオルハは、すぐに彼の誘いに乗り、彼らは車の中で愛し合う。コトが済んでほっとしたのもつかの間、彼は大事な部分をチャックに挟んでしまい大騒ぎになる。通り掛かった家で道具を借り、なんとか事なきを得た。じゃれあいながら車を転がしていたために、オルハはハンドルを切りそこね、車は木に激突してしまった。エリックは、血まみれで意識を失ったオルハを抱き上げ、道行く車に助けを求める。

数ヵ月後。自身脚に怪我を負ったエリックは、それでもオルハのことが気がかりで、彼女の実家を何度も訪ねていた。だが大規模な家電店を営む彼女の実家では、鼻持ちならない彼女の母親が無軌道な暮らしぶりのエリックを嫌い、娘を彼に会わせようとしないのだ。家から叩きだされても諦めず、エリックは粘り強くオルハを探し続けた。
ある日エリックは遊園地で遊ぶオルハを発見。彼女はすっかり怪我も癒え、ここ数ヶ月のエリックの苦労も知らず天真爛漫に彼に甘えるのだった。2人は再会を祝して、エリックの家でむさぼるように愛し合う。無数のろうそくに火をつけ、厳かでロマンチックな雰囲気のベッドの中、赤ん坊のように指をくわえて眠る可愛らしいオルハ。ベッドの上に据えつけた鏡に、身体を丸めている彼女の姿が映し出される。その子供のような寝顔に苦笑しながらも、エリックは彼女への愛情が沸々と湧き上がってくるのを抑えられなかった。

2人で海辺へ出かけ、ピクニックに興じる。夕陽が海の彼方に溶け込んでいく様子を見つめながら、エリックは子供じみた表情の中にふと寂しさを忍ばせるオルハに永遠の愛を誓った。
やがて2人は、オルハの家でも愛を交わすようになる。芸術家なぞという輩を信用していないオルハの母親は半狂乱になるが、オルハの父親はエリックを気に入り、結婚するという彼らの門出を乾杯してやるのだった。エリックは、気の置けない親友で医師のポールの立会いのもと、教会でオルハと簡易結婚式を挙げる。他の数組のカップルとの合同式となったが、オルハ以外の新婦は皆腹ボテである。中の1人が突然産気づき、大騒ぎになる一幕もあった。

ともかく彼らはエリックのアトリエ兼自室で、ままごとのような結婚生活を始めたのだった。裸の身体にシャンペンをぶちまけ、ふざけあう2人。オルハの親戚筋から絶え間なく結婚祝いの品が届けられ、若い彼らの楽しみの邪魔をする。いい加減頭にきたエリックが、再び自室のベルを鳴らす者にバケツの水を浴びせた。ところがそれは、2人を結婚祝いのパーティーに誘いに来たオルハの父親だった。素っ裸のエリックと頭から水をかぶったオルハの父親は、実に決まり悪い思いを味わった。
あれほどエリックを嫌っていたオルハの母親も、気味が悪いほどの満面の笑みを浮かべ、エリックとオルハのカップルを迎え入れた。招かれた先では、オルハの親戚連中が勢ぞろいして2人の門出を祝う。しかし、パーティーを先導するのはあくまでオルハの母親。見栄っ張りの彼女は、自分がホステスになって一人娘の結婚を盛大に祝いたかったのだ。なんとなく気まずい雰囲気のエリックとオルハの父親は、父親が好きな曲で踊り始める。

その夜、エリックはオルハの家に泊まることを許され、2人は幸せなひとときを過ごす。翌朝、オルハの母親は娘の様子の偵察も兼ねて、新婚夫婦の寝室を覗きに来る。うんざりしたエリックは、オルハの母親のブラジャーと胸を膨らませるための風船を身に付け、オルハの目の前でふざけてみせる。だがオルハは笑わない。なぜなら彼女の母親は、昔乳がんを患い、片方の乳房を失っていたからだ。母親に甘やかされて育ったオルハは、“病気になること”を必要以上に恐れている。エリックはそんな彼女を優しく介抱するのだった。
やがてエリックは、親友ポールの推薦のおかげで、彼が勤める国立病院に設置される“赤子を抱く女性の像”彫刻制作の仕事を得た。久しぶりの大仕事に張り切るエリックは、オルハをモデルに制作に没頭する。ポーズをとるのに疲れた彼女がむくれるほどの邁進振りだ。トイレにたったオルハは、自分が出血していることに気づき、自分もガンになったとパニックに陥る。だがそれは、昨晩食べた紅大根のせい。真相が分かると、エリックはオルハの尻を子供のように叩き大笑いとなった。

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彫刻が完成し、オランダ女王を招いての除幕式が行われることになった。制作者であるエリックも当然式典に招かれてはいたのだが、なにせヒッピーのような風貌のエリックと、下着もつけない半裸同然のオルハの格好は、厳めしい式典に相応しくない。女王が式に参加する間中、彼らは役人達によって取り押さえられてしまった。
全く頭の固いお役人達め!エリックとオルハは、式が終わると会場を飛び出し、彫刻制作に用いた試作品をすべて川に放り捨ててしまった。せいせいした彼らはシャンペンを買い込み、家に帰る途中で見つけた野花を摘んで帰宅した。アトリエで2人だけのお祝いをしようとしたとき、オルハの母親から緊急の電話が入る。オルハの父親が危篤状態だったのだ。とるものもとりあえず、オルハの実家に向かった2人。母親は自らの悲運を嘆くばかりで話にならず、エリックが息も絶え絶えの父親の最後を看取る。オルハの父親は、エリックに娘を頼むとだけ言い置き、息を引き取った。

オルハの父親の葬式。オルハの母親は、昨晩身も世もなく泣きじゃくっていたのに、今日はけろりとした顔で“夫の棺おけのそばで悲嘆にくれる自分”の姿を写真にとらせる。そして、壮麗な会場の中でてきぱきと弔問客をもてなすのだ。エリックはそんな母親の姿に吐きけを催し、オルハを連れてその場を飛び出していった。父親との約束どおり、オルハを幸せにするために。
エリックとオルハだけの生活が始まった。だがエリックには、コンスタントに仕事の依頼があるわけではない。当然2人の生活は苦しかった。仕方なくオルハは生活費の足しにミルク工場に働きに出る。甘やかされ遊んで育ったオルハには、この状況は耐え難いものだった。しかもエリックは金のため、裸のオルハのスケッチを、除幕式で彼らに無礼を働いたいけ好かない役人に売ろうとしていた。日ごろの鬱憤がたまっていたオルハにとって、これは許し難い裏切り行為に思えた。彼女はエリックの卑屈な態度をののしり、大雨の中外へ飛び出していく。エリックは、雨の中で呆然と立ち尽くす最愛の女性を優しく抱きしめ、雨に打たれながら2人でワインで乾杯しようとした。今の苦境を共に乗り越えることを誓って。ところがそこへ、オルハの親戚の女性が運転する車がやってくる。オルハの母親の差し金で、彼女を気取ったパーティーに誘い出そうという魂胆だ。パーティーに目がないオルハはたちまち機嫌を直し、エリックをほったらかしていそいそと出かけていってしまった。

1人で味気ない食事に取り掛かろうとしていたエリックに、電話が入る。パーティー会場の中華レストランからだ。彼は嫌々自転車を走らせて会場に入っていく。そこには、スノッブなオルハの母親の仲間連中が集まっており、若い独身の男も招かれていた。その男はしきりとオルハに色目を使い、エリックの目の前で彼女に濃厚なキスを仕掛けてみせる。オルハの母親はそれをエリックに見せつけようとしていたのだ。エリックとの貧しい生活に嫌気が差していたオルハは、男の誘いにまんざらでもない様子だ。エリックを揶揄する周囲の雰囲気とこれみよがしなオルハの裏切りに、彼は怒りを煮えたぎらせる。オルハとその母親の顔に向かって食べたものを吐くと、彼はその場を後にした。

オルハはその日以来エリックのもとには戻らなかった。エリックの方も、売り言葉に買い言葉で彼女を売女とののしり、2人の関係は修復不可能になってしまう。ある日エリックはオルハの実家に押し入った。表向きは離婚の話し合いという名目だったが、彼にはオルハを諦めることはできなかったのだ。母親の目を盗み、自室に引き篭っているオルハに無理やりのしかかり、お前はオレのものだと叫ぶ。オルハは泣いて母親に縋りつき、エリックは石もて追われるごとくに家から叩きだされてしまった。

そして現在。再び1人ぼっちになったエリックは、なにもする気にならず、アトリエは廃墟のようになっていた。オルハを失ってから、彼女をモデルにして制作した彫刻を壊し、彼女を写し取った無数のスケッチも破り捨てた。部屋はその残骸で足の踏み場もないほどだ。食べ残した食べ物が放置されて腐り、虫がたかっている。眠れぬ目を無理やり閉じれば、オルハとその連れの男を惨殺する悪夢にうなされてしまう。だがエリックは、思い立ってアトリエの中に転がるものを全てダンボールに積めて捨て去った。立ち直るべき時だろう。オルハを思い出させる痕跡を消し去り、芸術家としての本来の生活に戻るべきだ。
ポールの病院に飾られる予定のオブジェを制作するエリック。赤ん坊の人形をバーナーで焦がし、半焼けのそれらを透明なドームの中に押し込める。おどろおどろしいイメージのしろものだが、そういった作品が現代美術として高く評価されるのだ。制作に没頭するエリックの下に、ある日オルハがふらりと訪ねてくる。彼の家に残してきた持ち物を引き取りにきたのだ。彼女は、太っちょの金持ちのアメリカ人を婚約者だと紹介する。結婚してアメリカに行くのだと言われても、エリックはもはや激昂することはなかった。

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彼らを送り出し、エリックは1人で静かに暮らし始めた。制作のアイデアを得るために広大なゴミ捨て場に赴いた彼は、怪我を負ってまともに飛ぶことの出来ない鳥を介抱する。その鳥にオルハへの想いを託しながら、家でえさを与え治療を施してやるエリック。やがて回復した鳥を、オルハとの思い出の深いあの海辺で離してやった。彼女と2人で見つめた夕陽を背に群れに向かって飛んでいく鳥を、彼は万感の思いを込めて見送るのだった。

数年後。街中を歩いていたエリックは、あるブティックの中で品物を物色する女性に気づいた。着ている服はずいぶんと趣味の悪いものだったが、あの後姿は見間違えようもない。オルハその人である。エリックは思わず彼女に声をかけた。オルハは厚化粧に派手なサングラスをつけていた。2人は久しぶりに再会したが、やはりどこかぎこちない雰囲気が流れる。それにオルハの様子もなんとなくおかしかった。彼女によると、結婚して長い間アメリカに暮らしたが、今は母親の家に戻ってきたのだという。エリックは理由を問わなかった。なにか事情があるのだろう。気まずさを隠すかのように、オルハはしきりと自分が綺麗かどうか彼に尋ねる。年老いた自分を見られたくないのだという。確かに今の彼女には、昔のような溌剌とした自然な美しさは消えうせていた。傍目にもわかるほど無理に明るく振舞うオルハは、エリックをコーヒーに誘った。
2人は喫茶店でテーブルを挟み、黙り込む。沈黙に耐えられなくなったのか、オルハは指にはめた豪奢な指輪や宝石をエリックに見せ、子供のように自慢する。ウェイトレスが注文のコーヒーを持ってくると、彼女は突然激怒し始めた。ところが次の瞬間には、何事もなかったかのように一緒に海を見にいこうと懇願する。混乱しながらも、エリックは彼女の望みをかなえようと決意した。しかし、トイレにたったオルハが戻ってこない。彼女はそこで昏倒していた。
ポールの病院に運び込まれたオルハは、器具に固定された哀れな格好で脳の検査を受けた。診断結果は重い脳腫瘍。ポールはただちにオルハの腫瘍を切除する緊急手術を行ったが、その全てを取り除けたわけではない。手術不可能な部分にまで腫瘍がはびこっており、彼女が回復する見込みは五分五分だった。

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頭を丸坊主にされたオルハのために、エリックはかつらを買ってきてやる。オルハは、禁止されている雑誌のロマンス小説を彼に読むと言ってきかない。だが1行も読み進まぬうちに、彼女は自分が字を読むこともままならなくなっていることに気づくのだった。不治の病の恐怖に震える彼女を抱きしめながら、エリックは代わりに愛の言葉を読み上げていく。陳腐な、くだらぬほどありきたりな言葉。だが、今のオルハとエリックの間にある愛情を雄弁に語る言葉でもあった。
オルハの病状は次第に悪化していく。見舞う者とてない彼女のために、エリックは毎日辛抱強く看病を行った。彼女が幻覚に怯えれば子供をあやすように慰め、突如キャンディが食べたいと言われれば食べさせてやる。赤ん坊に逆戻りしていくオルハを見守りながら、エリックはある決意をしなければならなかった。
ある日オルハが突然半狂乱になって暴れ始めた。もう言葉も口にできない彼女に、看護婦は鎮静剤を打つ。ポールは今夜が山場だと彼に宣告し、夜中彼女のそばにいてついてやるよう促した。翌朝未明、どす黒い顔色のオルハがかつらを頭に乗せながら起き上がった。そしてエリックに最期の別れを告げる。エリックは、生涯にただ一度の本物の恋が、この世から永遠に消えたことを噛み締めたのだった。
病院から出ようとするエリックに、追いかけてきた看護婦がオルハのかつらを持たせた。彼女の身の周りのものは、それしかないからと。エリックは、ごみ収集車の中にそれを投げ入れる。茶色のかつらはゆっくりとごみ収集車の中に飲み込まれていった。

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ポール・ヴァーホーヴェン Paul Verhoeven

1938年7月18日生まれ
オランダ、アムステルダム出身

大学在学中に短編映画『Een hagegis te veel』(1960年) を撮るなど、映像への多大なる探究心を満足させるべく、改めてアムステルダム・アカデミーの映画コースに入りなおす。しかしここで教えられる内容に不満を抱いた彼は、コースをドロップアウトし、兵役について軍のドキュメンタリー・フィリムを撮る。除隊後、1969年にオランダのテレビ局の製作となるテレビシリーズ『Floris』を演出した。このとき主演を務めたルトガー・ハウアーとは、以後何度もコンビを組むことになる。1971年初の商業用長編映画『Wat zein ik』を完成し、オランダ映画界で一躍注目される監督となった。長編2作目のこの「ルトガー・ハウアー/危険な愛」で、ハウアーを再び主役のエリックに起用し、オランダ映画界始まって以来の観客動員数を記録する。その記録は、なんと今もって破られていないというから驚きだ。この作品は、アカデミー賞外国語映画部門でノミネーションも受けて内容が評価されたと同時に、ヴァーホーヴェン映画らしい猥雑さと過激な描写の萌芽を見ることも出来る。
その後、ハリウッドに進出した盟友ハウアーの後を追って、彼自身もハリウッドで監督するようになる。テレビの演出を経て、1985年にハウアーを主役に迎え、「グレート・ウォリアーズ/欲望の剣」というアクション・アドベンチャー作品を撮りあげた。どぎついセックス描写と過激なバイオレンスシーンがアメリカの観客に受け入れられ、1987年の「ロボコップ」で興行記録を塗り替えると、彼の名前はハリウッドでも不動のものとなる。
ヒットメイカーの仲間入りを果たした彼は、続く「トータル・リコール」(1990年)、「氷の微笑」(1992年) でも連続ヒットを飛ばし、押しも押されもしない一流監督とみなされるようになった。ところが1995年の「ショーガール」では、一転してラジー賞を総なめしてしまい、興行的にも惨敗を喫してしまう。再び残虐描写路線に戻った、過激なSFプロバガンダ映画「スターシップ・トゥルーパーズ」(1997年)でも、アメリカの識者たちの度肝を抜いて見せた。続く、透明人間もののSF「インビジブル」(2000年)でも、もはや開きなおったかのような俗悪趣味満開の描写を執拗に繰り返した。
2006年には故国オランダに戻り、20年来の念願の企画であった「ブラックブック」の製作に取り組んだ。日本でも 2007年3月公開されたこの作品では、従来の過剰なエロティシズムや暴力性を抑え、第2次世界大戦の渦中に放り込まれた1人の女性の運命を、サスペンスタッチで骨太に描いている。

●フィルモグラフィー

2006年「インビジブル2」製作総指揮
2006年「ブラックブック」監督&脚本
2000年「インビジブル」監督
1999年「スターシップ・トゥルーパーズ(テレビアニメ版)」製作総指揮
1997年「スターシップ・トゥルーパーズ」監督
1995年「ショーガール」監督
1992年「氷の微笑」監督
1990年「トータル・リコール」監督
1987年「ロボコップ」監督
1985年「グレート・ウォリアーズ/欲望の剣 」(未)監督&脚本
1983年「ザ・ヒッチハイカー」(TVドラマ)監督
1980年「SPETTERS/スペッターズ」(未)監督
1979年「4番目の男」監督
1977年「女王陛下の戦士」(未)監督&脚本
1976年「娼婦ケティ」(未)監督
1973年「ルトガー・ハウアー/危険な愛」(未)監督

改めてヴァーホーヴェン監督のフィルモグラフィーを振り返ってみると、呆れたことに、私は彼の全ての監督作品を観ていることがわかりました(笑)。特にオランダ時代の5作品(1980年の「SPETTERS/スペッターズ」まで)は、「ロボコップ」が世界的に大ヒットしていた時期に相次いでビデオ化されたものです。蛇足ながら、現在では廃盤になっているものばかりです(笑)。これらを日本語字幕つきでご覧になったことがある方は、非常に奇特な方ではないでしょうか。過剰すぎる性愛描写、なにもここまであからさまにしなくても…とすら感じる暴力描写の洪水。加えて人間性の闇の部分―気高さや自己犠牲の精神など、人間の尊い部分の対極にある、姑息さやしたたかさ―をひたすら抉り出さずにいられない業の深さ。性善説ではなく性悪説こそ真理であると言わんばかりに、彼の作品に登場する人間は皆、セックスや暴力衝動に関してネガティヴな部分を持ち、それを隠そうともしません。ヴァーホーヴェン作品の専売特許のようなこういった特色は、既にこの頃から確立されていたわけです。そもそもオランダは、性について寛容なお国柄です。1979年の「4番目の男」や1980年の「SPETTERS/スペッターズ」では同性愛描写も赤裸々に開陳され、後年の「氷の微笑」の衝撃シーンなど、春の日差しのように甘いものであったことが判明するのです(笑)。

さて、こんなヴァーホーヴェン監督の名を世に知らしめた最初の作品であるのが、この「ルトガー・ハウアー/危険な愛」です。オランダで人気の作家ヤン・フォルカーズの自伝的小説『TURKS FRUIT』を元に、ヴァーホーヴェンならではのカラーを加味して製作されました。原作では時代背景は60年代であり、そういわれてみれば確かに、反逆的な時代の空気をそこここに感じることが出来ますね。でもまあ映画のほうでは、特定の時代を設定したわけではなく、いつ観てもそこに描かれる愛の物語に観客が共感できるように工夫されています。

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またこの作品では、エネルギッシュなヴァーホーヴェンらしい野心的な試みがなされています。冒頭でいきなりエリックの陰惨な悪夢のシーンを見せ、観客の度肝を抜いたかと思うと、エリックその人を下半身すっぽんぽんの姿で登場させる。男の頭から噴水のように血が噴き出し、女の額のド真ん中に弾が撃ち込まれるシーンは、彼の夢だったかとほっとしたのもつかの間、あとはエリックのハントシーンがえげつないほど繰り返されます。手当たり次第に女を漁るわけですが、その描写がなんというか大変に即物的(笑)。拾った女に、記念に何かくれとねだられれば、己のナニをかたどったスケッチを渡してみたり(爆)。こともあろうに赤ちゃん連れの女を拾ったときには、ナニの振動を利用して乳母車を揺らしてみたりとか…。
色気もへったくれもあったもんじゃありません(笑)。普通、他の映画で見られるラブシーンやベッドシーンというのは、ことさら美しく官能的でありますが、ヴァーホーヴェンはそんなきれいごとをフィルムに撮ることを許せない性分なんでしょうね。男女のナニなんて、現実はこんなに汚らしくて精液臭いモノなんだよって。おそらく彼は、あまりに正直であるために、男女間で交わされる感情や人間の奥深い部分に眠る汚点を見ない振りすることができないのです。ですから、彼の映画で描かれる男も女も皆ふしだらでしたたかで、それ故リアルでいとおしい存在に感じられるのでしょう。もっともエリックがこんなに荒れている理由は、後程明らかになるわけですが。

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とにもかくにも、ハリウッド進出後のハウアーしか知らない方には、多分信じがたいほどのショックがあるかと思われますね。文字通り裸一貫で(服を着ているシーンの方が少ない)、あんなことやこんなことを大熱演しています(笑)。
映画は突然エリックの過去を遡り、運命の恋人オルハとの出会いとその愛の行方をたどっていきます。この時間軸移動もなんの説明もなく突如行われるので、観客は画面の時制が現在なのか過去なのか理解するのに手間取ってしまいます。このあたりの編集は多分に荒々しく、シーンとシーンのつなぎ目もお世辞にもスムーズとは言いがたいのですが、そのために却って、エリックとオルハの若さゆえの無謀を実感できるのですね。おそらく監督自身も意図しないうちに、2人の物語の詩情がかもし出されたのでしょう。

この映画のタイトルは「危険な愛」ですが、エリックとオルハの恋愛は「幼稚な愛」と言い換えても差し障りはありません。若く無知な男女が出会い、本能の赴くまま肉欲に溺れ、その影で互いへの真の愛情が育っていたにもかかわらず、それに気づかないままささいなことから破局を迎えてしまうという。2人の物語はどこにでも転がっている陳腐な恋物語です。ですが、どこの国でもいつの時代にも繰り返される、普遍的な物語だともいえますよね。みなさんも、若い頃を振り返ってみて胸の奥が少し痛みませんか?誰しも経験がある物語であるために、この作品を観れば、苦味の混じった甘酸っぱい感情を共有できると思われます。
この作品の最も顕著な点は、対極的な位置にある2つのものが代わる代わる描かれ、物語が進んでいくにつれて、それらがやがて交錯していく様でしょう。例えば、むき出しの神経にたたきつけられるかのような、過剰で生々しい暴力表現とセックス描写が繰り出されるかと思えば、その直後には、間が抜けるほどあっけらかんと、ユーモラスなシーンが差し挟まれたり。
あるいはエリックとオルハ、2人の若々しく美しい肉体が醸しだす性の歓びと、それに影を挿すかのような不気味な死のイメージ。エリックが、オルハの裸の身体の上に野花を置くという美しいシーンがあるのですが、その直後に花をどけると、土の中に眠っていた虫たちがぞろぞろと這い出て来るという寸法です。官能に浸る2人の背後には、刻一刻と死と腐敗が忍び寄っていたことが暗示されています。

そして互いの身体をむさぼるだけの、動物のごとき無鉄砲な交渉の影で、静かに育ちつつあった本物の愛情。オルハはエリックを愛し、彼女自身も意識しないまま、彼に芸術家としての道を貫いて欲しいとある種の純情を捧げました。ですが結局は目先の挫折に負け、目の前にぶら下げられた“楽な生き方”に流されていきます。一方エリックは、オルハを失って初めて彼女への愛情と絆を確信するのです。と同時に、憑き物が落ちたかのように無軌道な暴走が鳴りを潜めた彼は、芸術家として成熟する時期を迎えたのですから、皮肉ですよね。

オルハの艶かしい裸体が象徴する成熟した官能と、それとは対照的に、彼女がやめられない指しゃぶりの癖が暗示するその幼稚さ。それは、若さが炸裂するある時期にのみ、1人の人間に同居することが許されるアンビバレントな魅力です。エリックが彼女に惹かれたのもその部分であったのですが、不幸にもオルハは、年をとるごとにそのアンバランスさが本当に崩れ始めてしまいます。彼女の精神はいつまでたっても、エリックと共に一時の熱狂を分かち合った青春の頃から成長せず、老いさらばえていく肉体との均衡を保てなくなってしまった。あれほど怖がっていた病に、しかも脳腫瘍という不治の病に取り付かれて、醜い死に様をさらす羽目になったオルハ自身が、相反する要素を湛えたこの物語を象徴する存在だといえるでしょう。

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ただ、過激な暴力シーンやセックスシーンも、度を過ぎれば却って滑稽であるように、暴力とユーモア、生と死、官能と腐敗…一見対照的と思われる事柄も、極限まで突き詰めれば表裏一体であることがわかります。ヴァーホーヴェンは、1つの物事のある側面のみに目を向けることの無意味さを、ここでも提示しているようです。
オルハ親子の絵に描いたような俗っぽさが、その具体的な例の1つでしょうね。金持ちでスノッブな種族に生まれ育った彼らの考え方や行動は、どこまでも利己的で他の誰に対しても支配的です。そんな親に反抗し、根なし草的なエリックへの愛を貫くかと思われたオルハですら、最後の最後で敵前逃亡し、結局は安泰な結婚に妥協していくのですから。彼女が病によって自慢の若さと肉体を蝕まれ、母親にすら見捨てられて死に至る結末はなにかの罰のようでもあり、監督の女性性への辛らつな視線を感じますね。また、女性と男性の恋愛への考え方と対処の仕方の違いも、まざまざと見せ付けてくれます。オルハは、エリックを失ってもしたたかに結婚相手を見つけて現実に折り合いをつけるし、エリックはそんな薄情な女を想い続けていつまでもめそめそするほど夢見がちでナイーヴ。これもまあ、普遍的な結論といえるのですが。
この若い男女の恋愛の行方を音楽で支えたのは、ハーモニカ奏者として名高いトゥーツ・シールマンスです。過ぎ去った青春へのやるせなさと、それでも尚輝いてやまない若さへの憧憬がないまぜになったかのよな、懐かしいメロディですね。不器用なエリックとオルハの愛情を優しく包み、観る者すべてにほろ苦い感傷を呼び起こしてくれます。

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さて、原題の「TURKS FRUIT」ですが、病に倒れたオルハがエリックに食べたいとねだっていたお菓子のことです。字幕では“キャンディ”となっていましたが、実際は砂糖をまぶしたゼリー状のお菓子です。もっちりした寒天ゼリーといったらおわかりいただけますかね。

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