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zoom RSS 「ブルー・イグアナの夜Dancing at the Blue Iguana」―マイケル・ラドフォード

<<   作成日時 : 2017/08/18 16:19   >>

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踊り子たちの見る夢は、夜の闇に消えてゆく。

「ブルー・イグアナの夜 Dancing at The Blue Iguana」(2000年製作)
監督:マイケル・ラドフォード Michael Radford
製作:ラム・バーグマン&マイケル・ラドフォード他
脚本:マイケル・ラドフォード&デヴィッド・リンター
撮影:エリクソン・コア
音楽:タル・バーグマン&レナート・ネート 
出演:ダリル・ハンナ(エンジェル)
シーラ・ケリー(ストーミー)
ジェニファー・ティリー(ジョー)
サンドラ・オー(ジャスミン)
シャーロット・アヤナ(ジェシー)
クリスティン・バウアー(ニコ)
W・アール・ブラウン(ボビー)
クリス・ホーガン(デニス)
イライアス・コティーズ(サリヴァン)
ウラジミール・マシコフ(サーシャ)
ロドニー・ローランド(チャーリー)
ロバート・ウィズダム(エディ)
デイヴィッド・エイモス(デイヴ)

ジェシー(アヤナ)。若い彼女は、一人ぼっちで粗末な部屋に暮らしている。孤独に耐えかね、5年も音信不通であった伯父に電話する。求められ、電話口で「アメージング・グレイス」を歌うも、孤独は増すばかりであった。

サンフェルナンド・バレーにあるストリップ・クラブ“ブルー・イグアナ”では、今夜もネオンが瞬いている。開店間近のステージでは、店一番の売れっ子エンジェル(ハンナ)が男達を悩殺するセクシー・ポーズの練習に余念がない。年中金欠のミュージシャン、チャーリー(ローランド)がぶらりと店を訪れた。もうすぐ開店だ。
店の楽屋では、ダンサーたちが素顔を捨てて、妖艶なストリッパーに変身している。しっかり者で仲間内から頼みごとをされることの多い、アジア系のジャスミン(オー)、いつも憂い顔のストーミー(ケリー)、いつも酒とマリファナでハイになっているエンジェル。パンクでぶっ飛んでいるジョー(ティリー)は、まだ来ていない。
ステージで仲間が踊っている横で、エンジェルはチャーリーと内密の話しをする。彼女は養子をもらおうとしていた。そのためには面接を受けなければいけない。両親揃っているところを見せなければならないので、面接のときだけで良いからチャーリーに付き合ってほしかったのだ。ところが彼のほうは、近々ミュージシャンとしてデビューできそうだということで頭がいっぱいだ。彼女と一緒に里親になるなんて、まっぴらだ。
店の経営者エディ(ウィズダム)は、アダルト雑誌の表紙を飾っている大人気のストリッパー、ニコを来週のパーティーにゲスト・ダンサーとして呼ぶことに成功した。彼女が踊れば、一晩で400人からの客が呼べる。エディはホクホク顔だ。
今夜は満員御礼だ。機嫌のいいエディはダンサーたちに花を一輪贈る。そこへ遅刻したジョーが飛び込んでくる。彼女はエディに注意されても、どこ吹く風だ。「ファック・ユー」を連発するジョーに、うんざりしたジャスミンが彼女に突っかかる。喧嘩っ早いジョーは、ジャスミンの胸の小ささをバカにする。狭い楽屋で女達のキャットファイトが始まった。エディの物慣れた仲裁であっというまに二人は引き離され、ジャスミンはステージに躍り出ていった。楽屋での喧騒をよそに、ステージでは男達の欲望にまみれた視線を浴びながら、素肌をさらしていく彼女達。
翌日。ジョーはヤクの売人まがいのことをしている。相変わらず具合の悪い彼女は、道端で吐く。ジャスミンは書店で本を購入する。レジにいた男は、昨晩店に来ていた客だった。笑顔で会話する二人。しかし書店の店主デニス(ホーガン)は、彼女を見て驚く。ジャスミンは、彼が主催する詩の朗読会に毎回足を運んでいたのだ。ジェシーが、“ブルー・イグアナ”のオーディションにやってきた。まずはIDを見せろというエディを、巧みに煙に巻きながら、彼の前で踊ってみせるジェシー。彼女はさっそくダンサーとして雇われることになった。

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外国人風の怪しい男がロスにやってきた。英語の教材を聞きながら、チェックインした安宿から窓をのぞくと、先ほど看板でみかけたブロンドの女エンジェルが、男と口論している。そこは“ブルー・イグアナ”の裏手であったのだ。
そのエンジェル。ステージでは日常のやっかいごとを捨てて、ひたすら男達の欲望に奉仕するように身体をくねらせて踊る。楽屋ではジェシーが初舞台を待っていた。ジャスミンは、緑色のキャデラックに乗った男が店の周りをうろついていると言う。それを聞いたストーミーは顔色を変えた。彼女になにか関係のあることなのか。
口の悪いジョーが楽屋に入ってきた。新入りのジェシーが自分の席を占領しているのにズケズケ文句を言う。ジャスミンは一心になにかを書いていて、知らん顔だ。エンジェルが楽屋に戻ってくる。次はジョーの出番だが、遅刻した彼女は準備できていないとうそぶく。仕方なくジェシーが代わりにステージに上がることになった。
“ブルー・イグアナ”の裏手の宿に宿泊する例の外国人(マシコフ)は、外でエンジェルが涙を浮かべながらたたずんでいるのを見つめている。エンジェルに惹かれていく彼。
ステージ上ではジェシーが完璧なボディ・ラインをさらして踊っている。彼女の大胆なダンスに、エディはすっかり満足した。チャーリーは、一目で彼女を気に入る。エディは、ニコからの出演OKの連絡をもらって一安心だ。しかし留守電には、女がすすり泣く声が入っていた。聞き覚えのない声だが、なぜか気になるエディ。
店の奥には、特別料金を払えば、ダンサーたちから“スペシャル・サービス”をしてもらえる小部屋がある。結婚している者、女性にもてそうにない者…。ダンサーたちは、金をかせぐためにここでさらに客達に濃厚な夢を売るのだった。ジェシーはチャーリーを小部屋に誘う。
外国から来た男は、郊外の豪邸を密かに見張っている。そしてロシアに国際電話をかける。ターゲットが留守だ、と。彼は殺し屋であった。はるばるロシアからターゲットを追ってきたが、相手は自宅にいない。
デニスの催す詩の朗読会。参加者達が次々と自作の詩を読む間、ジャスミンはいつもだまって聞いているだけだ。詩は作っているのだが、人前で読む自信がないのだ。
開店前。ストーミーに、謎の男から手紙が届く。宛名には彼女の本名が記されている。手紙を読んだ彼女は頭を抱える。逃げようとしていた“彼”がやってきたのだ。
ロシア人の殺し屋は今夜も窓から店の裏手をのぞく。知らず、エンジェルの姿を目で追う彼。そのエンジェルは、楽屋のトイレで妊娠検査薬を見つけた。それは調べられた形跡があり、陽性反応を示していた。彼女は自分のかと動転する。ジャスミンの機転でそれはジョーのものだとわかった。ジョーは妊娠していたのだ。ヤケのやんぱちで、ステージ上で大暴れするジョー。あくまでシラをきる彼女を、ジャスミンとエンジェルが諫め、堕胎のための医者を紹介してやった。店の裏手にエンジェルとボビー(ブラウン)が出てくる。チャーリーはジェシーに心変わりし、里親の面接には行けないとボビーに伝言を残していったのだ。荒れるエンジェル。ボビーは彼女を慰め、家まで送ってやる。

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翌日。エンジェルは一人で里親のための面接に赴いた。あぶなっかしい発言も交えつつ、なんとか精一杯面接官の質問に答える。「あなたは子供になにを与えられるますか?」「子供の頃から持ってるテディ・ベア。あと、ピーナッツ・バターのサンドイッチも!」そんなエンジェルに面接官は釘を刺した。遊びで子供を育てられないこと、里親になるということは、とても責任の重い仕事なのだということ。
ロシア人は、自分の追うターゲットが裁判の証人として拘束されていることを知った。“仕事”を終えるまで、彼はロスに滞在することにした。
店は今夜も開いている。ステージではストーミーがけだるげに踊っている。彼女の脳裏には、緑色のキャデラックが浮かんでいる。毎日かかさずやってくる常連の老人ハリーは、身よりもなく、今いる借家を追い出される瀬戸際にいた。ダンサーたちを見るために使っているオペラグラスをエディに預けようとしたが、エディはだまって金を彼に握らせる。エンジェルは養子のことで頭がいっぱいだ。
彼女がパーティを開くと言っても、楽屋では、誰も聞いていないのだが。ロシア人は、店の裏手でタバコをふかすエンジェルを見つめ続けている。
閉店後。ストーミーはボビーに、兄サリヴァン(コティーズ)がここに来ていることを告げた。兄は結婚する。それなのに、自分に会いに来いと言うのだ。彼女はかつて兄と近親相姦の関係にあった。それから逃れるためにここで踊っている。事情を察しているボビーは会いに行くなと助言するが、ストーミーの心は揺れる。昔緑色のキャデラックで兄と二人で旅した。彼女にとって最高の思い出だった。一方、エンジェルの家のパーティには、ジャスミン以外だれもやって来なかった。エンジェルのアパートで、ジャスミンは子供を迎える審査ための準備をさせる。エアコンにネズミが住み着いてるような環境で平然としているエンジェルに、呆れるジャスミンだった。産婦人科にやってきたジョーは、緊張をほぐそうとタバコに手を伸ばす。それを妊婦に注意され、ジョーは完全にキレてしまった。「世の中、あんたみたいなお気楽女ばっかりじゃないんだよ!中絶する女だっているんだ!それを考えたことあるかい!」
店の楽屋。謎のファンから、エンジェル宛てに大きな花束が届けられた。送り主はわからない。「この幸せ者」とジャスミンにからかわれながら、彼女はつかの間、素敵な送り主を想い、幸せな夢想にひたる。ロシア人はそんなエンジェルの様子を見つめる。彼がここにいられるのも、あとわずかだ。ジョーは、ステージで早く脱げとブーイングする客に殴りかかった。荒れ狂うジョーはボビーにも殴りかかり、楽屋は騒然となる。ジョーは荷物ともども、店から追い出されてしまった。
翌日、デニスの詩の朗読会。今日はデニスに直接指名されてしまい、ジャスミンはマイクに向かわざるを得なくなった。彼女は緊張しつつも、初めて自作の詩を朗読する。彼女の心のうちを垣間見せるような、悲しい失恋の詩であった。デニスは彼女の詩に感銘を受け、他の作品も発表するように励ますのだった。ジャスミンはデニスに、シアトルで愛した男に捨てられた話をする。彼の残した本を読みふけり、ある日、衝動のままに詩を書き始めたこと。ストリッパーになったのは、その頃だ。海辺で二人は語り合う。ストリップ通いする男たちもまた、孤独であること…。デニスは真面目で誠実だ。ジャスミンをストリッパーとしてではなく、一人の女性として、詩人として愛していた。二人はロマンチックなキスを交わす。店では、エディが自画像を見ながら、昔愛した画家マリアの思い出をボビーに話して聞かせる。留守電に入っていた、泣く女のことが気になって仕方がない。“このクソ女”と切って捨てられない自分がいるのだ。
楽屋のエンジェルに、またもやプレゼントが届けられた。セクシーで高価なドレスに、宝石…。謎の送り主は一体誰なのか。ジェシーはチャーリーを訪ねた。ところが彼は、ミュージシャン契約がパアになったことで頭に血が上っていた。ジェシーにやつ当たりし、思う様彼女を殴りつける。楽屋でジャスミンは、ストーミーに恋人となったデニスのことを話す。サンフランシスコで開催される朗読会に一緒に行きたい。お金のことなどどうでもいい、一緒に詩を書きたい…。仕事柄、私生活を持てない彼女達。愛する人が出来ても、関係を維持することが難しいのだ。ストーミーは、ジャスミンのささやかな夢を打ち砕くように、冷ややかに告げた。「3日前に知り合った男とシスコに行って、詩を書いて、お金の援助をしてあげればいいじゃないの」
ジョーは自宅でSMに興じている。とはいえ、相手は客だ。彼女は女王様になり、奴隷志望の男を苛めて報酬を得ていた。そこへ泥酔したジェシーがやってきた。チャーリーに殴られ、ぐでんぐでんになった彼女はSMごっこに混じって自分も遊びたいとわめく。追い出すわけにもいかず、ジョーは仕方なく、一晩彼女を自宅に泊めてやることにした。エンジェルは、自分の姿が描かれている大看板の前で記念写真を撮るため、警察官にカメラのシャッターを切ってもらう。ところが車のキーを挿したまま、ドアロックしてしまった。彼に助けてもらったものの、運悪く車中に置きっぱなしにしていたマリファナを発見されてしまう。軽罪とはいえ、エンジェルには麻薬所持の前科がついてしまった。これで里親の審査には失格してしまうだろう。涙が止まらないエンジェル。

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“ブルー・イグアナ”。今夜は、まだジャスミンが来ていない。彼女はデニスとベッドを供にしていた。離れがたく、ベッドでぐずぐずしているうちに、遅刻してしまった。エディに仮病を使うジャスミンだが、エディは嘘だと見抜いていた。エディは、週末休ませて欲しいという彼女の希望をにべもなく却下する。連絡なく遅刻した上に、なにがあったのかを隠そうとする彼女を許せないのだ。しかし、デニスはまっとうな男だ。こんな稼業のゴタゴタに巻き込むわけにはいかない。ジャスミンも絶対にデニスのことをしゃべらない。大喧嘩になり、とうとうジャスミンはエディに啖呵を切った。「私の人生は自分で決める。あんたの指図は受けない!」「お前に“人生”なんかないんだ!お前は男の前で裸になるだけだ、友達だっていないんだぞ!仲間を友達とも思うな!」
ロシア人サーシャは、ターゲットの邸宅で張り込む。エンジェルは、審査のためにアパートまで訪ねてきた面接官を、中に入れようとはしなかった。ジャスミンの自宅の留守電には、デニスからのメッセージが。二人の名前で朗読会に申し込んだ、と。後で打ち合わせをしよう…。しかし、週末は店で盛大なパーティを開く。ジャスミンは休めない。デニスと一緒にシスコに行くことは出来ない。絶望する彼女。
開店前。エディは今夜のために、ジョーも店に呼び戻すことにした。デスクに置いていたハリーのオペラグラスがなくなっているのに気づいた彼。ふと思いついてジャスミンの荷物を探ると、オペラグラスはそこにあった。一緒に彼女の詩のノートも見つけた彼は、それに目を通す。
ロシア人サーシャは“仕事”を終えた。報酬の大金を手にしたのだ。彼がアメリカを離れるときが来た。
店にゲストダンサーのニコがやってきた。彼女は特別待遇だ。女たちの不満をよそに、涼しい顔で準備を始めるニコ。店にデニスがやってきた。ジャスミンに会いたい一心でだ。ボビーが彼女に取り次ぐ。彼女はデニスへの気持ちを吹っ切るために、彼にわざと一番いい席を用意するよう言う。ジャスミンのショーが始まった。デニスの目の前で、見せ付けるように身体をくねらせる彼女。やがて服を脱ぎ、男たちの前で裸身をさらす彼女の姿に耐え切れず、デニスは険しい表情のまま店を出て行った。視線でデニスの姿を追いながら、ジャスミンの目には涙が流れるのだった。
ストーミーは、とうとう兄の宿泊するホテルまでやってきた。お互い言葉はなくとも、いまだ愛し合っているのだ。我慢できず兄にすがりつき、キスをねだるストーミー。

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店ではニコのショーが始まった。客は大騒ぎだ。喧騒を聞きながら、エディはハリーの家に電話する。彼の身が心配だ。しかし大家は、ハリーが出て行ったと告げた。エディの表情が曇る。
エンジェルの出番だが、彼女は酔いが覚めていない。千鳥足でステージに出て、転んでしまった。朦朧とした意識のまま踊っていた彼女は、最前席に座っていたサーシャに目を留める。その瞬間、彼が数々のプレゼントを贈ってくれた“送り主”だと感づいた。あわててステージを降りたエンジェルは、一目で恋に落ちたことに混乱する。プレゼントのドレスを着て、彼を小部屋に誘う。そこで、心からの“サービス”をしようとする彼女を、しかしサーシャは押しとどめ、抱きしめる。優しく彼女の唇に触れ、仕事の報酬をすべて渡すと、店を出て行ったのだった。彼の後を追ったエンジェルだが、すでに彼の姿はない。
ジェシーは、ジョーのアパートに居候している。彼女は、夜眠れないジョーと一緒にベッドに横になると、彼女のために歌を歌った。
閉店後の楽屋。ジャスミンは泣きながら詩を書いている。眠っていたニコが目を覚ました。もう家に帰る時間だが、二人とも家に帰って孤独になるのがイヤなのだ。二人は自然と身の上話をする。ジャスミンは大切な恋人をなくし、ニコは出演の依頼があれば旅から旅への浮き草のような生活だ。ニコは、明日には全部忘れているから書いた詩を読んでくれと、ジャスミンに頼んだ。「友達だった人が、昔詩を読んでくれたよ。電話越しだったけどいい詩だった。お願い、朗読してよ」ジャスミンはちぎれそうな心を抑え、書いたばかりの詩を読む。

光が床を走ったとき
私たちの間に雷鳴がとどろいた
君の目から涙が落ちることはなく
夢の皮をむいた時
その下の肉はまだ若く
それが黒くなった時君は言った
“そこにある光が”
“求めれば光はお前を救ってくれる”
君の目に宿る静けさ
それは少しも変わらなかった
変わってもまるで同じだった
君は満足げに静止した両手で
少しも触れることなく私を包み込んだ
まるでシェルターのように
私の周りには空間が
外側には洞窟のような回廊ができた
角を曲がり階段を下りるとそこには
光が いつもと変わらぬ光があった

詩のテーマを訊ねられ、ジャスミンは言葉に詰まる。…たぶんそれは自分のことだ。ニコの隣に座り、説明するジャスミン。
「この詩のテーマは朝なの。心の内にある朝」
「“内なるもの”か。私にもあるよ。…すごくいい詩だった」

店を出るエディとボビー。エディは語る。老人ハリーは、戦時中の暗号解読の第一人者であったという。二人が店の外に出ると、もうすっかり太陽が昇っていた。南カリフォルニア特有の抜けるような青空だ。ストリップクラブには不釣合いなほどの明るさ。ボビーがエディをカラオケに誘う。店のダンサーたちが皆で繰り出すのだ。シナトラとサミーみたいに、一緒にデュエットしようぜ。エディは寝てる時間だからと、その申し出を断る。

その日の朝刊には、ロスに住む富豪のロシア人が自宅で射殺された記事が載っていた。

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『うまく言えないんだが、ある種の霊感を感じると―セットでシーンの準備をしているときや、カメラを回しているときに―突然“そうだ、このショットが正しいんだ”と直感するんだ。自分で“ティングル”と呼んでいる現象なんだがね。だから撮影をする前夜には、できるだけリラックスして次の日のことはあんまり考えないようにしてる。僕はむしろ雰囲気で演出する方でね。そして、撮影中になにか予測の付かないことを、わざと作りだすような状況を創造したりする。あらかじめ脚本は用意する。しかし実際には、それとは違う何かが起こってくれることを待っているんだ。その瞬間にこそ映画が生きてくるからだよ。監督業を始めたての頃は、演出する際には俳優にいろんなことを言っていたんだ。今では避けるようにしている。俳優を混乱させるだけだからね。俳優になすがままにやらせ、そしてカメラのこちらで修正する。もちろん、俳優の前で自分が演じてみせるなんて絶対やらないよ。これが、僕の気持ちよくできるやり方なんだ』 ―ラドフォード・インタビューより抜粋・編集

「イル・ポスティーノ Il Postino」の世界的成功の後、ラドフォード監督は英国に戻りました。パブロ・ネルーダがマリオとの邂逅の後、祖国チリに帰っていったという映画のストーリーを想起させますね。

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「Bモンキー B Monkey」(1998年製作)
監督:マイケル・ラドフォード
製作:コリン・ヴェインズ&スティーヴン・ウーリー
原作:アンドリュー・デイヴィス
脚本:クロエ・キング&マイケル・ラドフォード&マイケル・トーマス
撮影:アシュレイ・ロウ
音楽:ルイス・バカロフ&ジェニー・マスケット
出演:アーシア・アルジェント(Bモンキーことベアトリス)
ジャレッド・ハリス(アラン)
ルパート・エヴェレット(ポール)
ジョナサン・リス=マイヤーズ(ブルーノ)
イアン・ハート(スティーヴ・デイヴィス)他。

そして1998年、彼は実に10年ぶりに英国資本で映画を撮ります。タイトルは「Bモンキー」。コードネーム“Bモンキー”と呼ばれる、ストリート・ギャングのベアトリス(アーシア・アルジェント)、その相棒ブルーノ(ジョナサン・リース・マイヤース)、ブルーノの同性の恋人ポール(ルパート・エヴェレット)の3人は、都会の中で孤独を分け合うようにして暮らしていました。ゲーム感覚で犯罪に手を染めるうち、ブルーノの18歳の誕生日に3人の奇妙な“擬似家族”は突如崩壊してしまいます。
故郷イタリアを捨ててきたという設定のベアトリスに、近年ハリウッドでの活躍も目覚しいアーシア・アルジェント (ホラー映画の巨匠ダリオ・アルジェントの娘)が扮しました。まだ幼さの残るブルーノには、美少年と名高かったジョナサン・リース・マイヤース。その年上の恋人ポールには、カミングアウトした後も映画界で活躍するルパート・エヴェレット。この3人が奇妙な運命に振り回されていく、ちょっと変わったラブ・ストーリーです。
ところが、今回この映画を久しぶりに再見してみたところ、意外なことに気づきました。作品の焦点は、ベアトリスが初めて本気で恋する堅気の男アランだったのですね。アランは裏社会とは全く無縁の教師。何の因果か、みるからに曰くありげな妖しい美女ベアトリスに恋をしてしまいました。裏のありすぎるベアトリスの真意を図れないアランは、彼女と想いを通じ合わせて幸福の絶頂に達する一方で、不安ととまどいに苛まれるわけです。ベアトリスは、アランと暮らし始めて犯罪と縁を切ったかに見えました。ところが、ブルーノやポールらとは相変わらず離れようとしない…。アランは都会の誘惑からベアトリスを遠ざけるため、彼女と共に無理やり田舎に引っ込んでしまいます。しかしながら、裏社会の掟がそう簡単に犯罪者を自由の身にするとは考えがたいですよね。足抜けを許さぬ組織から、あるいはかつての仲間から、ベアトリスに向けて死の使者が放たれます。逃げも隠れもするのをやめたアランは、ベアトリスを守るために大きな犠牲を払う決意を固めました。
結局この作品は、男たちの様々な愛のかたちを描こうとしたラブ・ストーリーであったのです。アランのベアトリスに注ぐ無償の愛、ブルーノとポールの痛々しい相互依存関係。そのいずれにも、ベアトリスという女の確固たる存在があるわけで、彼女はこのノワール映画のまぎれもない“ファム・ファタール”でありましょう。スタイリッシュなカメラワークが写し取るロンドン裏社会の寒々しさ、アランとベアトリスが逃避行しようとして失敗する田舎の風光明媚な静けさ…。「イル・ポスティーノ」でナポリの美しい情景をふんだんに画面に散りばめてみせたラドフォード監督は、この「Bモンキー」でも人物達の背景を情感たっぷりに描いています。大都会ロンドンと小さな田舎町という対照的な風物を対比することで、英国の抱える二面性を浮き彫りにしていました。
演じる役者陣はみな魅力的で、特に3人の男たちを翻弄するベアトリスに扮したアルジェントは格別でした。まだ初々しさの残る暗い美貌は、また独特のエロティシズムをも生み出していましたね。この作品と、続く「ブルー・イグアナの夜」で、ラドフォード監督は女優に対する高い審美眼を発揮しました。

「Bモンキー」の後ラドフォードはアメリカに渡り、以前からやってみたかったという、脚本なしの即興演出での作品を製作しようと決意します。それが今回ご紹介する「ブルー・イグアナの夜」なのですが、当然そんな企画が可能になったのも、「イル・ポスティーノ」の成功あってのことだったのですね。

舞台は怪しげなナイトクラブ。そこで働くストリッパーの女性たちを中心に、錯綜する人生模様の断片を切り取って見せた作品です。
先ほど引用したインタビューからもわかるように、元々ラドフォード監督は、撮影現場で起こるハプニングやアドリブを大事にするタイプの作家です。まあ、映画監督の中には、きっちりとリハーサルを行い、事前に完成させた脚本の変更を絶対に認めない人もいますが、彼は違うんですね。
今回の作品でも、あらかじめストーリーの流れだけを決めておき、登場人物の細かい設定は、すべて演じる俳優自身に決めさせたのだそうです。ですから、ダリル・ハンナをはじめ、主要な役を演じる俳優たちは、カメラの前に立つ前にまず、演じる役を一から創造する作業を行わなければならなかったのです。そのせいか、演技にはリアルさというか、俳優自身の内面が色濃く出ているように思われます。また、撮影現場ではアドリブも活発に行われ、それが俳優同士の演技のやり取りに適度な緊張感を与えることになりました。

劇中では、川が流れていくように、5人の女性たちそれぞれが背負う人生の陰りが語られていきます。群像劇であるわけですが、1999年に発表された「マグノリア」(ポール・トーマス・アンダーソン監督)、以前こちらでご紹介した「スモーク」(ウェイン・ワン監督)のように、登場人物の人生がやがて接点を持っていくというプロットではありません。あくまで5人は、それぞれが一人で己の人生の苦悩に対峙していくのですね。共通点は皆孤独であるということと、人生の吹き溜まりのような“ブルー・イグアナ”で裸で踊っていること。ストリップ、あるいはそれに付随する娼婦並みのサービスを提供する職業に就くことで、彼女達はある意味、毎日背水の陣で人生に臨んでいるような気がします。家庭や恋人、友人に囲まれた普通の人生を送ることをあきらめ、生活のために自らの裸体を売る。彼女達がなぜそんな境遇になったのかは、あえて劇中では詳しく語られません。しかしそれぞれが問題に対処していく様子はいかにも不器用で、スクリーンのこちら側にいる私たちにも充分思い当たる節があるのです。

5人の女性のストーリーのうち、誰に最も思い入れるかは、観る人によって異なると思われます。
オクラホマの片田舎から出てきて、美貌を頼りにスター目指してハリウッド入りしたのはいいが、夢破れてストリッパーに身をやつしているエンジェル。ちょっと頭が弱いのか、子供のように無邪気なところがあり、おそらく他人に簡単に騙されてきたのだろうなと思わせる人物像です。それでもなお愛情にあふれ自らも愛情を欲している彼女に、つかの間訪れた純粋な愛が、やはり泡と消えてしまう運命は胸に苦いものを残します。
5人の中で一番パワフルで奔放なジョーですが、女性として最も辛い出来事に遭ってしまいます。産婦人科で、幸せに酔っている妊婦相手にキレる様子は、実は彼女が傷つきやすい内面を抱えていることを象徴していると思いますね。
近親相姦という禁忌に囚われたままになっているストーミー。近親相姦ではないにしても、成就するはずのない恋愛の泥沼に落ち込むという経験は、一般にもよくあることだと思います。そのため、外界に対して心を閉ざしてしまったストーミーが、自ら扉を開くときはくるのでしょうか。
新入りダンサーのジェシーは、まだ若いですが、やはり夢に破れてしまったようですね。恋愛の相手に己の夢を賭けているのか、とことん尽くしてしまいます。今回、尽くす相手が悪かったわけですが、彼女もまたこれから先、男に尽くしては裏切られ…という悪循環を繰り返してしまいそうですね。4人とも、人から愛される喜びに飢えていることは同じです。
そんな彼女たちの飢えを代弁するのが、ジャスミンです。彼女は豊かな感受性を持ち、文才にも恵まれています。愛に身を捧げて裏切られるという苦い経験は、他の4人と同様ですが、彼女は詩を通じて人生の悲しみを表現する術を持っているのです。デニスによって詩作に自信を持つようになった彼女は、失っていた自尊心を取り戻し、臆病になっていた恋愛にも、足を踏み出すことができるようになりました。結局、いったん水商売に身を落とした彼女が、彼と結ばれることはありませんでしたが、最後にニコに読んで聞かせた詩の中には、それでも私は明日へ向かわなければいけないという力強さを感じることができます。この世界の売れっ子ダンサーであるニコとて、抱える事情はジャスミンたちと同じ。“内なる自分”を見失うことがない限り、どこにいても、なにをしていても、彼女たちは雑草のような強さを持ち続けることでしょうね。
最後に、5人の女性たちを支配し、飴と鞭でもって動かす存在のエディに触れましょう。彼は、彼女たちにとっては絶対君主です。しかしそんな彼も、過去に失った愛に未練を残し、社会の底辺で生きる老人との友情を心の拠り所にしています。社会の中で孤独をかみ締め、必死で自尊心を守っているという意味では、5人の女性たちと全く同じ立場。そう思うと、このストーリーが余計に感慨深くなりますね。

さて、120分の中に様々な人生模様を詰め込み、この作品が出来上がったわけですが、批評家や観客からの反応はまちまちでした。確かに劇中には、不要かと思われるシークエンスがあったりして、映画的なまとまりに欠けるきらいはあります。しかしここでも、直接描写されるシーンの裏側を観客に想像させて、その行間を読み取らせるラドフォードの演出は健在でした。考えてみれば、映画のお話のように都合よい出来事が、現実の生活の上で起こることはありません。不細工にあっちに引っかかり、こっちでつっかえたりしながら人の生は流れていくわけで、それをリアルに描写しようとすれば、この作品のように散漫な印象になってしまうでしょうね。

ともあれ、ラドフォードは再び英国を離れて、社会の底辺で生きる孤独な人々を共感を持って描いたのでした。そうすることで、彼自身のさまよえるアウトサイダーとしての孤独も、少しく癒されたのかも知れません。

最後にひとつだけ。この作品は、レンタル屋では官能ドラマ系(笑)のコーナーに置かれていることが多いです。でも、内容をみてもわかりますように、そっち方面を期待して観るものではありません。間違って借りてしまった男性達のご感想を聞いてみたい気もしますが、置き場所には注意して欲しいですね。

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