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zoom RSS 人と人は出会い、結ばれるべきである―ジェームズ・アイヴォリー

<<   作成日時 : 2009/12/27 04:43   >>

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「私がいつも描きたいと思うのは、人間の関係についてです。人と人が出会い、つながりをもち、過去に横たわる困難を克服し、愛し合い、助け合い……そういうようなことを描きたいのです」―「上海の伯爵夫人」プロモーション時のインタビューより抜粋


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ジェームズ・アイヴォリー James Ivory

1928年6月7日生まれ
アメリカ、カリフォルニア州バークレー出身

アイルランド人の父とフランス人の母の間に生まれたアイヴォリー(本名はジェームズ・フランシス・アイヴォリー)は、長じてオレゴン州立大学に進み、建築史を専攻した。在学中に映画のセット・デザインに興味をもち、美術科に転向。続いて南カリフォルニア大学の映画科で映画製作全般を学び、卒業制作として30 分のドキュメンタリー『Venice: Theme and Variations』を撮った。監督だけではなく、脚本、撮影からプロデュースに至るまでを担当したこの作品は、ニューヨーク・タイムズ紙上で “1957年度の劇場公開されなかった優れた映画10本”のうちのひとつに選出された。この作品でナレーターとして起用したインド人俳優を介して、インド出身のプロデューサー、イスマイル・マーチャントと知り合うことになる。
マーチャントと意気投合したアイヴォリーはインド文化に急速に惹きつけられていき、アメリカで保管されていたインドの細密画についてのドキュメンタリー『The Sword and the Flute』を協力して製作。この作品の成功により、彼らはニューヨークのアジア協会の助力を得て、インドの一都市についての映画『The Delhi Way』を撮りあげた。2人のパートナーシップは揺るぎないものとなり、1961年に映画製作会社“Merchant Ivory Productions”(マーチャント・アイヴォリー・プロ)を設立、早速その第1弾としてインドを舞台とした映画を撮ることにした。2人は、ドイツ出身でインド人と結婚した作家ルース・プラヴァー・ジャブヴァーラの初の英語小説『The Householder』(邦題「新婚生活」)の映画化権を獲得し、彼女本人の脚色を得て、アイヴォリーは1963年ついに商業用長篇映画監督デビューを果たすことになる。
その後も彼はインドを舞台にした英語のセリフによる作品を撮り、MIPプロ製作第2作目『Shakespeare Wallah』(1965年・TV放映時邦題「インドのシェイクスピア」)がベルリン国際映画祭の正式出品作品となって評判となり、銀熊賞と女優賞(マハール・ジャフリー)を受賞。ちなみにこの作品で注目されたのは、初期アイヴォリー作品になくてはならない存在だったマハール・ジャフリーだけではなく、音楽をインドの巨匠サタジット・レイが担当したことだ。続いて『The Guru』(1969年)、『Bombay Talkie』(邦題「ボンベイ・トーキー」)(1970年) をインドで撮った後、BBCの依頼でドキュメンタリー『Adventures of a Brown Man in Search of Civilization』(1972年)を監督した。
1972年に一度アメリカに戻り、知り合いだったアンディ・ウォーホルの協力を得て、ルイス・ブニュエル風味の不条理カルト劇『Savages』(邦題「野蛮人たち」)を製作した(日本では劇場未公開)。この作品を携えて、1972年度カンヌ国際映画祭の監督週間に参加。1975年には、ジェームズ・メイソンを主演に迎えた『Autobiography of a Princess』(邦題「プリンセスの自叙伝」)、ジェームズ・ココ、ラクウェル・ウェルチらを起用した『The Wild Party』(未公開)など、TVムービーを監督する。
1977年には、ミュージカル「グリース」のスタッフの助力の下、ニューヨークのダンスホール、ローズランドに集う人々のほろ苦い人生模様を綴った3話オムニバス形式の映画「ローズランド」を製作した。テレサ・ライトやジェラルディン・チャップリンら名優の他、ブロードウェイの舞台俳優や若き日のクリストファー・ウォーケンをジゴロ役に抜擢するなど、この頃から、アイヴォリー作品において演技派俳優たちがその実力を大いに発揮するという法則ができあがっていったようだ。
翌1978年、日本では後年「アート収集家の供宴」というタイトルでテレビ放映されたTVムービー『Hullabaloo Over Georgie and Bonnie's Pictures』を、名女優ペギー・アシュクロフトを迎えて製作。このコミカルな味付けのドラマは、後に「マハラジャ・優雅なる苦悩」なる邦題でビデオ発売もされた。1979年にはもう一本のTVムービー『3 by Cheever: The 5:48』も製作した。日本では未公開であるものの、メアリー・ベス・ハートらが主役を好演したこの作品は、アメリカでは好評をもって迎えられている。
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The magnificent three.

同年英国に居を据えて活動の本拠地とし、ヘンリー・ジェイムズの小説「ヨーロッパの人々」を映画化した「ヨーロピアンズ」が高い評価を得る。カンヌ国際映画祭で初めてパルム・ドール候補に選出された作品でもあった。衣装を担当したジュディ・ムーアクロフトがアカデミー賞にノミネーションを受けた。この作品以降アイヴォリーは、ジェイムズはじめ様々な作家の文学作品の映画化を手がけるようになり、アメリカ出身の監督ながら、馥郁たるヨーロッパの感性を背景にした深みある人間ドラマを作っていく。
1980年には、アメリカとイギリスの資本を基に、コミカルな小品『Jane Austen in Manhattan』(劇場未公開・邦題「マンハッタンのジェーン・オースティン」)を撮る。翌1981年には、ジーン・リースの自伝的小説「カルテット」を、フランスの名花イザベル・アジャーニを主演に迎えて映画化。アイヴォリーお得意の世界である20世紀初頭のヨーロッパはパリを舞台に、美しい女性歌手の運命が変転していく様を、ラブ・ストーリーを絡めてシニカルに描き出した。アジャーニとアイヴォリーのコラボレーションは観客の期待感を煽ったが、リハーサルを嫌うアジャーニの態度は撮影中も最悪だったらしく、主演女優と監督の間には終始厳しい緊張感が張り詰めていたという。だが、作品が完成すると、アジャーニは同年の「ポゼッション」での演技と併せてカンヌ国際映画祭主演女優賞を受賞、共演のマギー・スミスはイヴニング・スタンダード紙主催の映画賞の主演女優賞を得る。作品自体も再びパルム・ドール候補に選出され、彼女たちとアラン・ベイツ、アンソニー・ヒギンズ、ピエール・クレマンティらの火花散る演技合戦は充分に見ごたえのあるものであった。独立系のプロダクションながら、MIPプロの製作するアイヴォリー作品には、スター・パワーを持つ人気俳優たちがギャラは二の次で出演を熱望するようになる。
1982年には、ドキュメンタリー「ボンベイの踊り子たち」(劇場未公開)を製作。この作品では盟友マーチャントとジャブバーラも監督に挑戦している。1983年の「熱砂の日」は、ジャブバーラが自らの小説を脚色し、ジュリー・クリスティー、グレタ・スカッキを2代に渡るヒロインに起用して製作された。1920年代、英国支配下にあったインドにやってきて、現地の男性と不倫の恋に落ちたオリビアのストーリーと、半世紀後に叔母の足跡をたどるためにインドに足を踏み入れたアンが、皮肉にも同じような運命に翻弄される様を、交錯させて描いた。アイヴォリーは、またもこの作品でカンヌのパルム・ドール候補に選ばれ、英国アカデミー賞ではジャブバーラが脚色賞を受賞した。

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1984年には、再びヘンリー・ジェームズの小説に材をとった「ボストニアン The Bostonians」を映画化。19世紀のボストンを舞台に、若いヒロインが女性の権利のために戦う運動家のハイミスと、その従兄弟である誠実な男性との両方に愛されて苦悩する物語である。出演陣も豪華で、三角関係を演じたのが、マデリーン・ポッターを間に挟んだクリストファー・リーヴとヴァネッサ・レッドグレーヴ。彼らに加えてジェシカ・タンディやリンダ・ハントといった演技派が揃い、アンサンブル映画としての楽しみも際立っている。特にレッドグレーヴはアカデミー賞やゴールデン・グローヴ賞にノミネートされ、全米批評家協会からは主演女優賞を与えられた。

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そして、アイヴォリーの名声を決定付けたのは、1986年の大ヒット作「眺めのいい部屋 A Room with a View」であろう。この作品はE・M・フォスターの原作を映像化したもので、アイヴォリー自身が好んで取り上げるテーマである、ヒロインの異文化との出会いと葛藤、囚われてきた世界からの脱却を図るために下す決断といった事柄が、異国フィレンツェの風光明媚な景色を背景に描かれている。綿々と綴られてきたアイヴォリーの繊細かつ美しい映像世界が、この作品で豊穣の時を迎えた。ヘレナ・ボナム=カーターやジュリアン・サンズ、ダニエル・デイ=ルイスらを一躍スターにしたこの作品は、ジャブバーラに対する脚色賞をはじめ、計3部門でアカデミー賞を受賞することとなった。

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アイヴォリーは映画監督として成熟の時期に入り、1987年に再びE・M・フォスターの小説を取り上げる。この「モーリス Maurice」は、フォスターの自伝的要素も含まれていると言われ、 20世紀初頭の英国上流階級に属する男たちの同性愛を扱ったデリケートな作品である。階級制度が根強く残り、しかも同性愛に対して厳しい差別意識が蔓延していた英国では、スキャンダラスな扱いを受けるのは明白。その辺りの事情を慮った作家本人の意向により彼の死後出版された、いわくつきの作品だ。アイヴォリーは当初、英国の因習と自らの性癖の板ばさみになって苦悶するモーリス役にジュリアン・サンズを希望したが、リスクを伴う役柄であるため彼は辞退。代わりに新人のジェームズ・ウィルビーを抜擢した。最終的にモーリスを捨てるクライヴにはヒュー・グラントが扮し、モーリスに新しい価値観と真の愛情を注ぐ男スカダーは、舞台出身のルパート・グレイヴズが演じた。この作品は、日本でも主に女性客の絶対的支持を受けて大ヒットを記録し、ヴェネツィア国際映画祭でも、主人公と英国の社会制度やキリスト教的モラルとの闘いという点が高く評価された。同映画祭では銀獅子賞(監督賞)、男優賞(ジェームズ・ウィルビーとヒュー・グラント)、アイヴォリー・チームの常連作曲家リチャード・ロビンズも音楽賞を受賞した。

この後アイヴォリーはアメリカに戻り、ニューヨークを舞台にした男女の群像劇「ニューヨークの奴隷たち」(1989年・タマ・ジャノウィッツ原作、脚色)を撮る。ポール・ニューマンとジョアン・ウッドワード夫妻を老境に入った夫婦役に起用した「ミスター&ミセス・ブリッジ」(1990年)では、厳格で旧弊な価値観に固執する父親と、反発する3人の子供たちとの間の葛藤をシニカルに描いた。
1991年には英国に戻り、最高ランクのキャストを揃えて三度E・M・フォスター原作映画化に挑む。知的かつ進歩的な中流階級の家柄に属する姉妹と、即物的なリアリストである実業家夫妻との交流と、それぞれの価値観の違いから生まれる葛藤。様々な思惑を持った人間たちの織り成すドラマを、英国の緑濃い田舎に建つハワーズ・エンド荘を舞台に流麗に描いた。主演のエマ・トンプソンは、繊細な演技でアカデミー賞をはじめ主要な映画賞で女優賞を獲得。また、カンヌ国際映画祭でもパルム・ドール候補に選出され、コンスタントに良作を生み出し続けるアイヴォリーに対して特別賞が授与された。アメリカ映画監督協会からも長年の映画界への貢献を称えられ、D.W.グリフィス賞を受賞した。

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旺盛な創作意欲を燃やすアイヴォリーは、翌年、日系のカズオ・イシグロの手になる小説「日の名残り The Remains of the Day」の映画化に着手した。ブッカー賞を受賞した原作は、貴族に支配される階級に立つ執事からみたその“階級制度”の内情と矛盾を描き、第2次世界大戦を経て制度そのものが有名無実化する有様を客観的に捉えている。アイヴォリーは、崩壊寸前の貴族社会の最後のきらめきを羨望すら交えて耽美的に描く傍ら、新しい時代を迎えた英国に息づく自由な空気も瑞々しく映し出した。己の仕事に誇りを持ちながらも人生には不器用であった執事が、時代が激変していく中で、どのように自身の生き方を模索していったのか。女中頭とのプラトニックな恋愛の顛末を絡めて、少しの苦味を伴ったなんとも味わい深い人間ドラマができあがった。作品は、アカデミー賞主要部門8部門でノミネートを受け、受賞こそならなかったものの、執事に扮したアンソニー・ホプキンスの最良の演技が堪能できる。ホプキンスはLA批評家協会賞男優賞を獲得した。執事が恋する女中頭を演じたのはエマ・トンプソン。「ハワーズ・エンド」で共演した彼らが、再び息の合った演技を披露している。

「日の名残り」で、映画作家としてピークを迎えたアイヴォリーは、1994年、「ジェファソン・イン・パリ/若き大統領の恋」を製作する。フランス革命に揺れるパリを舞台に、後に第3代アメリカ合衆国大統領となるトマス・ジェファソンの若き日の恋の物語を綴ったものだ。アメリカ人であるジェファソンがどのように異文化を咀嚼していったのか、女性達との関係にその葛藤を見る。
1996年の「サバイビング・ピカソ」では、アンソニー・ホプキンスをピカソ役に迎え、多くの女性を魅了したピカソを巡る混沌とした愛を描く。ここでも、主たるテーマは、異なる価値観を持つ人間同士の葛藤と、苦悩を解決するための選択と決断である。
1998年の「シャンヌのパリ、そしてアメリカ」では、ケイリー・ジョーンズの半自伝的小説を元に、パリに暮らすアメリカ人家族に起こった波紋を描いた。家族に養子として迎えられたフランス人の少年。一人娘だったシャンヌは、彼の存在に動揺を隠せない。彼女は、突如家族の中に入り込んできた“異文化”である少年を通じて、家族の絆と異文化への理解を再認識するのだ。
2000年の「金色の嘘」は、馴染みの作家ヘンリー・ジェームズの小説世界を映像化したもの。ここでは、英国上流社会に住まう2組の夫婦のせめぎあいが丹念に描かれた。場所と時代背景は違えども、やはりアイヴォリーの着眼点は人間関係の複雑さと、運命に抗ってでも社会に居場所を求めようと苦闘する人の姿。彼は、そんな人々を深い愛情を持って見つめている。
2003年の「ル・ディヴォース」では、アメリカ人女性とフランス人男性の離婚劇と恋愛模様がもつれていく様がコミカルに描写され、両者の結婚・恋愛感の違いを風刺した。「日の名残り」以降の一連の作品群は、アイヴォリーが一貫して描き続ける命題―異文化や異なる価値観との出会いと葛藤、困難を乗り越えるための人生の選択―を掲げ、実に彼らしい端正さにあふれながらも、どこか決定打を欠いた出来であったことは否めない。
そんな彼が2005年には、「日の名残り」の原作者カズオ・イシグロが初めて映画用に書き下ろした脚本を元に、「上海の伯爵夫人」を製作する。気だるい空気が漂う1930年代の上海。ロシアからの亡命貴族でありながら、金のために水商売に身を転じる女性と、暴力によって家族と視力を失った元アメリカ人外交官が出会う。日中戦争前夜の不穏な社会情勢に翻弄されつつ、絶望から愛を深める2人の運命をドラマティックに綴る。2人を取り巻く人々の物語も重層的に描かれ、イシグロという新たな才能を得たアイヴォリーは、アジアのエキゾチズムを背景にして愛が再生するドラマを正々堂々と描ききった。従来の、文学的で上品な佇まいの画面の端々から、しかし新たな領域へ挑戦しようとする意気込みが感じられる、新生アイヴォリーとでも呼びたい作品となった。だがこの作品の製作中に、アイヴォリー自身は大きな悲劇に直面する。長年の公私に渡るパートナーであったイスマイル・マーチャントが亡くなってしまったのだ。享年68歳。一心同体で映画製作に邁進してきたパートナーを失ったアイヴォリーは、悲しむ間もなく決意も新たに新作の撮影に臨んでいる。2006年の12月から2007年1月まで「The City of Your Final Destination」の撮影でアルゼンチンに滞在、2009年公開にこぎつけた。キャストも多彩で、アンソニー・ホプキンス、オマー・メトワリー、ローラ・リニー、シャルロット・ゲンスブール、真田広之などが、アイヴォリーの元に集結した。

●フィルモグラフィー

2011年『Ismail Merchant: Memorial Concert』(ビデオ) (post-production)
2009年「The City of Your Final Destination」
2005年「上海の伯爵夫人」
2003年「ル・ディヴォース/パリに恋して」
2000年「金色の嘘」
1998年「シャンヌのパリ、そしてアメリカ」
1996年「サバイビング・ピカソ」
1995年「キング・オブ・フィルム/巨匠たちの60秒」
1994年「ジェファソン・イン・パリ/若き大統領の恋」(未)
1993年「日の名残り」
1992年「ハワーズ・エンド」
1990年「ミスター&ミセス・ブリッジ」
1989年「ニューヨークの奴隷たち」
1987年「モーリス」
1986年「眺めのいい部屋」
1984年「ボストニアン」(未)
1982年「 熱砂の日」
1982年「ボンベイの踊り子たち」(未)(TV)
1981年「カルテット」
1980年「マンハッタンのジェイン・オースティン」(未)
1979年「ヨーロピアンズ」(未)
1979年『3 by Cheever: The 5:48』(TV)
1978年「マハラジャ・優雅なる苦悩」(未)(TV)
1977年「ローズランド」
1975年「プリンセスの自叙伝」(未)(TV)
1975年『The Wild Party』(TV)
1972年「野蛮人たち」(未)
1972年『Adventures of a Brown Man in Search of Civilization』(TV)
1970年「ボンベイ・トーキー」(未)
1969年『The Guru』
1965年「インドのシェイクスピア」(未)
1964年『The Delhi Way』
1963年「新婚生活」(未)
1959年『The Sword and the Flute』
1957年『Venice: Themes and Variations』

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初めてアイヴォリー監督の名前を知ったのが「眺めのいい部屋 A Room with a View」。映画館で何度も観ましたねえ。その後、クリストファー・リーヴが出ているからという理由で「ボストニアン The Bostonians」を鑑賞。フランスの石原真理子だと私が勝手に解釈している(笑)イザベル・アジャーニが、果たしてこの監督とうまくいったのか確かめたいという邪心から「カルテット Qualtet」を。
でもなんといっても、天啓を受けるがごときの衝撃であったのは「モーリス Maurice」ですね。この作品、男性諸氏にはすこぶる評判が悪く、“ただのホモのメロドラマ”だの“かったるい話”だの、おおよそ男性によるレビューは惨憺たる内容ですね。挙句、“耽美好きの夢見がちな女性のためのラブ・ロマンス”だなんて。映画が描こうとするテーマを一顧だにしない、これはひどい誤解です。

繰り返しますが、アイヴォリーは、その多くの監督作品の中で一貫して、自らが見知った文化や価値観とは異なる世界に飛び込んだ人間の苦悩と、その苦悩から脱却するために彼らがとる行動を前向きに捉えています。同時に、英国に根付く階級制度や道徳観念の矛盾に言及することで、人と人のつながりが、いかに社会によって翻弄されるものかをあぶりだしていくわけです。それは英国に限らず、どの社会にも起こりうる普遍的な現象だといえるでしょう。
時代や国を問わず、人間関係からあらゆるドラマは派生します。アイヴォリーの作品は、ともすると、日常の出来事をただ淡々と追っているだけに見えてしまいがちです。ですが、静謐な水面に投げ込まれた小石が、徐々に周囲に波紋を広げ水面を乱していくように、日常の中で起こる些細な事柄は、やがて複雑な人間関係に思わぬ影響を及ぼしていくものなのです。狂い始めた人間関係の歯車は、ついには彼らが構成する社会をも左右するようになる…。歴史を動かしたドラマだって、元をただせば人と人の関係性に帰結します。アイヴォリーは、人と人とのつながりを様々な側面から追及して人間の本質を探ると同時に、結局は社会の在り様を語っているのではないでしょうか。
その意味で、「モーリス」とは、同性愛という社会から疎外される要因を持った人間が、いかにそれに抗い、己のアイデンティティを見出していったかの、記録であるのです。社会に翻弄される立場のちっぽけな存在が、定められた運命と精一杯戦う姿は、その社会のゆがみや不条理を無言のうちに浮き彫りにします。
アイヴォリーや彼のスタッフが繰り出す美しい映像や、端正な佇まいの演出にのみ目を奪われるべきではないと思いますよ。彼の元に集まった力のある俳優達が、彼の指導の下で一様に最高の演技を披露しているのも、アイヴォリーという監督の本質を理解しているためではないでしょうか。


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