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zoom RSS セ・ラ・ヴィ−...「巴里の屋根の下 Sous les toits de Paris」

<<   作成日時 : 2014/03/25 22:34   >>

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パリの屋根の下、今日も人は生きる。

「巴里の屋根の下 」(1930年製作)
監督:ルネ・クレール
脚本:ルネ・クレール
撮影:ジョルジュ・ペリナール&ジョルジュ・ローレ
音楽:ラウル・モレッティ&アルマン・ベルナール
出演:アルベール・プレジャン(アルベール、ストリート・シンガー)
ポーラ・イルリ(ポーラ、ルーマニアからやってきた女の子)
ガストン・モドー(フレド、街の与太者を仕切る男)
エドモン・T・グレヴィル(ルイ、アルベールの親友)
ビル・ボケット(ビル、スリ)


年は20歳
花咲き乱れる春
愛し合うには絶好の時
澄んだ空気真っ青な空
イヤと言いつつ身をゆだねるニニ
その日勝利の女神はいつものように
パリの屋根の下 愛に微笑む
誓いを忘れ 愛する人は
彼女を残し去ってゆく
哀れなニニは夜ごと泣き暮れ
ある夜出くわした憎き相手
青年は許しを請う 僕が悪かった
許しておくれ愛しい人よ
パリの屋根の下 喜び溢れるニニ
愛する人と再びめぐり合えた
青年は言う 時は熟した僕と結婚しておくれ
2人の絆は壊れちゃいない
過去を水に流しキスしておくれ
ニニが許せば 幸せが舞い降りる
パリの屋根の下 こんな具合さ


アルベールは、パリの街角で自作の曲を歌い、その楽譜を売って生計を立てていた。ある日、いつものように客を集めて“巴里の屋根の下”を歌っていると、新顔の美しい女性ポーラがやってきた。早速楽譜の代金を払おうとする彼女を気に入ったアルベールは、この界隈では顔なじみのちんけなスリ、ビルの魔の手から彼女を救ってやった。ポーラは感謝し、2人は親しく会話を交わすものの、彼女にはフレドというパートナーがいた。そのフレドという男、裏では街の与太者を仕切るボスであり、実はビルに命じてポーラの財布の中身をすらせていたのである。思惑が失敗して不機嫌なフレドは、犬でも追うようにアルベールを追っ払う。
その夜、ポーラに恋したアルベールは、親友のルイとビルを相手にほろ酔い気分だ。アパルトマンに住まう人々も、アルベールの作った曲を口ずさんだり、ピアノで演奏したり、歌手気分で歌い上げたり、それぞれに楽しんでいる。アルベールの歌は、この界隈の人々の数少ない娯楽であったのだ。

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もちろんポーラもアルベールの愛の歌をご機嫌で歌っていた。フレドが彼女の部屋にやってくるまでは。どうやら彼女は、しつこく言い寄るフレドがお気に召さないらしい。それでも結局ダンスホールに連れて行ってくれる彼の誘いは断りきれない。一方アルベールも、ルイを伴って彼らと同じダンスホールにやってきていた。一緒に踊る恋人とてない寂しい彼らは、バーの片隅で女の子の物色に余念がない。しかし2人は、店の客にからかわれた礼をどちらがするかで揉め始める始末。親友同士で、お互いを大事にしているからこその喧嘩。仲のよい証拠であるのだが、とばっちりを食った客共々、彼らは店から追い出されてしまう。往来でも子供のような喧嘩を繰り広げる2人だが、ついにばかばかしくなって仲直り。件の店に戻ったところ、フレドはなにやら人相怪しい手下たちと共に秘密の談合の真っ最中だ。ポーラはテーブルに置き去り。アルベールとルイはかわいいポーラに目が釘付けとなる。ポーラの方も満更ではなかったが、またしても2人はどちらが先にポーラに声をかけるかで揉め、サイコロの目に恋の行方を賭ける事に。だが程なくしてフレドがポーラの元に戻り、アルベールは彼らの様子を哀しげなまなざしで見つめることしかできない。賭けは中断。ルイは名残惜しそうなアルベールを伴って店を出る。アルベールは親友と別れてからも、まだポーラを諦めることができず、1人店の前で待ち続けていた。

一方フレドは、今夜こそポーラを我がものにせんと、無理やり彼女の部屋の鍵を奪ってしまう。ところが間の悪いことに、彼らの席にフレドの情婦がやってくる。二股をかけられていたことがわかると、ポーラはフレドを嫌がっていたことも忘れて、足音も荒く席を立っていった。店の外で泣くポーラ。男と一緒に店に入ってきた女が1人で店を出るということは、彼女にとって悪いことがあった証拠だ。アルベールはそっと彼女に近寄る。涙でぐしゃぐしゃに濡れた顔に、無理やり白粉をはたくポーラ。男に捨てられた哀れな女だと思われたくなかったのだ。彼女はまだらな顔でアルベールにあっかんべーをし、せいぜい強がってみせる。彼女の悲しみを理解したアルベールは、調子を合わせて自分もあっかんべーを返してやる。打ち解けた彼らは、往来を行きつ戻りつしながら、やがて一緒に歩き始めた。

アルベールはポーラをアパルトマンまで送り届けたが、彼女はいまだ彼に心を許してはおらず、部屋の中に招きいれようとはしない。しかし肝心の鍵はフレドに奪われたまま。仕方なく彼らはそのままアルベールのアパルトマンまで赴いた。ポーラはアルベールの部屋にやっかいになりながらも、野良猫のように彼を警戒し、決して近くに近寄らせようともしない。アルベールとポーラは、子供のように1つしかないベッドを取り合い、結局ベッドを間に挟んで床の上で眠る羽目になった。

翌朝。アルベールの部屋にビルがやってきた。旅に出るとかで、カバンを 1つ彼に預けていったのだ。ポーラも、壊れた手鏡を置き土産にアルベールの部屋から去っていく。ところが彼女は家に帰ってなどいなかった。彼女もまたアルベール同様、このまま別れがたく思っていたのである。なし崩し的に同棲が始まると、彼女は捨てられた子猫が飼い主を見つけたようにアルベールに懐くのだった。

その日から、街角で自作の曲を歌うアルベールの隣にポーラも立つようになった。しかし客の中に、いかめしい顔の警部と一際大声で歌うフレドの姿を見つけると、アルベールは生きた心地もしない。つい調子を崩してしまい、怒った近所の住人から水をかけられる始末。騒ぎに乗じて逃げ出したアルベールだったが、改めてポーラとの愛を確信して結婚を申し込む。その頃、嫉妬に狂うフレドは、アルベールの友人ビルを抱き込んでいた。ポーラから手を引くよう脅迫する手紙をビルに持たせ、アルベールをハメるよう脅しつけたのだ。

そうとも知らず、ポーラは自宅から身の周りのものをトランクに詰め込んでいた。アルベールの部屋に移るためだ。アルベールの方も、花嫁を迎えるため、彼女へのプレゼントを揃えて待ちわびていた。しかし、部屋のドアをノックしたのは警察の人間だった。異変に気づいたアルベールは、ビルが彼に託していったカバンの中を改める。なんとその中には盗品が詰まっていた!警察の目的はこれだ。慌てたアルベールはカバンを何とかしようと右往左往する。だがあっけなく盗品は発見されてしまう。アルベールはついにビルの名前を明かさず、そのまま窃盗の濡れ衣を着せられてしまった。哀れアルベールは警察へ。そこへ現れたポーラは愕然とする。とるものもとりあえず、彼女はルイに事の次第を知らせに行ったものの、アルベールと結婚するつもりであったことは伏せておいた。そして、親友を襲った不幸にショックを受けたルイを慰めたのである。一方、首尾よくアルベールをムショ送りにしたフレドは、ビルにパリから離れるよう指示した。

アルベールは、ポーラと暮らすつもりであった部屋を思いながら、独房で孤独を噛み締めていた。彼が逮捕されてから2週間経った頃、なんとポーラはルイとねんごろになっていた。そしてビルが別件で警察に引っ立てられる。ビルとアルベールは揃って取調べを受け、ビルは空き巣の真犯人は自分であると告白したのだった。

アルベールの部屋に置き去りにされたバゲットがすっかりネズミに食い荒らされた頃、ようやく部屋の主が戻ってきた。しかしそこで待っていたのは、フレドからの脅迫状だけ。ポーラのために買っておいたプレゼントも全て埃を被ったままだ。アルベールが絶望しているのも知らず、ポーラはハンサムなルイに夢中。ルイが少しでも他の女に色目を使おうものなら、癇癪を起こしてポーランド語で騒ぎ立てる始末だ。ポーラは浮気性なルイを放り出し、ダンスホールにやってくる。密かにパリに戻っていたフレドが目ざとく彼女を見つけ、その隙に付け込む。ダンスホールから漏れだす陽気なメロディーに引かれてアルベールも馴染みの店に入るが、何の因果か、フレドとポーラが踊っている様子を目の当たりにする羽目に。アルベールは彼らを無視するが、フレドは執念深くアルベールを脅す。ついに怒り心頭に達したアルベールは、フレドに見せつけるようにポーラを抱いて踊り始める。固い表情のまま踊る2人を、フレドが睨みつけている。アルベールは冷め切った気持ちのまま、フレドからの喧嘩を買ったのだった。

ポーラは息せき切ってルイに知らせに走る。その頃アルベールは線路近くの路上で、フレドの手下たちに囲まれていた。憎っくき仇であるフレドと一対一で勝負しようというのである。だがアルベールの手持ちのナイフは錆付いており使いものにならない。呆れたフレドは、手下たちのナイフから好きなのを選べと促す。元々暴力沙汰が嫌いなアルベールではあったが、売られた喧嘩は買わねばならない。おまけにハメられた恨みもある。アルベールとフレドは素手で取っ組み合いを始めた。近くを走る列車の汽笛が辺りの静寂を切り裂く中、2人の喧嘩はなかなか勝負がつかない。拳銃を携えたルイがようやく到着し、ガス灯に向かって発砲した。一挙に真っ暗闇になり、驚いたフレドたちは混乱して右往左往。その隙にアルベールとルイは逃げ出した。後の始末は警察に任せておけば大丈夫だろうから。果たしてフレド一味は警察に現行犯逮捕され、所持していた拳銃一式を押収される。これで彼らの刑務所行きは確実だ。

アルベールとフレドはポーラの待つカフェに逃げ込み、警察の追及を辛くもかわした。しかしポーラは、大喜びで抱きついてきたアルベールを突き放し、ルイの胸に飛び込んでいく。ここに至ってポーラとルイの仲を知ったアルベールは、親友と恋人の手ひどい裏切りに完全にぶち切れる。店のレコード針が何度も飛び上がってしまうほどの大喧嘩を始めたアルベールとルイ。店主がなんとかその場を諫め、アルベールに出て行くよう言い渡した。ルイは今更ながらアルベールの真意に気づいたが、アルベールは親友となにより愛しいポーラの幸せのために、潔く身を引く決意をした。アルベールはルイにポーラを託し、気を揉むポーラになんでもないからとあっかんべーをしてやる。

翌日。アルベールはいつものように街角に立ち、“巴里の屋根の下”を歌っていた。

ニニが許せば 幸せが舞い降りる
パリの屋根の下 こんな具合さ
パリの屋根の下 喜び溢れるニニ
愛する人と再びめぐり合えた


パリに住み、パリで恋をし、パリを愛し、そして人生を愛する人々のために捧げた歌。アルベールは客の中にかわいい娘を見つけ、ご機嫌で歌の音頭をとる。街角にはアルベールと客たちの歌声がいつまでもこだましていた。その様子を、パリの屋根屋根はいつもと変わらず見下ろしていた。

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「D・W・グリフィスが映画芸術の形態を完成して以来、その後の映画には付け加える要素なんてなにもないんだよ」


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ルネ・クレール René Clair

1898年11月11日生まれ
1981年3月15日没
フランス、パリ出身
本名:René-Lucien Chomette

ルネ・クレールは当初詩や戯曲を書いていたが、映画黎明期のサイレント映画全盛の頃に、端役で映画出演したことがきっかけで映画産業に興味を持った。あらためてブリュッセルの映画学校に入り直し、映画製作に関して学んだ後、1923年「眠るパリ」でデビュー。あくまでもサイレント映画にこだわり、トーキー映画を批判していた時期もあったが、1930年初のトーキー映画「巴里の屋根の下」を発表する。考え抜かれた音使いで、サイレントの技法とトーキーの技法の融合を目指した。フランスのエスプリを体現する作品を作り続けていたが、戦禍を避けて1935年に渡英した。また、第2次世界大戦が激化してヨーロッパ全土が焦土と化すと、さらにハリウッドに活躍の場を求めた。渡米中にはアガサ・クリスティーの小説の映画化も手がけ、コンスタントに作品を発表する。 1950年代に入って再びフランスに戻り、ジェラール・フィリップを主役に迎えた「夜ごとの美女」などを監督する。往年の詩情を独特のシニカルなリズムで表現する手法で、フランスの人々の生態を闊達に描いていった。一方兄の方は、1941年6月15日にモロッコのRabatで死去している。

●フィルモグラフィー
1960年「フランス女性と恋愛」
1959年「ルネ・クレールの 喜劇の黄金時代」監修
1957年「喜劇の黄金時代」監修
1957年「リラの門」兼脚本
1955年「夜の騎士道」兼脚本
1952年「夜ごとの美女」兼脚本
1949年「悪魔の美しさ」兼脚本
1946年「沈黙は金」兼原作、脚本
1945年「そして誰もいなくなった」兼脚本
1944年「ルネ・クレールの明日を知った男」(未)兼脚本
1943年「提督の館」(未)
1942年「奥様は魔女」兼製作
1941年「焔の女」
1935年「幽霊西へ行く」
1934年「最後の億萬長者」兼脚本
1932年「巴里祭」兼脚本
1931年「自由を我等に」兼脚本、台詞監修
1931年「ル・ミリオン」兼脚本
1930年「巴里の屋根の下」兼脚本
1930年「ミス・ヨーロッパ」脚本のみ
1927年「イタリア麦の帽子」(未)
1924年「幕間」兼脚本
1923年「眠るパリ」(未)兼脚本

“フランスのエスプリ”と聞いて真っ先に思い浮ぶのが、実はこの人、ルネ・クレールです。
映画監督としての彼の初のトーキー作品となった「巴里の屋根の下」に代表されるように、役者の台詞を最小限に抑え、音楽と役者の動きと効果音が渾然一体となった作風に独自の魅力を発揮しました。当時流行ったトーキー作品では、台詞と音楽が洪水のごとくに使用されるのが常であった訳ですが、クレールはそんな愚行を犯しませんでしたね。

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この「巴里の屋根の下」においても、一目でパリとわかるような実景は一切出てきません。それでいて見事にパリの下町の風情を表現しえたセットに支えられ、 “どこでもない場所”で展開する若い男女のシンプルな恋物語を、流れるような演出で描きました。彼ら、アルベールとポーラ、ルイの物語の背景となるのは、雨のそぼ降る街角を行き交う市井の人々の生き生きとした表情であり、夜の盛り場で酒を嗜む若い男女の生態であり、街のあちこちで恋を語らい恋に破れる名もなき人々の姿であるわけです。カメラは五線譜の上を踊る音符のように流れながら、それらを余すところなく映し出していきます。時に地面の高さから上へ舞い上がり、あるいは空の高さから次第に舞い降りていくショットで、パリに生きる人々の暮らしを切り取っていったのですね。常に映像の背後に流れている主題曲 “巴里の屋根の下”も、登場人物の口から余計で無粋な言葉を取り去り、映画全体をひとつのイメージに纏め上げる役割を果たしています。

自作の曲を街角で歌い、その楽譜を売って生計を立てるアルベールは、ある日ポーランドからやってきた娘ポーラに恋します。しかしポーラの方は、下町界隈の犯罪者を仕切るボス、フレドをパトロンにし、ちょっとしたお姫様気取りであるわけです。昔も今もそうですが、フランスは国外からの移民が多く流れてくる国です。ポーラも祖国から夢を抱いてパリにやってきて、決して裕福ではない暮らしに苦しんでいる女性の1人であると思われます。彼女が当世風のドレスに身を包み、流行の髪型で着飾るのも、世間への精一杯の見栄だったのでしょうね。そんな彼女が、いくら誠実でも貧乏暮らしのアルベールから、ほどなくして別の男性に心を移すのも、責められないことかもしれません。

アルベールと親友ルイの友情も、劇中重要な要素として描かれます。お互いを大事にするあまり、なんでもないことで口論になってしまうおかしさ、子供のように往来で喧嘩しても、野次馬連中には2人揃って立ち向かうおもしろさ。しかしアルベールがピンチの際には、ルイはすぐさま救援に駆けつけます。

フレドの怒りを買い、結局一騎打ちする羽目に陥ったアルベールは、あくまで武器を持たず素手で立ち向かいます。そして“敵役”という役回りのフレドですら、そんなアルベールにあくまでフェアに接するのですね。この映画には、本当の意味での悪者は一切出てきません。チンケなスリで、アルベールをハメるビルも最終的にはその罪を贖いますし。クレール監督は、いい人間も悪い人間もすべてひっくるめて、パリで懸命に生きる同じ仲間として暖かいまなざしを向けているのでしょう。フレドとアルベールの戦いのシーンでは、効果音といえば近所を走る列車の汽笛と犬の咆え声のみ。ガス灯の薄暗がりの中で展開されるシークエンスは、それだけで嫌が応にも緊迫の度合いを増します。

ルイに救出されたアルベールは、親友にポーラを奪われたことを知り、一旦は激情に駆られます。彼ら2人の喧嘩がどれほどすさまじいものであるかは、店の中で流れる“ウィリアム・テル”序曲のレコードが、幾度も同じ場所で針飛びを起こすことで表現されます。また2人の言い争いも、店のドア一枚を隔てたこちら側から描くことで、観客に余分な台詞を聞かせない工夫が凝らされています。2人の心情は、彼らの表情の変化を見ていれば簡単に理解できるからですね。

もうひとつ印象的だったのは、アルベールが無実の罪で服役した後の時間の経過を、部屋の中に打ち捨てられたバゲットがネズミに齧り尽くされることで表現しているシーン。このようにクレール監督は、今観ても新たな発見と驚きに満ちた瑞々しい作品を作り上げました。優れた“映像表現”とは何かについて、改めて考えさせられることは多いでしょう。

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この作品で謳われているのは、アルベールとポーラのすれ違う愛のみならず、アルベールとルイの友愛、フレドや社会の底辺で暮らす人々すらも抱擁する広い意味での人間愛、またパリへの限りない愛着です。それらを監督に代わって見つめ続けるのは、映画の冒頭と最後を飾るパリの屋根屋根だったのですね。


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