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zoom RSS 「真夜中のカーボーイMidnight Cowboy」―ジョン・シュレシンジャー監督

<<   作成日時 : 2014/08/22 23:52   >>

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アメリカは、もう夢を見ない。

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「真夜中のカーボーイ Midnight Cowboy」(1969年製作)
監督:ジョン・シュレシンジャー
製作:ジェローム・ヘルマン
原作:ジェームズ・レオ・ハーリヒー「真夜中のカウボーイ」
脚本:ウォルド・ソルト
撮影:アダム・ホレンダー
音楽:ジョン・バリー
主題歌:ニルソン「うわさの男」
ハーモニカ演奏:トゥーツ・シールマンス
編集:ヒュー・A・ロバートソン
メイクアップ:ディック・スミス
出演:ダスティン・ホフマン(リッツォ)
ジョン・ヴォイト(ジョー・バック)
シルヴィア・ミルズ(キャス)
ジョン・マクギバー(オダニエル氏)
ブレンダ・ヴァッカロ(シャーリー)
バーナード・ヒューズ(タウニー)
ルース・ホワイト(ジョーのおばあちゃん)
ジェニファー・ソールト(アニー)他

ジョー・バックは生粋のテキサス男だ。彼は今日、真新しいカウボーイハットにブーツ、本物の革ジャンに身を包み、故郷を旅立つ。旅のお供は使い古したラジオのみ。しけた食堂の皿洗いなんぞ辞めて、一路ニューヨークへ。そこには、彼の若さとタフネスを待ちわびる金持ちの女どもがいるはずだ。彼女達の欲望を満足させ、テキサスでは拝むことの出来ないような大金を稼いでやる。こんなところで腐ってられるか、今までの自分とは違う何者かになるのだ。
希望を胸に、ジョーはニューヨーク行きの長距離バスに乗り込んだ。しかし彼の脳裏には、幼い頃の彼を引き取り育ててくれた祖母とのほろ苦い思い出が浮かんでは消える。彼を自慢の孫だと言ってくれたおばあちゃん、いつも身奇麗にしていた優しいおばちゃん。枕元でいつも子守唄を歌ってくれたっけ。だが彼女に新しいボーイフレンドができると、とたんに放っておかれた…。そいつは本物のカウボーイで、ロデオのスターだった。そして、思いは唯一の恋人であったアニーへと流れていく。美しくセクシーで、街中の若者の憧れの的だったアニー。そんな彼女が狂おしく愛を囁いたのは、ジョーだけだったのだ。
見慣れた故郷の風景がどんどん変わっていく。ニューヨークに近づくにつれ、ラジオから流れてくる番組も様変わりする。アンケートの結果はこうだ。大都会の女性達が男性に望むこと ―背が高くて積極的で外向的で若くて新鮮で…なによりマッチョであること!俺にぴったりだ!ジョーは期待のあまり雄叫びを上げる。
ホテルに落ち着いたジョーは、早速街中に繰り出す。マッチョなボディにさわやかな笑顔を浮かべて、暇と欲求不満を持て余す有閑夫人を探すのだ。カウボーイのいでたちは、おしゃれなニューヨークでは無様に浮いてしまっているが、彼はそんなことは露ほども気にしない。

人がなんと言おうと耳にゃ入らない
俺の心の響きだけ
人が俺を見てても俺は気にしない
目に影が見えるだけ
土砂降りの雨を抜けて
陽の当たるところへ行く
この服の似合うところへ
夏の風に乗って船を出す
飛び石のように海を越える


「うわさの男」より―唄ニルソン

ジョーはハントに精を出すが、お高く止まった女性達には全く相手にされない。目星をつけた中年女にも「恥を知れ」と一蹴されてしまう。小犬連れの派手な金髪女にようやく部屋に招き入れられたときには、うれしさのあまり飛び上がらんばかりであった。その女キャスとは、天地がひっくり返るような情熱的な一夜を共に過ごす。ところが、ジョーが見返りを要求すると、彼女は彼に金を出すよう恫喝する。キャスはやり手の高級娼婦だったのだ。女から金をもらうはずが、逆に残り少ない金をむしりとられたジョー。初日から大都会の洗礼を浴びたのである。
落ち込んで入った酒場で、ジョーは小柄なイタリア男リッツォに声をかけられた。気のいいジョーは、このびっこをひいた男とすぐに意気投合する。リッツォは、田舎から出てきたばかりで都会の流儀を知らぬ彼に、顔役ダニエルを紹介してやると持ちかけた。ダニエルから女を紹介してもらう方が、街角で客引きするより効率的だ。一晩で100ドルは稼げる。うまい話をまくしたてるリッツォの恩義に報いるため、ジョーは喜んで彼に手数料を支払った。
ところが案内された先で待ち構えていたダニエルは、女を仲介する顔役ではなく、イカレた狂信者であった。ダニエルはジョーを見ると突然正気を失い、人間皆孤独を背負って糞をたれると怒鳴り始めた。そして目を血走らせ、キリスト像に向かってひざまずこうと促す。その姿は、ジョーに幼い頃の恐怖を思い起こさせた。明るい日差しの日曜日、牧師が神の名の下に彼を川の中に沈めたのだ。なんのためにそんなことをするのか、彼にはさっぱりわからない。だがおばあちゃんも近所の知り合い達も、神を称える歌を歌うばかりで、誰一人溺れかける彼を助けようとしなかった…。転がり出るようにダニエルの部屋を後にしたジョーは、怒りに目を剥いてリッツォの姿を探し始めた。封印したはずの過去が蘇ってくる。アニーと永遠の愛を誓ったあの晩、彼らは暗闇から突如現れた街の若者たちに無理やり引き剥がされた。そしてあろうことか、連中はアニーとジョーそれぞれを羽交い絞めにして、2人に性的暴行を加えたのだ。ジョーはリッツォと出会った酒場に舞い戻ったが、彼はすでに行方をくらました後だった。

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初めてできた友達だと思っていたリッツォに騙され、ジョーはホテルの部屋で悄然とテレビを見続ける。新しいボーイフレンドと遊び呆けるおばあちゃんに、ほったらかしにされていた幼い頃のように。テレビには、飼い犬にかつらをかぶせて得意がる埒もない視聴者が登場していた。
ジョーはラジオ片手に、来る日も来る日もあてどなくニューヨークをさまよう。ラジオからは、ニューヨークで一発当てようと誘惑する声がひっきりなしに流れてくる。だが現実には、ジョーはホテルの部屋代を払うことすら出来なくなり、着の身着のままでホテルを追い出されてしまった。終夜営業のダイナーに張り出されていた“皿洗い求む”の張り紙に、つい吸い寄せられる彼。黙々と汚れ物に向かう男と目が合うと、ジョーは逃げるようにその場を離れていった。しっかりしろ、ジョー!彼は自分を叱咤し、夜の街角に立った。今夜の相手を物色する、同じような男達がそこここにたむろしている。ジョーは、眼鏡をかけた内気そうな学生に声をかけられ、一緒に場末の映画館に入っていった。ここは、その手の客達がアバンチュールを楽しむ特殊な場所だ。くだらないB級映画を眺めつつ、学生はジョーに抱きつき、その足元にひざまづいていく。ジョーは頭の中でアニーを思い出しながら、懸命に悪寒と戦った。だが学生は金を払えないと言う。代わりに腕時計を奪おうとするも、母親が死にそうなんだと泣きつかれ、ついほだされたジョーは手ぶらでその場を離れていった。
文無しになったジョー。翌朝早く、ダイナーで優雅に朝食をとっていたリッツォの姿を認めた彼は、唯一の知り合いに再会した安堵感に思わず顔をほころばせた。が、瞬時に騙されたことを思い出すと、憎いリッツォにつかみかかっていく。俺の金を返せ!慌てたリッツォは、泊まる所もないジョーを自宅に招待する。自宅といっても市が閉鎖したビルに勝手に居ついているだけなのだが、雨風がしのげるだけでもありがたい。ジョーはリッツォのあばら家に転がり込んだ。そのまま意識を失うように眠りにつく。彼は夢を見た。アニーとの一夜のことだ。闇の中から現れた一団に、なぶりものにされるアニーとジョー。彼らの背後でにんまりと笑っていたのは、ジョーのおばちゃんであった。アニーはショックで正気を失い、病院送りになってしまった。「あの人を愛しているの…」とうわ言のようにつぶやくアニー。脂汗をかいて飛び起きたジョーは、部屋を出て行こうとする。いまだリッツォを信頼する気になれない。なにしろニューヨークに来て以来、会う人間会う人間に騙され通しなのだ。引きとめようとするリッツォに、ジョーは改めてなめたマネをするなと威嚇した。リッツォは、自分のことをネズ公(ラッツォ)ではなく、本名のリコと呼ぶことを条件に、同居を承諾した。
翌朝、八百屋で万引きした果物を朝食にしながら、リッツォは陽光降り注ぐフロリダ行きの夢をとうとうと語る。病気の自分にはフロリダの太陽とココナッツミルクが必要なのだ。それにマイアミ・ビーチには、金と暇を持て余したご婦人がうようよしている。カウボーイハットを被って悦に入ってるような男でも、買ってくれる酔狂な女もいるだろう。だがニューヨークじゃムリだ。ニューヨークの金持ち女は、田舎者を鼻で笑う。いまどきカウボーイにむらむらする女などいやしない。寄ってくるのは42番街にたむろってるオカマ連中だけだ。今じゃカウボーイはホモのアイドルなのだから。おまけに汗臭いハスラーなんか聞いたこともないぞ。カウボーイ姿ををけなされたジョーは動揺する。いかにジョン・ウェインが昔から女にもて、男からの尊敬を集めてきたか必死に抗弁する。それにアニーだって…病院送りになったぐらい俺に狂っていた。えらそうに女の講釈をたれるならばと、ジョーはリッツォをハスラー稼業のマネージャーとして雇う。

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ではまずは身なりからだ。リッツォは、ジョーの臭くなったカウボーイシャツ一切合財を洗濯するべく、コインランドリーに向かう。その場にいた妊婦をうまく騙くらかして、洗濯代をうかせたリッツォに呆れるジョー。それからクリーニング屋に預けた大事なカウボーイハット。こそ泥リッツォは、ここでも口先三寸で主人を騙し、代金未払いで逃げる。駅の構内に放置されている靴磨きの箱をこじ開けて、ジョーのブーツもぴかぴかに磨き上げる。その手際の良さに、本物の靴磨きだと勘違いした警官やサラリーマンたちが次々順番待ちするほどだ。リッツォの父親は靴磨きだった。2〜3ドルの手間賃のために、毎日14時間も地下で座り続け、靴墨で肺を侵され腰はひどく曲がってしまった。洗っても落ちない靴墨だらけの手に、手袋をはめさせて埋葬したのだという。
仕上げに髪の毛も整えてもらって、ジョーはすっかりその気になった。鏡に映る自分に見惚れる彼をいささか食傷気味に見やるリッツォの目にも、相棒はなかなかのハンサムに見えた。ハスラーにはなにより自信が必要だ。
次にリッツォは、紳士派遣サービスから出てきた本物のジゴロの懐をかっさらった。彼が持っていた予約カードには、バークレイ女性専門ホテルに宿泊する上流階級の女の名前が記されていた。リッツォはサービス会社に予約キャンセルの電話を入れ、代わりにジョーをホテルに行かせる。ここで客がとれるようになれば、たちまち大金を手に出来る。ジョーに頑張らせれば、リッツォのフロリダ行きの夢も現実になる。リッツォはフロリダの夢想に浸った。抜けるような青空の下で思い切り走る彼とジョー。リゾートホテルを経営し、地元のご婦人方の相手をする。彼はちょっとした有名人になり、行く先々で婦人に声をかけられるのだ。ホテルのプールでは毎日ビンゴゲームをしてもいい。…ところがマナーを知らないジョーは、玄関先で客を抱こうとしてたちまちホテルの守衛に放り出されてしまう。同時にリッツォの夢も無残に散っていった。

冬が間近のニューヨーク。隣のビルは既に取り壊しが始まっている。暖房もないリッツォの部屋は耐え難いほど寒くなってきた。ついに気温が0度を切った。水道も凍りついている。少しでも寒さを和らげるため、2人はラジオから流れてくる音楽に合わせて踊り始めた。

オレンジジュース&アイス、ナイス!
スカッとクール
気分を変えてさあ飲もう
さあフロリダオレンジジュース


火も起こせないので、かちんかちんに凍ったオートミールを虚しくつつくリッチォ。背に腹を変えられなくなった2人は、ついにジョーのラジオを質に入れる。彼らの唯一の財産は、たった5ドルにしかならなかった。
日を追うごとにリッツォの咳はひどくなる。ジョーは街娼に交じって街角に立つが、人々は彼には目もくれず目の前を通り過ぎるだけだ。仕方なく彼は血液銀行に献血して、ミルクを買うだけの金を手に入れる。
ねぐらに帰ると、リッツォは真新しいコートを着込んでいた。またどこかで“調達”してきたのだろう。ジョーはどんなに困窮しても盗みにだけは手を出さなかった。だがリッツォは違う。身体が悪いのをいいことに、こそ泥の真似事ばかりするのだ。ジョーはそんなリッツォを非難する。

ビルの解体が進むのを尻目に、2人は寒空の下橋を渡りリッツォの父親の墓に向かう。小さな墓碑に“最愛の父、ドミニク・リッツォ”と書かれている。リッツォは、よその墓に供えられていた花束をとってきて、墓前に捧げた。彼の父親は自分の名前すら書けなかった。文盲の墓には“X”とでも刻んでおけばいいのだ。やがて彼らの部屋も取り壊される運命だ。いい記念になるだろうさ。自棄になるリッツォにジョーも告白する。おばあちゃんは、彼が兵役についている間に亡くなっていた。知らないうちに葬儀も終わり、家は廃屋と化していたのだ。
2人は、互いに孤独な身の上をいたわるように、ダイナーで朝食にありつく。次第に身体の衰弱が進むリッツォは、無意識のうちに死を恐れる。虫のいいことに、魂が救済されることを密かに願っているのだ。小バカにするジョーに彼は真剣に諭した。人は死ねば何にでも生まれ変われるのだ。大統領にでも。だから生きている間の精神を純潔に保たねばならない。死は終焉ではないのだ。
2人が議論を交わすところへ、謎の男女2人組が訪れた。ファッション誌から抜け出してきたようなとんがった身なりの2人。男が突然ジョーにカメラを向け、女は彼らにパーティーの招待チラシを手渡す。ブロードウェイにあるヘンゼルとグレーテルのアパートで催される予定のサイケデリック・パーティーだ。リッツォは妙な新興宗教の団体だと相手にしないが、ジョーは乗り気だ。嫌がるリッツォを連れてアパートに向かう。リッツォは高熱を出し、ひどい脂汗をかいている。ジョーは自分の櫛でリッツォの髪を整えてやり、会場に足を踏み入れた。
そこは2人が見たこともないような別世界だった。思い思いに着飾った人々が、ヘンゼルの向けるカメラに向かって思い思いのことをしゃべっている。ジョーは、ヘンゼルとグレーテルにリッツォを紹介した。彼らはここにあるものをなんでも自由につまんでくれと、信じられない申し出をしてくれた。マリファナも出回っているようだ。ぶっ飛んだ人々が、セクシーなフィルムを見ながら肌も露にリズムに乗って身体を揺らす。ジョーもドラッグの効果でハイになりはじめ、訳もなくいい気分に浸った。一方リッツォは、無防備な客たちから財布をスルのに大忙しだ。皆夢心地、仕事のし放題だ。彼はグレーテルから食べ物を隠さずともいいと咎められる。ここではなんでもただなのだから。好きなだけ食べて飲んでくれればいい。女性陣は足の悪いリッツォにやおら興味を示し、しきりと絡んでくる。やれシャワーを浴びろだの、ひげを剃れだの、それとも汗をなめてやろうかだの…。具合の悪い彼はパニックになりかける。頼みのジョーは、同じく夢心地のシャーリーというご婦人とねんごろになっていた。ジョーを気に入ったシャーリーは、彼を自宅に連れて帰るという。周囲はすでに乱交パーティーの様相を呈してきた。初めての客相手に、リッツォは抜かりなくマネージャーを名乗ってしゃしゃりでてきた。ジョーは一晩20ドル、プラスタクシー代1ドル上乗せだ。ところがリッツォは階段を転げ落ちてしまう。まともに立ってもいられないようだ。そんなことは露知らず、ご機嫌なジョーとシャーリーは車の中に消えていった。
ジョーは初めての正式な客相手に、一世一代のピンチに陥っていた。自慢のムスコがいっこうに役に立たないのだ。女相手にこんな失態は初めてだ。落ち込む彼をシャーリーは優しく慰める。2人は仕方なく、スクリビッジをして遊んだ。単語をつなげていく言葉遊びだ。“MONY”の次は…Yで始まる言葉は?Yで終わる言葉でもいい。“SAY(言う)”、“PAY(払う)”、“LAY(寝る)”…。シャーリーはジョーににじり寄り、耳元でささやいた。“GAY(ゲイ)”もそうだ。“FAY(オカマ)”も…あなたもそうなの?うろたえたジョーは彼女の挑発に易々と乗る。彼女をベッドに押さえつけ、まるで取っ組み合いのような営みが始まった。

翌朝シャーリーは、仲間の上流婦人にジョーを紹介してくれた。やっとこれで金持ち社会にコネができる。手渡された20ドルを手に、上機嫌なジョーはリッツォに薬やスープを買って帰った。だがリッツォは、もう自分が歩くことも出来ないと訴える。熱は引かず、震えも止まらない。彼の身体は明らかに医者を必要としていたが、彼はかたくなにフロリダに行きたいと言い募るのだった。頼むからフロリダ行きのバスに乗せてくれ。1人でも行くと言い張るリッツォを放っておけないジョーは、仕方なくシャーリーにキャンセルの電話を入れる。なんとかして今夜中に、2人分のバス代を稼がねばならない。焦るジョーの前に、シカゴから商用で来たというタウニーと名乗る小柄な中年男が現れた。熱っぽいまなざしで彼を見つめるタウニーは、宿泊するホテルにジョーを誘う。ジョーは鏡に映る自分を叱咤する。これはリッツォのためだ。病気の友達を南に連れて行ってやるんだ。腹をくくれ、ジョー!
ジョーはタウニーに詰め寄る。なぜ自分をホテルに連れ込んだのだと。自らの同性愛嗜好を呪うタウニーは、ジョーに指一本触れなかった。そればかりか、フロリダに行くというジョーに聖クリストファーのネックレスを託す。タウニーはいい人だが、今の自分には2人分のバス代が必要だ。ジョーは声を震わせながら、心を鬼にしてタウニーに金を出せとすごんだ。虎の子の金を守ろうとするタウニーを殴りつけ、警察に電話をかけようとした彼の口の中に受話器をねじ込む。強盗同然の行いで手に入れた金で、ジョーはリッツォと共にフロリダ行きのバスに乗り込むのだった。

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バスはニューヨークを抜けていく。一路マイアミへ。リッツォは汗だくだ。熱に浮かされたまま、フロリダでは自分を必ずリコと呼んでくれと懇願する。ネズ公は嫌だ。窓の外にやしの木が映る頃、リッツォは失禁したと涙ながらにジョーに訴えた。もう体中が痛み、おまけに小便まみれだ。ジョーは、自分だけ早めに“小便休み”をとっただけだと慰め、2人して笑い転げる。ジョーはパーキングリアで、自分とリッツォの分の服をあつらえた。確かにここは太陽が高く、道行く人も皆人懐こくほがらかだ。彼は、汗と屈辱と血にまみれたカウボーイジャケットとブーツをゴミ箱に押し込む。これからの新生活にはもう必要ないものだ。ジョーは苦労しつつ、リッツォにやしの木のアロハシャツを着せてやる。もうすぐマイアミだ。
ジョーはリッツォの汗をぬぐってやり、マイアミに着いたらなにかまともな職を探すと宣言した。難しい女を相手にするより、外で汗を流した方がよっぽど楽だろう?…だがリッツォは薄目を開いたまま、眠るようにこと切れていた。騒然となるバス内。物見高い老人連中は、怒ったような顔で目に涙をためリッツォの肩を抱くジョーを、珍獣でも見るようなまなざしで見つめる。窓ガラス越しに見えるリッツォの安らかな顔に、マイアミのやしの木の影が映っては消えていき、映っては消えていく。彼は天に召される直前、この光景を見ることが出来たのだろうか。

真夜中のカーボーイ (2枚組特別編) [DVD]
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今の自分とは違う何者かになりたい。ここではないどこかへ行き、途方もないことをやり遂げてみたい。心身ともに若く力に満ち溢れるとき、人は人生に大きな野望を見出します。“若さ”は夢を現実にする力を与え、“夢”は人にその第一歩を踏み出させる道標となるのですね。

テキサスの田舎町に育った純朴な青年、ジョーも大志を抱いた数多くの若者の1人でした。大都会へ出て全ての女達を己の魅力で虜にしたい。もちろんその見返りとして、大金も稼いでしまおう。冷静に考えれば失笑を誘いかねないこの野望も、実は彼にとっては自我の存亡がかかった重大な出来事でした。

まず、彼がことさら“カウボーイスタイル”に拘泥した理由ですが、これは彼の人格形成に多大なる影響力を及ぼしたと思われる祖母の存在に起因するでしょう。彼は多感な少年期に、溺愛されて育った祖母を荒馬乗りの“カウボーイ”にとられてしまいました。彼は、最愛の祖母を自分の元に取り戻すためには、自身が最強のカウボーイにならねばならないと思い込みます。ですが結果的に祖母の愛情は戻らず、ジョーはそこでまず第一の挫折感を味わうわけです。そして青年期にさしかかり、初めて愛した祖母以外の異性アニーを理不尽な暴力で失ってしまうと(裏で糸を引いていたのは他ならぬ祖母であるのですが)、彼は二度目の痛手を心に負います。ここにいたって彼は、1人の女性の愛情を得ることを完全に諦めてしまうのですね。その代償として、不特定多数の異性からの称賛を欲するようになりました。つまり、彼が男らしさの象徴とかたくなに信じる“カウボーイスタイル”で女達の関心を自分に向けさせることで、彼は愛情への飢えを満たすことができるのです。と同時に、失ってしまった自らへの自信を取り戻すことができるのでしょう。ジョーという男にとってカウボーイスタイルを貫くことは、単に“男らしさ”の誇示に止まらない、深刻な事情を伴うことだったのですね。だからこそ、それをリッツォから否定されたとき、彼は子供のように意固地になったのでしょう。

では、そのリッツォの夢はなんだったのでしょう。陽光降り注ぐフロリダへ行くこと?もちろん表面的にはそうですが、話は単純ではないと思います。
彼はあだ名の通り、ドブネズミのように社会のどん底を這い回るような人生を送ってきました。彼の父親は靴磨きとして社会の最下層の一生を終え、その息子であるリッツォもまたそうなる運命にあったのですね。自由と平等とチャンスを謳う国アメリカにあって、そのチャンスの光も所詮社会の底辺にまでは注いでこないということを、彼は幼い頃から身に沁みて知らされてきました。ですから、いくら真面目に働いたところで今以上の生活を望むべくもないと、自らの人生に早々に見切りをつけてしまったのでしょうね。肺を病み、生まれつき足に障害を持ってしまっては、厳しい競争社会から“落伍者”の烙印を押されたも同然だからです。彼は、他人にどんなに蔑まれようが、すり、万引き、ケチな詐欺と可能な限りの悪事をやめようとはしません。それしか社会に生き残っていく術はないからです。ホームレスと変わらぬその日暮らしでは、明日死体となって道端に転がっても誰にも気づかれないでしょう。だからこそ彼は、人間としての最後の矜持を保つため、哀れな身の上に張れるだけの虚勢を張って生にしがみついているのです。
死の影に怯える彼の中では、やしの木茂るフロリダは無意識のうちに天国を意味していたと思われます。唯一魂が解き放たれる天国では、彼は健康そのもの、全速力で駆け回れるし、ビジネスにも大成功。そしてなにより大事なのは大勢の人々に愛されることができる。“フロリダに行く”ということはリッツォにとって、この最低な現実世界から逃れること。しかしフロリダ行きのチケット代すら手に入らない現状では、それは天国同様遠く見果てぬ夢に過ぎません。

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そんなリッツォの目には、何も知らない田舎者のジョーは、さぞかしおぼこいカモに見えたでしょう。リッツォとジョーの関係が、騙し・騙されるという最悪の出会いから始まったのも致し方ないことです。
ところが、結局ジョーもリッツォと同じく天涯孤独な身で、心に深い傷を持っている人間であることがわかると、彼らの間に一種の共生関係ができます。ジョーにとっては、右も左もわからぬ大都会でのガイド役としてリッツォが必要であったし、リッツォも、ジョーが一緒ならフロリダ行きの夢が叶うかもしれませんしね。しかしそういった打算以上に、なにより辛い孤独を分かち合うためにお互いの存在が不可欠だったのです。こんな形の友情を、傷をなめあうような共依存関係だと非難するのは的はずれだと思いますよ。この世の中で、依存しあわない関係性などそうそうありませんもの。
2人は、なんとか厳しい現状から抜け出そうと必死にあがきますが、実際は、冬のニューヨーク同様到底太刀打ちできるものではありませんでした。彼らはどんどん窮地に追い込まれていきます。皮肉なことに、ここで彼らをのたれ死にから救ったのは、彼らを切り捨てたはずの社会でした。
童話に出てくる兄妹と同じ名前のヘンゼルとグレーテルは、老若男女、貧富の差を問わず、あらゆる階層の人間をパーティーに招待する奇妙な人間です。まるで童話に出てくる魔女のように、「ここにあるものはなんでもタダなんだから、いくら飲み食いしてもいいよ」と全ての招待客を等しく歓待するのですね。“誰にでも等しくチャンスが与えられている、自由な資本主義社会”の象徴のように思われて、なんというか、シュレシンジャー監督の皮肉な目線を感じずにはいられません。リッツォがこの2人組を毛嫌いし、自分達がそんな役得にお目見えできるはずはないとつっぱねるのもわかる気がします。
ここでおもしろいのは、ジョーの唯一まともな客になったシャーリーが、ジョーとリッツォを見て開口一番「あんたたちゲイの夫婦?」と訊ねるシーンですね。ジョーはもちろん動揺するのですが、彼が祖母から強要された宗教と彼の精神に巣食う暗部との関連が見られて興味深いです。彼は幼い頃から狂信的な神の教えを叩き込まれ、それを恐れていました。また、恋人を作ったことを祖母に咎められ、みせしめのようにアニーともども男達から暴行を受けるに至って、その恐れは神への恐怖にまで高められていったのでしょう。新天地ニューヨークでも、その悪夢は絶えず幻聴や幻覚となって彼を苦しめます。ですから、その神に背く行為である同性愛は、到底ジョーには受け入れがたいはずですね。しかし見方を変えると、ジョーがリッツォと共に社会の底辺をさすらっているのは、自らの同性愛的嗜好を無意識のうちに認めていく過程だったのかも知れません。結局ジョーは、ハスラー稼業がうまくいきかけ、自身の夢に手が届きかけたところで、リッツォのためにそれを全て投げ打ってしまったのですから。
ジョーは死にゆくリッツォの願いをかなえるため、なにより嫌悪していた暴力までふるい、フロリダ行きのバスに乗ります。彼がリッツォにそっとつぶやいた「ここでかたぎの仕事を探すよ」という言葉には、夢に破れそれを諦めた若者が大人へと脱皮する決意が込められていると思います。ジョーはリッツォのためというより、等身大の自分を認め、己の人生に真正面から向き合うために覚悟を決めたのですね。劇中テーマソングとして始終流れるニルソンの主題歌の、“この服が似合うところへ行こう”というのは、“カウボーイスタイル”というプライドを押し通して生きることではなく、“より自分らしく”生きることに他なりません。ついに魂の片割れリッツォを失ってしまったジョーですが、彼があの後フロリダで、自身の言葉通り自分らしい生き方を模索してくれることを願って止みません。

劇中、目に見える現実世界の描写の合間に、ジョーとリッツォが見る甘い白昼夢がコミカルに挿入されます。これは、彼らが現実に陥っていく窮地が必要以上に重い描写になることを防ぐ、ある種のクッションの役割を果たしていますね。それとは対照的に、ジョーが見る過去の悪夢のフラッシュバックは、画面にサスペンスフルな緊張感をもたらしています。と同時に、彼の歩んできた悲惨な人生を説明することにもなっており、監督の語り口の上手さを感じてしまいますね。この辺りに、監督が後年スリラーやサスペンス映画に力を発揮していく萌芽を見ることができて、おもしろいです。
また、この作品の成功を機に、世界中で大ヒットすることになったニルソンの『うわさの男』は、誰からも見放されたジョーとリッツォに寄り添うように、最後まで静かに流れ続けます。その優しいメロディは、救いようのない物語に絶望する観客の心をも慰撫し、忘れがたい印象を残しました。
以前に「卒業」で爽やかな青春スターとなっていたダスティン・ホフマンは、ここでは垢と泥にまみれた人生の負け犬を実に卑屈に演じきりました。その演技は、まるでこちらにまでその汗臭い匂いが伝わってきそうなほどのリアルな質感を持ち、オスカーにノミネートの栄誉を得ます。対するボイドは、心に傷を持ち、大都会で自我を翻弄されながらも純粋さを失わない、カウボーイ・ジョーを複雑な表情で見事に演じ、こちらも初のオスカー・ノミネーションを受けました。残念ながら2人とも受賞には至りませんでしたが、この作品は、彼らが演技派俳優として認知されるきっかけになった重要な分岐点だったのです。

この作品で、アメリカ社会の底辺で苦闘する若者像をリアルに描いたシュレシンジャー監督ですが、彼らに注ぐまなざしはあくまで優しいものであったと思います。むしろ、偽善と矛盾に満ちた現代社会構造そのものへの批判が痛烈であり、このテーマはこれ以降監督のライフワークとなっていきます。

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