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zoom RSS 孤独な魂に寄り添う―ジョン・シュレシンジャーJohn Schlesinger

<<   作成日時 : 2016/11/20 22:57   >>

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私がなにより興味を引かれるのは、ヒーローではなく負け犬、成功ではなく失敗だ

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ジョン・シュレシンジャー John Schlesinger, CBE
(本名:ジョン・リチャード・シュレシンジャー John Richard Schlesinger)

1926年2月16日生まれ
2003年7月24日没(アメリカのカリフォルニア州パームスプリングスにて。享年77歳)
出身:イギリス、ロンドン北部ハムステッド

小児科医の息子としてハムステッドに生まれたシュレシンジャーは、長じてオックスフォード大学に進んだ。そこでは短編映画の製作と、盛んだった学生演劇に熱中する。彼の豊富な俳優経験はこの時代に培われたといっていい。
卒業後はテレビ界でシリーズものの監督やテレビムービーを何本か手がけた後、1961年に45分のドキュメンタリー映画「Terminus」(生地に程近いウォータールー駅における日常の風景のひとコマを描く)で映画界にデビュー。この作品が、ヴェネチア国際映画祭にて金獅子賞と、英アカデミー賞にも輝いたことで、彼は一躍新進映画作家として注目された。
翌年1962年には、アラン・ベイツを主演に迎えて「ある種の愛情」を製作、発表。この作品は、英国北部の工業地域で暮らす男が、一時の激情に身を任せた挙句恋人を妊娠させてしまい、仕方なく結婚したものの、結婚生活にはすぐに隙間風が吹くようになるという内容。彼らの肉欲を伴う愛情が、時間を経てやがて穏やかな愛情へと変遷していく様子を写実的に描いた。この作品がベルリン映画祭で金熊賞に輝き、シュレシンジャーは、英国で最も将来を渇望される気鋭の監督となったのである。
1963年には、「Billy Liar」を製作。この作品で初めてコラボレートした女優ジュリー・クリスティを主演に迎え、1964年には「ダーリング」を発表。“ダーリング”とあだ名された甘やかされた美女が、モデルから一国の王妃にまでのしあがっていく様子を、当時の風俗描写もたっぷりにスタイリッシュに描いた。一人の女性の華やかな半生を描きながら、その実、真の愛情には飢えた孤独な女の魂を赤裸々に描写し、作品賞、監督賞、主演女優賞の部門でアカデミー賞にノミネーションを受けた。また、主演のクリスティに初のオスカー受賞をもたらしたのである。この作品で世界的な評価を確たるものにしたシュレシンジャーは、1969年、「真夜中のカーボーイ」を発表する。ジェイム・リオ・ハーリヒーによる原作を映画化したこの作品で、彼は、アメリカ社会の最下層で苦闘する若者達の淡い夢と、それが脆くも崩れ去っていく様を描いて、“夢の国、アメリカ”を痛烈に皮肉って見せた。この作品で彼は、映画史に永遠に名前を残したといっても過言ではない。映倫によってX-レイティングを受けながらもアカデミー賞作品賞を受賞した、唯一の作品としても知られる。
その2年後1971年には「日曜日は別れのとき」を製作する。この作品で、彼は「真夜中のカーボーイ」でも暗示されていた“同性愛”というテーマを全面に押し出す。一人の魅力的な若者をめぐる中年の男女の三角関係を繊細に描写して、切ない余韻を残すラブストーリーの佳作に仕上げ、再度アカデミー賞の監督賞候補となる。シュレシンジャー自身、自らのセクシュアリティを明らかにした画期的な作品となった。
1970年には、英国女王エリザベス2世より大英帝国勲章第3位を授与され、英国映画界において不動の地位を確立した。同性愛をカムアウトした彼は、この頃よりパーム・スプリングスの病院で死去するまで30年間に渡って、パートナーである写真家マイケル・チャイルダーと同棲を続けている。
さて1976年には、ダスティン・ホフマンとローレンス・オリヴィエとタッグを組んで、サスペンス映画「マラソンマン」を発表。この作品が予想外の興行的成功をもたらしたことが却ってアダとなり、1979年の佳作人間ドラマ「ヤンクス」を経て、80年代のシュレシンジャーはもっぱらサスペンス映画に傾倒するようになる。映画の質も興行成績も惨憺たる結果で、監督としての低迷期に入ってしまうのだ。1988年には、頑固な老ピアニストと少年の交流を描いたドラマ「マダム・スザーツカ」で往年のシュレシンジャー節を垣間見せるも、その後も依然として低迷が続いた。
2000年に、マドンナとルパート・エヴァレットを主演に迎えて「2番目に幸せなこと」を発表するが、アメリカではラジー賞にノミネートされるなど、酷評を受けてしまう。同時期に脳卒中の発作を起こしたこともあって、この作品を最後に彼は映画界を離れた。

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「日曜日は別れの時」撮影中のショット。

受賞歴

・アカデミー賞監督賞、国際カトリック映画事務局賞、英国アカデミー賞監督賞
1969年「真夜中のカーボーイ」受賞

・ベルリン国際映画祭金熊賞
1962年「或る種の愛情」受賞

・ニューヨーク映画批評家協会賞作品賞、監督賞
1965年「ダーリング」受賞

・英国アカデミー賞監督賞
1971年「日曜日は別れの時」受賞

・英国アカデミー賞アカデミー友愛賞1995年度受賞


キャリアの晩年には方向性を見失っていた感のあるシュレシンジャーであったが、監督作品には、一貫してマイノリティへの深い共鳴と愛情があふれ、また人間が本質的に抱える“孤独”にも鋭く言及していたと言える。また、自身俳優の経験を生かして、何度か俳優として映画やテレビに出演したこともある。彼が自作において、俳優との関係を良好に保ち、彼らから常に最高の演技を引き出し得たことでも高く評価される所以である。

シュレシンジャー語録 Quotes of John Schlesinger

「でも、私は決していい役者じゃなかったよ。もし私が自分の演技を見たら、絶対に私の作品にはキャスティングしないね」
「くだらないのは、英国の俳優には“メソッド”がないと思われていること。とんでもない。私達英国人は、ただ“メソッド法”なるものに対して冷静なだけさ」
「まあ、映画を監督するってことは、日中の光に別れを告げ、長い長い間世界の外をさまようようなもんだね」


●フィルモグラフィー Filmography

2000年「2番目に幸せなこと」(監督)
1997年「スウィーニー・トッド」(監督)
1996年「レイジング・ブレット/復讐の銃弾」(未公開)(監督)
1995年『Cold Comfort Farm』(テレビムービー)
1993年「愛の果てに」(監督)
1992年『A Question of Attribution』(テレビムービー)
1990年「パシフィック・ハイツ」(監督)
1988年「マダム・スザーツカ」(監督&脚本)
1987年「サンタリア・魔界怨霊」(監督&製作)
1985年「コードネームはファルコン」(監督&製作)
1983年『An Englishman Abroad』(テレビムービー)
1983年『Separate Tables』(テレビムービー)
1981年「フロリダ・ハチャメチャ・ハイウェイ」(未公開)(監督)
1979年「ヤンクス」(監督)
1976年「マラソン マン」(監督)
1975年「イナゴの日」(監督)
1973年「時よとまれ、君は美しい/ミュンヘンの17日」(監督)
1971年「日曜日は別れの時」(監督)
1969年「真夜中のカーボーイ」(監督)
1967年「遥か群衆を離れて」(監督)
1965年「ダーリング」(監督)
1963年『Billy Liar』(未公開)(監督)
1962年「或る種の愛情」(監督)
1961年『Terminus』(ドキュメンタリー未公開)(監督)
1960年『Winston Churchill: The Valiant Years』(テレビシリーズ)
1958年『Monitor』(テレビシリーズ)

彼の1997年の監督作品「スウィーニー・トッド」が、スティーヴン・ソンドハイムの手によってミュージカル化されたのですが、このミュージカル版「スウィーニー・トッド」が、ティム・バートン監督とジョニー・デップのコンビで映画化されたことは、まだ記憶に新しいことと思います。紆余曲折を経て再びスクリーンに復活したシュレシンジャーの作品。完成した映画は、シュレシンジャーが目指した陰鬱な雰囲気と、バートン監督ならではの捩れた感性が合体した、実に興味深いできあがりでした。

シュレシンジャーの遺した作品群は、前述したように、社会からはじき出されてしまった孤独な人々の姿を通じて人間の本質に迫ろうとする姿勢が貫かれております。1960年代に相次いで発表された秀作ドラマ然り、あるいは低迷期に製作された作品「コードネームはファルコン」然り。“夢の国”アメリカを舞台に、その巨大国家の抱える歪みをシニカルに捉える視点も明らかですが、しかし彼の作品で描かれるのはあくまでも人間そのもの。彼の興味と創作意欲の原点はやはり、哀しいサガを持つ人間観察に尽きると思いますね。それはなぜか。彼自身がマイノリティに属しているという認識があったからでしょう。これは私の想像ですが、シュレシンジャーは映画を撮ることで、彼自身のアイデンティティの行方を探っていた可能性もありますね。彼の作品を観ていると、そんな感慨も沸きます。

となると、一般的な批評では“シュレシンジャーが己の名声に自ら終止符を打った”という(苦笑)最後の監督作品「2番目に幸せなこと」が、意外にも彼にとっては大切な作品だったのではと思うのです。

「2番目に幸せなこと(The Next Best Thing)」(2000年製作)
監督 :ジョン・シュレシンジャー
製作 :レスリー・ディクソン他。
脚本 :トム・ロペレフスキー
音楽 :ガブリエル・ヤレド
主題歌:マドンナ 「アメリカン・パイ」
撮影 :エリオット・デイヴィス
編集:ピーター・ホーネス
出演:マドンナ(アビー・レイノルズ)
ルパート・エヴェレット( ロバート・ウィタッカー)
ベンジャミン・ブラッド(ベン・クーパー)
マルコム・スタンプ(サム)

ヨガのインストラクターのアビーは、子供を産む覚悟で交際していた相手と辛い別れを経験した。ゲイのロバートも近しい友人をエイズで亡くし、失意に沈んでいた。男運のないアビーと女に興味のないロバートは、昔からなぜか波長の合う親友同士。当然のように2人で酒を浴びるように飲みながら慰め合ううち、酔っ払った勢いで一夜を共にしてしまった。ところが、これが大当たりでアビーは妊娠。堕胎はしたくないアビーは、苦肉の策を思いつく。“親友”関係のまま、ロバートと2人で協力して子供を育てるのだ。もちろん対外的にはアビーはシングルマザーとなる。
こうして誕生した息子サムは6歳になった。アビーもロバートも、互いの生き方に干渉せず、また曲げることもなく、彼らなりのやり方で精一杯の愛情を息子へ注いでいた。そんな、完璧ではないかもしれないが平穏な生活は、“不思議な3人の家族”にささやかな幸福をもたらしていたのだが。
ある日アビーは、N.Y.の銀行投資家ベンと電撃的な恋におちた。そうなると事態はややこしくなる。アビーは彼ときちんとした結婚式を挙げ、入籍もし、サム共々N.Y.へ引っ越したいと願うようになる。だがサムを手放したくないロバートはもちろん反対。アビーがサムを連れてベンの元へ去ると、ロバートは養育権をめぐって裁判を起こす決心をする。だが、希望を持って新生活を始めたはずのアビーの方も、不思議な均衡が保たれていたロバートとの心穏やかな生活をなつかしく思い出すようになった。6年間“パパ”と一緒に暮らしたサムも、ロバートを恋しがっている。喧嘩別れしたわけではない3人は、現実と理想の狭間で三者三様に悩む。かくしてアビーとロバートは、“親友”関係を保持したままわが子サムを養育するのかどうか、再び決断を迫られるのだった。
 −goo映画より抜粋

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あのマドンナが、歌わないごく普通のドラマで“女優”をやっていること自体で、既に酷評を受ける素地は出来上がっているようなもんですね(笑)。

まあ冗談はともかく、今作が酷評を受けた主たる原因は、とにもかくにも脚本が練りこまれていないことに尽きます。ゲイの男性とストレートの女性の間に子供が出来るというドタバタコメディ的要素、一転して、映画後半に展開される子供を巡る親権争いというリアルな設定、その過程で明らかにされる同性愛への世間一般の偏見といったシリアスなタッチ…。描こうとするテーマが多すぎ、結果として作品の焦点がぼやけてしまうわけですね。今作をより良くするためには、テーマをどれかひとつに絞るべきだったのでしょうが、私自身は、このつたない脚本をそのままの形で手がけようと決意したシュレシンジャー監督の気持ちを汲んであげたい。
監督自身のアイデンティティの根幹を成すものが“ゲイ”というマイノリティー意識であるならば、この映画はこういう形で演出されるべきだったのかなあとも思うのです。ゲイだのストレートだのといった認識は、いわく名状し難いあやふやなもの。はっきりとした境界線があるわけでなし、どちらがいいの悪いのと論争するだけ無駄な気もします。同じように、個々の人間関係が混沌としている現在では、家族の形態も様変わりし、従来のモラルでは推し量れなくなってもいますよね。今作のアビーとロバートのように、結婚もしない親友同士のまま共同生活をし、1人の子供の養育を分担するといった家族も大いにありうるでしょう。
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それに、監督が「真夜中のカーボーイ」「日曜日は別れの時」等の名作を連発していた時代とは、マイノリティーの社会における立ち位置も変わりました。マジョリティーとマイノリティーの間には依然として深い溝があるにせよ、両者の関係性には昔とは違った側面が生まれているのは確かです。2つが曖昧に混じりあった結果、新しく生まれたカオスとでもいうのか。また、そのカオスが逆に社会に結構な影響を及ぼしていることもあるでしょう。監督は、そんな現状をアビーとロバート、サムの関係を通じて、やんわりと描いてみたかったのではないでしょうかね。あるいは、「真夜中のカーボーイ」から何年もの時を経て、監督自身のゲイに対する認識がどのように変遷したか。今作は、監督の長い長いアイデンティティ追求の旅の末に出た解答であるように感じます。
ゲイであれストレートであれ、“家族”を大切に思う気持ちに違いはないはず。愛の形がどうあれ最終的に私たちが帰結してゆくものは、結局のところ、家族のような人と人との絆であろうと思われます。このドラマでそんなシンプルな結論に到達した監督の魂が、少しでも安らかなものであったらいいと願わずにはいられませんね。

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「2番目に幸せなこと」演出中のシュレシンジャー監督。


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