House of M

アクセスカウンタ

更新情報

zoom RSS 「セントルイス銀行強盗 The Great St. Louis Bank Robbery」

<<   作成日時 : 2015/08/30 10:00   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

俺は悪魔なんかじゃない…みんな俺を誤解してるんだ…あの銃撃をやめさせてくれ!

「セントルイス銀行強盗 The Great St. Louis Bank Robbery」(未)(1959年製作)
監督:チャールズ・グッゲンハイム&ジョン・スティックス
製作:ジェーン・ブリッジス他。
製作補:リチャード・T・ヘフロン
脚本:リチャード・T・ヘフロン
撮影:ヴィクター・ダンカン
出演:スティーヴ・マックィーン(ジョージ)
クラハン・デントン(ジョン・イーガン、ボス)
デヴィッド・クラーク(ジーノ、アンの兄)
ジェームズ・デュカス(ウィリー、ドライヴァー)
モリー・マッカーシー(アン)
ラリー・ガースト(エディー)
マーサ・ゲイブル(エディーの妻)
ボイド・ウィリアムズ(銀行支配人)他。

小さな町にある4つの銀行をターゲットに着々と計画を進めている強盗団がいた。メンバーは、このヤマを最後に引退しようとしていたジョン・イーガンをボスに、イーガンの長年の腐れ縁の連れである太っちょのウィリー、刑務所入りを逃れるため、高額の弁護士費用を早急に必要としていたジーノ、そして、ジーノがドライヴァー役に連れて来た大学時代からの親友ジョージである。特にジョージは、元々大学のフットボールの花形スターであったのだが、ある事件をきっかけに大学を追われる羽目になった過去を引きずっていた。彼も復学するための金を必要としていたのだ。また彼は、ジーノの妹アンの昔の恋人でもあった。イーガンは見ず知らずの若者を計画に引き入れるのをためらうが、彼にドライヴァー以外の役割もやらせることでメンバーにするのを了承した。
画像

ジョージは、アンから金を無心するようジーノに頼まれ、気が進まぬながら昔手ひどく捨てたアンに会いに行った。アンはなにもかもお見通しで、ジョージが今やジーノと同じ犯罪者への道を歩もうとするのを見て、激しく動揺する。
4 人のメンバーは、銀行の警備の概要を何日にも渡って調査し、強盗のシュミレーションを繰りかえし行うなど、綿密な準備を積んでいく。その一方でイーガンは、犯行計画を外部に漏らさぬようにするため、メンバー全員に女と関わり合うことを禁ずる。彼は幼い頃実の母親に虐待された記憶から、極度の女性不信に陥っていたのだった。彼は、若くてハンサムで頭の回転の速いジョージを気に入り、ウィリーに続く第2の右腕にしようと秘められた過去の経験まで話して聞かせる。ジョージの方は、いまだ犯罪者の仲間入りすることを迷っていたが、もう後戻りできないところまで深入りしていた。アンはそんなジョージに警告を発する。アンへの未練と犯罪に加担することへの自己嫌悪、金の誘惑の間で揺れ動くジョージ。しかし、イーガンの関心がジョージに移ったことを嫉妬するウィリーが、ジョージとアンの密会の現場を目撃し、それをメンバーにばらしてしまう。
画像

アンはジョージから、銀行強盗計画を警察に密告しないよう固く口止めされるものの、このまま黙っていられなくなる。彼女はある夜中、銀行の窓に口紅で“強盗が狙ってる、気をつけて”と落書きをするが、それを目ざとくイーガンに発見されてしまう。信頼していたジョージに裏切られたイーガンは怒り、ジョージとジーノを激しく恫喝する。そしてアンの処置と計画の変更を命じ、重要なドライヴァー役をウィリーに任すことになった。銀行内に押し入るのはイーガンとジーノ、ジョージは見張り役である。ジョージはいやおうなくイーガン達を連れてアンのアパートに向かった。そこで彼女に最後の別れを告げるが、シカゴに身を隠すという約束で引き離されたアンの方は、怒り狂ったイーガンに階段から突き落とされて死んでしまう。
彼ら4人は私情をいったん呑み込んで、新たな犯行計画をシュミレートする。そしていよいよ運命の決行日がやってきた。予定通りにサウスウェスト銀行に押し入る彼らであったが、計算よりも早く警察に通報されてしまい、計画が狂い始める。あっという間に銀行周囲を警官が取り囲み、非常事態には中にいる3人を援護射撃する予定だったウィリーは、さっさと車で逃げてしまう。それを見てパニックに陥ったジーノは地下の金庫に逃げる。彼は二度とムショには戻りたくないのだが、状況は絶望的だった。警察に捕らえられれば、今度こそ二度とムショから出られないだろう。彼は自分の拳銃を口にくわえて引き金を引く。イーガンは最後の手段で銀行の従業員を人質に取り、警官に包囲された銀行から出ようと試みるが、玄関のドアから出たところで狙撃され、息絶える。足を怪我してろくに動くことも出来なくなったジョージは、アンがイーガンに殺されたことを知って茫然自失となる。ついに1人ぼっちになってしまったジョージは、激しくなる警官からの銃撃に耐えきれず、泣き始める。銀行に来ていた客であるエディ夫妻を人質にとろうとするも、彼らの絆を目の当たりにしてその意気地も失ってしまった。投げ込まれた発炎筒に視界も朦朧としてくる。ジョージは今は亡きアンと神様に助けを求めながら、呆然としたまま警官に両手をとられ、そのまま護送車に放り込まれるのだった。
画像


よくドキュメンタリー・タッチの“アクション映画”とカテゴライズされていますが、実際のアクション部分はほとんどありません。むしろ、4人の男たちの強盗決行までの心の動き、各人の背負う運命、1人の女性の存在によって綿密に練ったはずの計画が崩れ、男たちの間に互いへの猜疑心が生まれる有様を淡々と追っていく要素が強いです。心理ドラマ的ノワール映画と評した方がよいでしょうね。肝心の強盗決行のシーンは確かに間が抜けていて、あれよあれよという間に警官に取り囲まれてしまったという印象を受けます。決行にいたるまでのプロセスが非常に細かかったために、却ってこのクライマックスでのシークェンスが雑に見えるのですね。しかし、このお話は実話に基づいているそうですから、実際の犯罪なんて案外こんなものかもしれませんけどね。あの名作「狼たちの午後」もそうでしたが、綿密に練り上げた計画であっても、それが人の道を反れる犯罪である限り、どこかで必ず綻びが生じるもの。人間のなすことに“完璧”はありえず、ましてや“完全な”犯罪などどこにも存在しないのだという、実に皮肉なオチが効いていますね。実話に基づくといえば、この作品には、実際の事件に遭遇した銀行員、顧客、警官が画面に登場しているそうです。結果オーライだったから良かったようなものの(実際の事件でも4人組は強盗に失敗している)、事件で死者が出たりしていればありえない配役ですよね。今観ても、当時の警察の対応はずいぶん乱暴なように感じます。銀行内に人質がいる状態にもかかわらず、外部から容赦なく銃撃を行っていますし、イーガンが人質を盾に脱出を試みても、危険を省みず彼に対して狙撃が行われています。あるいは、あれがアメリカでは一般的な対応なのかもしれませんが。
この作品の新味は、ごく平凡な若者…しかもフットボール選手として将来を嘱望されていた未来ある若者が、いったん嵌り込んだ犯罪の誘惑に打ち勝つことが出来ずに、結局は本当に大切なものを全てなくしてしまうという、まるでニューシネマ時代の映画のような突き放したタッチが映画を支配している点でしょうね。演じるマックィーンの顔がおぼこく、またジェームズ・ディーンほど深い闇を背負った風情でもないその程々に翳る雰囲気が、ジョージの平凡さを引き立てていました。だからこそ、強盗時における彼の苦悩と今更ながらの後悔の念が、非常に切迫したリアル感を以って伝わってきたのではないでしょうか。
犯罪に関わる4人の男達は皆、十把ひとからげに悪者扱いされているのではなく、それぞれに犯罪にすがらざるをえない暗い事情を抱えています。同情はしませんが、理解はできるような気になってくるのも面白い趣向です。この作品は、犯罪者側の心理や背景に則した映画ということで、やはり往年のフィルム・ノワールに近いスタンスを持っているでしょう。ボスのイーガンには、母親との壮絶な確執、その不幸きわまる死という深いトラウマがあり、それが本人の口から語られるシーンは痛ましいです。また、金を欲していたジョージを強盗団に引きずり込むジーノは、ジョージとは元々大学の知り合いだったという設定です。それが刑務所入りするまでに落ちぶれたということは、彼にも大きな挫折の経験があったのですね。いつも軽口を叩き、ジョージの兄貴面をしてマッチョぶる彼が、安モーテルの汚い洗面所の中で1人刑務所の妄想に囚われ慄くシーンが、その喪失の大きさを物語っています。彼には妹のアンがいますが、ジョージはかつてアンと恋人同士でした。彼らが再会するシーンの気まずい雰囲気で、ジョージが過去に何らかの事件にかかわり、大学を中退させられた折に、アンとも酷い別れ方をしたであろうことが察せられるようになっています。演出の妙を感じるのは、登場人物の抱える事情を直接台詞で説明するような野暮は犯さず、ましてやフラッシュバックで過去の出来事を映像にするような愚行も犯さず、ただ彼らが交わす視線や仕草、時間の経過と共に変化していく行動などで感じ取れるように作られていること。ですから、それぞれの役者の演技が重要になってくるわけですが、皆地味ながら適材適所の役柄で、健闘していたと思いますよ。
アンは、いまだ愛情を残しているジョージが、人生を棒に振ろうとしているのを見過ごせません。警察に知らせればジョージは刑務所入りしてしまうし、知らせなければあたら彼が兄と同じ道を辿るのを黙って見ていなければなりません。彼女の心中の苦悩たるや壮絶なものであったと思われます。アンに扮したモリー・マッカーシーは、犯罪者の妹として世間に負い目を感じながらも、ぐっと堪えて堅実に生きる女性を好演していました。ジョージの方も、ほんの軽い気持ちで大金を得られるとたかをくくっていたのでしょうね。当初は煙たいと感じていたアンの誠意に彼が気づくのは、強盗計画が無に帰し、全てが後の祭りとなったとき。
また、イーガンが、事件の真相を知ったアンの口封じを行う階段のシークェンスは、その前に語られた彼の母親の死に様と重なります。いわば、イーガンの過去の話が残酷な伏線になっていたわけで、なんともいえない後味の悪さですね。しかも、遅まきながらアンが最愛の人だと悟ったジョージが彼女の死を知るのは、強盗失敗が確定的となったまさにその時です。シビアな結末でした。
画像

人間関係の変化と強盗計画の進行が平行して描かれるこのスリリングなドラマは、なかなか面白い仕立てになっていますが、最も新鮮な驚きは、銃撃の音を聞いて震え上がり、“神様…”と頭を抱える可愛いらしい(笑)マックィーンの初々しさでしょう。初見のときは、冗談抜きで鼻血が出そうでした(爆)。マックィーンは1930年生まれですから、この映画の製作時には20代後半。さすがに若い。お肌なんかツルッツルで、大きな目はクリリンとして。大学を退学になって人生を誤ったという設定なので、そのまなざしに始終翳りが漂っています。それがまた、捨てられた小犬みたいな風情でしてね。アンのことでボスに問い詰められると、目を見開いて唇をちょっとすぼめる仕草をするのですが(彼のクセなんでしょうかね)、そのなんとも幼さを感じさせる表情が…。いやもうあなた、母性本能をくすぐるなんてものじゃありませんよ。ゲイのボスでなくてもムラムラしてしまいます(笑)。マックィーンの颯爽としたタフなヒーローというイメージが築き上げられるまでには、こんないたいけな時代もあったのですねえ。「荒野の七人」のときの彼もキュートでしたが、この作品のときは、役柄のせいもあってさらに純朴で傷つきやすいイメージが濃厚でした。
そう、今ボスがゲイだと書きましたが、この作品のもうひとつの新味はこれです。イーガンという男、過去がどうあれ女に対する敵意は異常です。それに、いつも連れている無能な太っちょウィリーとの関係も怪しい。劇中ではほのめかされる程度でしたが、明らかにイーガンは、ウィリーと若い頃からただならぬ関係にあったと察せられます。そんな彼が愚鈍なウィリーに飽き、どこか危険だが才気煥発でハンサムなジョージに熱い視線を向けるシーンは興味深いですね。計画が成就した暁には一緒にメキシコ旅行に行こうだなんて。おまけに、ウィリーの嫉妬のすさまじいこと。ねっとりとねめつけるようにジョージの行動を監視し、隙あらば追い落とそうと付きまとうのです。この映画が製作された当時(1959年)としては、かなり挑発的な演出であるように思いました。

セントルイス銀行強盗 [DVD] FRT-229
ファーストトレーディング
2006-12-14

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ



にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

にほんブログ村

「セントルイス銀行強盗 The Great St. Louis Bank Robbery」 House of M/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる