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zoom RSS クローネンバーグは女優の敵か?Cronenberg vs. Actress

<<   作成日時 : 2016/02/18 18:42   >>

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クローネンバーグという人は、自作の主演俳優とは緊密に過ぎるほどの協力関係を結びます。

キャラクターの造形に深みを持たせるためですが、それ以上に、クローネンバーグ監督作品の主人公とはすなわち彼のアルターエゴなのです。つまり主演俳優は、ただ単にその作品の主役に扮するだけではなく、監督の人格の一側面をスクリーン上で生きることになるわけで、自然と俳優と監督の間の距離は近しいものになっていきます。言ってみれば、主演俳優と監督が映画の中で精神的な融合を果たしているようなものですね。結果として、俳優は監督によって最高の演技を引き出されることになります。

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(画像は、2008年ローマ映画祭における回顧展に出席した際のもの)

では、女優さんとクローネンバーグの関係はいかがなものなのでしょう。

…実はこれがですね、結構な難題なんですよ(笑)。諸作品を観直しても、監督にとって、映画の中のヒロインの位置づけがいかなるものであるのか、よくわからない場合があるのです。それでは、クローネンバーグ監督作品に出演してきた、歴代の勇気ある(大笑)女優たちを振り返ってみましょう。

「ラビッド Rabid」(1977)ではマリリン・チェンバース Marilyn Chambers(元ポルノ女優だったそうです)。
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「ザ・ブルード The Brood」(1977)ではサマンサ・エッガー Samantha Eggar(他の出演作に「コレクター The Collector」など)。
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「ヴィデオドローム Videodrome」(1983)ではデボラ・ハリー Debbie Harry(ご存知元ブロンディ Blondieのヴォーカル)。
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「スキャナーズ Scanners」(1981)ではジェニファー・オニール Jennifer O'Neill(他の出演作に「おもいでの夏 Summer of '42」など)。
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「ザ・フライ The Fly」(1986)ではジーナ・デイヴィス Geena Davis(他の出演作に「ビートルジュース Beetlejuice」「偶然の旅行者 The Accidental Tourist」など)。
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「戦慄の絆 Dead Ringers」(1988)ではジュヌビエーヴ・ヴュジョルド Genevieve Bujold(他の出演作に「1000日のアン Anne of the Thousand Days」「愛のメモリー Obsession」など)。
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「裸のランチ Naked Lunch」(1991)ではジュディ・デイヴィス Judy Davis(他の出演作に「インドへの道 A Passage to India」)。
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「クラッシュ Crash」(1996)ではデボラ・(カーラ)・アンガー Deborah Kara Unger(他の出演作に「ゲーム The Game」)...
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ホリー・ハンター Holly Hunter(他の出演作に「ピアノ・レッスン The Piano」「赤ちゃん泥棒 Raising Arizona」)...
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ロザンヌ・アークェットRosanna Arquette (他の出演作に「グラン・ブルー Le grand bleu」)
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「イグジステンス eXistenZ」(1999)ではジェニファー・ジェイソン・リー Jennifer Jason Leigh(他の出演作に「ブルックリン最終出口 Last Exit to Brooklyn」など)。
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「スパイダー Spider」(2002)ではミランダ・リチャードソン Miranda Richardson(他の出演作に「クライング・ゲーム The Crying Game」「ダメージ Damage」「ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー Dance with a Stranger」など)。
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「ヒストリー・オブ・ヴァイオレンス A History of Violence」(2005)ではマリア・ベロ Maria Bello(他の出演作に「プリズナーズ Prisoners」「ザ・ダーク The Dark」など)。
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「イースタン・プロミス Eastern Promises」(2007)ではナオミ・ワッツ Naomi Watts(他の出演作に「マルホランド・ドライヴ Mulholland Dr.」「21グラム 21 Grams」など)。
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「危険なメソッド A Dangerous Method」(2011)では、ご存知キーラ・ナイトレイ Keira Knightley兄貴。
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…なんと言いますか、ぱっと見た瞬間、いかにも芯が強そうで信念がある代わりに情念も濃いように感じられる女性を起用する傾向がありましょうか。 クローネンバーグは必ずしも、フェミニンな雰囲気の女優や、わかりやすい色気を持つ女優を好んでいるわけではなさそうです。それに、没個性的な美貌ではなく、一癖も二癖もありげなオーラを漂わせる、強い印象を受けるルックスだとも言えますね。ジェニファー・オニールのように、頬骨が高く、目鼻立ちもはっきりと自己主張する硬質な印象の女優、もしくは、ジュヌビエーヴ・ヴュジョルドやホリー・ハンターのようなファニー・フェイス・タイプ、ミランダ・リチャードソンに代表される捩れたセンシュアルを持つ女優…。皆さん、一筋縄ではいかない方々ばかり。もちろんその外見だけではなく、彼女たちはクローネンバーグの要求するリスキーな演技表現にも、果敢に挑戦しています。それ故彼女たちヒロインもまた、クローネンバーグ映画の中で嫣然と咲くあだ花になっていると思いますよ。ええ、彼女たちは決して主役の添え物的存在では終わっていません。

クローネンバーグは、特に初期の作品群の中では、“女性性への根源的な恐怖心から生まれる、女性への畏怖・嫌悪の感情”を隠すことなく表現してきました。彼が選ぶヒロインたちは程度の差こそあれ、映画の中では、彼のアルターエゴたちの運命を狂わせていく役割を担っています。「ラビッド Rabid」や「ザ・ブルード The Brood」のヒロインは、自らの狂気でもって積極的に男どもを引き摺り回しましたし、はたまた「ヴィデオドローム Videodrome」や「戦慄の絆Dead Ringers」、「裸のランチ Naked Lunch」、「スパイダー Spider」等のヒロインは、影法師のように男たちの運命の傍に寄り添い、無意識のうちに彼らを破滅へと誘惑していきました。…これは果たして、クローネンバーグの嫌悪の表現であるのか、それとも逆説的に彼の中に隠された女性への願望を暗示しているのか、その境界線は極めて曖昧だと言わざるを得ませんね。

実は彼は、「ザ・ブルード The Brood」(1981年)製作中に離婚を経験しております。娘の親権をめぐり、元妻と泥沼の離婚劇を繰り広げたとか。その頃のインタヴューでも、“許されるなら前妻の首を絞めてやりたい”と口走るほど(苦笑)。ですから「ザ・ブルード The Brood」を含むこの前後の作品群では、とくにヒロインの描写が厳しく痛々しいですね。

「ラビッド Rabid」では、交通事故によって人工皮膚移植を受けた女性が怪物化していきます。腋の下にペニス状の突起が生え、そこから他人の血を吸うようになるのです。襲われた人はみな狂犬病のような症状を発病。そしてその現象は、止めようもなくコミュニティ全体に広がっていくのですね。いわゆるゾンビの別バージョンのような作品ですが、アイデアが奇想天外。腋の下にペニスですよ(笑)!

容赦なき女性キャラクターへの断罪描写は、「ザ・ブルード The Brood」では一際ひどくなります。精神科医の、ある秘められた研究の実験台になっている女性患者。精神科医は、人間の持つ怒りなどの強い感情を、実際に身体上に具現化するという研究に没頭しています。彼女の身体にはやがて醜い腫瘍ができ、そこから異形の赤子をぼとぼとと産み落とすようになってしまいました。それこそは、彼女が内に秘めていた激しい憎悪の化身。彼らは、制御のきかなくなった女性の怒りの向くまま、夫や最愛の我が子をも襲うようになります。…劇中、生まれたばかりの怪物の胎児を、女性患者(サマンサ・エッガー Samantha Eggarが演じます)ヒロインが犬のようにべろべろなめてきれいにするシーンがあるのですが、さすがに…、クローネンバーグ信者の私ですら“やめてくれーっ”と叫びたくなる痛々しさでありますよ(笑)。まあね、この辺りのヒロインの描写というのは、クローネンバーグの元妻への怨念が具現化したものだと容易に察せられますわね。おそらく彼にとって、主人公の男たちは皆、自分の孤独や哀しみを代弁する存在であり、ヒロインたちは自分の怒りや嫌悪といった負の感情を体現する存在であったのでしょう。

その後、彼も無事ソウルメイトと出会って再婚し、一緒に映画製作を行うまでになりました。娘のカッサンドラさんは、「裸のランチ Naked Lunch」以降父親の作品で助監督を務めています。まさに彼の映画製作は、ファミリービジネスの様相を呈するようになり、またそれがその後の製作面においても良い方向に作用していると思いますね。「ザ・フライ The Fly」辺りから、女性に対する辛らつな描写も和らいできましたし。まあ、あくまでも“クローネンバーグにしては”というレベルなんですが。

ヒロインの描き様に、クローネンバーグの個人的な悪意が多々見受けられるというわけで、彼はひょっとして同性愛的嗜好、あるいは強いゲイネスを持っているのではないかと言われた時期もあります。でも、それはどうかしら。彼の作品で描かれる男たちは、それぞれ立場は違えども皆一様に孤独なのです。女が嫌いだから男に慰めを求めるとかいう、単純な話ではありません。彼らは己の欲求を満たすために禁じられた道を突き進んでしまった結果、あるいは望んでもいない力を得てしまった結果等、様々な理由によって、自分の周囲から一切の人間を排除せざるを得なくなるのです。たとえ自分が大事な人とつながっていたいと切望していても。その姿を観ている私たちは、それを愚かだと笑うことは出来ないはずです。なぜなら、その愚かな姿は私たち自身にもあてはまることですから。

むしろ、私が個人的に興味深いと感じているのは、「イグジステンス eXistenZ」以降、クローネンバーグの女性への視線が明らかに変化したことですね。“辛らつでなくなった”というだけでは説明できない変化が、特に最近の作品に顕著なのです。たぶんね、クローネンバーグ自身の映画への対峙の姿勢が変わったせいだと思うのですよ。主人公の主観のみで描かれていた極めて私的でミクロな世界観が、一般性を持って一気に広がり、より高次の視点を獲得しました。転機となった作品はおそらく「スパイダー Spider」ですね。

その結果、映画に登場するヒロインは、クローネンバーグが本質的に最も怖れるシロモノ…すなわち“子宮 uterus”を象徴する存在ではなくなりました。彼女たちは、彼が無意識のうちに女性に求めている“母性 motherhood”を内包した、精神的に非常に自立した個として描かれるようになったのです。クローネンバーグの女性観はようやく、“血なまぐさい理解不能な化け物”というレベルを脱しました。クローネンバーグ監督の古参のファンの方々や、女性の観客の中には「ヒストリー・オブ・ヴァイオレンス A History of Violence」において、クローネンバーグの女性性へのロマンティックな幻想に違和感を覚えた方もいらっしゃったとは思いますが、そんな事情ですので、どうか大目にみてやっていただきたいと願うわけです(笑)。

そして、「マップ・トゥ・ザ・スターズ Maps to the Stars」 (2014)における2大ヒロイン、落ち目の中年女優ハヴァナ(ジュリアン・ムーア Julianne Moore)と精神病院帰りの女性アガサ(ミア・ワシコウスカ Mia Wasikowska)という、クローネンバーグ映画史上最強の、そして最高の(冗談じゃなくて本気で書いてます)女性キャラクターが完成しました。

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クローネンバーグ監督の作品において、主役になることがほとんどであった男性キャラクターは、かなり早い時期から雛形が完成し、時代を下るにつれて彼らの表現方法が洗練されてきたとはいえ、基本的にはクローネンバーグ監督の精神の中の繊細な部分を代弁するアルターエゴであるという公式から逸れることはありませんでした。しかし、若い頃の監督が苦手としていた女性キャラクターの表現が、この作品においてはついに男性キャラクターのそれを上回ったと確信しています。ただ単に綺麗なだけではない、ただ単に奇抜だというわけではない、彼女の背後に長い歴史も深い物語も隠されたことがよく伺える、複雑で魅力的なヒロイン像が、この作品でようやく完成をみたのです。初見時、特にミアが演じたアガサ役は、昔ならハンサムで線の細い監督好みの俳優さんが演じていただろうキャラクターですね。今作のアガサは、監督のアルターエゴの役割を担っていました。この事実自体が、私にとっては大変興味深いことです。


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