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zoom RSS 潜行する自我―「戦慄の絆 Dead Ringers」

<<   作成日時 : 2016/02/16 17:25   >>

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デイヴィッド・クローネンバーグ監督のキャリア上、欠くとこの出来ない重要な位置を占めるサイコ・スリラー作品「戦慄の絆」。1988年に製作・公開されたこの作品のデジタル・リマスター版が、2008年4月25日に新たに発売されることになりました。
これはきっと、新作「イースタン・プロミセズ」で主演のヴィゴがオスカーにノミネートされた効果だと勝手に判断しています(嬉)。従来のDVDバージョンでは、この作品のイメージを決定付ける重要な要素たる色―血のような赤色と深海の底の様な群青色―の対比があまりうまく出ていなかったのですよね。デジタル処理を施された画像では、夢の中の出来事のような一連の映像の魅力が取り戻されていました。

以下、以前に書いた記事の加筆・修正です。

1986年「ザ・フライ The Fly」が世界的に大ヒットし、一躍メジャー監督の仲間入りを果たしたクローネンバーグ。テクノロジーを過信する人間の末路を冷徹に描くことによって、人間の暗部を余すところなくカメラの前に暴いてきた彼は、一旦このテーマにピリオドを打ちます。
1988年に発表された「戦慄の絆」では、主演に英国の演技派ジェレミー・アイアンズを迎え、これまでとは趣を異にする心理サスペンスの体裁がとられています。 実はこの作品は、バリ・ウッド、ジャック・ギースランド共著「Twins(原題)」を原作に頂いたもの。小説は、実際に起こった一卵性双生児の医者の怪死事件にインスパイアされて創作された小説で、かつて日本でも早川書房から出版されていました。クローネンバーグの映画版では、さらにその事件の解釈を一歩押し進めて、人間の業の深さ、癒されることのない孤独感や喪失感にまで迫る内容となっています。

「戦慄の絆 Dead Ringers」(1988年製作)
監督:デヴィッド・クローネンバーグ David Cronenberg
製作:デヴィッド・クローネンバーグ
原作:バリ・ウッド&ジャック・ギースランド「戦慄の絆 Dead Ringers」
脚色:デヴィッド・クローネンバーグ
撮影:ピーター・サシツキー
音楽:ハワード・ショア
出演:ジェレミー・アイアンズ(ビヴァリー&エリオット・マントル)
ジュヌヴィエーヴ・ビジョルド(クレア・ニヴォー)
ハイジ・フォン・パレスケ(ケアリー)
スティーヴン・ラック(アンダース・ウォラック)他。

カナダのトロントで産婦人科医院マントル・クリニックを開業している、一卵性双生児のエリオットとビヴァリー。兄のエリオットは社交的で野心家、遊び人。弟のビヴァリーは内向的で繊細、物静か。性格は対照的だが幼い頃から片時も離れず、なにごとも二人で協力して行ってきた。そう、時には恋人を共有することまで…。
ある日、クレアという女優がクリニックを訪れ、エリオットが診察にあたる。彼女の子宮は3つの小部屋に分かれているという奇形であった。子供をもつことは叶わないことをクレアに告げるエリオット。彼は嘆き悲しむクレアとベッドを共にする。もちろん女優相手に遊びのつもりで。
翌日クレアはクリニックを訪れ、弟のビヴァリーをベッドに誘う。子供を持てぬショックから、自分の乱れた性生活をビヴァリーに懺悔する彼女。彼女はエリオットとビヴァリーが双子であることを知らないのだ。二人は関係を結び、ビヴァリーは初めてこの事実を兄に秘密にしておくことにする。 クレアとビヴァリーの蜜月はしかし、長くは続かなかった。ついにクレアがビヴァリーの兄エリオットの存在を知ったからだ。双子に弄ばれたと錯覚した彼女は、ビヴァリーの元を去っていく。
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クレアを純粋に愛していたビヴァリーは絶望し、様々なドラッグに手を出し始めた。精神を蝕まれ、クレアに縋り付くビヴァリー。彼女の元で一度は快復しかけたものの、クレアが撮影で国外ロケに発ってしまうと、たまたま電話に出た彼女のマネージャーを浮気相手と勘違いしたことも重なり、再びドラッグに溺れる生活へ。 とうとう倒れてしまったビヴァリー。エリオットの献身的な介護で一命は取り留めるものの、完全に妄想のとりことなってしまう。特注で奇妙な形の手術器具を作り、ハイになったまま執刀していた患者の身体を傷つける騒ぎを起こす。
しかし、ビヴァリーの苦悩もクレアの帰国によってようやく安寧する。クレアと一緒に暮らし始めて兄エリオットと距離を置き、医者の仕事からも離れ、少しずつ自分を取り戻していく彼。
ところが今度は、魂の片割れを失うことを恐れた兄エリオットが精神のバランスを失い始める。いつも一緒だったビヴァリーがいなくなることへの底知れぬ恐怖。エリオットが精神を病んでいくのを見かねたビヴァリーは、クレアが止めるのを振り切ってついに最後の悲劇へと引き寄せられていく…。
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性格も真反対で、それぞれに確固としたアイデンティティを持つかに見えた双子。ところが二人の間に別の人間が入り込んだことによって、目に見えぬ絆がお互いの魂に食い込み、決して離れられなくなっている事実に気付かされることになるのですね。
内向的でおとなしい弟から見た兄は、いつも華やかで頼るべき存在だったはずです。しかし、弟の不在に狂いすべてを失ってしまった兄の姿は、病んでいた弟の姿そのもの。自宅に閉じこもりゴミや汚物にまみれたまま、弟が戻ってくるのを待っていた兄。対面した弟は、兄の狂気に引きずられるように自らも最後の砦を手放し、兄と二人きりで過ごすことを選んでしまいます。「ザ・フライ」では人間の遺伝子と蠅の遺伝子が融合したわけですが、ここでは双子の兄弟の精神世界が共鳴するというわけです。
二人はすべてにおいて融合することを望み、家の中で同じ服を着、同じ行動をします。そして二人の誕生日を腐ったケーキで祝って…。
「絆を断ち切ってあげるよ」…これは兄の言葉か、それとも弟か。もうどちらかわからなくなっています。それは兄の希望だったのか、それとも弟の希望だったのか…。朽ちかけた手術台の上で、一方が一方の裸にいとおしげに手を這わせます。手には怜悧に光るナイフを持って。
このクライマックスのシーンでは、押しつぶされそうな恐怖と狂おしい官能が同時に頂点を極めます。官能性というものが常に死と隣合わせにあることを嫌が上にも強調する映像でしたが、昔映画が公開された折には、双子の間の同性愛を暗示するニュアンスを指摘したレビューを見かけました。ですが彼らの結びつきは、おそらくもっと計り知れない深さを伴うものでしょう。どちらかの死をもってしか、別つことのできない絆であるのです。
一卵性双生児のアイデンティティの喪失を丹念に描き、この作品はクローネンバーグの新境地を開拓したと評価されました。人間の内面を表に晒すのではなく、深層心理の不条理を内に内に求めていくこと。不条理をそのまま自身の中に取り込んでいくこと。 第三者を介して初めて理解した己の深層心理を誰に突きつけるのでなく、自身が静かに受け入れていくまでの過程。この双子の心理の葛藤は、実はクローネンバーグ自身のものであったと推察します。

また、映像にも従来の作品とは異なるトーンが与えられています。内臓をさらけ出すような露悪趣味的表現ではなく、人間の狂気をあくまでも象徴するシーン作りですね。
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たとえば、薬でハイになったままビヴァリーが手術しようとするシーンでの、真っ赤な手術衣、骨格のような奇天烈な形をしたメス、それを並べる真っ赤な台。それは手術というより、むしろこれから何かの悪魔的な儀式を執り行う準備のような異様な緊迫感が張り詰めます。あるいは、ビヴァリーとクレアのまるでSMプレイのような倒錯的な交わり。クレアが、ビヴァリーとエリオットの間をつなぐへその緒のような器官を歯で食いちぎるシーン。彼らの絆が悲劇的な方法で引き裂かれていくことを予言するかのような、悪夢のシーンでした。それら、精神が外気に晒されてひりつくような痛々しい描写は、まるで深海の底のような色調で統一された診療所内で進行する、いってみれば終わらない悪夢のようなものだったのでしょう。
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そういった意味で、「戦慄の絆」はクローネンバーグのキャリアのターニングポイントであります。これ以降、彼は自身のアイデンティティを現実的な触媒を介して追求していくことになります。あるときは作家の意識の流れ(「裸のランチ」)、またあるときは交通事故への妄執(「クラッシュ」)、精神異常者の心象風景(「スパイダー」)といったものです。 設定はいろいろなれど、奇想天外な虚構の世界を離れ、クローネンバーグの映画は私的要素が強いものになっていくのです。
この作品を製作する際、クローネンバーグは大手の製作会社の援助を受けることが出来ず、自力で資金調達を行わねばなりませんでした。一応製作国はカナダということになっておりますが、実際にはフランスの投資家が大きく絡んでいるらしいですね。また、この息苦しいまでの密室サスペンスの出来不出来は、ひとえに主役のマントル兄弟を演じる役者の技量にかかっていると言っても過言ではありません。予算の上限が厳しい関係もあって、クローネンバーグは、コストが低く、かつ演技の達者な俳優を探してこなければなりませんでした。ジェレミー・アイアンズは、すでに国際的に活躍するスター俳優ではありましたが、以前に一度だけこの企画に興味を示したことがありました。それを思いだしたクローネンバーグは自らロンドンに赴き、脚本を手渡して出演を説得したのだそうです。
苦労の甲斐あって、アイアンズはこの作品で目を見張るほどの1人2役演技を披露し、映画が第1級のサイコ・スリラー作品として高く評価される牽引力となりました。彼自身、この演技で1988年度のNY批評家協会から男優賞を授与されています。また、双子の“運命の女”となるクレアに扮したビジョルドも、容姿の衰えかけた初老の女の執念と哀れをにじませる演技が評価され、LA批評家協会から助演女優賞を授与されました。クローネンバーグ自身も監督賞に輝いていますね。
戦慄の絆 <デジタルリマスター版> [DVD]
東北新社
2008-04-25

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クローネンバーグの背後に佇む音―ハワード・ショア Howard Shore

映画「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズをご覧になった方なら、あの映像のバックで流れていた美しくも雄大な音楽を、ハワード・ショアという作曲家が手がけたことをご存知でしょうね。
あのスコアを聴くたびに映画の名場面が思い出されて泣けてくる、なんて人も多いと思います。実際、彼は同作でオスカー(オリジナル作曲賞)を得、名実ともに名作曲家と認知されることになりました。

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ハワード・ショア Howard Shore

1946年10月18日生まれ
カナダ、トロント出身


●フィルモグラフィー Filmography

2014年「マップ・トゥ・ザ・スターズ Maps to the Stars」
2014年「ホビット 決戦のゆくえ The Hobbit:The Battle of the Five Armies」
2013年「ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して Jimmy P: Psychotherapy of a Plains Indian」
2013年「ウルフ・オブ・ウォールストリート The Wolf of Wall Street」
2013年「ホビット 竜に奪われた王国 The Hobbit: The Desolation of Smaug」
2012年「ホビット 思いがけない冒険 The Hobbit: An Unexpected Journey」
2012年「コズモポリス Cosmopolis」
2011年「ヒューゴの不思議な発明 Hugo」
2011年「危険なメソッド A Dangerous Method」
2010年「エクリプス/トワイライト・サーガ The Twilight Saga: Eclipse」
2010年「復讐捜査線 Edge of Darkness」
2008年「ダウト〜あるカトリック学校で〜 Doubt」
2007年「イースタン・プロミス Eastern Promises」
2006年「ディパーテッド」
2005年「ヒストリー・オブ・バイオレンス」
2004年「アビエイター」
2003年「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」
2002年「パニック・ルーム」
2002年「ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔」
2002年「スパイダー/少年は蜘蛛にキスをする」
2001年「ロード・オブ・ザ・リング」
2001年「スコア」
2001年「ギャング・オブ・ニューヨーク」
2000年「ザ・セル」
2000年「ハイ・フィデリティ」
2000年「エスター・カーン めざめの時」
2000年「裏切り者」
1999年「グロリア」
1999年「アナライズ・ミー」
1999年「イグジステンズ」
1999年「ドグマ」
1997年「ゲーム」
1997年「コップランド」
1996年「好きと言えなくて」
1996年「素顔のままで」
1996年「リチャードを探して」
1996年「クラッシュ」
1996年「すべてをあなたに」
1995年「セブン」
1995年「ジャンクション」
1995年「判決前夜/ビフォア・アンド・アフター」
1995年「ムーンライト&ヴァレンチノ」
1994年「依頼人」
1994年「エド・ウッド」
1994年「ノーバディーズ・フール」
1993年「エム・バタフライ」
1993年「硝子の塔」
1993年「フィラデルフィア」
1993年「ミセス・ダウト」
1992年「キスへのプレリュード」
1992年「ギルティ/罪深き罪」
1992年「ルームメイト」
1991年「裸のランチ」
1990年「死の接吻」
1990年「羊たちの沈黙」
1989年「イノセントマン/仕組まれた罠」(未)
1989年「サインズ・オブ・ライフ」
1989年「シー・デビル」
1988年「OH!引っ越し」(未)
1988年「戦慄の絆」
1988年「ビッグ」
1987年「消えたセクシー・ショット」
1987年「ダイアン・キートンのウェルカム・トゥ・ヘヴン」(未)
1986年「禁じられた恋」
1986年「ザ・フライ」
1985年「アフター・アワーズ」
1983年「ミス・ユー/氷の接吻」(未)
1982年「ヴィデオドローム」
1981年「スキャナーズ」
1979年「ザ・ブルード」


ハワード・ショア氏の公式サイト Howard Shore Official Site: http://www.howardshore.com

「ロード〜」シリーズの「王の帰還」SEE版をお持ちの方は、ヘルム峡谷での戦いの後の宴のシーンを思い出してください。レゴラスとギムリが飲み比べするシーンで、杯を持って大笑いするおっさんが一瞬だけ映ります。それがショア氏ですね。 SEE版には、ショア氏が作曲を行う過程をドキュメンタリー風に追っている映像もあります。興味のある方はどうぞ。

ともあれ、「ロード〜」シリーズで一躍有名になった感のあるショア氏ですが、実はこの人はクローネンバーグと長い間仕事をともにしている、クローネンバーグ・ファミリーの一員なんですね。
初コラボレーションは、「ザ・ブルード」(1979年)から。以来ずっとコラボし続けてきて、その関係はアルフレッド・ヒッチコック監督とバーナード・ハーマンのそれにも例えられるほどなのです…。と言いたいところですが、実は関係が一度だけ決裂したことがあります。
1983年作の「デッドゾーン」ですね。初メジャースタジオによる製作、かつスティーブン・キング原作ものということで、クローネンバーグはそれまでとは立場が異なり、雇われ監督でした。 スタジオが音楽に関していちゃもんをつけてきたのが、ことの発端です。ショア氏はまだそのころ音楽家として全くの無名であったので、スタジオは名の売れた作曲家を使うよう要請。クローネンバーグはその申し出を拒否し、ショア氏を使うこともできたそうですが、あっさりスタジオの要求を呑み、マイケル・ケイメン氏に音楽をゆだねたのですよ。ショア氏、びっくりしたでしょうねえ…(苦笑)。
私個人の意見ですが、こと「デッドゾーン」に関する限り、音楽は明らかに映像から浮いております。初めて映画を観た時には、ショア氏のこともなにも知りませんでしたから、そんなには気にならなかったのですが、二度目以降は本当に耳障り。 クローネンバーグの映像はとても静謐で、しかも最初から最後まで緊張感が張り詰めています。なので、音楽が大きな音でジャジャーンと入ってくると、そこで緊張の糸が途切れてしまうのですね。ケイメン氏のスコアそのものは物悲しくも美しい、素晴らしいものでしたが、クローネンバーグの映像との相性は悪いといわざるを得ません。音も大きいし、鳴っている楽器の数も多すぎる。音の大きさに気をとられて、映像に集中できない瞬間が何度かあったのです。 「デッドゾーン」のスコアを高く評価し、クローネンバーグの音楽は別にショアじゃなくてもいいとする方もおられるでしょうが、果たしてどうでしょうか。
ともかく、その後「ザ・フライ」(1986年)から再び共に歩むことになった二人。クローネンバーグ独特の映像感覚を美しいスコアで陰ながら支える、よきパートナーとなりました。
二人のパートナーシップが揺るぎないものになったのは、おそらく次の「戦慄の絆」(1988年)だと思われます。 前作から一転して、見た目に派手な視覚効果を抑え、絶えずぎりぎりの緊張感を強いる寒々とした映像に、そっと寄り添うような甘美で静かなスコア。悲劇に引き寄せられる双子の兄弟の心理を見透かすように、鬱の海に沈んでいく錯覚さえ覚える楽曲群。 映像から漏れる物音と物音のすき間から、さざ波のように音楽が鳴り始める…。決して音が主張することなく、登場人物の心理の揺らぎを補足することに徹する…。
「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」の、ファラミアがオスギリアスへ突進していくシーンを覚えておられますでしょうか。ピピンがデネソールに請われて歌を歌いますね。まるで鎮魂歌のような悲しい歌声。しばらく彼の独唱が続いたあと、その声の消える後を追うように最小限の弦楽器が鳴り始めます。やがて、徐々に音を増やしながら、オーケストラによる鎮魂歌が画面に静かに広がっていきます。 私は、あのソリッドな音作りこそ、ショア氏の真骨頂だと思っています。音を引き算していく勇気。簡単そうでいてなかなかできないことだと思いますよ。

クローネンバーグも、「戦慄の絆」のスコアの出来には満足したようです。 実は「戦慄の絆」が公開されたとき、このサウンドトラックが発売されたら真っ先に買おうと意気込んでいました。ところが待てど暮らせど、サウンドトラックが出ない。発売元に怒鳴り込んでやろうかと思っていましたら、なんと映画が公開されて4年も経ってから、特別版のようなかたちで発売されました。
初期の作品「ザ・ブルード」と「スキャナーズ」の楽曲を含めた、「クローネンバーグ作品集」としてですね。初めて聴くことのできた楽曲があって、得をした気分になりました(笑)。 「スキャナーズ」はストレートな娯楽SF映画ですので、シンセやエフェクトを多用した、実験的要素が強いスコアでした。
もともとショア氏は、果敢に新しい要素を楽曲に付加していこうとする、チャレンジングなタイプの作曲だったのだと知って、意外に思ったものです。


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