「もうひとりの息子 Le fils de l'autre」Part1 (ストーリー)

“もう一人の僕へ。君は君が選んだ人生を成功させろ。僕は僕の選んだ道で絶対に成功してみせる”

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「もうひとりの息子 Le fils de l'autre」(2012年製作)
製作:ヴィルジニー・ラコンブ他。
監督:ロレーヌ・レヴィ
原案:ノアム・フィトゥッシ
脚本:ロレーヌ・レヴィ&ナタリー・ソージェン&ノアム・フィトゥッシ
撮影監督:エマニュエル・ソワイエ
音楽:ダフェール・ユーセフ
美術:ミゲル・マルキン
編集:シルヴィー・ガドメール
衣裳:ロナ・ドロン&ヴァレリー・アッダ
出演:エマニュエル・ドゥヴォス(母オリット・ジルバーグ)
パスカル・エルベ(父アロン・ジルバーグ)
ジュール・シトリュク(息子ヨセフ・ジルバーグ)
マハディ・ザハビ(息子ヤシン・アルベザズ)
アリーン・ウマリ(母ライラ・アルベザズ)
ハリファ・ナトゥール(父サイード・アルベザズ)
マフムード・シャラビ(ヤシンの兄ビラル・アルベザズ)他。

これだけ多種多様な生き物が生息しているのだから、地上から衝突や諍いが絶えることがないのは、仕方がないだろう。だが、憎むべきは戦争であって、人間であってはいけない。憎むべきは対立を生んだきっかけであり、相手の民族、国家などではない。しかし、湾岸戦争はもう起こってしまった事実であり、イスラエルとパレスチナは底なし沼のように深く、ワシの鉤爪より鋭く対立することになったのだ。

母国の建設に情熱を燃やすユダヤ人は、古代都市ヤッファに隣接する海沿いの砂丘を開拓し、すさまじいスピードで経済、文化の要地とした。彼らはやがて、アラビア人の町ヤッフォを吸収する形で一大都市テル・アヴィヴを作り上げたのだった。そして1948年5月14日、ついにテル・アヴィヴにおいてイスラエル国家樹立宣言を行う。ところがこのことが、第一次中東戦争の引き金となり、その後長く続くイスラエルとパレスチナの衝突のきっかけとなってしまった。

テル・アヴィヴにはイスラエル国防軍の本部がある。その国防軍が占領したパレスチナのヨルダン川西岸地区には高い壁が築かれ、イスラエル側とパレスチナ側を厳しく分断している。イスラエルからパレスチナへ入る際にも、またその逆の場合も、壁による“国境”を警備している国防軍の部隊に必ず通行証を見せねばならない。加えて、この通行証は国境警備隊から発行されるものであり、イスラエル軍の厳しい審査をパスしなければ所持できないことになっている。

この国境警備隊を束ねるのがアロン・シルバーグ大佐だ。フランス人の両親を持つ彼には、ユダヤ系フランス人である妻オリットがいた。彼女は精神科医としてテル・アヴィヴの病院で働いている。彼ら夫妻の長男ヨセフはミュージシャンになる夢を持ち、厳格な父親アロンとは何かとそりがあわない微妙な関係を保っている。だが18歳になったことを機に、ヨセフは父親と同じ軍に志願し、3年間の兵役につくことで、父親から認められようと決意した。ヨセフの裕福な友人たちの中には戦争を嫌い、兵役につくこと自体を拒む者もいるが、ヨセフは真剣に兵役検査に臨んだ。
ところがその数日後、母オリットにヨセフの血液検査を再度行う旨の通知が届く。アロンもオリットも血液型はAマイナスであるのに、ヨセフのそれはAプラスだったからだ。しかし、再度の血液検査の結果も同じであり、オリットは動揺する。同僚の医師ダヴィッドに勧められてDNA検査まで行ったが、結局分かったのは、ヨセフの血液型と夫妻のそれが違うこと、つまりヨセフは夫妻と血のつながりがない子供だという、信じられない事実だった。

オリットからそのことを伝えられたアロンはオリット以上に動揺し、彼女の不貞すら疑う。しかし身に覚えのない濡れ衣をオリットはきっぱり否定し、ヨセフを出産した当時に住んでいたハイファの病院にコンタクトをとった。だが、その病院から知らされたヨセフ出産にまつわる真実は、オリット、アロン夫妻をさらに驚愕させる内容であった。

18年前、湾岸戦争が始まったばかりのハイファでは爆撃が行われ、混乱の極みに達していた。新生児を預かる病院は、保育器に2人ずつ赤ん坊を入れて彼らを安全な場所に避難させる。オリットの赤ん坊も、もう一人の赤ん坊と一緒に無事に避難した。ところが、翌日オリットの手に戻されたのは、“もう一人の方の”赤ん坊だったというのだ。病院長は、ヨセフが生まれた当時の記録を辿り、さらにDNA検査を行った結果、ヨセフと同じ保育器に入っていたもう一人の赤ん坊ヤシンが、不幸な手違いにより、取り違えられてそれぞれの母親の元に戻され、18年間もそのままであった事実を認め、謝罪した。ヨセフは、当時オリットと同じ病院で出産したパレスチナ人女性ライラの息子であり、ライラとサイードのアル・ベザズ夫妻の息子として育てられてきたヤシンこそが、オリットとアロン夫妻の本当の息子であったのだ。

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軍人としてパレスチナと戦うことを仕事にしているアロンは、その場にいることに耐え切れず外に出て行った。それはパレスチナ人であるサイードとて同じこと。彼は優秀なエンジニアであるのに、イスラエルによってヨルダン川流域に築かれた高い壁のせいで在住する村から外へ出ることが叶わず、本来の仕事ができずにいる。今は村で車の修理をして食いつないでいるが、おかげで家族は苦しい生活を余儀なくされているのだ。それもこれも、憎っくきイスラエルがヨルダン川を制圧してしまったのが原因である。アロンがパレスチナを敵視する以上に、サイードのイスラエルへの憎悪は根深いといえるだろう。二人の父親が部屋を出て行ってしまっても、残された母親たちは違った。18年も経ってから知らされたあまりにむごい事実に打ちのめされ、涙しながらも、お互いの子供達を写した写真を見せ合い、真の我が子の無事な姿を確認し合い、お互いをこそ励ましあうように手をしっかりと握り合ったのだった。

ヤシンはライラとサイード夫妻にとって自慢の息子だった。3人の子供達の中の次男坊で、幼い頃からよく気がつき、両親を助け、学業ももちろん優秀。18年前、ハイファに住んでいた夫の姉夫婦を頼って無理をしてヤシンを出産し、その後はパリに移り住んだ姉夫婦にヤシンを預けてパリで高等教育を受けさせた。壁によって生活が苦しくなっても、村に病院を建てたいというヤシンの夢を手助けするべく、アル・ベザズ夫妻は懸命に次男坊のために頑張ってきた。それなのに。
いよいよ大学に進むためのバカロレア合格を手土産に、ヤシンが帰郷する。アル・ベザズ一家の中で唯一通行証を持つ彼を、壁の検問所まで迎えに行ったライラ。心の内の動揺を悟られぬよう、ライラはヤシンを暖かく出迎え、無理に明るく振舞う。しかしサイードの方は、青天の霹靂のような出来事の後、いざヤシン本人を前にしても平常を装うことは不可能だった。

片やシルバーグ家の中でも、ヨセフを前にして緊張感が張り詰めていた。ヨセフの兵役が却下された知らせが届いたからだ。ヨセフとヤシンの取り違えを認めたハイファの病院が、内務省にその旨を報告したため、パレスチナ人であるヨセフがイスラエル軍の兵役に就くことが出来なくなってしまったのが理由だ。しかし、真相を知らないヨセフは動揺する。兵役に就くことで、父アロンに一人前の男として認められようとしていたのに。逆上したヨセフは、国境警備の長であるアロンが裏で手を回したに違いないと言い募った。オリットはその様子を見て、ヨセフに取り違えの真実を伝えるべきだと決断した。アロンの制止を振り切ったオリットは、ヨセフに18年前の出生の秘密を明らかにする。戦時中という非常事態だったのだ、本来あってはならないミスであるけれど、誰を責めるわけにもいかない。だがヨセフにとってはそれどころではない。今の今までユダヤ人だと信じていた自らのアイデンティティが脆くも崩れ、一生縁はないと思っていた遠い彼の地パレスチナこそが帰るべき場所だと知らされたのだから。彼は放心状態で叫ぶ。「僕も自爆テロ用のベルトをつける!」

一晩中街をさまよったヨセフは、心酔するユダヤ教のラビに会いに行った。ヨセフはユダヤ人として、ユダヤ教徒として、これまで熱心にユダヤ教の教義に取り組んできた優秀な信者だった。今でも自分は立派なユダヤ教徒としての誇りと自覚を持っているつもりだ。だが、教義に照らしてそれは認められるのかどうか、確かめたかったのだ。ところが真実を知ったラビの返答は、手のひらを返したようにそっけなかった。母親がユダヤ人ではないヨセフは、誰よりユダヤ教について熟知していようとも、もはやユダヤ人ではない“外国人”だ。ユダヤ教に“改宗”しなければ、信者として認められない。対してヤシンのほうは、母親オリットがユダヤ人であるために、例えユダヤ教について何一つ知らなくとも、彼は自動的にユダヤ教徒として認められると。

怒りと困惑と悲しみに囚われたヨセフは、家族の日曜礼拝の日課も欠席する。もはや自分はユダヤ人ではないのだから、礼拝する義務もないはずだ。失われたアイデンティティを求めるように、ヨセフはパレスチナの実母ライラに会いたがった。ヨセフとヤシンには、実の両親に会う権利がある。荒れるヨセフの気持ちを思い、オリットはライラにそのことを伝えた。ぜひヤシンにも真実を知らせ、お互いに実の両親に会えるよう手配しようと。いまだヤシンに取り違えのことを打ち明けられないライラとサイード夫妻は、真相を明らかにするか否かで衝突した。シルバーグ家同様、アル・ベザズ家でも、父親は子供に真実を伝える勇気が持てず、母親の方は、潔く真実と向き合うべきだと主張したのだ。両親のただならぬ怒鳴り声に驚いたヤシンと兄のビラルは、とうとうヤシンの出生の秘密を知らされることになった。取り違えられた当人であるヤシンはただ静かに涙を流し、兄のビラルの方は、サイードと同じように真実に耐え切れず、怒りを露に部屋を飛び出してしまう。母親はただ黙って息子を抱きしめるしかなかった。

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嫌がるアロンの尻を叩き、アル・ベザズ家の一時通行証を発行させたオリットは、一家をテル・アヴィヴの自宅に招いた。サイード、ライラ、ヤシン、そして末の妹アミナが緊張した面持ちでやってくる。ビラルは同行を拒んだ。彼は頑なに真実を受け入れることを拒否していたのだ。ヨセフはアラビア語(パレスチナ公用語)で“ようこそ”と一家を迎え入れ、ヨセフの妹とヤシンの妹は同じ年頃の女の子同士、すぐに仲良くなった。初めて顔を見る真の我が子、そして真の両親。ぎこちない空気が支配する間を取り繕うように、オリットがヨセフの紹介を始める。本人は隠しているつもりだが、実は将来、ミュージシャンになるのが夢なのだと。それを聞いたライラは驚く。仕事はエンジニアだが、伝統的な楽器ウードの名手であるサイードには豊かな音楽の才能があったからだ。「きっとあなたの血なのよ」

両親達の気まずい雰囲気にいたたまれず、そこから逃げ出したヨセフとヤシンは連れ立って中庭に出た。なんといっても、取り違えの悲劇の最大の被害者は彼ら自身だ。真実を知らされたとき、どんな気分だった?「君と同じだと思うよ、たぶん」君は自分がパレスチナ人だと知って憎しみを感じた?「いや、全然」ユダヤ人だと知って絶望したかい?「僕はパリに住んでいるから、イスラエルとパレスチナの対立感情からは離れてるんだ」
家族に異変が起こったとき、おそらくどこの世界でも、父親という存在はうろたえ、厄介の種を余計に増やしてしまうものかもしれない。不用意にアロンが口にした「ヨセフは幸い、兵役には就かない」という言葉に鋭く反応したサイードが、ヤシンのためを思って蓋をしていた母国への愛情とイスラエルへの憎しみを露わにしてしまった。アロンはイスラエルの正当性を主張し、サイードはパレスチナへの不当な扱いを糾弾する。双方の妻が割って入らねば両者は殴り合いを始めていたかもしれない。
現実を受け入れられず、自らの殻に閉じこもっているのはビラルも同様だ。昨日まで“兄弟”であったヤシンを、今日は手のひらを返したように突き放し、その顔を見るのも嫌だと幼な子のように駄々をこねるビラル。「お前はユダヤ人なのだから“あちら側”に家がある。この家から出て行け」

取り違えられていた2人の息子達は、それぞれの家族が混乱する中、否応なく環境の変化に順応せざるを得なくなる。アロンが手配した1ヶ月の通行証のおかげで、ヨセフはヤシンをテル・アヴィヴに招待できるようになった。中東髄一の華やかな都会の喧騒に圧倒されながらも、ヤシンは、壁に阻まれてもう二度と海を見ることが出来ないラマラ在住の親戚のことをぽつりと漏らした。奇妙な運命のいたずらで偶然知り合った2人だが、戦争が2人の間に見えない線を引いていることを、忘れてしまうわけにはいかないのだ。その事実を前に無力な2人はうなだれる。
兵役に行く予定がなくなったので、ヨセフは仕方なくビーチでアイスクリーム売りのバイトをしている。しかし、見るからにやる気を欠いた投げやりな応対で、暑い夏の最中なのにアイスクリームはさっぱり売れない。見かねたヤシンが愛想よくビーチの女性達に近づき、ヨセフの目の前で鮮やかに売りさばいてみせる。2人は笑い転げた。「このバイトは君の方が向いてるよな」

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それ以来、ヤシンはちょくちょくヨセフを訪ねるようになった。そのたびにヤシンは、ヨセフがとっくに興味を失ったアイスクリーム売りに精を出す。そのわずかな日銭でも、ヤシンの家にとってはありがたい副収入になるからだ。サイードが働く場所を失った今、アル・ベザズ家の経済状態も苦しいことをヤシンは痛いほど思い知らされていた。検問所では既に、アロン・シルバーグ大佐の息子がよりによってパレスチナ人家庭の息子と取り違えられていた噂が、好奇心と皮肉と揶揄混じりに広まっていた。ヤシンが検問所で通行証を見せると野次を飛ばす兵士もいる。ヨセフにとってもヤシンにとっても、居心地の悪い状況は改善されなかった。

アロンとヨセフは、お互いに歩み寄る術を見失い、家庭内で冷戦状態が続く。一方アル・ベザズ家でのヤシンも、兄ビラルの敵意をむき出しにした拒絶に困り果てていた。働き口もなく、日がな一日イスラエルへの恨みを募らせるだけのビラルがヤシンに辛くあたるのも、そうした現状への鬱憤が溜まっているせいでもあった。母親ライラの手前、なんでもない風を装って受け流してはいるが、ヤシンがヨセフに会いに来るようになったのには、アイスクリーム売りのアルバイトを口実に居場所のなくなった自宅にいたくないという理由もあった。

ヨセフは、友人たちにヤシンを“パリにいる従兄弟”だと紹介し、友人の誕生パーティーに連れて行く約束をする。ヤシンはヨセフにシャツを借りるが、そのシャツ一枚の値段がパレスチナにいる人々の1か月分の収入に匹敵することを知ると、思わず皮肉を込めた言葉をヨセフに投げつけずにはいられなかった。だってそうだろう、もしも赤ん坊の取り違えが起こらなかったら、ヨセフの方が通行証を必要としていただろうし、パレスチナの家族のためにアイスクリーム売りのバイトに精を出していたのは、ヨセフの方だったかもしれないではないか。その運命の皮肉と、“壁の向こう側”の人々の生活レベルと“壁のこちら側”の自分達のそれが余りに異なっている現実が、ヤシンの心の中にもさざなみを立てた。ヨセフは思わず答える。自分の父アロンの息子に本当に相応しいのは、学業も抜群、質実剛健で穏やかな性格であるヤシンの方に違いないと。音楽を愛し、情緒不安定気味で男らしさに欠ける自分は、アロンのおめがねに適っていないと常々思い込んでいたヨセフのコンプレックスは、ヤシンを見て正しく証明されたようなものだ。

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ヤシンがヨセフに会いにきていると知らず、買い物から帰宅したオリットは、思いがけず自宅にヤシンの姿を見つけて激しく動揺する。本当の息子、愛しい我が子を抱きしめたい。自制を忘れて思わずヤシンに駆け寄ったオリットだったが、ヨセフが見つめているのに気付き、慌てて感情を抑えた。

ヤシンを受け入れられないビラルに、ライラは静かに諭す。18年間兄弟として共に過ごした時間は、何にも代えがたい大切な時間だったはず。医師免許をとったら兄弟で協力して病院を建てるという、彼らの子供の頃からの夢を思い出すのだと。どちらの家族を選択するのか、どちらの人生を選択するのかは、ヤシンの意思を尊重するしかないが、兄弟の絆は忘れないで欲しいと。一方ヨセフは、オリットに静かに訊ねる。「本当の息子を抱きしめたくないの?」オリットは涙ぐみながら、もちろんそうしたいと答えた。

ヤシンがテル・アヴィヴのビーチでアルバイトをしている間、ヨセフは一大決心をして、西岸地区のアル・ベザズ家を訪ねた。1人で“壁”の向こう側へ行ったことはない。生まれて初めて見るパレスチナ。テル・アヴィヴとは全く異なる風景。聞き慣れないアラビア語。しかし、あちこちから絶えず聴こえてくる美しい伝統音楽の旋律には一瞬で魅了される。やはり持って生まれた魂が呼応するのか、言葉の意味は分からずとも、その響きの美しさに、馥郁としたメロディに郷愁すら覚える。片言のアラビア語と“アル・ベザズ”という単語だけで、ヨセフは何とか近所の人たちにアル・ベザズ家まで連れてきてもらった。

アル・ベザズ家の方では、予期せぬヨセフの来訪に面食らう。しかしライラは顔をほころばせた。育った環境こそ違ってしまったが、ヨセフの魂がここに、帰るべき故郷に引き寄せられたことを確信したからだ。理屈ではない。ビラルの喜びも大きかった。なにしろ、ヨセフは幼くして亡くなった三男フィラズに瓜二つだったから。珍しい来客を見て物見高い近所の人たちが寄ってくるが、ビラルは“パリの従兄弟だ”と説明して追い払った。テル・アヴィヴではヤシンがヨセフの“パリの従兄弟”だったが、逆に西岸地区ではヨセフの方が“パリの従兄弟”になる。

アラビア語は分からないと困惑するヨセフに、ビラルは“僕の名前はユセフ、パレスチナのアラブ人だ”というアラビア語を覚えるよう強いた。お前の本当のふるさとはパレスチナなのだと。ビラルは、他人になってしまったヤシンへの愛憎入り混じる思いを断ち切るため、ヨセフこそが自分の真の兄弟だと自分に言い聞かせたかったのだ。しかし、人間の人格を形作るには、生まれ、血筋以上に育った環境こそが重要だとヨセフは指摘する。いくらアラビア人の血が流れていても、ユダヤ人として完成したアイデンティティを無かったことにはできない。そう、ビラルとの会話で、ヨセフ自身も自分の迷いを吹っ切ることができたのだ。自分の居場所はどこにあるのかという問いに、答えを出すことができた。そしてそれは、ビラルの弟ヤシンにもそっくりそのまま当てはまる答えでもあった。ヤシンの居場所もまた、彼が愛に包まれて育った環境の中にこそ用意されているのだ。ビラルは、自身の中に渦巻いていた渇望を思わず口にする。「俺も壁の向こう側を見てみたいんだ」ビラルもまた、彼の“居場所”がどこにあるか知りたがっていた。

サイードが帰宅した。本当の息子を出迎える心の準備など全くできていない彼は、ただヨセフの顔をまじまじと見つめるばかり。苦しい家計の中で奮発したライラの心づくしの食卓も、何不自由ない環境で育ったヨセフは「こんなにたくさん食べられない」と水を差してしまう。気まずい空気が流れた。ヨセフが両親に黙ってこちらに来たことをオリットに知らせるため、ライラが席を立った。ヨセフは唐突に、昼間耳にしたアラビア語の歌を唄い始める。サイードの血筋か、耳がいいヨセフは一聴しただけでその音楽をコピーすることができる。ライラが一緒に歌い始めた。つられてビラルも。母に促されてアミナが父のウードを持ってきた。狼狽えながらもウードを爪弾き始めるサイード。ヨセフの歌とライラ、ビラルの合唱、そしてサイードのウードの音色。メロディは調和し融合し、アル・ベザズ家の食卓を彩っていった。

すっかり夜も更けた。ヨセフはビラルに車で検問所まで送ってもらった。すっかり打ち解けた2人は、アロンに頼んでビラルのための通行証を発行してもらおうと話し合う。彼にも知る権利があるだろう、“壁の向こう側”を。アロンもオリットを車に乗せてヨセフを迎えに来ていた。通行証を持たないオリットを車に残し、アロンは検問所の部下達の好奇の視線を蹴散らす。高い壁のそばを1人で歩き、息子を出迎えた。そして、自分の気持ちに踏ん切りをつけるようにヨセフに語りかける。「お前はこれまでもこれからも私の息子だ」ヨセフは笑顔で頷いた。ヨセフがビラルを紹介すると、アロンはアラビア語で“ありがとう”と答えた。対してビラルはヘブライ語で“どういたしまして”と応じる。イスラエル人とパレスチナ人の小さな小さな交流がもう一つ芽吹いた。

アロンは無理を承知で、ビラルのための通行証を発行した。部下の1人はそのことに不満を抱き、上官であるアロンが宿敵パレスチナ人になびきかけているのではと、あらぬ疑いをかける。ヨセフとヤシンの取り違え事件は、アロンの職場での立場も苦しいものにしていた。イスラエルとパレスチナの対立は、骨の髄まで徹底しているのである。そこへ、サイードが検問所の手前までやってきて、シルバーグ大佐に通行証発行の礼を言いにきたと部下が報告に来る。アロンは慌ててサイードの後を追った。こうして、テル・アヴィヴのアロンの自宅で大喧嘩して以来全く音信不通だった2人の父親は、同じ席について言葉少なにコーヒーを共にしたのである。

ビラルがヤシンと一緒に検問所を通過し、初めて“壁の向こう側”にやってきた。なにもかもが西岸地区とは異なる金持ちの街に、ただただ圧倒されるビラル。アイスクリームを売りに行った弟を見送った後、ビラルはヨセフにしみじみと語りかけた。「要はだ。どこに行っても俺達に付きまとう問題は、“俺達の居場所はどこだ?”っていうことなんだよ…」それにはヨセフも頷くしかない。彼もまた、これから自分の居場所を作っていかねばならないからだ。

夜も更け、ヤシンと合流しようとビーチにやってきたビラルとヨセフ。酔っ払ったごろつき連中に絡まれてしまい、ヨセフがナイフで腹を刺された。トラブルに気付いたヤシンが慌てて助けを求める。

治療を受け、病院のベッドに寝かされたヨセフは、冗談とも本気ともつかない軽口を叩く。「死んだら、僕はユダヤ式に埋葬されるのかな、それともアラブ式?」付き添っていたビラルが嗜める。「生きてることに感謝しろ」ヤシンが病室に戻って来た。「ご両親が来るからね」ヨセフはそれも笑いながら茶化す。「どっちの?」思わず吹き出す3人。怪我の功名とはこのことか。ヨセフはヤシンとビラルの手を握り、カラカラ笑う。つられて笑い出したヤシンとビラルは、ヨセフを介してようやく和解することができた。

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丘の上の廃墟にヨセフがいる。その視線の遠い先には、もしかしたら自分自身が歩んでいたかもしれない“もう一つの人生”を選択した“もう一人の自分”がいる。彼らはお互いのためにも、自分自身の選択した人生を歩みだそうとしていた。ヨセフの耳にヤシンの言葉が静かにこだましている。

“もう一人の僕へ。君は君が選んだ人生を成功させろ。僕は僕の選んだ道で絶対に成功してみせる”

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