人はゴミを産み、ゴミはアートを生む。―Eerie Shadow Projection

ただの風邪かと思いきや、インフルエンザに罹患していて驚きの館長です。でも、インフルエンザの割には、熱も出ず食欲も落ちないという二重の驚き(笑)。まあ、早期発見、早期治療が功を奏したのでしょうね。


さて、この流れでいけば、健康など日常のよもやま話などして記事を和やかにまとめるべきなんでしょうが、残念ながらここは私、豆酢の根城。ただじゃあ帰しやせんぜ(爆)?いつも感心しながら見ている、世界の面白アートを集めるサイトLaughing Squidで、かなりインパクトのあるアートを見つけてしまったのでご紹介します。

Eerie Shadow Projection Trash Sculptures←このリンクから飛んでみてください。
ご注意:見ようによってはグロテスクな表現も含まれますので、苦手な方は迂回してくださいね。

毎日毎日無数のゴミを吐き出し、地球を汚染していく一方の人類。焼却も分解もままならない多種多様なゴミがうず高く積み上げられ、その周囲には、かつては豊かだった自然の残骸とでも呼ぶべき、荒れ果てた自然の光景が広がっています。私たち人間が吐き出すゴミが、行き場を失って私たちの社会に再び吸収され、その社会をさらに肥大化させる原動力になっているようにも思えます。

画像
 ―“Sunset Manhattan” pic from Laughing Squid
汚らしいゴミの山が集められ、然るべく並べられ、そこに強力な光が当たると、不思議なことに人間の様々な姿が浮かんできます。白いライトの下に晒されているゴミは醜悪そのものであるのに、その影法師が形作る姿は、いっそ美しいとさえ感じられるのですね。しかしながら、手前にあるゴミの山を見ないようにして、影法師だけ追おうとしても、このアートの構造上、絶対不可能になっています。
遥か向こうには、美しくも楽しいユニークな影絵が踊っているのに、視界の片隅には必ず、汚れきったゴミ溜めが映っている…。その二者の落差にまずは愕然としてしまうのですが、両者を切り離すことは出来ませんよね。だって、楽しい影絵を創っているのは他ならぬゴミの山なのですし、ゴミの山はどう言い繕っても汚物以外の何ものでもありません。そして、そのゴミの山をせっせとこしらえているのは、私たち人間です。

これらの影絵アートを見ていると、影絵(アート)とゴミの山と人間の間に、三すくみの関係が出来上がっているように思えますね。影に映る姿は確かに人間のように見えるのに、それを形作っているものは光とゴミの山。つまり、万物の長でございと奢りたかぶる人間の実態なんぞ、ゴミの山のように醜いのだよ、ということでしょうか。社会の発展によってゴミを増やし、あらゆる虚飾を顔面に貼り付けるようになった人間は、いつのまにかゴミにまみれ、ゴミに埋もれてしまい、自分自身を見失ってしまったのでしょう。

“Eerie Shadow Projection Trash Sculptures”というアート・プロジェクトのために、英国のアーティストコンビ、Tim NobleとSue Websterが制作したゴミ・アートだそうです。ゴミを積み上げ、絶妙な角度の光を照射することによって、“ゴミを生み出した張本人である人間様の姿”を壁に映し出すという、シニカルかつブラック・ユーモア満点の作品群ですね。このなんとも言いようのない影絵アートをもっとご覧になりたい方は、こちらのページ(Laughing Squidの元ネタ記事)に飛んでみてください。

Tim NobleとSue Websterコンビの公式サイトはこちらからどうぞ。彼らの作品を見ていますとね、“美”なるものを蒸留抽出して濃縮還元してさらに厳密に正確に分別していけば、究極的には“グロテスク”に辿りつくのではないかと思ってしまいます。

はてさて、“美”と“グロテスク”は表裏一体なのでしょうかね?


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子供が、一見グロテスクな生き物やモンスターのような造形を喜ぶのも、この“美とグロテスク”の密接なる関係性所以なのかと思ったり。


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