PGAはオスカーの行方を占うか?

アメリカ製作者組合賞(PGA)の2009年度受賞作品が、2010年1月24日に発表された。会員4000人を擁するアメリカ製作者組合は映画製作に携わる人々によって構成され、彼らが投票で選ぶ最優秀作品賞は、その映画を製作したプロデューサーに対して与えられる。また、その年のオスカーの行方を占う意味でも非常に重要な意味合いを持つ。実は、PGAを受賞した作品は、高い確率で同年のオスカーをも制するといったジンクスがあるのだ。


●長編作品部門

「ハート・ロッカー」受賞
 「アバター」
 「第9地区」
 「17歳の肖像」
 「イングロリアス・バスターズ」
 「インビクタス/負けざる者たち」
 「プレシャス」
 「スター・トレック」
 「カールじいさんの空飛ぶ家」
 「マイレージ、マイライフ」

●長編アニメ作品部門

「カールじいさんの空飛ぶ家」受賞
 『9』
 「コララインとボタンの魔女 3D」
 「Fantastic Mr. Fox」
 「プリンセスと魔法のキス」

●ドキュメンタリー作品部門

『The Cove』受賞

●TVムービー作品部門

「グレイ・ガーデンズ 追憶の館」


今年3月に発表されるアカデミー賞の行方を占うに当たり、昨年度も大きな指針となったPGAの受賞傾向。2008年度のオスカーも、やはりPGAを制した「スラムドッグ・ミリオネア」が独占してしまったのだ。ちなみに、2008年度のPGA受賞結果は以下の通り。


2008年度候補作品一覧

●長編作品部門
「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」
(製作:キャスリーン・ケネディ、フランク・マーシャル、Ceán Chaffin)
「ダークナイト」
(製作:クリストファー・ノーラン、チャールズ・ローブン、エマ・トーマス)
「フロスト×ニクソン」
(製作:ブライアン・グレイザー、ロン・ハワード、エリック・フェルナー)
「ミルク」
(製作:ダン・ジンクス、ブルース・コーエン)
「スラムドッグ$ミリオネア」
(製作:クリスチャン・コルソン)

● ドキュメンタリー作品部門(昨年度より新設)
『Man On Wire』(製作:Simon Chinn)
『Standard Operating Procedure』(製作:ジュリー・アールバーグ、エロール・モリス)
『Trouble The Water』(製作:Carl Deal、Tia Lessin)

●長編アニメーション作品部門
『Bolt』(製作:クラーク・スペンサー)
「カンフー・パンダ」(製作:メリッサ・コブ)
「ウォーリー」(製作:ジム・モリス)


以上計11作品。2008年1月24日にハリウッド・パラディウムにて受賞作品が発表される。

これまで、アメリカ製作者組合が最優秀作品賞に選出した作品は、なんと12度もオスカーの作品賞部門を制している。さすがに近年では、PGAとオスカーの選出が被ることはあまりないそうだが、それも個人的見解では、アカデミー会員の高齢化と一層の保守化が要因だと睨んでいる。つまり、このPGAという映画賞は、作品を選ぶ会員の趣味嗜好に左右されるのではなく、その年に映画界に大きな影響を与え尚かつ高品質な作品を選ぶ傾向にあると思うのだ。

従って、今年のチョイスも私の中ではごく納得のいくラインナップだというわけ。

オスカー戦線を睨んでか、この時期に公開される作品はいずれも“愛と感動、涙”の路線のものばかり。正直に申し上げて食傷気味だ。
皆さん、今年本当に面白かった映画はなにか、ということを今一度思い出してほしい。オスカー選出の時期に申し合わせたように公開されるような“賞狙い”の作品ではなく、本当に力のあった映画はなにか、と。それを考えると、ここに「スラムドッグ$ミリオネア」や「ダークナイト」が選出されていることが、私にはとても嬉しく感じると同時に、やはり製作者サイドの選ぶ賞だけあってその年の映画界の傾向を如実に反映した結果になるのだろうなと予測もするのだ。PGAは、オスカーよりもっと映画市場に即したものなのだろう。

今年アメリカは、ブッシュ独裁政権の終焉とオバマ新政権への移行という、大きな大きな転機を迎えた。新しい時代に期待する民意の影響からか、映画界でも作品傾向に微妙な変化が表れつつある。これまでの歴史について一層の内省を促すとともに、未来へほのかな希望を繋ぐ雰囲気も垣間見られるようになったのだ。
ここに挙げられた長編作品5作品にはいずれも、過去を見つめ、そこから現在を鑑みる姿勢が貫かれている。未来への明るい展望を含んだ上で、あらためて自己と対峙しようとする作品傾向は、少し前までの悲観的なものに代わり、おそらく今後しばらくの間は主流となるのではないだろうか。

新バットマン・シリーズの2作目「ダークナイト」には、現在のアメリカ社会が抱えるジレンマが非常に象徴的に描かれていたと思う。作品そのものは悲劇的な色合いのまま終わったように見えるが、今後もしさらなる続編が製作されるのであれば、ひょっとしたらもっと前向きな内容になるのかもしれない。なぜなら、時代がそう望んでいるから。さらに、バットマンという現在のアメリカそのものを象徴するアンビバレントな存在には、やはりアメリカの現状が刻一刻と反映されるような気がするからだ。これからの映画のキーワードは、奇しくもオバマ次期大統領が選挙のスローガンに掲げていた“変化”と“希望”になるだろう。アメコミ映画の範疇を軽く凌駕し、真の多ジャンル総括ミクスチャー・ムービーとなった「ダークナイト」とて、その新しい潮流を前にしなければならない。
他の候補作は、本編を見ていないためになんともコメントのしようがないものの、“なぜ選ばれたのか”という根拠については前述したような暗黙の基準があったと思っている。いわく、過去への回帰、自己との対話、現状への対応、未来への橋渡し…。映画は時代を映す鏡だとよく言われるが、いろいろな意味で今年ほどその言葉を実感した年はなかったかもしれない。

… そして2008年1月24日、注目の受賞結果が発表された。

●2008年度PGA受賞結果

・長編作品部門
「スラムドッグ$ミリオネア」

今作は、一足早く授賞式が行われたゴールデングローブ賞においても作品賞(ドラマ部門)を制している。ことほどさように、欧米では絶大な支持を集めているのだが、舞台となったインド国内では酷評の憂き目に遭っているという。その理由はやはり、インド社会を犯罪の巣窟のように描いている点に尽きる。しかしながら、この作品がインド人作家によって書かれた小説を原作に頂いていることを、ゆめゆめ忘れてはならないだろう。自国の実情をネガティヴに描かれて面白くない気持ちはわかるが、作品のテーマがそんな部分にないことは、原作を読んでもおそらく映画を観ても伝わるはずだろうから。人間の最大の美徳は希望を捨てないことであると言われるが、その明確なメッセージは世界共通のものに違いあるまい。

・ドキュメンタリー作品部門
『Man on Wire』

・長編アニメーション作品部門
「ウォーリー」

画像

「Slumdog Millionaire」(2008年製作)
監督:Danny Boyle
助監督:Loveleen Tandan(India)
製作:Christian Colson他。
原作:Vikas Swarup
脚色:Simon Beaufoy
撮影:Anthony Dod Mantle
音楽:A.R. Rahman
出演:Dev Patel(Jamal Malik)
Anil Kapoor(Prem Kumar)
Saurabh Shukla(Sergeant Srinivas)
Rajendranath Zutshi(Director)
Jeneva Talwar(Vision Mixer)
Freida Pinto(Latika)
Irfan Khan(Police Inspector)他。

ユアン・マクレガーやロバート・カーライルを輩出した「トレインスポッティング」で、彗星のごとく映画界に登場したダニー・ボイル監督。デビュー時に騒がれすぎたのが原因か、その後のキャリアはやや低迷気味ではありました。ところが今回、ヴィカス・スワラップの小説「ぼくと1ルピーの神様」を映画化した作品『Slumdog Millionaire』で再びデビュー当時の勢いを取り戻しつつあるようです。作品賞と監督賞、新人賞(主演のデヴ・パテル)を獲得し、サンクスギビングの週末にいち早く劇場公開されたアメリカでも、インディペンデント系列の映画にしては異例の興行成績を収めたそうです。同時期に公開されたガス・ヴァン・サント監督の『Milk』(カムアウトした人間としてははじめてカリフォルニア州の議員となり、後に暗殺されたハーヴェイ・ミルクの伝記映画。ショーン・ペン主演)、また英国インディペンデント映画賞でも主演女優賞を与えられた『The Boy in the Striped Pyjamas』(8歳の少年の目を通してホロコーストの真実を描く作品)と共に、観客から高い支持を得ました。


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ラム・ムハンマド・トーマス、18歳。孤児、ムンバイーのストリートチルドレン。もちろん学校にも行ったことがない。社会から見捨てられたようなスラムの中で、毎日死と隣り合わせのようなぎりぎりの生活を続けてきた。そんな彼が、高額の賞金を賭けて行われるクイズ番組で全問正解の快挙を成し遂げた。ところが、史上最高額の賞金を得た矢先、彼は警察に逮捕されてしまう。理由は、学校にも通ったことがない子どもにクイズの答えがわかるわけがない、というもの。つまりは詐欺の容疑だ。ラムはなぜ奇跡を起こしえたのか。強盗、殺人、売春、虐待、人種間宗教間対立…が横行する秩序なき無情のスラムで、自身の機転と幸運を呼ぶお守りの1ルピーだけを頼りに気丈に生き抜いてきた少年の半生が紐解かれてゆく。彼のたった18年の生き様は、あらゆる人間のそれを凌駕するほど深く、濃く、激しく、厳しく、辛く、真の優しさに満ち、残酷で豊かなものだった。そう、すべてのクイズの正解を容易に導き出せるほどに…。

小説は、全部で13問あったクイズのひとつひとつに1章を充て、それぞれに関係するラムの過去を描いてゆきます。そこには、現代インド社会に存在する大きな経済格差、あるいは古くからの因習である階級格差による容赦ない差別構造、社会の底辺に生きざるをえない貧しい人々を囲む悲惨な状況が克明に描写されているのです。ラム少年がなぜ難問に答え得たのかを探るという、ある種の“謎解き小説”の流れを最後まで維持しながら、やはり今作の焦点は現代のインドが抱える社会問題の提示にあるとみて間違いないでしょう。著者は元外交官という経歴の持ち主だそうですが、そうした立場から見た祖国の暗部の描写はさすがにリアルで、説得力は抜群。年端も行かない少年が対峙するには酷すぎる出来事は時に悲惨に過ぎ、読む者の胸をえぐります。しかしながら、ラム少年が体現する持ち前のポジティヴィティと勇気、逆境を跳ね返す雑草のごときたくましさと生真面目さが、著者のパワフルな筆致に乗って読者にえもいわれぬカタルシスを与えてもくれるのですね。逆に言えば、一連の厳しい描写がなければ、アメリカン・ドリームならぬインディアン・ドリーム物語とでも呼ぶべきファンタジックな一面も持つこの小説は、これほど多くの人々の心を捉える作品にはならなかったでしょう。本書は16カ国語に翻訳され、世界中で広く読まれました。
ラム少年は、たまたまクイズの正解を経験できていたというわけではなく、世界のどん底で生き抜くうちに身につけた人生観でもって、自ら正解を選び取ってきたのですね。また、難問を潜り抜ける内に彼自身も自らの人生を反芻し、さらなる人間的成長を遂げます。恋人との別れと再会、人生の挫折からの再起が交錯し、ただ黙って幸運を待つのではなく、その手を伸ばして神の宿る場所を掴み取る大切さを、彼は学びました。こうしてラム少年の物語は、世界中の人々に希望の火を灯し、普遍性を獲得することになったわけですね。爽やかな余韻を残すラスト(常に少年と運命を共にしたコインの秘密も最後に明かされます)まで、一旦読み始めると最後までページを繰る手を止めることが出来ません。映画は未見の方も、また既にご覧になった方も、ぜひ一読されることをお勧めします。

さて、映画版「スラムドッグ・ミリオネア」は第33回トロント国際映画祭でも好評を博しました。観客賞であるキャディラック・ピープルズ・アワードを受賞し、賞金1万5000ドルを獲得、主役を演じたデヴ・パーテルとヒロインのフレイダ・ピントのフレッシュ・コンビも大きな注目を集めたそうです。

パーテルはインド系イギリス人で、生まれも育ちもロンドンの生粋のロンドンっ子、人気のTV番組『Skins』のレギュラーを務めていました。彼がボイル監督の目に留まったのは監督の娘さんの助言があったからだそうですが、今後はもっと大きな作品にも登場するようになるでしょう。おおよそボリウッドらしからぬひょろりとした体躯に表情豊かなルックス、観る者を知らず虜にする人の良さがにじみ出る雰囲気は、人種の壁を乗り越える未来のスターの素質充分。ピントの方は地元ムンバイー出身でオーディションの末に抜擢されたそうですが、なかなかキュートなお嬢さん。彼女にも映画界での道が開かれることを祈ります。
実は、ボイル監督がこの小説の映画化を手がけると知った当初、“「トレインスポッティング」 meets ボリウッド?!”という違和感を覚えたことを白状しておきますね(笑)。しかしながら、原作の内容には確かに「トレインスポッティング」に通ずるテーマ性が見られます。厳しい社会状況を反映した、ほろ苦くも瑞々しい青春映画に仕上がっていたと思いますよ。ボイル監督の独特の疾走感でもって、ある少年の青春期がスクリーンを駆け抜けていきました。

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今作がその後、アカデミー賞において大旋風を巻き起こしたことは、まだ記憶に新しいところですね。その現象の意味するところといえば、結局は、保守化が進むアカデミー賞の古い体質への、観客の反発に他ならなかったと思うのです。従って、2008年度のアカデミー賞の受賞結果は、民意を反映できないハリウッドへの観客の意思表明であったのでは。作品賞候補枠を5から10に増やすという、苦肉の策を選択したアカデミー賞ですが、果たして2009年度のオスカーの行方はどうなることでしょうね。

そして、その2009年度のアカデミー賞の傾向ですが、一言で表わせば、“ハリウッド映画万歳!”ということになるでしょう(笑)。2008年度の授賞式において、映画界全体に流れる“アンチ・ハリウッド”的風潮を、図らずも明らかにしてしまったアカデミー賞でしたが、おそらく今年は、今一度ハリウッドの良さを見直そうと観客に訴えかける結果になるのではないかと思っています。そのためには、映画界にも多大な影響を及ぼす“ウーマンズ・パワー”を無視するわけにはいきません。アカデミー賞が本気で、キャサリン・ビグロー監督に最高賞を与えるのであれば、ハリウッドの体質改善にはまだ希望が持てると判断してもいいかもしれませんね。