愛のカタチはふわふわ毛玉―「タンタンタンゴはパパふたり and Tango makes three」

世界中の愛すべき人間たちと、ペンギンを愛する子供たちへ。

2004年2月7日付けの電子版サンフランシスコ・クロニクル紙に、こんな記事が掲載されました。

マンハッタンのセントラル・パークの名物、セントラル・パーク動物園の人気ペンギン・ハウスには、素敵なペンギンのカップルが住んでいるそうだ。彼らの名前はロイとシロ。共にヒゲペンギン(chinstrap penguin)のオスで、かれこれ6年近くも固い絆で結ばれており、ハウスの中でも指折りのおしどりカップルだ。ペンギンが子を為す時期になると、彼らは他のオスメス・カップルのように小石を集めて巣を作り、ペンギンの卵と同じサイズの丸い石を交代で暖め始めた。その様子を見ていたペンギンの主任飼育係ロブ・グラムジー氏は、育児放棄された卵を彼らに託してみようと決意する。果たしてその賭けは見事に成功し、ロイとシロのカップルは卵を孵化させた。誕生した赤ちゃんペンギンは“タンゴ”と名づけられ、その後2ヵ月半に渡って、カップルは細心の注意を払って彼らの娘タンゴを世話し続けたという。ついに立派に巣立ったタンゴの姿を目の当たりにし、グラムジー氏は感無量であった。「彼らは素晴らしい仕事を成し遂げたんだよ!」 ―サンフランシスコ・クロニクル紙記事より抜粋


タンタンタンゴはパパふたり
ポット出版
ジャスティン リチャードソン

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「タンタンタンゴはパパふたり」
ジャスティン・リチャードソン&ピーター・パーネル:文 ヘンリー・コール:絵
尾辻かな子&前田和男:訳 (ポット出版)

ニューヨークの真ん中には、セントラル・パークという大きな公園があります。そこには素敵な自然がある他にも、夏は回転木馬遊び、冬はアイススケートができる施設もあり、子供から大人まで楽しめる憩いの場でした。中でも人気なのは、セントラル・パーク動物園。都会の喧騒を逃れて、毎日たくさんの人たちが動物園の動物に会いにやってくるのです。
珍しいガマガエルやレッサーパンダ、ゴールデン・モンキー、オオハシ、ワタボウシ…。皆、見学に訪れる人間同様、家族を作って子供を育てています。たくさんのペンギンが暮らすペンギンハウスにも、もちろんたくさんのペンギン家族がいますよ。毎年決まった季節になると、男のペンギンと女の子ペンギンはカップルを作るのですね。
ところが、ロイという名前のヒゲペンギンと、シロという名前のヒゲペンギンは様子が違いました。彼らはどちらも男の子だったのですが、お辞儀するのも歩くのも歌うのも泳ぐのも、なにをするにもいつも仲良く一緒でした。飼育係のグラムジーさんは、彼らがお互いに愛し合っていることに気づきます。
ロイとシロは、カップルになった仲間たちが我が家をこしらえるのを見て、自分たちも真似し始めました。石ころを集めて快適な巣を作り、他のカップルと同じように仲良く一緒に眠るようになったのです。彼らは本当に仲良しだったのですが、悲しいかな、できないことが1つだけありました。ママペンギンたちのように卵を産むことです。ママペンギンとパパペンギンは、代わる代わる卵を温めているではありませんか。やがて仲間のカップルには、赤ちゃんペンギンが誕生するようになりました。ロイとシロの巣は最高に居心地が良いのに、温めるべき卵も、可愛がるべき赤ちゃんもいないのです。
ある日ロイは、仲間が温めている卵と似た背格好の石を巣に持ち帰りました。そして、シロと交代で来る日も来る日も石を温め続けました。でも、もちろん石には何事も起こりませんでした。2羽の様子を観察していたグラムジーさんは、名案を思いつきました。産み落とされたままほったらかしであった卵を探し、ロイとシロの巣の中に置いたのです。
ロイもシロも、卵を温める手順はすっかりわかっています。卵を巣の真ん中に据え、毎日ひっくり返しては満遍なく温めます。2羽は交代で一生懸命卵を抱き続けました。月日が流れたある日のこと。卵の中からピーピーという赤ちゃんの鳴き声が聞こえてきました。ロイとシロも懸命に鳴き返します。すると、卵の殻に小さな穴が開き、ふわふわの毛玉のようなかわいい赤ちゃんペンギンが姿を現したのです。ロイとシロの待望の赤ちゃん。グラムジーさんは、この女の子ペンギンに“タンゴ”という名前をプレゼントしました。まるでタンゴを踊るように、ロイとシロが息を合わせて彼女の誕生を促したのですから。
ロイとシロの2羽のパパによる、タンゴの子育てが始まりました。鳴き方、食べ方を教え、添い寝して。彼らの献身の甲斐あって、タンゴはすくすくと成長し、ほどなくパパたちと一緒に泳げるまでになりました。動物園にやってくる子供たちのお目当ては、仲間たちとたわむれるタンゴと2羽のパパの仲睦まじい様子です。
夜になると、タンゴと2羽のパパペンギンは巣へ帰っていきます。3羽は寄り添って、安心して眠りにつくのです。他のペンギン家族と同じように。動物園に暮らす他の動物家族と同じように。そしてもちろん、ニューヨークに暮らす全ての人々の家族と同じように。

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セントラル・パーク動物園の人気者、ヒゲペンギン(アゴヒモペンギン)が子育てする様子。Central Park Zoo Home Pageより。

セントラル・パーク動物園というのは、ニューヨーカーの憩いの場であり、また観光スポットでもあるセントラル・パーク内に位置する動物園のことです。映画「マダガスカル」の主人公たちが、この動物園で暮らしていたという設定でしたので、ピンとくる方もおられるのでは。ただ、大都市ニューヨークのど真ん中という立地上、日本の巨大動物園のごときスケールは望めません。熱帯雨林(カエル、タマリン、オオハシなど)、極地の展示(ホッキョクグマ、ペンギン、パフィンなど)、子供動物園と、ターゲットを絞った効率よい展示が特徴的な園なのだそうです。

そして、この絵本が誕生するきっかけとなった出来事が、園の呼び物のひとつペンギンハウスで起こりました。主人公のペンギン・カップル、ロイとシロは、長くハウス内で暮らすうち、1998年ごろからお互いを意識しあうようになったのだそうです。飼育係のグラムジー氏の機転で、同じハウス内の仲間、ベティとポーキー夫妻が産み落とした卵のうち、放置されていた1つをロイたちが譲り受けたというわけですね。ロイとシロはオス同士のカップルでしたが、見事に雛を孵し、立派に子育てを成し遂げました。

ロイ、シロ、タンゴの、ちょっぴり風変わりだけど固い絆で結ばれた美しいペンギン家族の逸話は、当時からかなり話題になっていたそうです。そしてそれを基に、子供向けの絵本制作を思いついた人たちがいました。セクシュアリティーに関する差別意識を諫めるメッセージを、より幅広い層に発信するためですね。原作は、思春期の性問題を専門に扱うジャスティン・リチャードソン(コロンビア大学とコーネル大学の准教授)医学博士と、米テレビ番組『The West Wing』のプロデュース経験もある、脚本家兼劇作家のピーター・パーネルです。彼らは『and Tango makes three』と題されたストーリーを組み立てました。そして、劇作家兼俳優のハーヴィー・ファイアスティーンの絵本『The Sissy Duckling』のイラストも手がけたイラストレーター、ヘンリー・コールが、淡いパステルカラーとユーモア溢れる挿絵を描いたのです。いかにもアメリカらしい朴訥とした味わいの挿絵は、ペンギンたちの愛らしさを存分に伝えてくれて楽しくなりますね。

現在、人間様の社会では、同性愛に対する様々な抑圧、差別が依然としてまかり通り、大きな汚点となっています。同性愛だろうが、異性愛だろうが、両性愛だろうが、“人と人の絆”という点においてなんら違うところなどありゃしません。ましてや同性愛が異性愛に比して劣る、あるいは異常であると考えるのはもってのほか。“モラル”を振りかざし、愛のカタチを無理やり型にはめ込もうとする行為の方がよほどナンセンスではあるのですが、今もごく当たり前に許されているのが実情でしょう。社会全体が不安定になり、先行き不透明な焦燥感に苛まれるようになると、人は簡単に心の平穏を見失います。積もり積もった鬱憤は、“自分たちとは違う”マイノリティーに解放のはけ口を求めてしまいがちですね。その中に、ジェンダーに関するデリケートな問題が含まれているのだと思います。

しかし、ロイとシロのペンギン・カップルが起こしたささやかな奇跡の物語は、そんな愚かな人間たちに多くの示唆を与えてくれますね。生き物にとって最も重要な生活基盤であるところの“家族”は、同性間、異性間に関係なく普遍的に形作られるものであること。つまり、家族の形成に必要なものは、お互いへの信頼感と愛情に他ならないこと。そして、実は珍しい事象のように見えるロイとシロのケースは、動物界ではごく頻繁に起こっているものであること。

前述したサンフランシスコ・クロニクル紙の記事には、最近活発になってきている動物界における同性愛行動の研究成果がいくつか紹介されています。『Bonobo: The Forgotten Ape』(1997年)を著したFrans de Waal氏によると、野生種でも飼育種でもピグミーチンパンジーの実に半数近くの個体に、同性愛行動が見られたとか。また、『Biological Exuberance: Animal Homosexuality and Natural Diversity』(1999年)を著したBruce Bagemihl氏の調査では、450種の動物に同性愛行動が見られたそうです。尤もBagemihl氏によれば、同性愛行動は野生種よりも飼われている種の方に多く見受けられるもののようですが。動物の同性愛行動については、現在も様々な議論が交わされています。例えばMarlene Zuk教授やJanet Mann教授のように、動物の同性愛行動は肉体的な接触を含めての性行動ではなく、個体と個体の結びつきの一形態に留まると考える意見も根強いのですね。まあ考え方はいろいろありましょうが、結論としては、ロイとシロのケースに象徴される動物の同性愛行動は、セクシュアリティーが私たちの思う以上に多義的であり、また多様性に富むものだということを証明してくれるでしょう。ですから私たちも、この世界には多彩なセクシュアリティーがごく当たり前に存在するのだと認識するべきですよね。

日本では今もって、同性愛や性同一性障害など、性に関する話題を持ち出すことすらタブーであるような風潮があります。でも、平易な言葉で綴られたこの絵本を子供に読み聞かせることで、親子共々、ジェンダーの垣根を乗り越えた柔軟な思考を試みられるのではないでしょうか。金子みすずの“みんな違ってみんないい”よろしく、世の中の多様性を受容する大切さを、この機会に改めて問い直してみませんか?

本書は、米国図書館協会の“Notable Children's Book”に選定されるなど、数々の賞に輝きました。日本語版に訳出するために奔走されたのは、2005年に日本で初めて同性愛をカミングアウトした議員となった、尾辻かな子女史です。女史のおかげで、私たちは普遍的かつ根源的なメッセージをわかりやすく伝える絵本に触れることができたわけで、この場を借りて心から深く感謝したいと思います。

カミングアウト―自分らしさを見つける旅
講談社
尾辻 かな子

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