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zoom RSS 「スタンドアップ North Country」―ニキ・カーロ監督

<<   作成日時 : 2017/11/21 22:10   >>

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真の男女同権とは何か。

「スタンドアップ North Country」(2005年製作)
監督:ニキ・カーロ Niki Caro
製作:ニック・ウェクスラー
製作総指揮:ヘレン・バック・バートレット&ナナ・グリーンウォルド&ダグ・クレイボーン&ジェフ・スコール
原作:クララ・ビンガム&ローラ・リーディー・ガンスラー
脚本:マイケル・サイツマン
撮影:クリス・メンゲス
音楽:グスターボ・サンタオラヤ
出演:シャーリーズ・セロン Charlize Theron (ジョージー・エイムズ)
フランシス・マクドーマンド Frances McDormand (グローリー)
ショーン・ビーン Sean Bean (カイル)
リチャード・ジェンキンス Richard Jenkins (ハンク・エイムズ)
ジェレミー・レナー Jeremy Renner (ボビー・シャープ)
ミシェル・モナハン Michelle Monaghan (シェリー)
エル・ピーターソン(カレン・エイムズ)
トーマス・カーティス(サミー・エイムズ)
ウディ・ハレルソン(ビル・ホワイト)
シシー・スペイセク(アリス・エイムズ)他。


ジョージーは、常習的に暴力を振るう夫の元から逃れ、2人の子供サミーとカレンを連れて、故郷の北ミネソタに舞い戻ってきた。シングルマザー、おまけに2人の子供はそれぞれ父親が違うということで、両親ですら彼女の存在を持て余す。古い田舎町で、ジョージーのように一際目立つ美貌をもつ女性への偏見は厳しく、周囲の人間は皆陰で彼女をアバズレ呼ばわりする。ティーンエイジャーで難しい年頃の息子サミーは、負け犬のような母親の生き方についていけず、反抗してばかり。

ジョージーはそんな中、経済的に自立するため、古い友人グローリーの勧めで街唯一の産業である鉱山で働くことになった。男性労働者に混じって働く女性にとって、鉱山での労働は過酷を極める。なぜならここは、女性が職場に進出することを望まない男性たちによる性的迫害の地獄であったからだ。

壁に卑猥な落書きをされ、ロッカー内に汚らしいいたずらをされ、作業場内を歩くだけで“メス豚”と野次が飛び…。同じ人間の所業と思えないほどの、セクハラを超えた虐待の数々。しかしここで働く女性達はそれぞれに事情があり、かなりの高給である鉱山の仕事を簡単に放り出すわけにはいかないのだ。従って毎日のように同僚からひどい屈辱を受けても、ただ黙って耐えるしかない。ジョージーは、職場のむごたらしいセクハラの現状を上司や会社の上層部に訴えるが、彼らもまた男性。「嫌なら辞めろ」の一点張りで、一向に職場の風紀は改善されない。むしろセクハラは更にエスカレートし、ジョージーは高校時代の恋人であったボビーに、作業場で襲われかける羽目になる。おまけに息子サミーすら学校でイジメの対象になり、アイスホッケー部を辞めざるを得なくなった。職場でも私生活でも社会から阻害されたジョージーは、事ここにいたってついに鉱山を辞める決意を固める。しかしただで辞めるのではなく、セクハラによる人権侵害行為で会社を提訴するのだ。

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その頃、ニューヨークでの生活に疲れて町に戻ってきたもう一人の男がいた。ビルである。彼はアイスホッケーの選手として将来を嘱望されていたが、挫折し、弁護士として生きていた。ジョージーは彼に、訴訟を起こすための原告側弁護人になって欲しいと頼み込む。勝ち目の少ない裁判を受け持つことに否定的だったビルだが、ジョージーの置かれた立場に同情し、会社に対し集団訴訟を起こす手はずを整える。集団訴訟では、少なくとも3人の原告が必要だ。鉱山で働く女性達は、失職することを恐れて皆一様に口を閉ざしてしまう。頼みの綱のグローリーは、組合でも大きな発言力を持つ女性であったが、ALSという難病を発病してしまい、会社を辞めてしまっていた。

孤立無援のジョージーは、裁判でも苦戦する。ジョージーの両親は、訴訟を起こした娘の大胆な行動を理解できずに困惑するが、彼女が職場でひどいセクハラを受けていた事実を知ると、娘をかばう。ジョージーは、会社が雇った弁護士に、高校時代の教師にレイプされた事実を持ち出され、いたく自尊心を傷つけられる。しかもその現場を盗み見ていた当時の恋人ボビーが、レイプではなく合意の上でのセックスであったと証言してしまったのだ。ジョージーの人間性を貶めようとする会社のやり口に憤ったビルは、ボビーの良心を鼓舞し発言を撤回させることに成功する。
グローリーは当初、男性からのセクハラにいちいち声を上げ、他の女性労働者たちに迷惑をかけるジョージーを疎ましく思っていたが、彼女の裁判に賭ける本気を見抜くと、パートナーのカイルと共に不自由な身体を裁判所に運んでいく。そしてカイルを通じて、原告団に自らの名前を連ねることを宣言した。グローリーの行動に感化された女性労働者たちは次々と立ち上がり、その波は次第に会社に疑問を持つ男性労働者にも広まっていく。こうして全米初のセクハラ訴訟は、前代未聞の大規模な集団訴訟へと発展していったのである。

自分がレイプされた挙句に生まれた子供だと知ったサミーは、ショックを受け混乱する。だがカイルに諭され母親ジョージーの元へと戻る。涙ながらにレイプの辛さを告白する母の真の気持ちを理解したサミーは、ようやく母と和解したのだった。

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吐く息も瞬時に凍てつくような、北ミネソタの厳しい冬の情景。鋭い切っ先を見せる鉱山の裾に、べったりとへばりつくようにして並ぶ鉱山の作業場からは、始終どす黒い煙が吐き出されています。それは、最悪の環境下で煤と泥にまみれて働く人間達の不満そのもの。神は、はるか上空から愚かな人間達の繰り広げる行いを冷ややかに見守るのみ。クリス・メンゲスのカメラは、ミネソタの閉鎖的な片田舎で繰り広げられる陰湿な戦争を、神に成り代わってスクリーンに映しだしていきます。

ことの発端は、ブロンドで美人のヒロイン、ジョージーが嫌な思い出の残る故郷に逃げ帰ってきたこと。高校教師にレイプされたことがきっかけで、彼女は故郷を捨てたはずだというのに。こういった田舎では、ジョージーのような浮いた女性は集団の中の“黒い羊”的存在です。閉鎖的な社会には彼女を受け入れるような余地はありません。本人だってそれをよくわかっているはずで、一度舞い戻れば最後、死ぬまで周囲からのいわれのない中傷に甘んじなければならないのです。しかしながら彼女は経済的に困窮しており、母としての最後の矜持として子供を養子に出さないためにも、実家の世話になることを選びました。彼女の置かれた立場には同情すべき点は多々ありますが、彼女が両親を頼った気持ちの背景には、やはり甘えというか現状への妥協、あきらめがあったのではないかと思います。でなければ、わざわざ両親の理解すら得られない場所に帰るわけはないでしょう。

ジョージーの考える“経済的な自立”とは、すなわち男性と同じ給料を得ること。これはこの作品の描く80年代も、現在も全く同様です。社会で働く女性達は、彼女らが職場に進出することを望まぬ男性達よりも何倍もの苦労を重ねなければ、男性と対等に扱ってもらえないというジレンマを抱えています。ジョージーが選んだその“職場”というのが、古来から男性達が命の危険と隣りあわせで働いてきた鉱山であったために、職場における男女不平等、性差別がより一層際立つ結果となりました。
おまけにこの町では、ほとんどの男性は将来に夢も希望も持てず、成長すれば鉱山で働くぐらいしか生活する術はなかったのでしょう。ですから、日ごろの不平不満と仕事や家庭から得るストレスを発散するはけ口として、女性労働者に様々な嫌がらせをするのです。考えてみれば、劇中で描かれたようなハラスメントを行うためには、男性陣も莫大な時間と手間をとられるわけで、そのエネルギーはどこから生まれるのでしょうね。
女性が意志を持って主張すればするほど、男性は女性の中に眠る無限のパワーに恐れをなしていきます。女性がその気になれば、今までの男女の役割はあっという間に逆転し、女性に社会の主導権を握られるのは目に見えていますから。だからこそ男性は、卑劣な手段を使ってでも、力でもって女性を押さえつけようとします。ジョージーがやろうとしていたのは、女性と対等になることに本能的な恐怖を抱く男性を傅かせることです。当時としては、また、あのような田舎町では、画期的だったでしょうね。ジョージーが、当初同じ仲間である女性労働者からも賛同を得られなかったのは、このセクシャルハラスメント訴訟が、単なる企業相手の裁判というだけではなく、古来から営々と続く男女の役割分担を根底から覆すきっかけとなる行動だったからです。
どんな人間であれ、頭の中には“女性は男性に従うもの”という考えが根強く巣食っています。ジョージーの呼びかけた訴訟は、これからの時代は性に関係なく能力のある者が世の中を動かしていくべきだという新しい考え方に、門戸を開くことになりました。単なる性的嫌がらせへの報復にとどまらない、重い意味合いを持つ裁判だったのですね。

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だからこそ、彼女の挑もうとしていた現実に気づいた両親、仲間達、グローリー、更には彼女を敵視していたはずの男性達―幼馴染のボビーも含めて―の、気持ちの変遷がより重要であるのです。ジョージーの苦痛だけではなく、彼女が投げ込んだ“男女意識の変革”という石が広げた波紋によって変わっていく周囲の人間の動揺も、映画は同時に詳しく語るべきなのです。
ところが劇中では、各登場人物の心理の掘り下げが充分ではありません。ために、ジョージーが訴訟を思い立ってから、状況があれよあれよという間に彼女の有利な方へと変わり、あれほど彼女を忌み嫌っていた人々の態度が、手のひらを返したように友好的になったような印象を受けてしまうのです。作品前半部分の、ジョージーが直面した厳しい差別描写がかなりリアルであっただけに、後半部分が外面だけをさらっと流したかのような説明的な描き方に終始してしまっていたのは、実に残念です。
裁判中の回想として、時間軸を行きつ戻りつしながらジョージーの過酷な体験を物語るという、演出方法にも難があったかもしれませんね。時制を行き来する画面構成が逆に起伏に欠ける演出につながり、ぎりぎりまで追い詰められたジョージーの悲壮感がこちらまで伝わってこない。また、原告団として名前を連ねる決意をした多くの人達だって、様々な葛藤と戦い、逡巡した挙句に苦渋の選択を迫られただろうに、そういったいきさつがあまり描かれなかったのは、時間的な制約だったのかそれとも監督になにか考えがあってのことだったのか。ヒロインだけでなく、彼女を取り巻く人々の苦痛にもスポットライトを当てようとする姿勢が見られただけに、監督のツメの甘さが悔やまれてなりません。
現実にはこの裁判は長期化し、裁判に関わった全ての人たちに辛い犠牲を強いました。そうした苦労があったからこそ、この全米初のセクハラ集団訴訟は、その後の社会における女性の立場向上の礎となり得ました。この作品は、勇敢にも社会に対して立ち上がった女性達に捧げられたリスペクトであると、解釈すべきなのでしょうね。実際に裁判に携わった人たちはいまだ健在。映画がところどころ甘い描写になっているのは、彼女達の過去の記憶を強烈に刺激しないように配慮した結果かもしれません。

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映画では、ジョージーは裁判に勝訴し、息子との間にできていた溝も埋めることができました。母親にとって、レイプされて生まれてきた子供とどう対峙すればいいのかという問題は、とても一言や二言ぐらいのセリフで説明できることではないでしょう。それに、この男尊女卑もはなはだしい差別社会で、女性が外で働き、男性が家で家事を行うという特殊な夫婦関係にあるグローリーとカイルの物語も、もっと突き詰めて観てみたかった部分であります。上映時間が延びても構わないから、こうした細部をもっと作りこんで欲しかったと感じますね。そうすれば、ジョージーという女性への理解ももっと深まるでしょうに。この作品は、むしろ本編ではないところに魅力を感じるタイプの映画なのでしょうか。

ジョージーを演じたシャリーズ・セロンは、カーロ監督の前作「クジラの島の少女」を観て大きな感銘を受けたそうです。監督がハリウッドで新作を撮ると聞くや、猛烈な売り込みをしてジョージー役を得たとか。常に精神的・肉体的暴力にさらされるこの役で、彼女は「モンスター」以上の役者根性を見せたといえます。2005年度のアカデミー賞主演女優賞にもノミネートされましたが、個人的には彼女より脇の役者さんの方が劇中で光っていたと思います。
ジョージーの頑固一徹な父親ハンクを演じたリチャード・ジェンキンス。ハンクが次第に娘の人となりを認めていくようになる過程は、多くを語らずとも味わい深く、繊細ですらありましたね。あるいは、男社会の中で誇り高い一匹狼として生きるグローリーを演じたフランシス・マクドーマンド。彼女は、女だからといって無条件にジョージーの行動を受け入れるわけではありません。悩むジョージーにさりげなく優しい男ビルを紹介するのも、ジョージーが男優位社会に耐えられるような強靭な女性ではないと、早々に見抜いていたからではないでしょうか。男勝りだけではない、人間の本質を見ることの出来る鋭さを兼ね備えた女性。だからこそ、パートナー、カイルの本当の人間的素晴らしさを理解できたのでしょう。ショーン・ビーン演じるカイルは、マッチョな男の目には耐え難いほど“女々しい奴”と映るタイプの男性です。女の言いなりになって、唯々諾々と主夫の座に甘んじていると。でも実際は、パートナー、グローリーの目に見えぬ孤独を理解する唯一の人間であり、自分のエゴを放り捨ててでも彼女の支えになっているのですね。そんじょそこらの人間にはマネできない度量の大きな男性です。女性からみた理想の男性像でしょうかしら。グローリーとカイルの出演シーンが少ないのが悔やまれるほど、このカップルは素敵です。
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