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zoom RSS 運命の恋の輪舞曲−「ロシュフォールの恋人たち」

<<   作成日時 : 2009/10/28 16:19   >>

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“幸せでいっぱいになるような映画を作りたい…”−ジャック・ドゥミ Jacques Demy監督

「ロシュフォールの恋人たち Les Demoiselles de Rochefort / The Young Girls of Rochefort」(1967年製作)
監督:ジャック・ドゥミ Jacques Demy
製作:マグ・ボダール
脚本:ジャック・ドゥミ Jacques Demy
撮影:ギスラン・クロケ
音楽:ミシェル・ルグラン Michel Legrand
作詞:ジャック・ドゥミ
振り付け:ノーマン・メーン
出演:フランソワーズ・ドルレアック Francoise Dorleac(ソランジュ)
カトリーヌ・ドヌーヴ Catherine Deneuve(デルフィーヌ)
ジーン・ケリー Gene Kelly(アンディ・ミラー)
ジョージ・チャキリス George Chakiris(エティエンヌ)
ダニエル・ダリュー Danielle Darrieux(イヴォンヌ)
ジャック・ペラン Jacques Perrin(マクサンス)
ミシェル・ピッコリ Michel Piccoli(シモン・ダム)
グローヴァー・デイル(ビル)他。

フランス西南部にある小さな港町ロシュフォールは、年に一度の祭りを2日後に控えて浮き立っていた。祭りの会場でイベントを行う巡回芸人エティエンヌとビルも、ダンサーなど仲間を引き連れトラックに乗って街に到着する。抜けるように青い空の下、風に乗って鼻こうをくすぐる潮の香り、白い壁を輝かせるまばゆいばかりの陽光…。この街では誰もが恋に恋し、夢に希望を託し、生きる喜びを全身に享受していた。しかし、ロシュフォールには軍港というもうひとつの顔がある。明るい街中を、始終兵隊の行進が横切ってゆくのはそのせいだ。

祭りの会場となるコルベール広場を臨むアパルトマンに、美しい双子の姉妹ソランジュ(12分早く生まれた姉)とデルフィーヌが住んでいた。ソランジュは音楽家を、デルフィーヌはバレリーナを目指していたが、今は、それぞれ夢を追いながら街の子供たちにレッスンする日々だった。だが彼女たちにはもうひとつ、大事な夢がある。きっとどこかにいるはずの、自分たちの真実の恋人と出会うことだ。金髪のお人形のような美貌のデルフィーヌには腐れ縁と化した愛人がいるが、この愛人は街で画廊を経営する小金持ちであり、女をアクセサリー代わりに連れ歩く俗人だった。それに嫌気が差し、デルフィーヌは彼に別れを告げる。実は画廊には、運命の女に焦がれ、いまだ出会わぬ彼女の似顔絵を描く、ロシュフォールに駐屯中の水兵マクサンスの作品も飾ってあった。“理想の女”の肖像画は、なんとデルフィーヌにそっくりであった。

彼女たちの母親イヴォンヌは、広場に面した明るいガラス張りのカフェを営んでいる。イヴォンヌは姉妹を育て上げ、姉妹の祖父を養いながら、秘められた恋の末に生まれたまだ幼い息子を守っている。ロシュフォールに、真新しい楽譜店がオープンした。こじんまりとした店だが、心優しい店主シモン・ダム氏の人柄を反映してか程なくソランジュ行きつけの店になった。ダム氏は、その奇妙な名前のせいで、かつて最愛の女性に去られた苦い過去がある。メキシコの富豪の下に走った恋人を忘れることができず、彼はパリを離れ、彼女の生まれ故郷であるロシュフォールにやってきたのだった。恋人には2人の娘がいたが、ダム氏は一度も会ったことがないという。ソランジュは、コンセルバトワール時代のダム氏の旧友であり、アメリカの著名な音楽家でもあるアンディ・ミラーに紹介してくれるよう、彼に頼み込む。アンディはパリ公演のために渡仏する。ダム氏はソランジュのために、喜んで橋渡しの役目を買って出た。

イヴォンヌのカフェは、彼女のおおらかで気さくな人柄に惹かれ、たくさんの常連客でにぎわっている。旅芸人エティエンヌとビルも、水兵マクサンスも、あっという間に顔見知りになってしまった。エティエンヌたちなど、客であるにもかかわらずイヴォンヌの息子ブブを迎えに学校まで走らされる始末。ブブの学校で、エティエンヌたちはソランジュとデルフィーヌの姉妹に交互に出会う。ブブの出迎えで入れ違いになったのだ。あからさまに色目を使う2人組に、気色ばむ姉妹。

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ところがソランジュの方は、ブブの出迎えの際に偶然近くを通りかかったアンディに、彼とは知らず接近遭遇していた。道に楽譜を落としてしまったソランジュを手伝うアンディは彼女に一目ぼれし、ソランジュもまた彼に恋していた。通りすがりの外国人に恋したと悩むソランジュ。デルフィーヌはデルフィーヌで、自分そっくりの肖像画を描いた見知らぬ画家に一目会いたいと焦がれていた。その画家、水兵マクサンスは、イヴォンヌのカフェに出入りしていたというのに。マクサンスは忍び寄る戦争の気配に怯えながらも、除隊になる日を祈るように待っていた。無事除隊した暁には、パリに出て本格的に画家として生きていく決意を固めていたのだ。

一方、祭りの本番を明日に控え、エティエンヌとビルの一座には大問題が発生していた。一座で最も人気のあるダンサー2人が、水兵に恋して突如辞めてしまったのだ。困り果てた2人は、街一番の美人姉妹であるソランジュとデルフィーヌに、代役としてステージに立って欲しいと出演依頼する。祭りの後パリに向かう一座と一緒に、姉妹を無事パリまで送り届けることが条件だ。

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祭りの日。コルベール広場にはたくさんの野外ステージが立てられ、様々な趣向を凝らしたショウが行われていた。エティエンヌとビルによる、新発売のオートバイの曲乗りショウの後、ソランジュとデルフィーヌ姉妹の歌とダンスもお披露目された。大勢の観客からやんやの喝采を受け、祭りは大盛況のうちに幕を閉じる。エティエンヌとビルは姉妹に惹かれ始めていたが、姉妹はパリでの新生活に思いを馳せていた。それぞれ心に想う人はいたものの、ロシュフォールで“運命の恋人”と巡り合うのは不可能に思えたからだ。

翌日。舞台を撤収している一座と合流するため、ソランジュとデルフィーヌは慌てて出発の支度をしていた。ところがダム氏が、アンディとソランジュを引き合わせるために姉妹のアパルトマンまでやってくる。ブブを学校まで迎えにいく約束をしていたソランジュは、ダム氏にピンチヒッターを頼み、アンディの待つダム氏の楽譜店まで飛んでいった。デルフィーヌは1人で母イヴォンヌの元へ出向き、別れの挨拶をする。一足違いで、無事兵役を終えて除隊となったマクサンスも、イヴォンヌにお別れを言いにやってきていた。姉妹がブブの出迎えをダム氏にお願いしたことを知るや、イヴォンヌはこの10年間決して忘れることのなかった秘密の恋人ダム氏と再会すべく、カフェを飛び出す。取り残されたデルフィーヌは、仕方なく1人でエティエンヌとビルの元へ向かった。いくら待ってもソランジュは来ない。ついに一座はパリに向けて出発した。

その頃、ソランジュはアンディと、イヴォンヌはダム氏と再会し、運命の恋の成就に酔っていた。恋人同士に余計な言葉など必要ない。だが恋の女神は、1人ぼっちになって寂しがるデルフィーヌにも優しかった。一座は、路上でヒッチハイクしていたマクサンスを、偶然拾ったのだった。

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行きつけの映画館で、ジャック・ドゥミ監督&ミッシェル・ルグラン音楽&カトリーヌ・ドヌーヴ主演という、黄金のトライアングル作品のリバイバル上映を行っていました。演目は「シェルブールの雨傘」と、この「ロシュフォールの恋人たち」。
前者は、全台詞を歌に乗せた画期的なミュージカル映画であり、大抵はハッピーエンドに帰結するというミュージカル映画の不文律を鮮やかに裏切った、ほろ苦い悲恋物語でもありました。また、ドヌーヴを女優として開眼させた記念すべき映画としても、フランス映画史に燦然とした輝きを残す名作。カンヌでは歓呼の中でグラン・プリ(現在のパルム・ドールに相当する賞)を獲得し、一躍ドゥミ監督の名を知らしめました。

対して後者は、「シェルブールの雨傘 Les Parapluies de Cherbourg」での大成功を受けて製作された、フランス映画初の本格的ミュージカル大作です。前者が、成就しなかった若い恋の哀しみを描いて永遠の名作となったのとは対照的に、今作は底抜けに明るくポジティヴな人生賛歌を歌い上げ、愛すべき作品となりました。
一般的な評価に照らせば、アルジェリア戦争がフランスに及ぼした翳りをも暗示した「シェルブールの雨傘」の方が、より優れた内容であるということになるでしょう。ですが私自身は、「ロシュフォールの恋人たち」の体現する、非現実的なまでのポジティヴィティも気に入っているのです。なにより、私がこちらの方を観ようと思い立った大きな理由である、最盛期のルグランのジャズ・ナンバーが素晴らしい。ジャズ特有の流動的かつ予測不能な転調の嵐の中でも、聴く者の耳を捉えて離さぬ強烈なメロディのインパクト。スタジオ内に作られた大掛かりなセットの中でパフォーマンスすることが多いハリウッド産ミュージカルと違い、実際の街並みをセットに見立て、数多い登場人物が街じゅうを所狭しと歌い踊る今作のバックには、ご機嫌なジャズ・ナンバーが綴れ織りのように流れるのがなんともいえずお似合いです。陽光眩しい南仏の空の下、開放感あふれるジャズに乗り、彼らは感情の高ぶりに従ってごく自然に台詞を“歌い”始めるわけです。私はこれまで、フランス語での歌唱とミュージカルはあまりそぐわないと思っていたのですが、今作に限ってはそれも杞憂に終わりました。ちょっと気取ったフランス語の発音が、スピーディーなジャズ・ナンバーに乗ると不思議と朗らかで幸せな気分を演出してくれる様は、ルグラン節あってのマジックでしょう。

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今作では、登場人物それぞれが抱える秘密や人生が、他の人物と少しずつリンクすることによって互いに影響を与え合い、新しい物語を切り開くきっかけになっていきます。いわば一種の群像劇で、作品のテーマである“運命の恋は何処に?”を主旋律として、登場人物を変えて繰り返し歌わせ、作品全体をゆるやかに結ぶ輪を形作るのです。彼らが劇中で出会ったりすれ違ったりしながら、一歩一歩真実の恋に近づいていく様子は、曲が進むごとに踊るパートナーを変えていく輪舞曲のよう。ソランジュの黄色の帽子、デルフィーヌの赤色の帽子、緑や紫、ピンク色など鮮やかなパステルカラーの衣装をまとった踊り子たちが、くるくる円を描きながらステップを踏むと、それを上空から俯瞰するカメラの効果もあり、作品の持つ“輪舞曲”の印象はより強まります。また、登場人物それぞれがハッピーエンドに収まる大団円に向かっていくであろうことが、観客の心にも予感されますね。一見すると、あちこちにお話の重心が移ろっていくようにも見えるストーリーラインですが、まあ多少のご都合主義的展開に目をつぶれば、よく練られた脚本と台詞、歌詞によって、クライマックスに向けて張られた伏線がうまく機能しているといえましょう。皆が“あふれんばかりの幸福”に、無事円を描きつつ帰着する喜び。ジャック・ドゥミ監督というロマンティストは、きっとそれを“御伽噺”と称したのであろうと思われます。

恋に夢見る双子姉妹の、それぞれの性格を反映したようなロマンティックな恋模様、旅から旅への2人組芸人の、物慣れた様子でありながらその実ほろ苦い刹那の恋、酸いも甘いも知り尽くした熟年だからこその、不器用で、でも誠実な大人の恋の行方…。今作は、ハリウッド産ミュージカルの束縛を軽やかに逃れ得た、ヨーロッパらしい音楽映画であると同時に、様々な愛のカタチをスケッチした恋愛映画だと位置づけることも可能です。また、天真爛漫な恋が成就する多幸感の傍らで、40年間の無償の愛が裏切られた老人の末路が無情に描かれます。そのシニカルさときたら、ただのスィートな恋物語では終わらない後味を感じますね。それに、ロシュフォールの恋人たちの恋愛を邪魔立てするかのように、始終画面を横切っていく海軍の行進も不気味です。当時のフランスに翳りを落としていた社会不安を、そこにさりげなく暗示する意図もあったと思われます。

今作最大のお楽しみは、なんといっても、ドゥミ監督必死のラブコールによって招聘が実現した、大スター、ジーン・ケリーとジョージ・チャキリスの出演でしょうね。ケリーが年齢を感じさせないステップを踏めば、画面はたちまち「巴里のアメリカ人」の世界になり、チャキリスが元気いっぱいにダンスすれば、そこは「ウェスト・サイド物語」の街角に変身します。それぞれが画面にゴージャス感を付与しつつも、その個性が作品を凌駕してしまわないのは、やはり全てをまとめるドゥミ監督のチャーミングなセンスの賜物。こと、ケリー扮するアンディとソランジュの出会いのシーンなど、鼻から脳髄が垂れ落ちてきそうなベタな甘さなのですが(笑)、適度なユーモアを交えて面白いものに仕上がっています。不思議としっくりくるというのか。チャキリスの若さは予想通りでしたが、私には、アンディとソランジュのやり取り、またアンディと旧友ダム氏のやり取りが印象深かったですね。

これはおそらく、ソランジュを演じたフランソワーズ・ドルレアック(カトリーヌ・ドヌーヴの実姉)のコケティッシュな魅力と、コメディエンヌとしての器用さに負う部分が大きかったと思います。当時ドヌーヴは既に大スターになっており、妹より一足先に女優として認められていたドルレアックは、ルックスの面でもスター性という面においても、“妹に追い越された” 感がありました。図らずも同時期に封切られた2人の主演作「シェルブールの雨傘」(ドヌーヴ主演)と「柔らかい肌」(ドルレアック主演)が批評面において正反対の扱いを受けたことで(「柔らかい肌」は当時酷評された)、ドヌーヴは一躍新進スターに祭り上げられ、ドルレアックはキャリアに傷をつける羽目になったのです。それでも今作を見る限り、より陰影の深い演技を見せてくれるのは、むしろドルレアックの方だということがわかるはず。コミカルな演技は、さじ加減を知らなければうまくこなすことはできません。外見の華やかさでは、妹に一歩道を譲る彼女でしたが、演技面では卓越したところを披露していました。撮影中は、姉妹2人で一緒に楽しいときを過ごすことができたようですが、ドルレアックは今作完成の翌年に自動車事故であっけなく逝去してしまいます。その胸中を思いやると、この明るい映画の中でキュートに歌い踊るドルレアックの姿に、感慨深いものを感じますね。

アンディの旧友にして、みょうちきりんな名前を持つばかりに愛する女性を失ってしまった無類のお人良し、ダム氏。名脇役ミシェル・ピッコリが、普段は周囲に撒き散らし放題の雄臭いセックス・アピールを見事封印し、いいおぢさんになり切っています。アンディを演じるケリーや、ソランジュを演じるドルレアック、そして実はダム氏の恋人であった姉妹の母親イヴォンヌを好演したダニエル・ダリュー(今尚現役の、大大大女優)の引き立て役に徹し、めちゃくちゃ好印象なのですよ。甘い歌声は残念ながら別の歌手の吹き替えでしたが、ピッコリの演技の幅の広さはさすが。

一方、自分で持ち歌もきちんと歌い切ったのは、チャキリス以外ではダリューのみでした。独特のうりざね顔は熟年になっても健在で、実年齢を感じさせない若々しさ。大きな娘が2人いても、過去に逃してしまった恋と巡り合うや、たちまち 10年前のキュートな表情に立ち返る様なんぞ、いっそうらやましいほどでしたね(笑)。あんな風に可愛く年をとりたいもんだ。

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余韻残るラストまで、一貫して楽しい気分を味わわせてくれた今作。作品に込められた、“幸せでいっぱいになるような映画を作りたい”というドゥミ監督のメッセージは、今だからこそ、私たちの胸に力強く迫ってくるのではないでしょうか。




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