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zoom RSS 「ストレンジャー・ザン・パラダイス Stranger Than Paradise」

<<   作成日時 : 2018/04/03 00:12   >>

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何も変わらないように見えて何かが為す術もなく変わってゆく、この不条理なるモノクロームの世界。

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「ストレンジャー・ザン・パラダイス Stranger Than Paradise」(1984年)
監督:ジム・ジャームッシュ Jim Jarmusch
製作:サラ・ドライヴァー
製作総指揮:オトー・グローケンバーガー
脚本:ジム・ジャームッシュ Jim Jarmusch
撮影:トム・ディチロ
音楽:ジョン・ルーリー John Lurie
出演:ジョン・ルーリー John Lurie
エスター・バリント Eszter Balint
リチャード・エドソン Richard Edson
セシリア・スターク他。


“The New World,”

ウィリーがハンガリーから“新世界 The new World”ニューヨークにやってきたのは、今から10年前のことだ。ハンガリーは遠い。物理的にも勿論だが、未来やら希望やらといった言葉からも遠い場所にある。少なくともウィリーにとっては、故郷はそんな場所だった。手に職もなく、真面目に勉学に励んだ記憶もない男にとって、手っ取り早く金を稼ぐ方法は博打ぐらいしかなかった。ギャンブルで一発当てられる可能性が高いのは、ハンガリーではなくアメリカだろう。
“ベラ・モルナー”というハンガリー人らしい名前を捨て、その日暮らしのギャンブラー“ウィリー”となった彼に、クリーブランドに住む叔母から電話があった。ハンガリーから、新生活を夢見てウィリーの従妹にあたる少女エヴァがやってくるのだが、叔母が急に入院する羽目になり、その10日間だけエヴァを預かってくれないかという頼みだった。叔母もクリーブランドに住んで長いというのに、今だにウィリーとはハンガリー語でしか話さない。しかも、一方的に捲し立てて勝手に話を切り上げる人なので、今回もまたウィリーに反論する隙を与えなかった。
16歳にしては斜に構えたというのか、元々が変わり者だったのか、ウィリーのアパートにひょっこり顔を出したエヴァは、無表情で無口で取り付く島もなかった。無愛想なウィリーと変わり者のエヴァ。勿論、接点などない2人は、かみ合わない会話を続けねばならない苦痛のように、いたたまれなさを周囲にまき散らす。だがそれも、毎日顔を突き合わせてお互いの暮らしぶりを観察するうちに、否が応でも会話を交わすようになり、ウィリーの相棒であるエディのお調子者っぷりにも助けられ、それなりに打ち解けた。エヴァがクリーブランドに帰る日までには、彼女がウィリーの生活に必要不可欠な食料“TVディナー”を、ウィリーが“最も女らしい”と考えるワンピースを、彼女に買ってきてやったりするまでに親しくなったのだ。叔母が退院し、エヴァがクリーブランドに発つ日が来た。エヴァは、ウィリーが餞別に贈ってくれたワンピースに一応腕は通したものの、アパートの外でさっさと脱ぎ捨て、ゴミ箱に押し込んでしまう。理由は、“ダサくて着られたものじゃない”から。…こうして、エヴァにとっての“新世界 The New World”との初遭遇となったニューヨークでの生活が終わった。



“One Year Later,”

ダサいワンピースを着ようがゴミ箱に捨てようが、時間は経つし人生も続く。ウィリーが、1週間の間、エヴァと何とも形容しがたい不思議な共同生活を送った約1年後のこと。ウィリーにツキが巡ってきた。ポーカーでボロ勝ちしたのだ。もちろんいかさまであるが、勝てば官軍。気持ちが大きくなったウィリーは、何を思ったか、今は叔母の家で暮らすエヴァに会いに行くことを思いつく。季節は冬、クリーヴランドは凍り付いていることだろう。
ウィリーとエディは気が遠くなる程車を運転し続け、震えながら叔母の家に辿り着く。エヴァはホットドッグ屋でアルバイトをしており、ボーイフレンドまで作ってなかなかうまくやっているようだった。しかしエヴァはウィリーとエディのコンビとの再会を喜び、彼らがクリーヴランドに滞在中、1年前の時と同じようにダラダラとつるむ。ところが、やはりというべきか、冬場は深い雪に閉ざされてしまうクリーヴランドは、ウィリーには単調に過ぎる町だった。エヴァを加えた3人で駄弁るだけでは間が持たない。ウィリーは叔母の家に押し掛けた時と同様、またしても唐突に、“あったかい天国フロリダに行ってくるわ”と宣言。叔母の驚きと大反対を押し切り、常日頃身勝手なウィリーらしくもなく、“あ、(ついでに)エヴァも連れてくから”と一方的に宣言した。エヴァはエヴァで、いつものように思考の読めないポーカーフェイスを保ったまま、ボーイフレンドを放ってウィリーたちについていった。



“Paradise,”

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クリーヴランドから遥々車を飛ばして陽光輝く(はずの)“天国 Paradise”にやってきた3人組。だが、彼らが泊まるモーテルは、ウィリーがエヴァの宿代用の金をちょろまかしたため、人里離れた閑散とした場所にポツンと建ったボロ屋であった。いくら周囲を見渡しても、フロリダの太陽もビーチも何も見えない。それどころか、他に人家らしきものすら見当たらないという有様だ。バカンスの“バ”の字も当てはまらないモーテルを見て唖然とするエヴァだったが、その翌日、ウィリーとエディが、当のエヴァからちょろまかした金を元手にドッグ・レースに出かけてしまったのを見送って、呆れ果てる。後ろめたい金を使った天罰が下ったのだろう、ウィリーたちは大負けしてモーテルに戻ってくる。他人の金を黙って着服しておいて、それでギャンブルをするとは面の皮が厚いにも程があろう。しかも、全額スッてきたひにゃあ(笑)。ツキを失って虫の居所が悪いウィリーと、“天国”フロリダでの理不尽なる囚人扱い、特にウィリーの身勝手さに怒り心頭のエヴァは、派手に喧嘩をやらかした。
翌朝。懲りることを知らぬウィリーとエディは、犬で負けた分を馬で取り戻そうと、競馬場に勇んで行った。エヴァは侘しいモーテルのボロ部屋に置いてきぼりである。うんざりしたエヴァは馬鹿者どもを無視し、1人で観光を楽しむことにした。モーテルの外に出て海岸をうろつく。多くの人がマイアミに期待するような、目に眩しい陽光も熱気を癒す海からの爽やかな風もない。ただ海水と砂があるだけだった。ところが、フードを被ったままうろつく胡乱な彼女の傍に、同じように胡乱な格好をした男が近づいてきた。そして、フードの下の目線をさらに下げ、周囲を警戒しながら手早く紙包みを彼女の手に押し付けた。男はそのまま足早に立ち去り、事態が呑み込めないエヴァは、またしてもその場に置いてきぼりをくったのである。だが、モーテルに戻った彼女が恐る恐る包みを開けてみると、腰を抜かすような大金が。恐らくくだんの男は、彼女をヤクの売人と勘違いしたのだろう。取引したブツの代金か。エヴァは金を三等分すると、ツキのない博打うち2人に恵んでやった分の金と置手紙を残してモーテルを出た。

珍しくツキを取り戻し、大勝ちして意気揚々とモーテルに戻ってきたウィリーとエディは、エヴァからの贈り物を見て驚く。彼女は空港に向かった。予想外の副収入を得たので、恐らく故郷のハンガリーに帰るつもりなのだろう。それもこれも、単調で夢のない“新天地”アメリカに幻滅したせいだ。ウィリーは、他ならぬ自分自身がエヴァの感情を踏みにじり、好き勝手やってきたことが彼女の幻滅の主因であることは棚に上げ、これまた身勝手にも、エヴァを連れ戻すために空港に馳せ参じた。
その頃エヴァは、思案に思案を重ねた挙句、ようやくハンガリー行きの便のチケットを購入したところだった。ウィリーとエディは空港のカウンターで、エヴァが搭乗したであろうハンガリー行きの便が離陸間近であることを知る。一足違いだった。とりあえずウィリーのみチケットを購入し、機内に入ってエヴァを説得する魂胆で搭乗口へ。
ハンガリー行きの飛行機は程なくして飛び立った。案の定、ウィリーは戻ってこない。エディは、空に吸い込まれて次第に小さくなっていく飛行機を見送りながら独り言ちる。“こんな風になるんじゃないかと思ってたんだ。なあウィリー、ハンガリーくんだりまで行って何すんだよ?”

…当のエヴァはといえば、なんと土壇場で帰国を断念し、あのシケたマイアミの安モーテルの部屋に1人で舞い戻っていた。

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長編第1作目「パーマネント・バケーション Permanent Vacation」(1980年)で、世界中の映画好きたちのハートをがっちり掴んだジャームッシュ監督。長編処女作らしい瑞々しさと、良い意味での青臭さ、垢抜けない素直さがちょっぴり肩を怒らせ気味のとんがった映像にマッチし、いかにも“通好み”の映画作家の誕生を感じさせました。初めてこの作品を観た時には、主人公アリーの一人称に終始する自己完結的な語り口があまり好きになれませんでしたね、そういえば。個人的には、商業用長編映画第2作目となったこの「ストレンジャー・ザン・パラダイス Stranger Than Paradise」の方が圧倒的に好き。ポーカーフェイスなまま、てんで自分勝手に動き廻る登場人物たちの腹の中が全く読めず、従って観客にとっては唐突に展開するようにも見えるこの物語に、私たちは至極安易に“不条理”というレッテルを貼ってしまいます。

しかしこの種の不条理さって、普段私たちが何の気なしに送っている日常生活の中にも、実はあちこちに潜んでいるもの。誰かにとっての正義が、他の人間にとっては逆の意味になる様に、それぞれ異なる価値観や意義、目標などを持つ人々の人生は、本来てんでバラバラの方向を向いていると思います。そんな連中が大勢寄り集まれば、予想外の所でぶつかりあったり、意外な場面で意気投合したり、人生のドラマの行方は誰にも予測できません。そんな状態を表現するのに、なるほど確かに“不条理”という言葉は便利ですよね。この作品を観ていると、それがよくわかります。おそらくそんな所が観客に愛される所以なんでしょう。

1984年に開催された第37回カンヌ国際映画祭では、新人賞にあたるカメラ・ドールを獲得し、同年、第19回全米映画批評家協会賞も授与されました。ジム・ジャームッシュ監督は、この作品で映画作家として一気に知名度を上げた形になります。

私自身がジャームッシュ監督の作品を観たくなる時というのは、日常生活の中で夢や希望を忘れかけた時。彼の作品はどれも、肩に力を入れまくり、鼻息も荒く力みまくって対峙するようなもんじゃないと思います。頭も心もぼんやりと疲労した時、魂がどこかにフラフラと放浪しそうになる時、なぜか無性に見てみたくなるという感じですかねえ。いざ映画を見ている時にしても、彼の作品に限っては、目を見開いてシーン1つ1つを脳裏に焼き付けんばかりに睨みつける、という姿勢はあり得ない(笑)。なんとなく画面を見つめているうちに、ワンシーンあるいはワンカットの裏側に潜む巧妙なる計算の末の演出にいつのまにか魅了されているというわけです。

大声でテーマやらなにやらを叫びたてて観客の関心を引くのではなく、作品のあちこちに仕掛けられた面白さや、表立って主張しない演出によって醸し出されるそこなはかとない可笑しさ、全てが奇妙にかみ合わない様子、余韻のように残る寂しさ、あるいは密やかな頽廃といったもので、“気づく人にだけアピールする”ジャームッシュ作品というのは、ある意味とてもオリジナルであり、他の追随を許さないのだと、最近になってやっとわかってきた次第。


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