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zoom RSS Deep in a Dream of 「ブルーに生まれついて Born to be Blue」2

<<   作成日時 : 2017/02/13 13:27   >>

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現在のところチェット・ベイカー唯一の伝記本『Deep in a Dream: The Long Night of Chet Baker』(ジェイムズ・ギャビン James Gavin著)を紐解くと、この映画「ブルーに生まれついて Born to be Blue」が描いた時期以降のチェットは、復活を果たした後、やはり彼自身の肌身に合っていたのだろう、1975年から単身でヨーロッパに渡っていることがわかる。ヨーロッパを漂うように移動しながら、お呼びが掛かればどこでも旺盛なライブ活動を行い、もちろんどこのレコード会社でも、どんなバンド編成でも臨機応変かつ柔軟にスタジオ録音にも意欲的に取り組んでいる。1986年には初めて日本の地を踏み、東京で公演を行い好評を博した。

晩年のヨーロッパ漂流時代に彼が遺したアルバムは、新規のスタジオ録音盤、ライブを録音しただけのもの、あるいは海賊版まで含めると、もはや数を追えない程多数にのぼる。1988年、アムステルダムのホテルの窓から転落死するまで、晩年の彼は金も不動産も車も、およそ私財と呼べるものは一切持たず、家族も持たず、1か所に腰を落ち着けた生活を拒否し、常に仕事がある場所に赴いてホテルに住み、その場で知り合った女たちと酒やドラッグで遊ぶという暮らし振りだった。音楽に対しても、ボーカリストであるにもかかわらず自分で作詞・作曲することにはさして関心は持たず、一貫して他人が作った楽曲を自分なりの解釈で演奏し、自らの個性を主張するスタイルを貫いていた。私生活についても、死ぬまで流動的で受動的だったわけだ。ここまで“自我”を否定する生き様も珍しいし、そこにはある種の確固とした信念すら感じられる。

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「チェット・ベイカー・シングス Chet Baker Sings」(1954年)

彼の音楽が受動的な創造性から生まれるのであれば、そんな音楽家の神髄を描写するには、従来の伝統的な音楽伝記映画の手法は不向きだと思う。…何となく(笑)。ドラマチックな出来事が連続し、物質的な成功や華々しい名声を獲得した後に挫折を経験し、そこから努力と愛の力で立ち直って再起する…という、よくあるパターンの愛と感動と涙の予定調和の中に、チェットの人生は残念ながら全く当てはまらない。彼のキャリアは初期の50年代の頃に急激にピークを迎え、批評家やジャズ・ファンからは冷笑されつつも物質的な成功に恵まれた後は、煙のようにジャズの歴史から消えてしまったからだ。「ブルーに生まれついて Born to be Blue」が描くように、確かに60年代半ばから70年代初めにかけて彼は必死の努力で再起を果たしはしたが、その後の彼がヒットチャートに名前が挙げられるような名声を取り戻したわけではない。彼の音楽も彼の生き様そのものも多分に感覚的で、抽象的で、前衛的で捉え難く、どこまでが真実でどこからが夢の中の出来事なのか、それこそ酒やドラッグによる酩酊と別ち難く結びつく、曖昧なものなのだ。

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「ブルーに生まれついて Born to be Blue」の物語の始まりである、1964年にヨーロッパから戻ってきたチェットが、ディノ・デ・ラウレンティスの企画した自伝映画に自ら主演する予定だったという話は、本当にあったことだ。企画はされ、脚本が書かれ、監督もスタッフもキャストも決まり、チェットは多額の前払い金を得た。ところが、ドラッグを断って“クリーンになる”という条件を、当のチェットが守れなかったために、ただでさえトラブルメーカーであったチェットとの仕事にラウレンティスが興味を失ってしまった。企画は撮影前に立ち消えになり、従って、“チェット主演の自伝映画”は、実は撮影もされていない。この映画では途中まで撮影されていたような描写だったが、そこは創作だ。もし仮に、この自伝映画が撮影されていたとしたら…という創作部分は、モノクロの少しざらついた質感のクールでアンニュイな映像処理が施され、チェット自身の最盛期であった50年代の出来事(これらは事実)を描写するために本編に組み込まれている。この映像は、チェットもその渦中にいたウェストコースト・ジャズのムーブメント全体の雰囲気をも暗示しているようだ。
50年代のチェットにまつわる史実は、架空の自伝映画の中でチェットらしく極めて象徴的に、感覚的に描かれ、一方で映画の中のチェットにとっての“現在”である60年代から70年代初頭にかけての時代では、少し抑えた色味の淡いパステル調の色彩の映像が、当時の雰囲気をうまく醸し出しながら展開される。そしてその“現在”の時制の中では、今作の主題であるチェットとジェーンの愛情関係の変化が、不安と痛みを伴う甘美な陶酔と、危うい綱渡りを続ける彼らの関係そのままの緊迫感との間を行ったり来たりしつつ描写されるのだ。

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チェットとジェーンの物語に寄り添う“今”に、チェットの過去が、彼のトラウマの元凶たるバードランドでの出来事が、チェットの心理状態の変化に伴って不意に陰鬱なモノクロで差し挟まれる様は、まるで歩きながら白昼夢をみているような感覚だ。そんな、地に足がついていないような、不安定で、しかしどこか躁的な多幸感を伴う浮遊感もまた、チェット自身の捉えどころのない人生とよく合っていると思う。結局は死ぬまでドラッグから逃れることができなかった彼の根無し草人生は、具体的な成功とも無縁であり、客観的にみれば悲惨だともいえる。しかし、何にも囚われることなく、全てのわずらわしさから解放された真に自由な生き様だったと考えれば、この作品が体現する根拠のない多幸感と、どうしようもないほどのロマンティシズムは、案外チェットその人の真の姿を正確に伝えているかもしれないのだ。

このように、この作品では、過去が現在の時間を侵食し、また創作が史実を侵食していくという独特な倒錯感も体感できる。

そう、今作の主人公の1人であるジェーン、チェットにとっては運命の女性だった肝心要のジェーンその人こそが、今作最大の“創作”であると知ったら、おそらくほとんどの伝記映画好きは怒り出すに違いない。

チェットの幻の自伝映画でチェットの前妻を演じ、どん底時代のチェットに献身的に尽くして彼の復活を手助けしたものの、自分自身の人生とチェットのそれが結局交わることがないと悟って自ら去っていったジェーン。今作では、ジェーンを演じたカルメン・イジョゴ Carmen Ejogoの凛とした清潔な佇まいと好演によって、慈悲深くも自身を見失うことのない自立した女性として大変魅力的に素描されていたジェーンこそが、実在しない架空の人物なのだ。ジェーン以外の関係者―ディック・ボック、チェットの両親、ダニー・フリーマン、マイルス・デイヴィス、ディジー・ガレスピーら―は皆実在するキャラクターだが、この全ての男性にとっての理想の女ともいえるジェーン像は、チェット・ベイカーの悪い面ではなく“良い面”を引き出したいというロバート・バドロー Robert Budreau監督自身の願望が生み出した“夢”そのものだ。監督のチェットへの激しい思い入れが生んだジェーンというキャラクターこそが、数々の醜聞にまみれてしまったチェット・ベイカーを一旦浄化させ、誰も知らない彼の素顔、彼の音楽性の神髄に肉薄しようとする監督のアプローチの鍵であった。と同時に、ジェーンという創作を作品の要に据えることで、この作品を伝記映画が持つジレンマ―映画の中の史実との差異が、映画そのもののパワーを奪ってしまう―から解き放ち、かつてのチェットの人生のように、観客各々が独自の考えでもって自由に“チェットの真実”にアプローチし、“チェットの音楽”を自由に解釈できるようになったともいえる。

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私たちが音楽を聴く時、私たちは聴こえてくる音からそのミュージシャンの思考や人生までも夢想する。「ブルーに生まれついて Born to be Blue」を見ている私たち観客もまた、チェットのアルバムを聴いている時のように、映像から絶え間なく流れてくる素晴らしいジャズ・ナンバーに心地よく身を委ねながら、チェットの音楽に集中し、誰にも邪魔されず、誰の意見をも強要されることなく、チェットの真実の姿を夢想している。それは言ってみれば、観客と映画が描く人物の間に余計な障害物が存在しない状態だということだ。観客がある実在の人物の生き様を理解するのに、それは実は最も理想的な環境であるかもしれない。

創作が史実の穴を埋めて真相を明らかにし、観客と史実をより一層近付けてしまうという逆説は、頭打ちになった伝記映画製作の今後に、光明を与えるに違いない。…今思い出したが、ジョシュア・オッペンハイマー監督の画期的なドキュメンタリー映画「アクト・オブ・キリング The Act of Killing」(2012年)も、この、創作と史実のハイブリッド作品の系列にある作品だった。映画が明らかにしようとする事件の当事者が、その史実を自ら“演じる(創作)”ことで、事件の背後に隠れていた事情を余さず暴いてしまう衝撃。それは、史実を事件のアーカイブ資料で羅列していくより、余程鮮烈に事件そのものを観客の心に焼き付ける。同様の効果が、「ブルーに生まれついて Born to be Blue」にもあると思う。

おそらく一般のジャズ・フリークの方々にとっては、チェットにまつわる逸話を“翻案”し、チェットの人物像を故意にロマンティックに美化している今作は、もはや伝記映画ですらないだろう。また、『Deep in a Dream: The Long Night of Chet Baker』(ジェイムズ・ギャビン James Gavin著)が暗示するような、自滅的で破壊的な疫病神の如くのチェット像を信じている人たちにとっても、今作が示唆する、子供っぽくて不器用で繊細で、しかし愛情と音楽には滅法忠実で純粋な愛すべきチェット像は、少女漫画の域に到達する飛躍ぶりかもしれない。それでも、バドロ―監督が“チェットの史実の穴を創作で埋め”て観客をチェットの実像により近付けた魔法は、どんな史実よりも信ずるに値するかもしれないのだ。少なくとも、私はその魔法を信じている。


「ボーン・トゥ・ビー・ブルー<SHM-CD> Soundtrack Born to be Blue」
1. マイ・ファニー・ヴァレンタイン My Funny Valentine (イーサン・ホーク Ethan Hawke:歌)
2. 虹の彼方に Over the Rainbow
3. レッツ・ゲット・ロスト Let's Get Lost
4. Ko-Opt
5. クッド・ハヴ・ビーン Could Have Been
6. アイヴ・ネヴァー・ビーン・イン・ラヴ・ビフォー I've Never Been in Love Before (イーサン・ホーク Ethan Hawke:歌)
7. ワンス・アウェイ Once Away
8. ブルー・ルーム Blue Room
9. ハイチ人の戦闘の歌 Haitian Fight Song (チャールス・ミンガス Charles Mingus)
10. ボウリング・アレイ・ブギー Bowling Alley Boogie
11. ゴー・ダウン・サンシャイン Go Down Sunshine (オデッタ Odetta)
12. テキーラ・イヤーワーム Tequila Earworm
13. ア・スモール・ホテル A Small Hotel
14. ボーン・トゥ・ビー・ブルー Born to be Blue

さて、チェットが生きた時代のジャズ・ナンバーと色褪せることのない名曲の数々が変幻自在に、魅惑的に、途切れることなく今作の映像に流れ続ける。音楽が鳴りやんでもそのサウンドの余韻が、常にジェーンとチェットの傍に寄り添い、漂い続けているのが見える。チェットが自分で作詞・作曲をしなかった史実は、バドロ―監督と、監督の短編『Dream Recording』(2004年)でもジャズ音楽の作曲と編曲を手掛けた気鋭のジャズ・ピアニスト、デヴィッド・ブレイド David Braidに、音楽面における自由をも与えた。彼らはチェットにゆかりの深い楽曲の他に、彼ら自身が好きな楽曲を選んで、ブレイドが変幻自在にアレンジを施すことが可能になったからだ。今作の魅力の大きな部分を占める、ブレイド編曲、演奏によるジャズ・ナンバーの数々がもたらしてくれる高揚感を、皆さんもぜひ堪能してほしい。音楽映画では音楽が常に映像の背後に流れているものだが、今作では映像と音楽がぴったり一体化し、映像が語り尽せぬ感情を音楽が代弁するカタルシスが作品全体を包み込んでいる。その幸福感は、おそらくチェット自身もトランペットを吹く際に味わっていたのと同じものだと思う。

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2014-10-22
チェット・ベイカー

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「レッツ・ゲット・ロスト〜オリジナル・サウンドトラック CD, Limited Edition Let's Get Lost」
チェット・ベイカー Chet Baker
1. ムーン・アンド・サンド
2. イマジネイション
3. ユアー・マイ・スリル
4. フォー・ヘヴンズ・セイク
5. さよならを言うたびに
6. ゴースト・オブ・ア・チャンス
7. デイドリーム
8. ポートレイト・イン・ブラック・アンド・ホワイト
9. ブレイム・イット・オン・マイ・ユース
10. マイ・ワン・アンド・オンリー・ラヴ
11. エヴリシング・ハプンズ・トゥ・ミー
12. オールモスト・ブルー


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