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zoom RSS Deep in a Dream of 「ブルーに生まれついて Born to be Blue」1

<<   作成日時 : 2017/02/10 17:41   >>

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“俺はただ演奏がしたいだけなんだ。自分の思い通りに。”

"I've never been in love before
I thought my heart was safe
I thought I knew the score
But this is wine that's all too strange and strong
I'm full of foolish song
And out my song must pour
So please forgive this helpless haze I'm in
I've really never been
In love before." - "I've Never Been in Love Before"

“今まで恋したことなんてなかった
たとえ恋に落ちたとしても
自分は大丈夫だとばかり思ってた
でも
今まで知らなかった不思議な味のワインを
飲んでる気がする
すっかりバカみたいに酔っ払ってる
だから霧の中に迷い込んで出られない僕を
どうか許しておくれ
僕は本当に
今まで恋したことなんてなかったんだ”

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「ブルーに生まれついて Born to be Blue」(2015年)
監督&脚本:ロバート・バドロー Robert Budreau
製作:ジェニファー・ジョナス Jennifer Jonas、レナード・ファーリンジャー Leonard Farlinger、ジェイク・シール Jake Seal
撮影:スティーヴ・コーセンス Steve Cosens
編集:デヴィッド・フリーマン David Freeman
作曲:トドール・カバコフ Todor Kobakov、スティーヴ・ロンドン Steve London
作曲&編曲:デヴィッド・ブレイド David Braid
美術:エイダン・ルルー Aidan Leroux
衣装:アン・ディクソン Anne Dixon
キャスティング:ナンシー・クロッパー Nancy Klopper
再録音サウンドミキサー:マーティン・ジェンセン Martin Jensen
出演:イーサン・ホーク Ethan Hawke(チェット・ベイカー)
カルメン・イジョゴ Carmen Ejogo(ジェーン/エレイン)
カラム・キース・レニー Callum Keith Rennie(ディック・ボック)
トニー・ナッポ Tony Nappo(保護観察官リード)
スティーヴン・マクハティ Stephen McHattie(チェズニー・ベイカー Sr.)
ジャネット=レーヌ・グリーン Janet-Laine Green(ヴェラ・ベイカー)
ダン・レット Dan Lett(ダニー・フリードマン)
ケダー・ブラウン Kedar Brown(マイルス・デイヴィス)
ケヴィン・ハンカード Kevin Hanchard(ディジー・ガレスピー)他。

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映画のパンフレットに目を通すと、チェット・ベイカーに魅せられ、ついでにまっとうな道も踏み外したのかもしれない文化人のエッセイが満載だ。作家の立場から、あるいはチェットと同じジャズ・ミュージシャンの立場から、皆さん、“チェットと僕/私”について思い入れたっぷりに語っていらっしゃる。チェット・ベイカーという捉えどころのない摩訶不思議なミュージシャンについては、“ああ、アルバム1〜2枚聴いたことあるよー、あの人なんか良いよねー♪”という“流し聴き”というか、“つまみ食い聴き”が不可能なミュージシャンであるのは確かだ。一言で言い表すならば、彼の音楽はまさに“悪魔の音楽”。その昔、某メタル・バンドがファンの少年の親から訴えられたという意味での“悪魔的”ではなく、一度でもその音色に魅せられたなら、一緒に奈落の底までずるずると引きずり下ろされてしまうような、そんな類の音なのだ。しかも、聴く者をはっきりと選ぶ。万人に愛される音楽ではない。チェットの音楽と相性が良い人は彼の音楽にとことん惚れこむし、逆に受け入れられない人にとっては苦痛なだけの音だろう。だから、彼の音楽を愛する人が書いたチェットに関する文章は、深淵を覗き込んだ者だけが醸し出す業を感じさせたりする。

そうだなあ、うっかり人前で“チェット・ベイカーの大ファンです”と口を滑らせようものなら、相手から憐れみのこもったまなざしで見つめられるか、あるいは、目線を合わせないように避けられてしまうかのどちらかだな、きっと(笑)。

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多くの天才の音楽がそうであったように、チェットの音楽もまた彼の波乱万丈の―アップダウンの激しい―生涯を正確に映し出す鏡であった。しかし同時に、チェット自身の人生がどの方向に転がっていこうとも、また、いくらドラッグに塗れて汚されようとも、彼の音楽だけは、ある種の侵しがたい清廉さを奇跡的に保ち続けた。それは、チェットが彼自身の人生を挺して守り抜いた、最後の矜持であったように思われてならない。キーの高い甘い甘い歌声も、ドラッグの売人に暴行されて大怪我して以降は、“almost flat”と言われたように、テクニック重視からエモーション重視に移行した演奏スタイルも、本当に不思議なことに、年をとるのを忘れたかのようだった。チェットは58歳のとき、アムステルダムのホテルの窓から転落死した。もちろん58歳での死なんて、私たちの感覚では早過ぎる死だ。だが、晩年の彼の外見は、酒とドラッグのせいで実年齢より遥かに老けていたし、外見だけでなく肉体の中身の方も、実年齢より酷く蝕まれていたはずだ。それを考えれば、晩年まで衰えることのなかったあの妙に澄んだハイトーンボイスとトランペットの音は、奇跡的であったとすら思う。おそらく、チェットのそんなアンビバレントな魅力も、精神の深い部分に何かしら暗い病巣を抱える人間たちを引き寄せてしまうのだろうな。

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Metrodome
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チェット最晩年のドキュメンタリー映画「レッツ・ゲット・ロスト Let's Get Lost」(1988年)を製作した写真家ブルース・ウェーバー Bruce Weberはどうだったのだろう。これは音楽ドキュメンタリーとしても、またチェット・ベイカーという掴みどころのない人間の肖像を多面的に捉えようと試みた万華鏡のような伝記映画としても、そしてもちろん、ウェーバーらしい官能的で息をのむ程美しいシーンが連続する作品としても、非常に完成度の高い映画だ。まあしかしそれ故に、ウェーバー氏自身もやっぱりチェット・ベイカーという毒に侵されてしまった、哀れな患者の1人だったのだろうと推測できる。ところがこのドキュメンタリーですら、チェットに近しかった友人たちに言わせれば、“嘘っぱち”な内容であったのだそうだ。まあ、ドキュメンタリーといえども所詮は映画、カメラで映した映像は真実であっても、編集という手がそこに加えれば、映像はノンフィクションからフィクションに摩り替ってしまう。しかしそれを差し引いても、やはりチェットという人間は、史実を調べても調べても一向に実像に辿り着けない、どこまでが真実でどこからが脚色なのか見極められない、正体不明な男であったと考えるしかない。

Deep in a Dream: The Long Night of Chet Baker
Chicago Review Press
2011-07-01
James Gavin

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現在のところ、チェット・ベイカーの伝記本は『Deep in a Dream: The Long Night of Chet Baker』(ジェイムズ・ギャビン James Gavin著)しかない状態で、彼の実像を知る手がかりは、この本と前述のドキュメンタリー「レッツ・ゲット・ロスト Let's Get Lost」だけ。トランぺッター人生を断たれかけた大怪我から復帰した後は、ヨーロッパへ流れていったチェットの本当の姿は、結局誰にも分からなかった。元妻や愛人といった存在はいたものの、彼女たち自身も問題を多く抱えており、チェットの傍について彼の世話を焼くどころではなかったようだし。…ひょっとしたら本人にもよく分かっていなかったかもしれない。なにしろ、酒とドラッグで、彼の精神は常に酩酊していたようなものだ。記憶も時間の感覚も曖昧で、彼の日常の中でどこまでが現実でどこからが幻想なのか、彼自身も覚束なかったに違いない。そんな人間の実像なんぞ、一体どうやって明らかにすればいいのか。不可能だろう。

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ならば、いっそのこと、彼の人生の謎である部分(チェットの場合、ほとんどが謎だとも言えるが)を自由に脚色し、作り手が考える独自のチェット・ベイカー人物論を映像で展開した方が、よほど興味深い内容の作品ができるだろう。もしかしたら、ともすれば事実の羅列に終始してしまいがちなドキュメンタリーより、真実に近づくことすらできるかもしれない。この作品「ブルーに生まれついて Born to be Blue」は、最近顕著になってきた、“史実に作り手の想像と脚色を少し付け加えて、史実をリ・クリエイトした伝記風味の作品”の流れの中にある。実は、日本ではほぼ同じ時期の公開になった作品で、「ブルーに生まれついて Born to be Blue」にも登場するモダン・ジャズ界の巨星マイルス・デイヴィスを描いた「MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間 Miles Ahead」も、同じ手法で撮られたものだ。マイルスが突然トランペットを封印し、音楽シーンから遠ざかっていた“空白の5年間”に取材した作品だが、彼と元妻との愛憎関係から紐解いた彼の半生記といった趣きの作品であり、通常の伝記映画とも純然たる音楽映画とも一線を画した、新しいタイプの伝記風映画だといえる。

個人的には、相変わらず盛況な伝記映画製作も飽和状態で、今や頭打ち状態にある映画市場を鑑み、今後は史実と創作のハイブリッドである“史実をリ・クリエイトした伝記風味の作品”の製作が主流になるのではないかと思っている。当館にもレビュー記事がある「FRANK -フランク- Frank」(2014年)、「アイム・ノット・ゼア I'm not There」(2007年)、また、今年のオスカーの外国語映画部門を賑わせそうなパブロ・ラライン Pablo Larrain監督の伝記風味映画作品『Neruda』(2016年)等々、その“ハイブリッド”作品の数は着実に増えている。


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かつてはジェームズ・ディーンのようだと形容された端正なルックスも、一部には“まるで女のような気味の悪い声だ”と揶揄されはしたが、どこまでも甘い甘いキーの高い歌声も、そして50年代中期、モダン・ジャズ界に一陣の新風を吹き込んだウエストコースト・ジャズ West Coast Jazz(1950年代にロサンゼルスを中心とするアメリカ西海岸一帯で演奏されていたジャズのスタイル)の中心人物としての名声も、60年代に入ってからは急速に輝きを失ってしまった。ドラッグの快楽に溺れたチェットが、その酩酊のまま、浮草のようにゆらゆらとヨーロッパに流れていった60年代は、ジャズにとって試練の時期になったせいもある。“モダン・ジャズ”の人気は低下し、移り気なオーディエンスはロックンロールやポップスに夢中になった。66年、公演先のイタリアで、麻薬所持の嫌疑により警察に逮捕されたチェットは、牢獄の中でドラッグの禁断症状と戦っていた。そこへやってきたのが、映画製作会社から派遣された映画監督である。

チェットはその後、自分自身の伝記映画を撮るために撮影スタジオ入りした。アップダウンの激しい彼自身の人生を映画にするという企画で、彼自身が彼を演じるのだ。人生のどん底にいたチェットが、人気者だったかつての栄光を演じる。皮肉な話ではあったが、製作会社が大金を投じた映画の撮影は順調に進んでいた。そこへ、チェットと共にパシフィック・ジャズ・レーベルを立ち上げ、ウエストコースト・ジャズの隆盛を支えた音楽プロデューサー、ディック・ボックが姿を現した。ディックは、ウェストコースト・ジャズが下火になり、チェット自身がドラッグの問題でトラブル続きになると、さっさとレーベルを売り払い、チェットも放り出してしまった。金儲け主義だと批判されることの多いディックだったが、チェットが“クリーン”になり復帰に向けて動き出したと聞きつけるや、ちゃっかりチェットの前に姿を現す図々しさは相変わらず。ディックはチェットがクリーンでい続けることを条件に、再び一緒にレコードを作ろうと持ちかけてきた。
チェットは、映画で彼の前妻役を演じている女優ジェーンに目を付け、ロマンチックな歌声とは裏腹に即物的で幼稚極まる言葉でジェーンに猛アタックした。学者を父親に持ち、自身もインテリであったジェーンは、チェットの子供っぽさに呆れつつも憎めない、なんとも不思議な魅力に惹かれるようになる。悲劇は、2人がボウリング場でデートした直後に起こった。ボウリング場から出てきた彼らを、ヤクの売人たちが待ち伏せしていたのだ。長らく無一文同然だったチェットがドラッグの代金の支払いを滞らせていたようで、代金を踏み倒された売人たちが、みせしめのためにチェットに暴行を加えたのだ。トランぺッターの命といっても過言ではない口を殴りつけられた結果、チェットの歯は全て折れ、頬骨が砕ける結果に。

チェットは病院に収容され、大規模な外科手術を受けることに。その間に、ドラッグの売人に暴行を受けたというスキャンダルは一気に広まり、再度ドラッグによって“傷物”になった彼は映画製作会社から放り出されてしまう。業界の“風向き”の変化に敏感なディックも、チェットの復活劇からあっさり手を引き、またもや彼の前から姿を消した。皆いなくなり、結局最後までチェットの傍にいたのは、ジェーンただ一人であった。

砕け散った顔の下半分を支える骨を再形成する手術は成功したが、次は壮絶なリハビリの苦痛と闘わねばならなかった。チェットの歯は総入れ歯になり、普通の日常生活なら復帰可能だが、トランぺッターとしての復帰は誰もが絶望視していたのだ。しかし、当の本人はまだ諦めてはいなかった。口から血を吐きながらもトランペットを吹き続ける。そのせいで傷の回復が遅れ、満足に音も出せない状態が長引く。なかなか最盛期の勘が戻らないことに腐りながらも、ジェーンの献身的な看護と支えだけを頼りに、ドラッグの誘惑を断ち、トランペットを吹くことに執念を燃やした。

チェットの自伝映画が頓挫した後、ジェーン自身もオーディションに落ち続けて金が底を尽き、ついにチェットともどもアパートから追い出される羽目に。そこで彼らは、チェットの実家に一時的に身を寄せることにした。チェットの母ヴェラは、問題ばかり起こす放蕩息子のチェットをいつでも温かく迎えたが、黒人に対する偏見を隠さない。チェットの前妻エレインを嫌ったように、映画でエレインを演じていたジェーンも拒絶した。父チェズニーは、息子への愛情は持ってはいたものの、自身もプロのギタリストであったのに夢を家族のために諦めた過去から、ミュージシャンとして輝かしい名声を得たにもかかわらず、自らそれをドブに捨てている息子の愚行を許せないのだ。会話もない4人の関係はギクシャクしたままだったが、チェットは保護観察官リードの勧めでメタドン療法によるドラッグ断ちを敢行しつつ、トランペットの練習に明け暮れた。
チェットは一人っ子だ。広大な農場には遮るものもなく、恐ろしい程広大な空間が目前に広がっている。こんなだだっ広い場所で、友達もなくたった1人で子供時代を過ごしたチェットはさぞかし孤独だったろう。ジェーンは、彼が納屋で一日中トランペットの練習に没頭していた理由が分かったような気がした。チェットは、父親が口をきいてくれたガソリンスタンドで渋々ながらアルバイトを始めた。保護観察官リードから良い点数を稼ぐには、音楽家のような不安定な仕事ではなく、堅気の職につくことが第一条件だったからだ。とにかく、リードから“クリーンになってちゃんとした収入も得ている”とお墨付きをもらうまでは我慢だ。
頼みの綱のディックにも捨てられ、チェットがジャズ・ミュージシャンとして復活できる見込みもあても全くない。おまけに、目を離した隙にチェットが再びドラッグに手を出す危険性も相変わらず高い。ジェーンはお先真っ暗の将来を考えると頭を抱えたくなるが、彼女自身も女優という不安定な仕事をしているのだから、チェットが心の奥底に抱えている焦燥と不安は痛いほど理解できる。似た者同士、彼が復活を果たして生活が軌道に乗るまでは、彼の傍にいて支えようとジェーンは密かに決意する。

チェットとジェーンはチェットの両親の農場を出ることにした。チェットのリハビリはまだ終わっていないし、彼のトランペットも全盛期の面影もないが、このまま田舎のガソリンスタンドでバイトをしていても埒が明かない。とにかくロサンジェルスに戻ってチャンスを待たねば。両親と別れを告げる際、チェットは最盛期に発売された自分のアルバムを父親にプレゼントした。そのアルバムには、ミュージシャンだった頃の父が十八番としていたナンバーをチェットが演奏している楽曲が収録されていたのだ。チェットは父親に、自分はミュージシャンを諦めるつもりはないと宣言した。この日以降、チェットが父親と母親に会うことは二度となかった。

ロスに舞い戻ったチェットとジェーンだったが、住む場所もないため、ジェーンが持っていたキャンピングカーで暮らし始めた。ジェーンはオーディションを受け、チェットはリハビリに励む毎日。立ち寄ったピザ屋で日曜日にジャズ・ライブを行っていることを知ったジェーンは、リハビリがてらチェットもステージに立つよう勧める。しかし、いかなチェットであっても、総入れ歯になった口で以前と同じレベルでトランペットを吹くことは不可能だった。素人の演奏家たちに“もうちょっと練習してから出直してくれ”と言われてしまうほどに。メタドン療法が効いているとはいえ、精神状態は不安定なままのチェットのプライドは深く傷ついたが、それでもジェーンは彼を励まし続けた。やがて、ジェーンのピアノも含めた“日曜のピザ屋ジャズ・ライブ”におけるささやかなチェット・カルテットは見事な演奏を披露できるようになった。ウェストコースト・ジャズの立役者だったチェットがピザ屋で演奏しているという噂は瞬く間に広まり、保護観察官リードがチェットに忠告しにやってきた。結局、チェットがきちんとした会社で働かなければ、リードの監視から自由の身にはなれないのだ。

50年代、バードランドでマイルス・デイヴィス、ディジー・ガレスピーと共にステージに立ち、彼ら偉大なアーティストたちへの拭い難いコンプレックスと必死に戦っていた頃を、チェットは折に触れ思い出すようになる。若い頃は、彼ら黒人の“本物の”アーティストたちに完敗していた事実を認めたくないがために、内心の怯えを隠し、精一杯虚勢を張っていたのだ。ドラッグの力を借りて。だが今は違う。もう一度バードランドで彼らの目の前で演奏し、彼らに自分のジャズが本物であることを認めさせたい。今のチェットを復帰に駆り立てている理由は、それしかないといってもいい。

リードの要求する労働基準レベルを満たすため、ジェーンとチェットはディックのレコード制作会社をもう一度訪れ、深々と頭を下げた。復帰への道につながるなら、例えディックの自宅の壁のペンキ塗りでも何でもやるから、と。そして実際に“臨時の派遣社員”的な扱いで、チェットはディックの会社に“通勤”し始めた。実際にディックの家のペンキ塗りもやったし、ジャズとは関係ないイージー・リスニング系の音楽のレコーディングに山ほど参加した。時にはソンブレロを被りマリアッチ楽団に交じって大汗をかきつつトランペットを吹いた。慣れない音楽形式と自由のない状態で演奏するのは初めての経験だったチェットにとって、苦痛の時間が続いた。だがチェットは、ジャズ界への復帰の一念で黙々と課題をこなしてゆく。ディックの会社に“通勤”し始めた頃は使い物にならなかったチェットの演奏も、次第に往年の勘を取り戻してきた。
1952年、ディックのパシフィック・レーベルからリリースされた伝説的なアルバム「ジェリー・マリガン・カルテット Gerry Mulligan Quartet」や「チェット・ベイカー・シングス Chet Baker Sings」(1954年)がウェストコースト・ジャズをメインストリームに押し上げた頃のような、溌溂とした勢いは影を潜めたものの、修羅場を潜り抜けた者の凄みが聴く者の耳と心をひっそりと捉えてしまう不思議な艶がトランペットの音に滲み出るようになったのだ。ディックは頭の中で素早く計算し、チェットをそろそろ古巣のジャズ・シーンに復帰させる頃合いだと睨んだ。そのディックの強引な後押しと、ジェーンの懇願もあって、リードはチェットに“社会復帰に無事に成功”のお墨付きを与えることになった。これで晴れてチェットは“自由の身”である。

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ちょうど時を同じくしてジェーンの両親が、愛娘と、愛娘のキャンピングカーに勝手に居候している男に会いに来ることになった。チェットの運がようやく上向こうとしていた時、ジェーンの方は相変わらず役を掴むことができず、いら立ちを募らせていたのだ。チェットはトランペットの部品の中で最も重要なリングを婚約指輪に見立て、ジェーンにプレゼントした。ジェーンの両親は、チェットのミュージシャンとしての才能や名声以上に、ドラッグ絡みのトラブルと悪評の方を心配しており、苦言を呈する。チェットは、善き夫になるための助言ならいくらでも耳を傾けるが、音楽家としての自分を素人判断するなら、いかなジェーンの両親であっても一切聞く耳を持たないと突っぱねた。素人に、敬愛して止まぬバードことチャーリー・パーカーの真価やチェット自身のジャズの世界が理解できるはずがないし、知った口をきいて欲しくもない。私生活はどこまでも受動的で流されるままに生き、ちゃらんぽらんであっても、チェットはこと音楽に関しては一本気で純粋な頑固者になる。一心不乱にトランペットに打ち込んでいたかと思うと、冗談を連発して軽口を叩いたり、はたまたちょっとしたことで子供のようにつむじを曲げたり。捉えどころのないチェットに翻弄されつつも、ジェーンはやはり離れ難さに勝るものはないと思わざるを得なかった。

若さとテクニックとパワーでトランペットを吹いていた頃と違い、今のチェットの演奏は、深淵を覗き込むかのような陰鬱さに緩やかに沈んでいる。しかし、一度でもその音色に魅せられれば、その音もろとも底なし沼に引きずり込まれてしまうのは必至。決してテクニックに優れているとはいえないチェットのボーカルにしても、聴く者の聴覚を麻痺させて蜘蛛の巣にからめとってしまう奇妙な力があった。ディックは当初、チェットをリーダーにしてジャズ・アルバムを制作するつもりでいたが、たまたまスタジオ近くでライブを行っていたディジー・ガレスピーのプロモーター、ダニー・フリードマンを捕まえてきてチェットの“復活”を生演奏で聴いてもらった。すっかり過去の人となっていたチェットがどん底から這い上がり、若い頃とは違った輝きを取り戻していた。思わず唸るフリードマンに、ディックは畳みかける。このスタジオで行うチェットの復活お披露目ライブに彼を招待したい、と。“ウェストコースト・ジャズ”がモダン・ジャズの潮流の中で誕生したこのスタジオで、チェットが復活する。その瞬間に、チェットとはバードランドでの因縁があるディジー・ガレスピーにも立ち会ってもらいたい。ディックはさらに、ジャズ界のコネをフル活用して業界人を招き、チェット復活ライブをごくプライベートな形のものにする一方で、ライブの模様をライブ録音することまで決めてしまった。ディックのことだから、当然そのライブ盤はチェット復活記念アルバムとして発売されることだろう。…この間数十分。金儲けの可能性を逃がさぬディックの手腕はさすがだ。しかしその間に、ジェーンはかつてチェットの伝記映画を撮っていた映画監督と一緒に姿を消してしまった。

フリードマンは、現在ツアー中のガレスピーもチェットの復活ライブに連れてくることを約束した。うまくいけば、チェットはガレスピーのライブにゲスト出演し、バードランドで再び演奏もできるだろう。その後はチェットが愛するヨーロッパでツアーも可能になる…。折角復活のめどが立ったチェットはもっと喜んで良いのだが、その喜びを分かち合う相手であるジェーンが自分以外の男と一緒に消えてしまった。これが何を意味するかは嫌でもわかる。ジェーンがキャンピングカーに戻ってきてから、チェットは疑心と嫉妬をジェーンにぶつけることになった。
ジェーンは、女優としての仕事をもらうため、ビジネスとして監督と寝たことをあっけらかんと認めた。いくらエリア・カズン(エリア・カザン Elia Kazan)を輩出する映画界であっても、女優は結局は役を得るために製作会社の重役やプロデューサー、監督など、何人もの男共と寝なければならない。この原始的で不公平で非人道的法則には、どんな女優でも抗えないのだ。映画界の事情に疎いチェットには、ジェーンが女優を諦めない限り、彼女もまたこの法則の奴隷であり続けることが理解できない。ジェーンが映画監督と一緒になって、自分を捨てようとしているという被害妄想に憑りつかれてしまう。激昂するチェットをなだめたのは、ジェーンが妊娠しているという事実だった。

ディックのスタジオに、ジャズ界の要人たちが集まった。ドラッグに深く心身を蝕まれていたチェットがクリーンになって復活したという話は、ジャズ界では到底信じがたい噂と認識されていた。辛うじてここに集まった人々も、本当にチェットがトランペットを吹けるようになったのか半信半疑だ。チェットはいつものように俯き加減に椅子に腰かけ、張り詰めた空気が支配する中で、トランペットを静かに鳴らし始めた。

"My funny valentine,
Sweet comic valentine.
You make me smile with my heart.
Your looks are laughable,
Unphotographable.
Yet you're my favourite work of art." - "My Funny Valentine"


恋人にあてた優しいラブソングを、歌詞に負けないぐらい甘いハイトーン・ヴォイスでしっとりと歌い上げるチェット。トランペットの音は、チェットが総入れ歯になったためにハイ・テクニカルな動きこそ封印されていたものの、技術に代わって余りある深く重い情念がこもるようになっていた。そのエモーショナルな音色は聴く者の聴覚を捉えて離さない。観客の大多数と同様、チェットの復活に疑念と不安を抱いていたガレスピーまでが、演奏が終わるやいなや観客の拍手喝采の嵐に加わっていた。
チェットはガレスピーの姿を見つけるや真っすぐ彼の元に駆けつけ、もう一度バードランドのステージに立ちたいという意気込みを訴えた。50年代、はじめてバードランドで演奏したときはまだ若造で、“帝王”マイルス・デイヴィスから『経験を積んで出直してこい』と体よく追い払われてしまった。その悔しさを忘れず、なんとしてでもマイルスの前でもう一度演奏するのだという一念だけを心の支えに、どん底から這い上がった。これは立派な“経験”だ。事実、チェットのトランペットには、テクニックや勢いだけでは到底到達できない滋味深い陰影が表現されるようになっていた。ガレスピーもそれは認める。今のチェットの音は昔より一層簡素化され、起伏も極力排されて“ほぼ平坦 almost flat”だが、その陰に表現し尽せないほど複雑な感情がうねっているのだ。しかしガレスピー自身は、チェットを再びバードランドに招くことに否定的だった。今の音楽シーンは既にジャズが最先端ではなかったし、ここまで這いあがった根性は買うが、チェット自身の繊細な心が、バードランドでの重圧によって再び折れてしまう可能性の方が高いからだ。全盛期のチェットを熟知するガレスピーだからこその懸念であったが、チェットはバードランドに立たねば復活した意味がないと粘った。そしてついに、渋るガレスピーを説き伏せ、チェットをバードランドでのライブの特別ゲストとして招いてもらうことに成功したのだ。

チェットのステージは一夜限り。しかしチェットにとっては特別な意義を持つ大切なステージだ。チェットはジェーンが自分と一緒にバードランドに来てくれるものと決め込んでいたし、また同行することを強く願ったが、当日はあいにくジェーンにオーディションの予定が入ってしまった。ジェーンは猛抗議するチェットを諫めた。チェットにとってバードランドでのたった一晩のギグが重要なら、オーディションはジェーンにとってもそれと同じぐらい重要だ。チャンスを諦めてしまえば、その役は他に星の数ほど控えている別の若い女優達のうちの誰かにさらわれる。ジェーンはオーディションを選び、チェットには単身でニューヨークに行ってもらうことにした。ジェーンはチェットのナニーでもなければ、グルーピーでもないのだから。

たった一日だけとはいえ、今までずっと一緒だったジェーンが突然いなくなり、その不在はチェットを不安の渦に巻き込んでしまう。ただでさえ不安定な彼の精神状態はバランスを崩し、はじめてバードランドで演奏した時に受けたすべての屈辱を思い出し、その恐怖に呑まれそうになる。ジャズ界では、才能に恵まれた生粋の黒人音楽家たちこそが“本物”と認められ、白人音楽家たちは才能があっても“黒人音楽家の真似”と貶められる風潮があった。事実チェットも、バードランドでマイルス・デイヴィスから投げつけられた言葉を生涯忘れることはなかった。『白人が黒人の音楽を勝手に加工して曲を売り、金儲けしているだけだ』この言葉は、白人音楽家であるチェットの心を今も縛り続けていた。

チェットはニューヨークに向かい、懐かしいバードランドに自分のギグの広告ポスターが貼られているのを見て胸が詰まりそうになる。だが、“その時”が近づくにつれ大きくなるプレッシャーに耐えきれず、重くなった足を無理矢理動かしてバードランドの楽屋に到着した頃には、既に大幅に遅刻していた。顔面蒼白になりながらチェットを待っていたディックは、客席にいるマイルスやディジー・ガレスピー、多くのミュージシャンや業界人たちが冷ややかに見守る中、チェットがこの大事な時にメタドンを切らしてパニック状態に陥っていることを知る。チェットは楽屋で胃の中のものを吐き、ディックが昔のように甲斐甲斐しくチェットの世話を焼く。しかしチェットは、自分の人生の文字通り正念場を目前にして、プレッシャーに押しつぶされる寸前だった。ディックはメタドンを調達してきたが、今日はジェーンがいない。チェットはついに禁断のヘロインに手を伸ばしてしまう。

チェットの望みは単純だった。ただ単にジャズを思い通りに演奏したいだけ。その時の気分に忠実に歌い、トランペットを吹いて。レコードが録音できれば録音するし、ライブができるならどこにでも行く。音楽史に自分の名を残そうとか、自分こそがジャズに革命を起こすのだといった、分不相応な野心を抱いているわけではないのだ。しかし、自分のそのささやかな望みを達成するためには、重圧に打ち勝ってマイルス達の前で最高の演奏をしなければならない。マイルスの前で最高の演奏をするためには、起爆剤としてジェーンかヘロインが必要だった。他の選択肢はない。ディックはチェットに“最後の決断”を任せ、席を外した。

"I've never been in love before
I thought my heart was safe
I thought I knew the score
But this is wine that's all too strange and strong
I'm full of foolish song
And out my song must pour
So please forgive this helpless haze I'm in
I've really never been
In love before." - "I've Never Been in Love Before"


やはりチェットが心配で、オーディションを諦めたジェーンがこっそりバードランドの客席に姿を現した。チェットは蒼白になりながらも情感の海を漂うように"I've Never Been in Love Before"を歌いあげ、甘くも毒を含んだ余韻をそこここに残しながら、内省的なトランペットの音を拾いあげていく。
演奏は素晴らしかった。まさに観客を陶酔に誘うかの如く。マイルスもガレスピーも思わず拍手を贈るほどに。しかしジェーンは、チェットが歌の最中に何度か手で自分の頬を触れたのを見逃さなかった。それは、チェットがヘロインをやっている時に無意識に行う仕草だ。瞬時にして全てを理解したジェーンは、寂しげに笑うと、チェットから婚約指輪代わりにもらったリングをディックに預け、静かにその場を去っていった。

".....Born to be blue." and in the end, he's gone in blue.

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