House of M

アクセスカウンタ

zoom RSS 「レッドタートル ある島の物語 The Red Turtle」と生きる。

<<   作成日時 : 2016/11/15 12:32   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

“…空と海の永遠に連なる暦では計れない時、世界は言葉では答えない。もうひとつのいのちで答える。”―谷川俊太郎「Red Turtleに寄せて」より抜粋

“…だからこそ、『言葉を失うことを恐れてはいけない』のだ。呼吸すること、食べること、働くこと、誰かと寄り添うこと、それらすべてが生きることそのものであり、言葉で説明できることではないのだ”

画像

「レッドタートル ある島の物語 The Red Turtle / La Tortue rouge」(2016年)
監督:マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット Michael Dudok de Wit
製作:鈴木敏夫&ヴァンサン・マラヴァル&パスカル・コシュトゥ&グレゴワール・ソルラ&ベアトリス・モーデュイ
製作総指揮:ヴァレリー・シェルマン&クリストフ・ヤンコヴィッチ
アーティスティックプロデューサー:高畑勲
脚本:マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット&パスカル・フェラン Pascale Ferran
原作:マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット
プロダクションマネージャー:タンギー・オリヴィエ
ストーリーボード:マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット
音楽:ローラン・ペレス・デル・マール
編集:セリーヌ・ケレピキス
アニメーション制作:プリマ・リネア・プロダクションズ
製作:スタジオジブリ、ワイルドバンチ、ホワイノット・プロダクションズ、アルテフランス・シネマ、CN4プロダクションズ、ベルビジョン、日本テレビ放送網、電通、博報堂DYMP、ディズニー、三菱商事

小舟に乗って漁をしていたのだろう男は海上ですさまじい嵐に遭った。荒ぶる波の間に僅かに見え隠れする男の姿。万事休すかと思われたが、大破した船の一部に必死につかまり九死に一生を得る。彼はそのまま無人島に流れ着いた。
無人島は小さいながら多彩な景観を誇っていた。澄み切った常夏の空は海と同じ色。海につながる砂浜、海と小高い陸地を隔てている切り立った岩、海を離れると、ここが海に囲まれた島であることを忘れてしまうような草原が広がっていたり、鬱蒼と竹が生える林の中は薄暗かったり。男は砂浜に打ち上げられた状態で気を失っていた。足の指を蟹に挟まれた痛みで目覚めた彼は、呆然と島の中を歩き回る。起伏の激しい島の景観は、島の外からやってきた“よそ者”である彼を迷わせ、断崖の隙間に彼を落としてしまう。岩が密集した僅かな隙間を無理矢理通り抜けて、なんとか外海に出たものの、自分がこの小さな無人島にたった一人で流されたことを改めて自覚するのだった。

だが多彩な景観のおかげで、男は、飲み水、食料(木の実、ヤシの実)を確保し、なんとか生きる術を得ることができた。落ち着いてみると、周囲には様々な生き物も生息していることが分かった。男が島に流れ着いてから、最初に彼に接触し(ハサミ越しだが)、その後も島内を歩く彼の周りでちょこまかと走り回っていたカニ4兄弟(家族かもしれないが)、ウミガメの産卵地でもあるらしい島の浜辺では、孵化したての小さなウミガメの赤ちゃんが海を目指して懸命に歩く姿が見られ、竹林の中には湿気を好む生き物が蠢いている。大小さまざまな命に溢れた豊かな自然を抱く島ではあったが、人間であるのは、もちろん男ただ1人。人間は理性と知性でもって、他の生物と存在を異にしているが、たった1人では生きていけない脆さも同時に持っている。無人島で孤独に耐えられるほど、男の神経は図太くはなかった。竹林の中で大小様々な長さの竹を拾い集め、男は筏を作り始める。彼は黙々と作業を続けた。

島に流れ着いてどれ程の月日が経っただろうか。ある夜、男は海面に橋が付けられているのを見つける。水平線の彼方まで、橋はずっと続いている。今まで水面下に沈んでいたのだろうか。男は大喜びで橋を渡り始めた。これで島から脱出できる。身も心も軽くなり、男の身体はついに風に乗って飛び始めた。

朝目が覚めると、男は昨夜眠った浜辺の上だった。海は相変わらず澄んだ青色で太陽の光を反射し、きらきら光っている。昨夜渡ったはずの橋はどこにもなかった。全ては夢だったのだ。男は筏を完成させ、食料を積み込んで沖に向けて出発した。

天候は良く、筏もしっかりとした造りにしたので、当面の航海には支障をきたさないはずだった。ところがしばらく経つと、海中から筏に打撃を加えるものが現れた。ガンガンと一定の間隔を置き、かなりの力で筏を攻撃している。男は慌てて音のする方を見回したが何もいない。そうこうするうち、何度目かの打撃で筏は崩壊、男は海中に放り出されてしまった。改めて周りを見回すも、筏を攻撃したものらしき気配は一向に見えず、彼はキツネにつままれた心持ちで島に戻っていった。

画像

何としてでも無人島を脱出せんと、男は、今度は丈夫な筏をつくった。襲撃を受けた時に対抗できるようにもした。食料も積み込み、再び筏を出航させたが、またしても水中から筏を攻撃するものが現れた。姿は見えないが、大きな力で水中から筏を突き上げている。男はオールを振り回したが空振り。そうこうするうちにまたしても筏は壊れ、男は再び海に放り出されてしまった。男は慌てて船の周囲を見渡したが、襲撃者の姿はなかった。

遭難時に着ていた服は既にボロボロになっていた。男は服の裾と足を引きずる様に島に戻ってきた。…結局自分はこの島から出られない運命にあるのだろうか。姿なき襲撃者、恐ろしくも憎たらしい存在。二度も脱出のチャンスをつぶしてくれた。だが今、男は打ちのめされた気持ちで、とてもじゃないが怒る気力もなかった。
その夜男はまた夢を見た。四重奏団が海辺で優雅に演奏しているのだ。夢だとわかっていても男は走り寄らずにはいられなかった。島を出たくとも何者かに脱出を阻まれている。自分以外の人間を見なくなってから一体どれぐらいの年月が経っているだろう。四重奏団の幻影は、男が近寄れば近寄る程、ふっと遠くに去っていった。
翌朝、男は浜辺に打ち上げられたアシカの死骸を見つけた。次は自分がこうなる番かもしれない。今度こそ島から脱出しなければ。男はアシカの死骸から皮をはぎ取って服をこしらえ、これまで以上に強力で大きな筏を作り、万全の態勢で出航した。

多少の衝撃では壊れないはずの筏だったが、またしても姿なき襲撃者が水中から筏を攻撃し始めた。しかし“それ”は、今度は、怒りで般若の形相になった男の前にひょっこりと現れたのだ。唖然とする男が見たのは、真っ赤な甲羅を持つ大きな亀。亀は、穏やかなまなざしで男の顔をしげしげと見つめたかと思うと、再び水中に潜り、渾身の力を込めて筏の底を突き上げ始めた。男もハッと我に返って慌てたが、後の祭り。筏は見事にバラバラに粉砕され、男は再び海中に放り出されてしまう。これまで、何度水中から見回しても辺りに何も見当たらなかったのに、今度は赤い甲羅の大きな亀が彼の視界の真ん中で彼の様子をじっと見つめていた。ようやく謎が解けた。襲撃者は赤い亀で島の主らしいが、それが解ったところで、理由もなく筏を破壊された男の方は憤懣やるかたない。

男が島に舞い戻ってからしばらくして、突然赤い亀が海から浜辺に上陸した。なぜ亀が男の前に姿を現したのか不明だが、男はその理由を探る間もなく怒りのままに亀に殴りかかった。しかし亀の巨大な甲羅は人の力でどうにかできるものではなく、苛立った男は亀をひっくり返し、そのまま放置した。亀は身動きが取れなくなり、数日後そのまま衰弱して動かなくなってしまった。

死んだのだろうか?亀の様子を遠巻きにして見ていた男だったが、亀は動かないまま。怒りに駆られていたとはいえ、無抵抗の亀を痛めつけてしまった。動かなくなった亀が天に召される夢を見た男は、それが自分自身の罪悪感のなせる業だと知る。直射日光を避けるため、亀が寝ている上に日陰を作ってやり、池から水を運んで飲ませて亀を介抱した。効果があるかどうかは分からなかったが。

ところが数日後、雨が降って亀の身体にも雨のしずくが落ちると、信じられないことが起こった。男が渾身の力を込めて叩いてもびくともしなかった亀の甲羅が突然裂けたのだ。さらに、ばっくり開いた甲羅から、亀の手足ではなく人間の手足が出てきた。男がちょっと目を離した隙に、亀から人間の女性が現れ、気付いた時には亀から生まれた女は海の中に入り、じーっと男の方を見つめていた。訳が分からない男はうろたえるが、女は海から出てこない。ハタと思いついた男は、辛うじてまだ残っていた自分のシャツを彼女に貸してやった。…そう、女は生まれたまんまの姿だったのだ。

ようやく対面した、男と赤い亀から生まれた女。どこからが夢でどこまでが現実かわからない世界。男も、常識にしがみついて混乱することをやめ、母なる海の中に自身の全てを委ねることにした。女は自分が脱ぎ捨てた亀の甲羅を海に流した。男の筏が海に流れていったように。それから男と女は手に手をった。海から採れるものを食べ、身に着けるものはアシカの皮を剥いで手作りし、豊かな自然に抱かれた生活を始めたのだった。

画像

2人の間には、玉のような男の子が生まれた。島に流れ着いた透明のガラス瓶をおもちゃにし、海を遊び場にして成長する。男が島に漂着してすぐ危うく溺れかけた、断崖の隙間に落っこちてしまったことも。その時は、焦る男を制した女が、岩が密集した僅かな隙間を縫って外界に出るよう、息子に伝えた。その様子を見つめていたのは数匹の青亀だった。毎日の生活で必要な仕事はすべて両親から教わった。単調だが毎日確実にこなさなければならない、生きるための大切な仕事ばかりだ。砂浜は学校代わりだった。父は砂浜に絵を描いて息子に様々なことを伝えた。母は大きな亀の絵を描いた。それらが息子の世界の全てになった。

小さな男の子はたくましく成長した。背の高さは両親を超えるまでになり、父を手伝って力仕事を引き受けていた。幼い頃から一緒に遊んだ青亀たちは、沖合の海を冒険する仲間となった。しかし子供の頃に拾った透明のガラス瓶だけは、今だにお守りとして肌身離さず持っていた。瓶の中に水を入れて向こうを透かしてみると、水平線の彼方に未だ見知らぬ大きな世界が広がっていくような気がしてならないのだ。
ある日、島の様子に異変が生じた。島にやってくる鳥たちが騒がしくなり、一斉にどこかへ飛び立つ。島に暮らす生き物たちも一様にパニックを起こし、どこかへ逃げようとしている。水平線の彼方に目を凝らしていると、海面の上を盛り上がった海水が島に向かって猛烈なスピードで走ってくるのが見えた。津波である。
津波は一瞬にして島のものを押し流していった。巻き込まれて死んだ生き物もたくさんいた。森にいた昆虫も、男が島に漂着したときからいるカニ兄弟のうちの1匹も死んだ。津波に押し流された竹の中で目を覚ました息子は、すぐに両親を探した。足に怪我を負っていた母は命に別状はなかったが、父の姿が見当たらない。息子は仲間の青亀たちの協力を得て、海の方に流されたかもしれない父を探す。竹の1本に辛うじて捕まり漂流していた父を見つけた息子は、無事に父を島に連れ戻した。父は何が起こっても、必ず島に戻る運命だったのかもしれない。
津波に表面を剥ぎ取られた島は、文字通り丸裸になってしまった。一家は散乱した竹を拾い集め、積み上げて火をつける。竹の山についた炎は火花を散らせながら竹を呑み込んだ。その光景は、まるで亡くなった人間を弔う炎のようだ。いずれこの島にも新たな生命が芽吹き、逃げていった鳥たちも戻ってくることだろう。

月日はさらに流れ、息子は立派な大人になっていた。両親の髪には白いものが混じり、顔にはしわが増えた。息子は毎日両親と共に日常生活を送っていたが、やがてその目は遠く水平線の彼方を見やるようになった。島の外の世界だ。両親と共に暮らした世界ではない新しい世界。それは海の彼方に広がっているはずだ。彼は夢の中で、時間が止まった津波の上に座り、水平線を見つめた。両親が自分を呼ぶ声が聞こえる。彼は両親に手を振り、海の向こうにある世界を見やった。

その翌日。息子は透明の瓶に水を入れ、水平線の彼方を透かして見つめた。彼は胸に決意を秘めていた。今日こそ懐かしいこの“我が家”を出ていくのだ。青亀たちと一緒に冒険の旅に出る。母は涙ながらに引き留めようとしたが、父に諭され、手を振って息子の旅立ちを見送った。夢の中で見たのと同じ光景だった。

息子が青亀たちと島を出て行ったあと、父と母は、再び1人の男と1人の女に戻り、島で静かに余生を過ごした。彼らが一緒に島で暮らし始めてから、既に途方もない年月が流れていた。男も女もすっかり年老い、海で泳ぐのではなく、海辺をゆっくり散歩するのが日課になった。

ある夜、老いた男は水平線の向こうに流れ星が飛んでいくのを見た。この島にやってきてからずっと、ここで思いもかけぬ人生を送った。死ぬまでついに本当の故郷に戻る願いは叶わなかったが、その代り、ここでの満ち足りた一生を手に入れた。彼の魂はきっと、肉体が死んだ後、ふるさとに戻っていくのだろう。それを確信した男は安堵したように目を閉じた。その瞬間、女は弾かれたように目を覚まし、たった今命の火が消えた男の亡骸に縋りついた。一晩中泣いていた女は、夜が明けると、初めて男と出会ったときのように海の中に入った。そしてもう一度浜辺に戻って男の亡骸に優しく触れると、赤い甲羅の大亀の姿に戻り、ゆっくりと海の中に帰っていったのである。

レッドタートル ある島の物語
岩波書店
マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by レッドタートル ある島の物語 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

絵本版「レッドタートル ある島の物語 The Red Turtle / La Tortue rouge」
作と絵:マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット (岩波書店刊行)

第69回カンヌ国際映画祭の“ある視点”部門にノミネートされ、特別賞を受賞しました。アニメーション作品の“ある視点”部門へのノミネートは珍しいケースですが、このユニーク且つ圧倒的映像美を誇る作品には、さらに特別賞が与えられました。アニメと実写の間にあるカテゴリの壁をも軽々と超えてしまった作品として、また、その芸術性の高さも評価されたようです。さらに第41回トロント国際映画祭のディスカバリー部門にも出品されました。

この作品「レッド・タートル ある島の物語 The Red Turtle / La Tortue rouge」が制作される発端は、やはり、先日当ブログでもご紹介した短編「岸辺のふたり Father and Daughter」だったようですね。パンフレットによりますと、2006年11月にスタジオジブリからヴィット監督のもとにメールが届き、長編アニメーション作品を撮ってみないかと依頼されたそうです。そこで監督は、以前から温めていた南の海にポツンとある無人島に漂着した男の物語をテーマに選んだというわけです。ロビンソン・クルーソーものも、本家クルーソー版もアレンジ版も様々なバージョンが既出の状態でしたが、赤い甲羅を持つ神秘的な存在の亀を登場させることで、物語により一層の普遍性と神話性を付加させることに成功していますよね。今作を、“無人島サバイバル物語”以上の意味を持った内容にするため、監督はセーシェル島で入念にロケハンを行い、脚本づくりに取り掛かったそうです。

脚本執筆には、フランスの映画監督、脚本家であるパスカル・フェラン(「レディ・チャタレー Lady Chatterley」(2006年)や「バードピープル Bird People」(2014年)等の監督・脚本)が協力しています。彼女は、細部にわたって詳細に説明し過ぎていた監督の初稿の問題点を指摘し、時間の概念すらも超越したストーリーを映画言語に翻訳する手伝いをしました。脚本執筆作業はその後、ライカリール制作と同時に進められ、ヴィット監督自ら来日してジブリのスタッフ、今作のアドバイザーを務めた高畑勲監督、製作にあたった鈴木敏夫プロデューサーらと共に推敲を重ねたそうです。

画像

実際的なストーリーラインはシンプルで、1人の男が遭難して無人島に流れ着き、そこで生き延びて生涯を終えるというもの。ですが、私自身、いつものように今作のストーリーを書こうとした瞬間、その作業がとてつもなく難しいものであることに気付かされました。目に見える現象、映像化されている現象だけを拾い上げて繋げ、それをあらすじとしても良かったのですが、実際に本編を見てみると、映像の裏側から透けて見えてくるドラマや隠されたテーマが深遠で、それらを詳細に記録し始めると、ミヒャエル・エンデの「はてしない物語 The Neverending Story」化しそうでしたね(笑)。ヴィット監督と共同で今作の世界観を創造した日本人スタッフの持つ文化背景、思想背景と、ヴィット監督のそれの違いが、映像で表現された現象一つ一つの背後に潜んでいそうで、それも興味深かった点です。東洋的思想と西洋的思想実はそんなところも、この作品に不思議な余韻を付加していたのではないかと思いますよ。

さて、今作には台詞が一切ありません。男の叫び声、波の音といったものはありますが、いわゆる“台詞”はなし。私自身は、それこそが、今作から“時間の概念”、“物語の舞台の具体性”、並びに“言語の垣根”と“文化背景の具体性”を取り払い、今作を、どの文化圏にも属さない本当の意味で独立した、象徴的でユニバーサルな作品にしたと考えています。単なるアニメーション映画の枠を超え、今作はきっと神話に近い位置に立つものなのでしょう。台詞の代わりに映像の隙間を埋めるのは、ローラン・ペレズ・デル・マール Laurent Perez Del Marのリリカルで美しく、時にパワフルな音楽。彼のスコアが今作のストーリーを力強くけん引します。観客は、現実と幻想の境界を超越したヴィット監督の映像の力と、デル・マールの旋律に身を委ねればいいのです。この作品は解析すべき対象ではありません。身も心も“無”にして自分の全てを委ねる母親の腕の中であるのですね。

この作品の中心である赤い亀レッド・タートル Red Turtleの正体について考察している記事をいくつか見つけましたが、私は単純に、彼女は全ての“母性”のシンボルなのだと思っています。今作は、“生きる”ことと“死ぬ”ことを極限まで単純化したストーリーを用いて描いています。人間と自然の関係についても。人間は母なる自然に守られて生きています。つまり赤い亀レッド・タートル Red Turtleは人間にとっての“自然”そのものであり、母性であるのですよ。…まあヴィット監督自身、彼女に具体性は付加しておらず、彼女の描写の輪郭は多分に観客の想像に任されています。おそらく監督自身も、彼女の細部は分からないままなのではないでしょうかね。

画像

…でも、それでいいんですよ。

この世の中は、すべてが納得いくように説明できるものではありません。視界に必ず盲点があるように、この世界の現象にも盲点があります。明らかにしない方が良い闇も。

人間は死を恐れ、その恐怖を克服するために様々なことを試みます。しかし一方では、死を受け入れ、生を享受し、また生の世界と死の世界を結ぶ曖昧な境界線についても、本能的に理解しています。説明のつかない事柄をそのまま受け入れるのが私たち生き物のサガでもありますね。とすると、「レッドタートル ある島の物語 The Red Turtle / La Tortue rouge」は赤い亀 Red Turtleに象徴される自然と母性、生きることそのものの不思議、生きるという現象をありのままに受け入れている生き物の生態の不思議を、映像で描こうとした作品なのかもしれません。


ちなみに、日本人のジブリ・ファンの方々の今作への反応を調べてみたのですが、やはり“難解だ”“ジブリらしいストーリーではない”ということで、非常に戸惑っている人がかなりいるようでした。個人の好みの問題もありますし、従来の典型的なジブリ・テイストを期待していた人も多いでしょうから、仕方がないですね。


にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス
「レッドタートル ある島の物語 The Red Turtle」と生きる。 House of M/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる