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zoom RSS 第54回NY映画祭ドキュメンタリー部門 54th NYFF Documentary

<<   作成日時 : 2016/08/28 16:20   >>

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ドキュメンタリー映画への注目度が上がってから時間が経ちますが、今年も世界中の映画祭で、ドキュメンタリー部門には国や言語、文化の違いを超えて興味深い作品が集中していると感じます。今年のトロント国際映画祭 TIFFでもニューヨーク映画祭 NYFFでも、人種や文化の多様性 diversityを推し進めるといった意味からも、ドキュメンタリー作品の充実振りは、やはり注目に値します。


第54回ニューヨーク映画祭ドキュメンタリー部門作品ラインナップ The 54th New York Film Festival Spotlight on Documentary's Line-up


"Abacus: Small Enough to Jail" (2016) USA
監督:スティーヴ・ジェームズ Steve James

サブプライム住宅ローンの破たんによるバブル崩壊については、既にいくつか劇映画にもなっています(「マネー・ショート 華麗なる大逆転 The Big Short」や「ドリーム ホーム 99%を操る男たち 99 Homes」等)が、著名な映画評論家であった故ロジャー・エバートの生涯をドキュメントした作品「Life Itself」(2014年)で高い評価を受けたスティーヴ・ジェームズ Steve James監督は、この経済破綻の中で実際に告訴されたある銀行にまつわるドキュメンタリー映画を完成させました。中国系アメリカ人コミュニティに向けて低額ローンを売り出していた、1984年にThomas Sung氏によって設立されたAbacus Federal Savings of Chinatownという銀行です。この銀行はSung氏と彼の娘たちによって経営されていましたが、組織的詐欺行為、背信行為があったとして告訴されました。映画は、法廷での闘いの様子、中国系コミュニティの実態、Sung氏一族の家族の肖像、外国で生き抜くことの意味などについて、あますところなく描いているそうです。


"The B-Side: Elsa Dorfman’s Portrait Photography" (2016) USA
監督:エロール・モリス Errol Morris

私自身、エロール・モリス Errol Morris監督のアカデミー賞受賞ドキュメンタリー映画「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白 The Fog of War: Eleven Lessons from the Life of Robert S. McNamara」(2003年)は、そのショッキングな題材以上に、優れたドキュメンタリー映画としてオスカー受賞作にふさわしいものだと認識しています。この作品もそうでしたし、また、日本では未公開ですが、故ロジャー・エバート氏が“近年製作されたドキュメンタリー作品の中で最も素晴らしいものだ”と賛辞を贈った「Gates of Heaven」(1978年)(カリフォルニアでペット埋葬業を営んでいた男性のドキュメントと、その埋葬ビジネスが失敗した後、その跡地をメモリアル・パークに作り変えた男性のドキュメントの2部構成)でも、彼が描く対象はあくまでも人間そのものであります。彼らの周囲に散らばる様々な出来事は、例えそれがショッキングな内容であろうとも、あくまでも彼らという人間の本質を浮き彫りにするための記号でしかありません。描く対象たる人間を観客に理解させるために、モリス監督はその“記号”を分かりやすく並べていくわけですね。優れたドキュメンタリー映画の第一条件は、取り上げるテーマを客観的に正しく観客に伝えているかどうかだと思っていますが、モリス監督のドキュメンタリー作品に取り上げられる“人間像”は、深淵な奥行きを伴っています。
さて、そんなエロール・モリス Errol Morris監督の新作は、20×24ポラロイドカメラによる素朴なポートレート写真で有名になった愛すべきカメラマン、エルサ・ドーフマンのドキュメンタリーです。まずは、エルサ・ドーフマン公式サイト Elsa Dorfmanをご覧になってみてください。素朴で賑やかで楽しいポートレート写真がたくさん収められています。ちなみに、エルサ・ドーフマン女史とはこんな方です。彼女のセルフポートレート self portraitをサイトから一枚共有させていただきましょう。

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真ん中の女性がエルサ・ドーフマンです。

彼女のポートレート作品は、上記した彼女のサイトに全て収められています。ご覧になれば分かるように、写真のサイズは20×24、被写体は様々なシチュエーションの衣装を着こみ、おもちゃや本、テニス・ラケット、楽器やらの小道具と一緒にフレームに収まります。単独で撮影される場合もあれば、家族で、あるいはお友達と一緒の場合も。サイトのデザインもニューヨークの地下鉄の路線地図を模したもので、楽しい雰囲気ですよ。
朗らかで愉快な人柄である一方で、確立した自分自身のスタイルに確固としたこだわりを持ち、決して妥協することはなかったというエルサ。そんな彼女がどのような姿勢で仕事に臨んでいたか、またその素顔はどうであったのかを、家族やごく親しい友人たちとの関係から鮮やかに素描していきます。


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"Bright Lights: Starring Carrie Fisher and Debbie Reynolds" (2016) USA
監督:アレクシス・ブルーム Alexis Bloom、フィッシャー・スティーヴンス Fisher Stevens

私自身が大変興味を惹かれているドキュメンタリー作品の一つがこれ。ハリウッドでは超有名なセレブ母娘、キャリー・フィッシャー Carrie Fisher(ご存じ「スター・ウォーズ Star Wars」シリーズにおけるレイア・オーガナ姫)とその母デビー・レイノルズ Debbie Reynolds(ジーン・ケリーのミュージカル「雨に唄えば Singin' in the Rain」で人気スターに。その後も歌って踊れる女優として人気作品に次々と出演し、長い間ハリウッドの第一線で活躍し続けました。キャリーは、最初の夫ポップス歌手エディー・フィッシャー Eddie Fisherとの間にもうけた娘)の、正真正銘、初のドキュメンタリーです。

まああれですよ、キャリーにしてもデビーにしても、ハリウッド内で揉まれ、共に波乱万丈の人生を送った方々。そこら辺の一般庶民の数倍の人生の荒波を乗り越えてきた彼らならではの“母娘”の絆は、我々庶民には推し量りがたいものがあるでしょう。彼女たちの関係は、キャリー自身のペンによる自伝「崖っぷちからのはがき Postcards from the Edge」(セレブの両親の家庭で育ったという異常な生活環境、急激に訪れたスターダムによるストレスで、ドラッグ漬けになっていた頃を回想した内容。依存症に苦しむ人たちにこそ読んでいただきたい作品)を映画化した「ハリウッドにくちづけ Postcards from the Edge」で、シャーリー・マクレーン Shirley MacLaineとメリル・ストリープ Meryl Streep によって再現されていました。しかし今回は、彼女たち自身の肖像をドキュメンタリーによって丁寧に素描し、雲の上の人たるセレブの突拍子もない母娘ドラマを、普遍的な母娘のドラマに昇華させたそうです。これは期待大ですな。


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"The Cinema Travellers" (2016) India
監督:Shirley Abraham, Amit Madheshiya

今年のカンヌ国際映画祭でも上映され、ニューヨーク映画祭に先んじて開催されるトロント国際映画祭にも招待されている、映画への愛情が溢れる瑞々しいドキュメンタリー映画がこれです。インド西部地域の村々で、35ミリの映画フィルムを上映している巡回映画興行師MohammedとBapu。映画を見る村の人々の驚きと喜びに満ちた表情を、5年の月を費やして営々と記録してきたこの作品には、映画館で3DやらIMAX上映やら、果てにはバーチャル・リアリティやらに現を抜かす私たちが忘れてしまった、“映画を見る喜び”が刻印されています。
ただ、上映用プロジェクターの勤続疲労は、修理師Prakashの魔法の手をもってしても止めることができません。このドキュメントは、文字通り最後の映画上映になってしまったMohammedとBapuの興行の様子をメランコリックにとらえているそうです。あああああ、私自身にも覚えがある“初めてでかいスクリーンで映画を見た時の興奮”が、蘇りそうですなあ。映画好きなら、今一度、原点に戻る意味でも見ておきたい作品でしょう。


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"Dawson City: Frozen Time" (2016) USA
監督:ビル・モリソン Bill Morrison

実は、ここ数年の間に大きな問題となっているカナダのユーコン準州における“ゴールド・ラッシュの再来”は、本来、金、亜鉛、銅といった鉱物資源の宝庫でもあるユーコンの原生の大自然を破壊する程勢いを増しているそうです。ユーコンは、カリブーなどの野生動物にとって、手つかずの自然が残された最後の聖域。ところがそれも、豊富な鉱物資源が仇となり、ユーコンで特に金の採掘に乗り出す採鉱企業が急増しました。カナダ先住民による自治政府は、彼ら採鉱企業がユーコンの自然環境を破壊し尽くしてしまうことを懸念しています。

ユーコンにおける“ゴールド・ラッシュ狂乱”は、19世紀後半に彼の地を大々的に襲いました。鉱脈探しの試掘は1870年代から既に始まっており、1896年には、ユーコン Yukon川とクロンダイク Klondike川の合流地点で、3人の金鉱探しによって金が発見されました。インターネットがない時代のことですから、金発見の速報はその11か月後、3人がお宝を抱えてシアトルとサンフランシスコの港に上陸した日以降に世界中に広まることに。こうして、“黄金色の宝の山”を求める人々がユーコンに大挙して押し寄せ、ヒステリックなゴールド・ラッシュが幕を開けたわけです。

ビル・モリソン Bill Morrison監督のこのドキュメンタリー作品は、1978年にユーコン準州の北極圏にほど近い町Dawson Cityのプールから掘り起こされた、1910年代から1920年代にかけて撮影されたと推測される500ものフィルムにまつわる逸話を描いたもの。泥の中から掘り起こされた膨大なフッテージは、一部は手の施しようがないほど腐食が進んでいたそうですが、奇跡的に修復されたフィルム映像は、ゴールド・ラッシュに翻弄されたユーコンの町の歴史の真実を物語っているそうです。上記したように、“ゴールド・ラッシュ再来”がユーコンの大自然に危機をもたらしている今、このドキュメンタリーが公開される意義は大きいでしょう。音楽は、シガー・ロス Sigur Rosのボーカリスト兼ギタリストのヨンシー・バーギッソン Jonsi Birgissonと、公私ともに彼のパートナーであるビジュアル・アーティスト、アレックス・ソマーズ Alex Somers(シガー・ロスのアルバムにも参加)が担当。アイスランドの荒々しい自然とユーコンの自然って、原生の姿をそのまま残しているという意味で相通ずるものがある気がします。


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"Hissen Habre, A Chadian Tragedy" (2016) France/Chad
監督:Mahamat-Saleh Haroun

“アフリカのピノチェト”と呼ばれ、1982年から1990年にかけてチャドを支配した恐怖の独裁者イッセン・ハブレ Hissen Habreの実像を、彼が引き起こした凄惨な粛清を生き延びたチャドの人々へのインタビューによって紐解くドキュメンタリーです。


イッセン・ハブレ Hissene Habre
1942年9月13日生まれ

イッセン・ハブレは幼い頃から学業に優れており、チャドの宗主国であったフランスのパリの大学で学ぶ機会を与えられた。政治学を修め、チャドに帰国後は、軍人・政治家として頭角を現します。

1960年のフランスからの独立後、チャドはフランソワ・トンバルバイ政権が独裁を強化し、反政府組織“チャド民族解放戦線 FROLINAT”が北部で結成されました。血気盛んなハブレも組織に参加。1975年のトンバルバイ暗殺後、内線終結のためにグクーニ大統領とハブレ国防相による民族統一暫定政府 GUNTが発足しました。ところが、グクーニとハブレが対立すると、チャドはグクーニ派とハブレ派に引き裂かれ、再び内戦状態に突入。リビアのカダフィ政権が介入して内戦は泥沼状態に陥りましたが、リビアが撤退した後、ハブレは1982年に首都を制圧し、大統領に就任しました。
しかしグクーニは失脚したわけではなく、リビアの支援を受けた彼は再びハブレに反旗を翻し、1983年に内戦が勃発。1984年にチャド国家は南北に分割されることになりました。ハブレは不安定な政権の足固めをするため、反政府勢力に対し、非常に残酷な粛清を行いました。一説には、4万人にのぼる反政派の人々への虐殺が指示されたともいわれます。女性、児童へのレイプ、性的奉仕の強要、反体制派への過酷な弾圧行為など。1989年にはイドリス・デビがリビアの支援で反政府運動を展開し始め、1990年12月をもって首都を掌握、ハブレはセネガルへの亡命を強いられました。
EUと人道団体(ヒューマン・ライツ・ウォッチ Human Rights Watch)から、ハブレの戦争犯罪、国民への残虐行為を追及する声が挙がり、2006年、彼を亡命先のセネガルから国際法廷へ引き渡すことが決定しました。しかし、国際司法裁判所とセネガル政府の間で紆余曲折あり、2016年5月になってようやく、セネガル政府とアフリカ連合による特別法廷は、ハブレに対して無期懲役の有罪判決を宣告しました。これは、アフリカ大陸で一国の元指導者に有罪が宣告された初めてのケースです。余談ですが、ハブレへの有罪判決が出たのは、奇しくも、Mahamat-Saleh Haroun監督による"Hissen Habre, A Chadian Tragedy"がカンヌ国際映画祭 Festival de Cannesでプレミア上映され、絶賛された2週間後のことでした。

Mahamat-Saleh Haroun監督によるこのドキュメンタリーは、1970年代のチャドに確かにあった、独立を求める若い国家特有の希望と熱さに満ちた気運へのほろ苦い感傷から始まります。それは、その当時のチャドを目撃していた監督自身の思い出であり、チャド独立運動の象徴であり、チャドの未来を担う若きヒーローでもあったイッセン・ハブレ Hissene Habreの眩しい肖像にも重なります。
しかし、時間の経過は無情で、歴史も人間も根底から変えてしまいます。ハブレはいつしか“アフリカのピノチェト”とあだ名される程の残虐な独裁者になり果て、前述したような癒しがたい傷をチャドの歴史に残すことになってしまいました。この作品全体を覆う震えるような悔恨の情と突き刺す如くの痛みは、現在混迷する政局に翻弄される全ての人々の心をとらえることでしょう。尚、Mahamat-Saleh Haroun監督は、"Hissen Habre, A Chadian Tragedy"を携えてトロント国際映画祭 Toronto International Film Festival入りし、TIFF唯一の審査部門であるプラットフォーム Platform部門の審査委員も務める予定だそうですよ。楽しみですね。


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"I Am Not Your Negro" (2016) USA/France/Belgium/Switzerland
監督:ラウル・ペック Raoul Peck

ハイチ出身の映画監督ラウル・ペック Raoul Peckは、アフリカ系アメリカ人の小説家、人権活動家ジェームズ・ボールドウィン James Baldwinの未完の最後の作品"Remember This House"30ページの原稿を基に、大変ユニークなドキュメンタリー作品を完成させました。ボールドウィンは最後の作品の中で、生前深い親交があった3人の著名な人権活動家、メドガー・エバーズ Medgar Evers、マルコムX Malcolm X、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア Martin Luther King Jr.牧師との思い出を辿るという、彼自身にとっては痛みを伴う作業を行っていたそうです。なにしろ、周知の通り、3名共に志半ばで暗殺されるという悲惨な最期を遂げてしまいましたものね。

映画は、この3名とボールドウィンの思い出を、名優サミュエル・L・ジャクソン Samuel L. Jacksonによる"Remember This House"の朗読によって紐解きながら、アメリカにおける終わりの見えない黒人差別の歴史を振り返る内容になっているそうです。ですが、今作の中心はあくまでもジェームズ・ボールドウィン James Baldwin自身の肖像であり、サミュエル・L・ジャクソン Samuel L. Jacksonによって感動的に読み上げられるボールドウィンの言葉、それらの言葉のうちに溢れだす、自身も人権活動家であったボールドウィンその人の生き様に、大きな大きな敬意を払っています。
だいぶ前に、ニューヨーク映画祭を主宰するリンカーン・センター映画協会 Film Society of Lincoln Center発の記事で、ボールドウィンのドキュメンタリー映画が完成したというニュースを知り、その後の続報を心待ちにしておりました。先に開催されるトロント国際映画祭 Toronto International Film Festivalでもドキュメンタリー部門に招待されていますし、引き続いてニューヨークでもお披露目されますので、この作品は大きな注目を集めるかもしれません。

私は学生時代、詩人、並びに劇作家、随筆家でもあったジェームズ・ボールドウィン James Baldwinに心酔していた時期がありました。実験精神にあふれ、既存の概念に挑戦し、行き場を失った怒りや痛みを叩きつけるような作品を生涯追求したボールドウィン。「山にのぼりて告げよ Go Tell It on the Mountain」(1953年)、「ジョヴァンニの部屋 Giovanni's Room」(1956年)、「もう一つの国 Another Country」(1962年)…。むさぼるように読んでいた頃が懐かしい。実は、今年のニューヨーク映画祭のドキュメンタリー部門で、私が個人的に最も見たいと願っている作品です。


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"I Called Him Morgan" (2016) Sweden
監督:キャスパー・コリン Kasper Collin

音楽家に関するドキュメンタリー、あるいは音楽そのものに関するドキュメンタリー作品を見るのが大好きです。音楽ドキュメンタリーという分野からは、毎年本当に興味深く面白い作品が生まれます。
キャスパー・コリン Kasper Collin監督は、まだ監督作の数そのものは多くないのですが、前作の"My Name is Albert Ayler"(アメリカの前衛ジャズの草分け的存在であった偉大なジャズ・サックス奏者、アルバート・アイラー Albert Ayler(1936年7月13日 - 1970年11月25日)の生涯を追ったドキュメンタリー)が、アイラー当人の音楽のように予測不可能な美とエモーションに溢れた素晴らしい作品であったことから、彼の次の音楽ドキュメンタリーを楽しみにしていました。

この"I Called Him Morgan"は、天才ジャズ・トランペット奏者でハード・バップの代表的ミュージシャンでありながら、内縁の妻によって銃殺されたリー・モーガン Lee Morgan (本名Edward Lee Morgan, 1938年7月10日 - 1972年2月19日)の人生を、その内縁の妻ヘレン・モー(Helen More)との格闘の如き関係と、秘められた私生活から紐解いていくもの。個人的には、ドキュメンタリー映画ではないのですが、“オム・ファタール”映画の名作伝記映画「ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー Dance with a Stranger」(1985年)を瞬時に思い起こしました。ひとまず、リー・モーガンとヘレンの悲劇的な最期がどのような状況であったのか、簡単にご説明します。

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幼い頃から神童と謳われ、18歳で1956年にディジー・ガレスピー楽団(1956年10月-1958年2月)に在籍していた時に早くもソロ・アルバム・デビューを果たしたリー・モーガン。1960年代からは自身で作曲も手掛け、ジャズ・ロックの祖ともいわれる"The Sidewinder"という大ヒット曲を生み出しました。8ビートをジャズと掛け合わせた新しいスタイルでファンキー・ジャズもしくはジャズ・ロックとも呼ばれ、アルバート・アイラーとはまた違ったスタンスでジャズを活性化させた天才は、しかし私生活においては、多くの天才ミュージシャンの例に漏れず、自滅的かつ無茶苦茶でありました。

ヘレン・モーとリー・モーガンを引き合わせたのはモーガンの類まれなる音楽でしたが、ヘレンがモーガンの私生活に深入りするようになると直ぐに、彼の重度のヘロイン中毒、それに伴う支離滅裂な行動をコントロールする人間が必要だということに気付かされました。そう、残酷な言い方ですが、モーガンにとってのヘレンの存在というのは、彼の私生活をケアし、世話をする家政婦兼看護師以外のなにものでもなかったわけです。後年、彼女のインタビュー映像が公開されましたが、その中で彼女は、モーガンと暮らしていた間、彼女は仮にも夫たる彼のことを“リー”と呼ぶことができなかったそうです。まるで赤の他人のように姓の方の“モーガン”で呼んでいたと。このエピソードだけで、私は、リー・モーガンの私生活における人間性が窺い知れるような気がしました。
ヘレンを奴隷のようにこき使い、使えるだけ使ったら、後はゴミのようにポイと捨てる。こんな人間関係が、長続きするわけはありません。私はリー・モーガンの演奏を聴くたびに鳥肌が立つような感動を覚えますし、音楽家としての彼の天才性を崇拝してもいます。しかし、人間としての彼は最低のクズだったと思います。ファンの方々には申し訳ありませんが、暴言をお許しください。

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2016-09-28
リー・モーガン

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モーガンとヘレンの嵐のような同棲生活も、1972年2月19日の雪深い夜、ニューヨークのイースト・ヴィレッジにあったジャズ・クラブ“スラッグス Slug’s Saloon”でモーガンがライブ演奏中に唐突に終わりを告げます。ハンドバッグに拳銃を入れたヘレンは、ステージに立っているはずのモーガンを訪ねました。2ステージ目と3ステージ目の合間の休憩時間にモーガンとの面会を求めましたが、彼女は文字通りクラブから叩き出されてしまいます。ヘレンの中で何かが壊れ、彼女は拳銃を握りしめるとクラブの中に戻り、間髪入れずモーガンに向けて発砲しました。モーガンは即死状態だったそうで、ベルビュー病院に搬送後、その日のうちに死去。一方ヘレンは、警察が到着するまでそのままその場に立ち尽くし、逮捕されました。
この出来事によってジャズ界に激震が走りましたが、特に痛ましかったのは、モーガンとヘレン夫妻を個人的に知っていた人々の心に後々まで大きな傷を残す結果になったことですね。この作品は、もちろん、音楽家リー・モーガンがジャズの歴史に残した大きな足跡に敬意を払い、問題があったにせよ、モーガンの音楽に陰ながら貢献したヘレンの存在にもスポットライトを当てた内容になっているそうです。それもそのはず、逮捕後何年も経過してから行われたヘレンとのインタビュー映像が、この作品の土台になっているそうですからね。男女の愛とは何か、ジャズという音楽とは何か、視野をうんと広げてモーガンやヘレン、そしてジャズを生み出したアメリカという国は何か。全てのものへの敬意と愛情が、この作品を特別なものにしているのは確かなようです。


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"Karl Marx City" (2016) USA/Germany
監督:Petra Epperlein, Michael Tucker

イラク戦争に関するドキュメンタリー・シリーズ"Gunner Palace"(2004年)と"How to Fold a Flag"(2009年)を完成させた後、Petra Epperlein監督とMichael Tucker監督チームは、Petraの故郷で、彼女が子供時代を過ごした旧東ドイツに新たなテーマを求めました。実はPetraの父親は1999年に自殺によって亡くなっているのですが、その原因が、ドイツが東西に分断されていた時期にあったかもしれないのだそうです。彼は、国家保安省(シュタージ)から密告を強要された数多くの市民の1人だった可能性があり、それを調べるため、Petraは過去の記憶を辿っていきました。Epperlein監督とTucker監督チームは、この重いテーマに、政府による異常な監視下に置かれながら暮らす問題を絡め、モノクロのスタイリッシュな映像美で大胆に表現してみせました。


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"Uncle Howard" (2016) USA
監督:アーロン・ブルックナー Aaron Brookner

ハワード・ブルックナー Howard Brookner監督は1954年4月30日、ニューヨークで生まれ、エイズの合併症のため34歳の若さで1989年4月27日に死去しました。ハリウッドのメインストリームでブレイクする直前での、早すぎる死去でした。日本では劇場未公開でしたが、後にビデオが発売されたアンサンブル・コメディ劇「ワンナイト・オブ・ブロードウェイ Bloodhounds of Broadway」(1988年製作、マドンナ、ルトガー・ハウアー、ジェニファー・グレイ、マット・ディロン等豪華キャスト陣が当時話題に)、これまた日本では未公開ですが、5年の歳月をかけて製作したウィリアム・S・バロウズのドキュメンタリー映画"Burroughs: The Movie"(1983年製作、バロウズと同時代の著名人アレン・ギンズバーグ、フランシス・ベイコン、テリー・サザーン、パティ・スミス、ローレン・ハットンなどとの交流も含め、バロウズの半生を詳細に追った作品)などで知られる人物です。ブルックナー監督は、上記した「ワンナイト・オブ・ブロードウェイ Bloodhounds of Broadway」のポスト・プロダクションの真っ最中に亡くなったわけです。

彼は、生涯唯一のメジャー映画を撮る以前には、70年代から80年代にかけてのニューヨークのアングラ・シーン、ビート世代後のニューヨークで活躍したパフォーマー、作家、映画作家、等々のあらゆる芸術家たちの肖像をフィルムやVHSビデオにとらえていました。彼の甥のアーロン・ブルックナー Aaron Brookner監督は、くだんのバロウズ・ドキュメンタリー"Burroughs: The Movie"(1983年)のレストア作業中に、おじさんが遺した70年代後半から80年代前半にかけてのニューヨーク・アングラ・カルチャー史の変化をとらえた貴重な映像を発見しました。フィルムは、バロウズ所有の荷物入れの中に30年に渡って眠っていたそうです。

アーロン・ブルックナー Aaron Brookner監督は、再発見されたハワード・ブルックナー監督の伝説の作品 "Nova Convention"からのフッテージ映像、バロウズの音声、ハワード自身が死の直前に行ったポエトリー・リーディングのセルフ・ポートレイト映像、まだ20代のジム・ジャームッシュ Jim Jarmusch監督(‼)等、生前のハワードを偲ぶに充分な思い出の数々を、愛情をこめてドキュメンタリーにまとめました。この作品は、今現在のニューヨーク・カルチャー・シーンを支えた70年代から80年代のニューヨーク・アングラ・シーンの目撃者の目を通して語られた、真に貴重な記録映像であると同時に、アーロン・ブルックナー監督自身にとって、早逝したおじさんの知られざる素顔を再発見し、その足跡をたどる、甥とおじさんの個人的な旅の軌跡でもあるのでしょう。


"Patria O Muerte: Cuba, Fatherland or Death" (2016) Cuba/USA
監督:Olatz Lopez Garmendia

変わりつつある現在のキューバ国内の様子を、力強く素描したドキュメンタリーです。


"Restless Creature: Wendy Whelan" (2016) USA
監督:Linda Saffire、Adam Schlesinger

23年に渡ってニューヨーク・シティ・バレエ団のプリンシパル・ダンサーを務めていたウェンディ・ウェルマン。彼女は優れたダンサーでしたが、どんなに優秀なダンサーでも肉体は老います。いつかは踊ることをやめなくてはならないという問題を、バレエを殊の外愛するウェンディはどうやって乗り越えたのでしょうか?このドキュメンタリーは、ストイックにバレエという芸術を愛してきた人物が、どうやって最も辛い決断を乗り越えたかを明らかにすることで、いつかは誰にでも必ず訪れる“肉体の限界”という問題への普遍的な対処をも示唆しています。


"The Settlers" (2016) France/Canada/Israel
監督:Shimon Dotan

"Six-Day War"、第3次アラブ・イスラエル戦争のあと、ヨルダン川西岸地区に移住してきたイスラエル人たちを取材し、彼らのおかれた現状を客観的に描写したドキュメンタリーです。


"Two Trains Runnin’" (2016) USA
監督:Sam Pollard

1964年のFreedom SummerあるいはMississippi Summer Projectは、公民権運動 Civil Rights Movementの一部として1964年に始まりました。この運動に参加するため、James Chaney、Andrew Goodman、Michael Schwernerを含む何百人もの若者が南部に向かったわけですが、それと時を同じくして、ブルース・ギタリスト、John FaheyとDick Watermanを含む若者た
ちが、伝説的ブルース・マンであったSkip JamesとSon Houseの足跡をたどって同じように南部へ旅に出ました。このドキュメンタリーは、この2つの目的の異なる旅が、ミシシッピーでどのように交錯したのかを独創的に描きます。


"Whose Country?" (2016) Egypt/USA/France
監督:Mohamed Siam

エジプト国内の混迷を深める政治状況を、1人のカイロ警察の警察官の目から明らかにした、他に例を見ないドキュメンタリー作品です。


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