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zoom RSS 「アイリス・アプフェル!94歳のニューヨーカー Iris」は一日にして成らず。

<<   作成日時 : 2016/04/06 14:05   >>

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“特にルールはないの。あっても破るだけ。”

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「アイリス・アプフェル!94歳のニューヨーカー Iris」(2014年)
監督&撮影:アルバート・メイズルス Albert Maysles
出演:アイリス・アプフェル Iris Apfel
カール・アプフェル Carl Apfel
マーガレット・ラッセル
ハロルド・コーダ
ブルース・ウェーバー
ドリス・ヴァン・ノッテン
リンダ・ファーゴ
ジェナ・ライオンズ
ナイーム・カーン
ローリー・ジェヴィス
アレキサンダー・ワン
カニエ・ウェスト他。

ニューヨークの上流社会は、ある種独特の伝統と力関係で成り立っている。社交界が、一般庶民には窺い知ることの出来ない排他性の壁で守られているのは当然だが、もって生まれた血筋が無ければ、その壁を突き破ることはできないかというと、必ずしもそうではない。社交界で注目を集める方法は他にもある。ビジネスで成功を収めることだ。

90歳をとうに超えた現在も尚、ニューヨークの社交界、ファッション界、ビジネス界で愛され注目され続けるアイリス・アプフェル女史もそう。1921年8月29日、彼女は弁護士の傍らブティックを経営していた母セイディ・バレルと、インテリア装飾を専門にしていた父サミュエル・バレルの間に生まれた。ニューヨーク大学卒業後、エリナー・ジョンソンに師事。個性的で抜群のセンスを買われてインテリア・デザイナーとして頭角を現した。

インテリアに独創性を求める上流階級の人々を顧客に持ち、独立したアイリスは、彼らの自宅やメトロポリタン美術館など歴史的建造物の内装を手がけるようになった。その過程で、伝統的なテキスタイルのデザインをオリジナルに忠実に復元する会社Old World Weavers社を夫カールと共に立ち上げ、これが大成功を収める。歴代アメリカ大統領の下、ホワイトハウスの内装修復プロジェクトを任されるまでになった。まさにニッチな要請に応えて繁盛したOld World Weavers社は、その後業界最大手の企業に売却され、アプフェル夫妻は悠々自適の老後を過ごすかに見えたが…。

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私自身は、アメリカのインテリアデザイン業界のことなど全く門外漢ではあるが、女史がビジネス・ウーマンとしての第一歩を踏み出した1950年代から、息長く華々しい成功を収めてきた事実が如何に異例のことであるかは、ちゃんと理解できる。彼女は現在のビジネス・ウーマン達の先駆けであり、しかも、大抵の人ならそろそろ人生の幕引きを考えるだろう年齢に至って更なる飛躍を目指し、成功を収めたという点においても、特例中の特例のケースであるのだ。

“ニューヨークで、女性で初めてファッションとしてジーンズをはいたのが私。でも、当時のジーンズは男性専用で、女性は皆スカートをはいていたから、ジーンズを扱っていた業者は最初は私には売ってくれなかったの。諦めずにしつこく交渉し続けたら、とうとう私を頭のおかしい女だと思ったみたい(笑)”

センス抜群の父親からは独創的な美的感覚を、やり手のビジネス・ウーマンであった母親からは実業家としての才覚を受け継いだアイリスは、子供の頃からファッションにも強い関心を抱き、また独自のセンスを磨いてもいた。それが高じ、世界中から消えようとしている貴重なテキスタイル・デザインを集める仕事の傍ら、本物の織物を収集して衣服に仕立て直したり、珍しい工芸品やユニークなアクセサリーを集めるようになったのだ。結局気がつけば、ファッション関連のアイテムについては全米でも指折りのコレクターとなっていた。

それが、アイリスをして、80歳を超えてから全く新しい分野で大ブレイクするきっかけを与えたのだから、本当に人生とはどう転ぶのか分からない。そして、アイリスという人の人生は、“ビジネス・ウーマンのロールモデル”の枠をもはみ出した、真にオリジナルなものなのだと思う。

彼女の“第2の波”は、2005年、84歳の時にやってきた。時間をかけて準備を進めてきた企画展が土壇場になってキャンセルとなってしまい、途方に暮れたメトロポリタン美術館の学芸員ハロルド・コーダ氏。彼はその時、全米でも指折りのファッション収集家であるアイリス・アプフェルの話を思い出した。コーダ氏は早速アイリスにコンタクトを取り、何十年もかけて彼女が世界中で集めてきた、高価なものから、希少価値の高いものまで様々なファッション・ジュエリーやアクセサリーなど、膨大な数に上るアイテムを借り受けることに成功した。それでファッション・ジュエリー企画展を開催しようというわけだ。完全に個人の私物だけで構成される催しであること、開催日まで準備期間もあまりなく、宣伝に充分な時間をかけられなかったこと、また芸術性という観点から、ファッション関連の催しを低く評価する人間も多いことで、当初は成功が危ぶまれた企画だった。ところがいざ蓋を開けてみれば、その“Rara Avis: Selections from the Iris Apfel Collection”展は、驚異的な口コミによる宣伝で、最終的に記録的な動員数を記録し、同じ内容の企画展が他の都市の美術館でも巡回開催されるまでになったのだ。

彼女は、“ファッション界のカラフルで珍しい鳥”というユニークなあだ名を授かり、新時代における新感覚のファッション・アイコンに祭り上げられ、一躍“時の人”となったのである。84歳の“新人”ファッショニスタのその後の快進撃は、全米に留まらず世界中に広く知られるところとなった。アメリカでも有数のファッション雑誌の表紙を飾り、広告やトークショーに出演。かの有名な写真家ブルース・ウェーバーのお気に入りモデルとなり、テレビ・ショッピングに出演すれば、彼女が扱うアクセサリーは毎回即時売り切れ記録を更新する。

“まだ若かったとき、おしゃれなブティックでめぼしいものを探していたら、オーナーから声をかけられたの。『お嬢さん、あなたは美人じゃないけど自分のスタイルをちゃんと持ってるわね』って。”

アイリスの、伝統的で良質なものと、新しくて個性的なものを合体させた温故知新とでも呼ぶべきファッションは、文字通り“スタイル”となった。世界的に有名な、ニューヨークの老舗超高級デパート、バーグドルフ・グッドマンのショーウィンドウ・ディスプレイにまでなったのだから。

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その一方でアイリスは、いわゆるセレブ的な華やかさとは別の活動にも積極的に携わっている。テキサス大学の客員教授に就任し、選りすぐられた学生達に、生のファッション・ビジネスを実地に学ぶ場を提供する1週間のニューヨーク・ツアーを企画、監修も務めているのだ。伝統美の記録でもある古いテキスタイルを再現する技術を、学生達の誰かが習得してくれることを願って。伝統的なデザインの多くが失われてしまったのは、それを次世代に伝える人間がいないからなのだ。

“大きくてカラフルなアクセサリーが好き。いくつかのアクセサリーを組み合わせて新しいデザインにするの。とにかく派手にね。死者も目覚める色合いよ”

大きくて丸くて黒いフレームの、まるでトンボの目玉を思わせるメガネ、そして原色と原色を組み合わせた、まさに熱帯の珍しい鳥のような華やかな衣装、遠目からでも識別できるほど大振りでガヤガヤと賑やかなアクセサリー。その聖なる3点セットがファッション・アイコン、アイリスのトレードマークだ。パーティやテレビ出演、写真撮影といった公式の場に出るとき以外でも、アイリスの個性的なファッションは充分に人目を惹く。彼女の人生においては、まさに毎日が新しいファッションの誕生日である。私自身は“ファッショニスタ”の意味も、ファッション界における彼らの真の存在意義も上手く説明できないが、様々なアイテム…しかも、普通の人間なら思い付きそうも無いアイテムを組み合わせ、新しいファッション・スタイルを世に問うているアイリスは充分にアーティスティックだと思う。アイリス・アプフェルという女性のライフスタイル―日々、彼女の好奇心を満たすモノを壮大なモノの海の中から発掘し、それらをただ単にコレクションして仕舞いこんでおくだけではなく、新たな形に仕立て直して実生活の中で実際に使用することで、そのモノの真価を生かしてやる―そのものが、日々の創造活動であろう。

ファッションにまつわる創造的活動は、なにも、有名ブランドで服のデザインをすることだけを指すのではない。この世に産み落とされたモノたちの価値を自分なりに咀嚼し直し、そこにオリジナリティを付加して実生活の中で生かすこと。これこそが最も大切な“創造的行為”ではないかと思う。この法則は、ファッションに限らず、その他のアートと社会の関係においても有効だ。芸術の受け手である私たちは、ただ唯々諾々と芸術を鵜呑みにするのではなく、そこに自分なりの解釈を加えてそれを理解しようとし、あるいは、自分のアイデアで別のものに変換することで自分自身の創造性のモチベーションにしたりする。そういった行為もまた、“芸術”の中の重要な一側面だと思う。

ウィットと含蓄に富んだ会話術を駆使し、数々の名言で知られる彼女はドキュメンタリー映画「ビル・カニンガム&ニューヨーク Bill Cunningham New York」(2010年)、「アドバンスト・スタイル そのファッションが、人生」(2015年)、また「ニューヨーク・バーグドルフ 魔法のデパート Scatter My Ashes at Bergdorf's」(2013年)などにもコメンテーターとして顔を出した。そして2014年、彼女のライフスタイルを追った初の単独ドキュメンタリー映画が製作された。それがこの「アイリス・アプフェル!94歳のニューヨーカー Iris」である。


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…ルールに縛られずに自由に生きる、妥協することなく自分らしさを追及し、人生を全うする。アイリス・アプフェル女史の座右の銘だ。そりゃまあ確かにその通りではあるのだが、言うは易し、しかして実行するのは至難の業だ。

だが、生き馬の目を抜くニューヨークのビジネス・シーンで現役の実業家として成功を収め、尚且つ独自の生き方で注目を浴びるアイリス・アプフェル女史の生き様をみれば、少しは得るものがあるかもしれない。ただし。女史は、親しみやすい佇まいと明るくさっぱりした言動から、周囲の人々の親近感を瞬時に獲得してしまうのではあるが、実はニューヨークのビジネス界で長年に渡って大きな成功を収め、富と名声を既に獲得済みの人であることを肝に銘じておく必要はあるだろう(笑)。高齢になってもアバンギャルドなファッションで目立っているというだけで、バラエティ番組に出られるほど、ニューヨークのビジネス界もエンターテイメント界も甘くはない。

“40年代、インテリア・デザイナー見習いとして働き始めたとき、早く自分でも内装のデザインを手がけたいと強く願い、毎日必死に働いたの。1日最低でも12時間は働いたわ。”

顧客の好みと希望を汲み取り、それを具体的な形にしながら、そこにさりげなく自分自身のひらめきを組み込んでオリジナリティを出す。こうやって言葉で書けば簡単そうにみえるのだが(笑)、実際にこれをやろうとすれば、大事になるのがお分かりいただけるだろうか。例えばアイリス女史の場合なら、インテリア・デザインという分野だけでなく、建築や経済、歴史、ファッション、美術全般等々に関する広範な知識が必要だし、それに加えて自分自身のアーティスティックなセンスにも磨きをかけておかねばならないのだ。…そんじょそこらの凡人には、おいそれと真似できることではない。

“自分が美人でないことぐらいよく承知しているわ。それで結構よ。私のような女はね、(容姿で相手を惹きつけることができない代わりに)大変な努力をして知識やセンスを身につけるの。可愛い容姿にモノを言わせてのしあがっていった女性達を何人も知ってるわ。でも、人間は必ず老いる。年老いて美しい容姿を失ってしまった彼女達を見るのは気の毒だわ。中身は空っぽなんだから、後には何も残らないもの。”

女史が息の長い成功を収め続けた最大の理由とは、要するに“必死に努力した”からだ。それしかないともいえる。自分が生涯をかけて取り組もうと決意した分野を貪欲に学び、同時に常に好奇心のアンテナを広げておくのだ。人間というのは死ぬまで学習し続ける生き物だとはよく言われるが、アイリス女史をみているとその通りだと思う。そして、ひたむきに学び、やりたいことを実現するために努力し続けた人間だけが、本当の意味で成功を収めるのだ。学んだことは知識として私たちの頭脳の、精神の血肉になり、私たちの人生をより豊かなものにする。それは一生涯消えることのない大切な財産だ。

“(あなたは他人を批判しませんよね?と問われて)…ええ、全然似合ってないファッションに身を固めて喜んでる人は大勢いるけど、それで彼らが幸せなら別に構わないじゃない。そんな人たちをわざわざ批判してまわる必要はない。”

何事も、自分が納得してさえいれば、ぶっちゃけ万事オーケーなのだ。それを赤の他人からとやかく咎めだてされることほど、ストレスの溜まることはない。逆に言えば、他人が喜んでやっていることを、私が批判する権利もない。
話はそれるが、ソーシャル・メディアの浸透により、今や世界中の誰もがインターネット上で“自分の意見”を表明できる時代になった。誰かが“自分の意見”をネット上に書き込めば、顔も名前も知らないどこかの誰かが、必ずといっていいほど、当然の権利のような顔をしてそれを批判する“自分の意見”を書き込む。お互いに“自分の意見”は正しいと信じているから、後は推して知るべし、売り言葉に買い言葉、言葉だけのやり取りの世界にありがちな喧嘩が勃発する。…これが拡大すると、いわゆる炎上という現象に発展する。皆さんもよくご存知だろう。
意見が相違しているから議論も起こるのだし、言葉のやり取り上、意見の相違が白熱して“喧嘩”になってしまうこともあるとは思う。しかしまあ、何年もその類の喧嘩をみたり、また実際に自分自身も経験してきた上で実感するのは、“意見の異なる相手と話し合う”行為は、結局のところ時間の無駄に終わるということだ。“議論”も最終的には、相手を言い負かすための、極めて一方通行な醜い怒鳴り合いに堕ちてしまう。特にネット世界のような空虚な場所では。ならば、自分と異なる意見の人たちを見かけても、ああそういう人も存在するのかと思うだけで、素通りすればいいのだと思う。少なくとも私はそうしている。
私もかつて、“自分勝手な人間だ”だの“いつも偉そうに、偉そうなことばかり書いている鼻もちならない人間だ”だの“自分の意見ばかり押し通し、他の人の意見に耳を傾けない心の狭い人間だ”だの、顔も名前も知らない人間から言いたい放題言われてきた(笑)。それらに対し、反論さえしたこともある。だが、結局良い結果には全くならなかった。無意味だったのだ。まあそんな訳で、今となっては、ネット上で“Anonymous”人間たちと言い争うことに何らの意義も見出せないでいる。

“子供を持とうとは思わなかったのですか?”
“私の母は私を産んで仕事をやめたことを心底後悔していたの。それで、まだ幼かった私をベビーシッターに預け、フルタイムで仕事を再開した。私は母親に置いてきぼりにされたと感じ、本当に寂しい思いをしたの。だから、私自身は仕事を選ぶか子供を選ぶかを考え、仕事を選んだ。”


“全てを手に入れることはできないのよ”という女史の言葉は重い。私だって、社会は働く女性の権利をもっともっと受け入れるべきだとは思う。働かねばならない女性だってたくさんいるのだから、出生率の低下を止めたいのであれば、働く女性が安心して出産できる環境づくりを行うことが最優先事項だ。しかしながら、女性の権利云々といった問題はうやむやにされがち。女性の社会進出が目覚しいと喧伝される一方で、働く女性の抱える根源的な悩みは、今も尚全く解消されていないと感じる。

“まるで子供のような妻とずっと一緒に冒険してきた。最高に楽しい人生だった。神が許すならば、もう少し一緒に生きていたい。だって人生はたった一度きり。ならば、好きなように生きたいじゃないか。”

カール・アプフェルは大恋愛の末にアイリスと結婚した。以来、ビジネス・パートナーとしても、また人生の伴侶としても、彼らは二人三脚で共に歩んできた。このドキュメンタリー映画には、カールの100歳の誕生日を祝うパーティーの模様も登場する。車椅子なしでは生活できない身体になっても、いつもアイリスの見立てたお洒落なファッションでキメ、口を開けばジョーク満載、アイリスの傍らで微笑んでいるカールを見るだに、“パートナー”の理想形の一つがアイリスとカール夫妻の関係なのだと確信するのだ。アイリス自身は、身体と気力の衰えも不安感も激しくなってきたカールの世話を自分が焼いてやっているのだと考えていたかもしれないが、これまで夫妻が歩んできた道のりから、アイリスの方がカールの献身に支えられ、時には甘えていただろうことがよく分かる。
前述した“子供を持つことを選ぶのか、それとも仕事に生きることを選ぶのか”という究極の選択は、今現在はまだ、社会に出たいと願う女性達の前だけに立ちはだかる壁だ。いずれを選択するにせよ、女性に“選択権”を与えるのは女性自身ではなく、パートナーとなる男性である事実には変わりがない。アイリスとカールのケースも然り。アイリスにとって幸運だったのは、カールがアイリスの選択に敬意を払ってくれる男性であったことだ。妻の全てをありのまま受け入れること。何一つ否定せずに。一見簡単そうだが、亭主関白になりやすい男性にとっては、大変困難なスタンスだと思われる(笑)。第一、今の世の男性の中で、“子供を産まない”決断をした妻を理解できる男性は、一体如何ほどおられるだろうか。ほとんどいないのではないか。
女性の社会的立場の変革が、極めて大きな声で叫ばれる社会現象となって久しいが、その変革のカギを握るのは男性だということを、どうか世の男性諸氏は肝に銘じていただきたい。女性が幸せになるも不幸せになるも、男性次第なのだ。否も応もない。今の私達には、そのような世界しかないのだ。

“この年齢になると、身体が思い通りに動いてくれなくなり、憂鬱になる。すぐ疲れるし。でも、家の中でじっとしていると、普段考えないようにしている不安が襲ってきて塞ぎ込んじゃうの。だから、できる限り外に出たい。社会に出て活動したいの。”

年老い、夫婦2人だけになった時に問題になるのが、“老い”とどうやって対峙するかということだろう。人間誰しも老いる。老いれば出来ることが限定されるので、これまでの生き方を否応なく振り返り、考え直す必要にも迫られる。そんな時にどのように行動するかということも、その人の人生の幸不幸を決定付ける重要な要素だと思う。
昨年2015年、101歳の誕生日を目前にして、カールは亡くなった。その際にカールの脳裏に浮かんだものは何だったのだろう。長きに渡って苦楽を共にし、100年間の冒険の旅を続けた妻の顔だろうか。

今作の監督アルバート・メイズルスは、「クリストのヴァレー・カーテン」(短編ドキュメンタリー映画)でオスカーにノミネートされた経験を持ち、「ローリング・ストーンズ・イン・ギミー・シェルター」や「ポール・マッカートニー/THE LOVE WE MAKE」等、アメリカのドキュメンタリー映画史に残る作品を世に送ったことで知られる。ハスケル・ウェクスラーと同じく、撮影監督としても優れた作品に数多く携わり、最高のアメリカ人シネマトグラファーの1人と認識されていた。この作品でも、彼らしく、一際ポップでカラフルな対象ーアイリスーを瑞々しくカメラに収めている。音楽などの余計な装飾は大胆にカット。だって、アイリス自身が予想のつかない変調だらけの楽しい音楽なのだ、他の音など必要ない。また、照明も極力使用していないと思われる。アイリス自身が、色とりどりの華やかなライトだからだろう。

この作品は、様々な苦労も悲しみも全て前向きのパワーに変えてひたすら前進し続けた1人の偉大な努力家を讃える、敬意と労わりと優しさで満たされた一大パーティーだったのだ。

そして、こんなにも心躍るドキュメンタリーを作ってくれたメイズルス監督も、カールと同じく、2015年に逝去した。今の私が願うのは、アイリスが被ったであろう大きな喪失の痛みが1日も早く癒えることだけだ。


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