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zoom RSS 愚か者の道標―「ALTNEULAND」(short film animated)

<<   作成日時 : 2016/03/25 01:19   >>

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“自由諸国では、国民の大半は自由ではない。彼らは少数者によって彼ら自身にも知られていない目的へと駆り立てられている。” ―サー・ラビーンドラナート・タゴール Sir Rabindranath Tagore


彼らの行動を馬鹿だと嘲笑うことは誰にもできないと思う。今の私もあなたも似たようなものだ。どの国に住んでいようが、何を信仰していようが、肌の色は何か、どの言語を話していようが関係ない。我々は皆、その真意を碌に考えようともせず、特定の『少数者』に唯々諾々と従い、闇に向かってただ真っ直ぐ歩いているだけだ。

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"ALTNEULAND"

"ALTNEULAND" from SARIEL KESLASI on Vimeo.


『Altneuland』(2012年)
Director & script: Sariel Keslasi
Producer: Sariel Keslasi
Animation Department: Sariel Keslasi
Composition: Udi Keslasi & Sariel Keslasi
Sound: Dror Shalit


これから君に、奇妙で可笑しく、どこかもの悲しくさえある話をしてあげよう。ほんの短い話だから聞いて欲しい。

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見渡す限り何もない荒野に、一本だけ道がある。道に沿って背の高い電柱…あるいは電柱の残骸…が一定の間隔を置いて立っている。まるで、だだっ広い荒野にぽつねんと立っている老木のようだ。そのうちの一本に、【Altneuland】と書かれた標識が無造作に貼り付けられている。それがその一帯を指す町―少なくとも町と呼べるだけのものは皆無なのだが―の名前なのかどうか、定かではない。遮るものとてない荒野ゆえ、強い風が吹けば何でもすぐに飛ばされてしまう。頼りなく電柱にしがみついてる【Altneuland】も、今にも落っこちそうな風情だ。

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そこへ突如、一台のバスがやってきた。やはり遮るものは何もない荒野ゆえ、バスも猛スピードで走りこんできたかと思うと、【48】と書かれたバス停で乱暴に急停車した。バスはそこで、男女数名の旅行者と彼らの大荷物を吐き出し、来たときと同様、猛スピードで走り去っていった。

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何もない平原に放り出された旅行者たちは、きょろきょろと辺りを見回し、まずは【48】番目のバス停の標識、次いで枯れかけた老木のように立ち並ぶ道路わきの電柱を見やった。それ以外には何もない光景だ。何処からやってきたかは知らないが、旅行者たちはさぞかし面食らったことだろう。

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だが、一団の中の1人―パイプをたしなむ思索家―は、肌身離さず持ち歩いているのだろう古い書物【Altneuland】を取り出し、彼らにとっては聖書に等しいその“約束の書”のタイトルと、バス停の反対側の電柱に辛うじて引っ付いていた標識【Altneuland】が同じであることを確認した。パイプの思索家は、彼を含めた仲間達がついに約束の地に辿り着いたことを知り、【Altneuland】付きの電柱に恭しく接吻した。…標識の方は、勢い良く風に吹かれた拍子に矢印が上を向いてしまっていたのだが…。

そう、彼らを【Altneuland】へ導いてくれるはずの標識は、今は天空を指している。それはただ単に、風に吹かれた勢いでそうなっただけなのだが、バスで到着したばかりの彼らには知る由もない。思索家はここでしばし思索した。…バスが連れてきてくれた場所は【Altneuland】で間違いない。だってそう書かれた標識があるのだから。問題は、町らしきものが辺り一帯に見当たらないことだ。そしてこの【Altneuland】標識は、今、上を指している。つまり、地上に【Altneuland】はなく、この矢印の指す方向、つまり天上に、彼らが目指す約束の地が待っているということではないのか。

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思索家は意を決したように立ち上がり、自身の家財道具一式を持ち上げると、その大荷物もろとも【Altneuland】標識が掛かっていた電柱をよじ登りはじめた。重い荷物を背負いながら細い電柱をよじ登る作業は大変だが、彼の信念は固く、揺ぎ無い。約束の地を求め、長く流浪った苦しい旅がようやく終わろうとしているのだ。楽園が地上ではなく空の上にあったからといって、ここまで来て怖気づいて引き下がれるものか。しかし悲しいかな、彼1人の身長では天高いところにある彼らの【Altneuland】には届かない。

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その様子を恐々見守っていた仲間達は、思索家の行動に倣い、自分達の家財道具を各自持って電柱を登り始めた。そして、てっぺんに一番乗りした思索家の肩に両足をかけ、肩車をする格好で彼の頭の上に乗り上がる。そうして、皆で肩車して上へ上へと人間梯子を伸ばしていったのだ。大きな身体の大人が何人も登ったため、古い電柱はその重みでギシギシと軋み、グラグラと不安定に揺れている。そう、今にも折れてしまいそうだ。

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流石に、その今にも折れそうな電柱に更によじ登っていくには、覚悟と勇気が要った。最後まで人間梯子の列に加われず、グズグズ躊躇していた女は、改めてバス停の標識を見やり、もう今更後戻り出来ない身の上であることを自らに言い聞かせた。そしてやっと踏ん切りをつけ、決然とした面持ちで、家財道具一式と共に【Altneuland】行きの人間梯子をよじ登り始めた。更に大きな身体の大人の体重が加算された電柱は悲鳴を上げたが、女は怯まず人間梯子のてっぺんに辿り着いた。そこから約束の地【Altneuland】は雲に霞んで見えないが、女は、勇気を振り絞って仲間達の期待に見事に応えた自分を誇らしく思ったことだろう。

しかし、許容量を超える重量負荷がかかった電柱は、ゆらゆらとその揺れの振りを大きくしていた。最も揺れの大きな柱のてっぺんから更に天空高く伸びる人間梯子の足場は、もっともっと不安定だ。電柱のてっぺんに梯子状に肩車し合った人間達は、強くなる揺れに対抗し、懸命にバランスを保っている。

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…とその時、一陣の風が荒野を吹き抜けた。電柱に辛うじて引っ掛かっていただけの【Altneuland】標識は、とうとう力尽きて吹き飛ばされ、地面に落ちた。その矢印が指す方角には、見渡す限りの荒野と、気まぐれに吹き抜ける強風しかなかった。


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…ばかみたいに電柱によじ登って天空を目指した者達は、その後どうしたかって?さあ、分からない。この奇妙なお話はここで終わりだから。本物かどうかも定かじゃない古ぼけた標識だけを頼りに、たまたまそれが指している方角を疑いもせずに鵜呑みにし、馬鹿正直にそこへ行こうとする者達。彼らを愚か者だと笑うことは簡単だ。だって私や君は、彼らの行動全てを見渡せる劇場の特等席から、彼らの物語を高見の見物と決め込んでいたんだからね。言ってみれば、“神”の視線で彼らの行動を見つめていたわけだ。それならば、幻のユートピアを求め続けるあまり、視界が狭められてしまった彼らの行動の無意味さもよく見えることだろう。

だが私には、彼らの行動を笑うことは出来ない。よくよく見れば、彼らは家財道具一式を持ってバスに乗ってここまでやってきている。これが何を意味するか?彼らはおそらく、今まで住んでいた土地を離れざるを得ない状況に陥ったのだろう。かつてのヘブライ人 Hebrewsのように、故郷を失って長らく他民族に隷属し、やっと解放されたと思ったら、今度は40年もの間荒野をさ迷う羽目になったのかもしれない。ヘブライの民も、彼らだけのユートピアを夢見、それだけを目指して歩き続けたんだ。だからこそ、彼らは“故国”という概念とそれを守ることに、他の国々の人々より一層固執するのだろう…。故郷を失った者の絶望の深さを理解できるのは、同じように故郷を失った者だけだ。怒りと焦燥と絶望は、実に容易く人間の目を曇らせる。目の前に見えているはずの現実すらも、霞ませてしまうんだ。…そんな風に追い詰められた人間は、落ち着いて考えれば到底信じ難いことでも、誰かに言われれば即座に鵜呑みにするし、実際に行動にまで移してしまう。

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もし君が、この物語の愚かな人々の立場にあったとしよう。流浪の旅の果て、焦がれ続けた安住の地まであともう一歩というところまで君はやって来た。でも、夢にまで見たその場所は、見渡す限り不毛の大地だ。そんな筈じゃなかったと君は焦り、大きな不安に駆られるだろう。しかも、もう引き返す手段すらない。ではどうする?どうすればよいか分からない多くの無辜の民は、知識が豊富で賢く、先頭を切って立ち上がる勇気と行動力を持ったリーダーの指示を仰ぐんだ。【Altneuland】を求めていた人々と同様に。
何もない真っ暗闇の中で途方に暮れていた君は、コミュニティーの中の1人が何事かを思いつき、新しい行動に出るのを目の当たりにする。それは、普段の君なら腹を抱えて大笑いするような類の、突飛で奇妙な行動だ。だが今の君は、これまでの苦労が水の泡と帰した徒労感と未来が見えない不安感に蝕まれており、冷静な判断ができない。おそらく藁にも縋る思いで、君もその“先駆者”の行動に倣い、万が一の可能性に賭けるのではないか。
その際に問題となるのは、君のお手本になる先駆者がどのように状況を判断し、どんな行動をとるのかということだ。もちろん、【Altneuland】の人々にとっても同じ。彼らのコミュニティーのリーダーが、間違った判断を下し、間違った行動を模範として示して、コミュニティーを間違った方へ誘導してしまうと、結果としてコミュニティー全体に取り返しのつかない痛手を負わせてしまう。電柱のてっぺんに皆して登るぐらいなら笑い事で済むが、“コミュニティー”の定義をもっと広げてみれば、この寓話が投げかける疑問やメッセージは、重大且つ深刻な意味を帯びることになる。

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私達が住む社会全体が、間違った考えを持つ“リーダー”によって操作されれば、私達、何も知らない無辜の民は、文字通り何も知らないまま間違った方向へ導かれてしまう。社会性を持つ生き物である人間は殊のほか、社会の中で目立つ者の言動に影響を受けやすいからだ。

“この作品は、Theodor Herzlが執筆したユートピア小説『Altneuland』(“古くて新しい国”の意)の、僕なりの個人的な解釈なんだ。僕は、アニメーションならではのとびきりシュールで寓話的表現を用いて、Herzlが夢見ただろう“ユートピア”思想そのものの馬鹿馬鹿しさ、理想郷などとっくの昔に崩れ去り、今は虚しい幻でしかない皮肉を描こうと試みた。と同時に、1人のイスラエル人として僕自身が体験した、イスラエル社会で生きることの不安感をこの作品に重ね合わせて強調してもみたかった。”―Sariel Keslasi監督




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Sariel Keslasi
テルアビブ出身
アニメーション映画監督、イラストレーター。自分自身の想像力をフルに発揮できる場と方法論を求め、絵画、彫刻、執筆、映画製作等、あらゆる芸術形態を経験し、模索していたKeslasi氏は、ついにアニメーションと出会う。アニメーション制作は、それら全てを総合した表現方法であり、ユニークなビジョンを具体的な形にするのにぴったり。そこで、エルサレムにあるBezalel Academy of Arts and Designのアニメーション部門に学んだ。アカデミー卒業作品として制作した寓話的なショート・フィルム『Altneuland』が、2013年度のアヌシー国際アニメーション映画祭 Festival International du Film d'Animation d'Annecyに出品され、同年、カンヌ国際映画祭 Festival International du Film de Cannesの短編映画部門でも紹介された。絵画のクラスで教鞭をとりつつ、新作を準備中。

INK & RUST (Sariel Keslasi) 公式サイト Official Site
INK & RUST (Sariel Keslasi) Vimeo公式ページ Official Page on Vimeo
(Sariel Keslasi氏のプロフィール、及び『Altneuland』に対する彼自身のコメントは、公式サイト、Vimeo公式ページを参照させていただきました。)

彼の公式サイトに飛びますと、いきなり面白いショートフィルムが始まりますので、ぜひそのままご覧になってみてください。彼が今までに制作した作品の一部を抜粋し、繋げたものです。Sariel Keslasi氏の持ち味がよくわかるデモ・リールですね。

今作では、極限まで単純化したデフォルメ絵柄を、細くて不安定に見える線で描き、各登場人物が漠とした不安に苛まれ、個々のアイデンティティーを失っている様が象徴的に表現されています。この寓話の人々は、寓話の中の一要素として機能し、同時に作品全体のトーンを決定付けているだけではなく、この寓話を見ている私やあなたのような人々全ての象徴でもあるのです。社会が実際のところどのような仕組みと構造で動いているのか、それを寓話の形を借りて分かりやすく示したともいえるでしょう。可笑しくて風刺が効いているこの物語は、また、印象的な音楽によってもの悲しさが強調されてもいますね。


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