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zoom RSS 第53回NY映画祭 The 53rd NYFF その他企画 リバイバル Revivals

<<   作成日時 : 2015/08/27 18:43   >>

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リバイバル上映プログラム Revivalsについて触れています。

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9月25日から10月11日まで(2015年) Sep 25 - Oct 11, 2015、ニューヨークの摩天楼の壁面が映写用の大スクリーンに変貌するニューヨーク映画祭は、今年で第53回を迎えました。

オスカーを最終地点とする映画賞レースで話題になるだろう作品群は、Main Slate部門に26の作品が招待されています。Main Slateの作品についての紹介記事は、こちらこちらにございます。お暇な方はご笑覧あれ。
本日は、レッドカーペットも華やかに彩られるだろうMain Slate部門ではなく、その他のリバイバルや特別企画などで上映される作品を見てみましょう。ちなみに、今年のNY映画祭公式ポスターのデザインは、NYのミュージシャン/アーティスト、ローリー・アンダーソンが手がけています。彼女は自身の監督作品も“Special Events”企画にて上映される予定でもありますね。


過去の名作のリバイバル上映 Revivals

これは個人的な意見なのですが、各映画祭の本来の個性って、メインとなる招待作品、あるいはコンペティション部門のラインナップではなく、本日触れる“特別上映企画”や“リバイバル企画”、今やわたくしにとっての映画界最後の楽園にして約束の地になりそうな“ドキュメンタリー部門”、そのような名称で呼ばれる企画で上映されるラインナップではないかと思います。メインストリームの、いわば客寄せパンダ的な意味も持つメジャーな作品をどれ程たくさん招致できたかではなく、その映画祭でしか扱っていない、他所では見ることが困難な“特殊な作品”をどれだけ上映できるか、それらをどれぐらいの精度で上映できるか、特殊な作品への知名度アップにどれだけ貢献できるか、そういった面から、それぞれの映画祭の特徴を測ることが出来るでしょう。そんなわけで、私にとっては、むしろメインの招待作品ラインナップよりも、特別企画や短編作品部門、リバイバル上映等の変則的な企画のラインナップを確認する作業の方が、よっぽど楽しいのですよ。


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「ミッドナイトクロス Blow Out」 (1981年製作)

ブライアン・デ・パルマ監督 Brian De Palma

1980年代にデ・パルマ監督が世に送った一連のサスペンス映画は、佳作揃いです。80年代というバブリーな時代背景もあって、衣装や小道具、セット等の醸しだす雰囲気が、若干古臭く、チープに見えるという意見をどこかで見た覚えがあるのですが、執着心やエゴ、憎しみや苦悩、嫉妬・羨望といった人間の持つ負の感情を、サスペンスやスリラー映画の枠内で語らせれば、70年代後半、80年代、90年代前半におけるデ・パルマ監督の右に出る映画作家はそうそういませんでした。
ストーリーテラーとして、70年代から80年代にかけて最も脂が乗っていた時期のデ・パルマ監督の作品の数々は、ですから、ストーリー、観客をハラハラドキドキさせたり、不意の一撃を食らわせたり、観客を意のままに操る演出、暗い情念が渦巻くような映像美、切れ味良い編集の妙に鋭い冴えを見せているものばかりなのですね。
日本では“ミッドナイトクロス”とかいう意味不明の邦題がついたばっかりに、“ミッドナイト・エクスプレス”やら“カサンドラ・クロス”やら、同じサスペンス、スリラー映画カテゴリ内の似たようなタイトルの作品とごっちゃにされてしまった感もなきにしもあらず。日本で“Blow Out”こと“ミッドナイトクロス”への評価が今ひとつであるのは、邦題のせいじゃないかとすら思いますねえ。
原題の“Blow Out”をみれば、映画好きならミケランジェロ・アントニオーニ Michelangelo Antonioni監督のパルム・ドール Palme d' Or受賞作品「欲望 Blowup」(1967年)へオマージュを捧げた作品であるか、あるいはデ・パルマ監督版の「欲望 Blowup」、もしくは「欲望 Blowup」への返答的作品なのだろうと見当がつきます。「欲望 Blowup」ではファッション・カメラマンだった主人公の職業は、低予算映画専門ながら腕利きの音響効果マンに変えられ、「欲望 Blowup」の、60年代という激動の時代そのものに飲み込まれるようであった不条理サスペンスは、魑魅魍魎跋扈する政界内の陰謀に巻き込まれた主人公が、絶体絶命のピンチに追い込まれてゆく悲劇に仕立てられていました。
「欲望 Blowup」のトーマスも、「ミッドナイトクロス Blow Out」のジャックも、一見すると同じように得体の知れない強大な力に翻弄されたわけですが、その実、彼らが立ち向かっていたのは性質の異なる敵であり、彼らが味わう敗北感もまた、意味の異なるものでありました。
目を焼き尽くす閃光がスクリーンいっぱいに広がった直後、タイトル通りろうそくの炎が消える(blow out)ように、これまで生きた証が全て、あまりにあっけなく消えた「ミッドナイトクロス Blow Out」のラストシーン。息が止まる程美しく、また胸を抉られる程痛ましいラストは、観る者の網膜に焼きつくが如きでした。


「乱 Ran」 (1985年製作)

黒沢明監督 Akira Kurosawa

私達日本人にとってはあまりになじみ深い時代劇映画です。シェイクスピア原作「リア王」 Shakespeare’s King Learにインスパイアされた翻案劇でありますね。戦乱の世を舞台に生々しく狂い咲いた人間愛憎ドラマが、史上最も絢爛豪華な色彩を纏ってスクリーンに戻ってまいりました。これも、マーティン・スコセッシ監督 Martin Scorsese率いる古い名画の復刻と保存を使命とするカンパニー、フィルム・ファウンデーション The Film Foundationのおかげでございます。彼らが甦らせてくれた作品本来のカラーによって、構想と撮影に10年間を要した、黒沢明監督の屈指の名画の持つ迫力が倍増、“映画を見る”のではなく、“映画の世界を体感する”ことができるようになったそうです。日本でも劇場公開して欲しいなあ。


「侠女 A Touch of Zen」 (1971年製作)

胡金銓 キン・フー監督 King Hu

現在も新作が作られ、世界的に人気を博している、中国映画の一大ジャンル武侠映画。この武侠映画全ての始祖となったのが、胡金銓 キン・フー監督 King Huの「侠女 A Touch of Zen」なのだそうです。構想、製作に3年を要したこの大作、完全版プリントのレストアがついに完成しまして、NY映画祭でお披露目されることになりました。


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「Visit, or Memories and Confessions」 (1982年製作 日本未公開)(35mm 73 minutes)

マノエル・ド・オリヴェイラ監督 Manoel de Oliveira (北アメリカ向けプレミア上映)

1908年12月11日生まれ、2015年4月2日に満106歳で死去。一年に一本の速いペースで新作を撮り続けるようになったのが、大抵の映画監督ならそろそろ引退を考える60歳を過ぎてからだったというのが、既に常人離れしておりますな(笑)。結局オリヴェイラ監督は、生前はずーっと世界最高齢の現役バリバリ映画監督(笑)の新記録を更新し続けていました。死の前年105歳で撮りあげた新作映画「レステルの老人」がベネチア国際映画祭に招待されるなど、文字通り、死の直前までメガホンを握っていた生粋の映画監督だったのですねえ。
心理ドラマ、ラブ・ストーリー、歴史劇、古典文学翻案…。どのような題材であっても、オリヴェイラ監督の作品には、不思議と“大人の腹黒さ、ずる賢さ”は感じられません。映画監督稼業に本腰を入れ始めたのが、既に還暦を過ぎてからだったせいもあるのかな。無邪気なまでの純粋さというのか、ある意味では無謀とも思えるほどの無垢さが、常に彼の作品の根底にあるのです。
そんな“映画を撮るのが日常生活の一部”となっていたようなフィルムメーカーにも、生前には本人の意思で公表も公開も禁止されていた“幻の作品”というヤツが存在します。それが、今年のNY映画祭で、北米で初めて上映されることになる「Visit, or Memories and Confessions」です。
大昔から強国、大国に挟まれ、彼らの歴史に翻弄され続けた小国ポルトガルならではの、一種の諦観、諦念に基づいた、あっけらかんと陽気な市井の人々の生活。オリヴェイラ監督が描く作品のテーマの多くが、こうした普通の人々の生き様に根ざしていますが、彼の作品のふとした隙に独特な哀調がしのびこんでくるのも、ポルトガルという国家が歩んできた平坦ではない道のり、その上に幾重にも積み重ねられていったポルトガル国民の声にならぬ悲嘆が、オリヴェイラ監督の意識下に常に巣食っていたからではないかと思います。監督の死後、初めて公開されたこの「Visit, or Memories and Confessions」には、生前には決して明かされることのなかった監督の深層心理が表れているのかもしれませんよ。


フィルム・ファウンデーション設立25周年記念企画 Celebrating 25 Years of The Film Foundation

マイケル・パウエル Michael Powell &エメリック・プレスバーガー Emeric Pressburger監督コンビの名作「赤い靴 The Red Shoes」(1948年製作)のデジタル・リマスター版Blu-rayに触れた際にも少しご紹介したのですが、フィルムの劣化が進む古い映画の発見、速やかな修復、デジタル化を行うことを目的に設立された、マーティン・スコセッシ Martin Scorsese監督を発起人とするグループ、TFFことフィルム・ファウンデーション The Film Foundationが、今年で設立25周年を迎えるそうです。昨年のNY映画祭では、TFFが修復、レストアした故セルゲイ・パラジャーノフSargis Hovsepi Parajanyan監督の一連の傑作群(「ざくろの色」(1971年)、「スラム砦の伝説 ამბავი სურამის ციხისა」(1984年)、「アシク・ケリブ აშიკი ქერიბი」(1988年)など)が上映され、その後各国で劇場にてリバイバル上映されました。日本で公開された際には私も劇場に馳せ参じたものです。古いバージョンのものを過去に見ていたので、はっきり断言できますが、TFFによって入念に修復されたパラジャーノフ監督の傑作群の映像の美しさたるや、言葉を失うほどでした。スコセッシ監督及びTFFのスタッフの皆さん、TFFと協力して名作を甦らせてくれた各国の映画ラボ、スタジオの皆さんにお礼を申し上げたい。
永遠にこの世から失われる運命から、TFFによって救出された作品群は、これまでに700作品を数えます。今年のNY映画祭では、TFF設立25周年を記念して、彼らが世界各地の映画保存協会、フィルム・ラボ、映画スタジオと協力して入念なレストアを行って復刻させた、最新のレストア版名画から7つの作品を上映します。


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「黒人女 La Noire de... / Black Girl」(1965年製作)(65 minutes)

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センベーヌ・ウスマン監督 Sembène Ousmane / Ousmane Sembene
(1923年1月1日生まれ、2007年6月9日死去)

セネガル出身の映画監督にして作家でした。文字通り手作りの装置を使い、全て手作業で製作された映画監督としての彼の処女作「黒人女 La Noire de... / Black Girl」は、その後のアフリカ映画作品が西欧諸国で注目されるきっかけを作りました。
第2次世界大戦中はフランス軍に従軍して狙撃手として戦い、戦後はフランスに渡って過酷な港湾労働に耐えながらフランス語を学び、小説を書き始めます。1956年に処女小説「黒人沖仲仕 Le Docker Noir」を自費で出版し、高く評価されました。ところが、彼の家族の中でフランス語を理解できる者がいないことから、書き言葉ではなく映像で物語を伝える映画に興味を抱き、単身モスクワに渡って1年間映画技術の基本を学びます。
その後は小説家と映画監督の二足の草鞋を履いて、旧習や西洋諸国からの圧力に抵抗することの重要性、新しい時代と旧世代の思想とモラルとの葛藤を乗り越え、アフリカ全土の独自の文化を守る道を模索すべきだと力強く訴える作品を世に問い続けました。
国内の政治、経済の混乱によって、彼の映画製作はいつも困難を強いられましたが、後進の若き映画人のためにも、また口承文芸の伝統を持つセネガルで映画文化が根付くためにも、彼は持ち前のガッツと反骨精神で映画を撮り続けました。彼こそまさに“アフリカ映画の父”と呼ばれるに相応しい、真の開拓者であったといえるでしょう。

●著作 Books
1956年「黒人沖仲仕 Le Docker Noir」
1957年「セネガルの息子 O Pays, mon beau peuple!」
1960年「神の森の木々 Les Bouts de Bois de Dieu (God's Bits of Wood)」
1962年『Voltaïque (Tribal Scars)」短篇集
1966年「消えた郵便為替 Le mandat, précédé de Vehi-Ciosane (The money-order : with, White genesis)」
1973年「ハラ(不能者) Xala」
1981年「帝国の最後の男 Le dernier de l'Empire」
1987年「ニーワン Niiwam suivi de Taaw」【「ニーワン Niiwam」(1977年)、「タアウ Taaw」(1986年)、「センベーヌの世界 The World of Sembène Ousmane (Interview with Ousmane)」訳者によるインタビュー集を合わせたもの】
1989年「アフリカから日本へのメッセージ」小栗康平共著

●フィルモグラフィー Filmography
1963年「ボロムサレ Borom Sarret」
1964年『Niaye』
1965年「黒人女 La Noire de... / Black Girl」
1968年『Mandabi』
1970年「タアウ Taaw」小説「タアウ Taaw」の雛形である短篇映画
1971年「エミタイ Emitai」
1974年「ハラ (不能者) Xala」
1977年「チェド Ceddo」
1988年『Camp de Thiaroye』
1992年『Guelwaar』
2000年『Faat Kiné』
2004年「母たちの村 Moolaadé」 第57回カンヌ国際映画祭 ある視点部門グランプリ受賞、2004年マラケシュ国際映画祭特別審査員賞受賞、2005年パン・アフリカン映画祭審査員賞受賞


「風櫃の少年(フンクイのしょうねん) / 風櫃來的人 / The Boys from Fengkuei」(1983年製作)

侯 孝賢 ホウ・シャオシェン監督 Hou Hsiao-hsien

侯 孝賢 ホウ・シャオシェン監督 Hou Hsiao-hsien自身が大変な巨匠になってしまい、なんとなく遠い存在に感じる今、この巨匠の“処女作”を振り返ってみるのは意味のあることだと思うんですよ。実は、私個人のお話をすれば、侯 孝賢 ホウ・シャオシェン監督 Hou Hsiao-hsienの諸作品については、彼が“巨匠”になる以前の昔の作品が本当に好きでした。映像を躍動するような瑞々しさと軽やかさが、いつの日か過去の郷愁になってしまうのだろうと予感しつつ、その一瞬の美を愛おしげに切り取るシャオエン監督の感性に、私も共鳴していたんですねぇ。…とまあ、こんな風に過去形で書くには理由がありましてね。“台湾映画界の新しい波 The Taiwanese New Wave”と呼ばれていた若きフィルムメーカーたちの先頭を軽やかに走っていた頃の、シャオエン監督の作品を今猛烈に懐かしがっている自分に気付いたわけなんですわ。
少年時代に別れを告げ、大人への階段を上っていかんとする4人の青年達の群像劇。成長の過渡期にある者特有の不安定な躁状態、若者だけに許された若さゆえの無鉄砲さ、爆発的なパワーが瑞々しく描かれた青春映画です。シャオエン監督が真の映画作家としての第一歩を踏み出した記念すべき作品であると同時に、台湾映画ニューウェイヴの中の最良の作品の一つでもあります。


「天国は待ってくれる Heaven Can Wait」(1943年製作)

エルンスト・ルビッチ監督 Ernst Lubitsch

“ソフィスティケイテッド”・コメディという名前の、洗練された良質のコメディ映画が絶滅して、早数十年の月日が流れました(大笑)。
今現在ある“コメディ”映画は、どこかのアホが、下品で知能指数ゼロのおバカを公衆の面前でやらかす様を、皆で指差して嘲笑する類の“お下劣コメディ”映画か、乳臭いティーンが乳臭いロマンスを演じる、もしくは、いい年した大人が恥ずかしげもなく乳臭いロマンスを演じる“ロマンチック”・コメディ映画しかないように思います。きっとね、エルンスト・ルビッチ Ernst Lubitsch監督が亡くなったと同時に、本物のソフィスティケイトされたロマンチックなコメディ映画は死に絶えたのでしょうね。
「天国は待ってくれる Heaven Can Wait」は、レストアされる随分前に古いバージョンのものを見ましたが、フィルムの劣化の影響は、古き良きニューヨークの懐かしさを掻き立てるはずの、可愛らしくカラフルなテクニカラーの魅力を侵食してしまっていました。画像の痛み具合から、いやがおうにも“年月の経過”を残酷に感じ、非常に残念だったのを覚えております。TFFの尽力によって、大昔のテクニカラー・マジックが甦っているのだとしたら、この懐かしくも人情味たっぷりな一組の夫婦の愛情物語を、大きなスクリーンで再見してみたい。ぜひとも。


『Insiang』(1976年製作)

Lino Brocka監督

今年5月に開催されたカンヌ国際映画祭 Cannes Film Festival 2015では、リノ・ブロッカ Lino Brocka監督の死後22年を記念し、『World Cinema Project』というレトロスペクティヴ企画内で復刻版が上映されました。早すぎた天才映画監督ブロッカ監督は、生前の作品群でフィリピン映画界に革命を起こしました。その“革命”の口火を切った、衝撃的な愛の顛末を描く監督の名作をニューヨークでも観ることができます。チャンスがあったら必ず足を運んで欲しい上映ですね。母親の愛人にレイプされた10代の少女の葛藤と激しい情愛の物語です。


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「果てなき航路 The Long Voyage Home」(1940年製作)

ジョン・フォード監督 John Ford

砂塵舞う中、粗野で汗臭い西部の荒くれどもがぶつかる無骨な映画にはおよそ不釣合いな、壊れそうなほど繊細で信じられないほど美しい詩を吟じる映像詩人、ジョン・フォード監督 John Ford。この'The poet of Western films'たる名匠の本質というのか、彼の残した作品の真の美しさって、実はフォード監督の大ファンを自認する人達にも正しく理解されていないのではないかと考えます。“ジョン・フォード John Ford監督=格好いい西部劇+叙情性”だと決め付けてしまうのは、フォード監督の持つ一面だけしか見えていない理解でありましょう。
長いフィルモグラフィーを誇る映画監督ほど、普段は隠している本音がふとした隙にひょっこり姿を現してしまうような、フィルモグラフィーの中では明らかに浮いた存在の、いわゆる“異色作”と呼ばれる作品が1本や2本あるものです。この「果てなき旅路 The Voyage Home」は、皆が知っている、皆が愛しているパブリックな“ジョン・フォード節”の作品の系列からは、明らかに外れる異色作ですね。日本でも長らく不評をかこっていた今作ですが、レストア前の古い版は既にDVD化されていますし、近年再評価の機運が高まってリバイバル上映されることもあったようです。
撮影監督グレッグ・トーランドのカメラは終始陰鬱で重く、まるで戦前のドイツ表現主義映画のよう。奇しくも物語の方も、世界大戦が勃発した頃の緊迫したヨーロッパの港を舞台にした、出口のない場所に閉じ込められた乗組員たちの鬱屈を描く群像劇です。原作はユージン・オニールの戯曲。

「果てなき航路 The Long Voyage Home」(1940年)
監督:ジョン・フォード
製作:ウォルター・ウェンジャー
原作戯曲:ユージン・オニール
脚本:ダドリー・ニコルズ
撮影:グレッグ・トーランド
音楽:リチャード・ヘイグマン
出演:ジョン・ウェイン(オルセン)
トーマス・ミッチェル(ドリスコル)
イアン・ハンター(スミティ)
バリー・フィッツジェラルド(コッキー)
ウィルフリッド・ローソン(船長)他。

西インド諸島の中の島に停泊する商船グレンケアンの乗組員は、下船して下界の空気を吸うのを楽しみにしていたが、折悪しく世界大戦勃発のために下船許可が下りなかった。鬱憤の溜まる仲間の様子を見かねたベテラン船乗りドリスコルは、酒と女たちを調達して狭い船内で浮かれ騒ぐ。アル中で鬱病のスミティも、いずれ帰国して自分の農場を持つ夢を暖める北欧出身の青年オルセンも、皆ほんのひとときの乱痴気騒ぎに興じる。
戦争の重圧感と恐怖が、グレンケアン号の乗組員にも暗い影を落とすようになった。積荷は危険な爆弾に変更されたし、またそのせいで乗組員全員に秘密厳守が徹底され、途中の寄港地での下船も禁止されてしまう。酒が切れると生きていけないスミティは逃げ出すが、結局連れ戻され、ピリピリした雰囲気の中でグレンケアン号は海に乗り出した。夜中に仲間の目を盗んで酒を探していたスミティが、戦時下の疑心暗鬼にかられた乗組員から敵方のスパイと誤解され、皆にリンチされる。だが、どんなに酷い暴行を受けても彼が絶対に手放さなかったものは、スミティの身を案じる妻からの激励の手紙だった。一方、オルセンは充分な金を貯めることができたので、故郷に帰る決意をする。ロンドンで下船したが、北欧行きの船を待つ間に酒場の喧嘩に巻き込まれ、虎の子の金を奪われそうになってしまう…。


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この作品が、西部劇の巨匠としてのジョン・フォードのファンの方々に受け入れられなかった理由は、この持って行き場のない静かな怒りと、思うに任せない人生への皮肉と諦観、絶対的に孤独な人生への絶望感だと思われます。遥か遠くにある“家”を想い続け、家に帰ることに焦がれながらも、結局誰もそれを果たすことが出来ない哀しみと不毛に押し潰されそうな心持ちがしますものね。極限状態における集団ヒステリーに、かくも安易に絡めとられてしまう人間の愚かさも象徴的に描かれますが、これなんかはまさに“戦争”という不治の病にとり憑かれた人間の業を端的に表現するもの。『人間とは何ぞや』という永遠の問いに答え得る、人間性の様々な側面を陳列した展覧会の如き作品です。しかしながら、あのジョン・ウェインがテンガロンハットも被らず、ブーツも履かず、颯爽と馬にまたがって敵を蹴散らしにも行かず、ただただ黙々と故郷に帰るための金を貯める地味な青年を、本当に地味に演じていることも含め、ジョン・フォード・ブランドの輝きを全く期待できないことが、あまたの西部劇ファンをがっかりさせたのでしょうね。

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ですが、フォード監督の持つ“詩人の魂”には、とても暗い深遠の淵から私達の心の中を見透かすような、人間性の冷徹な観察者としてのまなざしが備わっていることに、改めて驚かされます。おそらく、原作者ユージン・オニール Eugene O’Neillも同じことを感じ取っていたのでしょう。製作当初はあまり評判も芳しくなかったこの作品を、オニールは何度も何度も観返していたといいます。今作を観ていてつくづく感じたのは、西部劇の砂塵と酒と銃撃戦の中で培われた詩人の魂が、観客の背筋を凍らせるほど感傷を廃したリアリストの側面と、人間の抱える根源的な哀しみや絶望に寄り添わずにいられない慈悲心の、両極端に引き裂かれそうになっていることですね。フォード監督自身が、人間性に対する相反した感情を抱えて揺れ動き、苦悩している風にも見えます。それが、グレッグ・トーランドの闇に沈んでいくようなカメラワーク、雨に濡れた捨て犬のようなジョン・ウェインの暗いまなざしに見え隠れしているのかな、と。この作品をレストア版で見られるというのも、大変貴重なチャンスです。ニューヨークにおられる方々、興味をもたれたらぜひNY映画祭の会場へ足をお運びくださいね。
All photos are shared from Galerie Photo.


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『The Memory of Justice』(1976年製作)

マルセル・オフュルス監督 Marcel Ophüls

今年2月に開催されたベルリン国際映画祭 Internationale Filmfestspiele Berlin / Berlinaleでも上映され、またトロント国際映画祭 Toronto International Film Festivalでも上映予定となっている、1976年にフランス人映画監督マルセル・オフュルスが製作したドキュメンタリー映画です。ヴェトナム戦争が泥沼化した時代に、ニュールンベルク裁判(第2次世界大戦におけるナチスの戦争犯罪を裁いた)やフランスからの独立を求めて起こったアルジェリア戦争の実態を見つめ直し、戦争という非常事態に集団ヒステリー状態に陥る個々の人間の内面を明らかにすることを目的として製作されました。

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Telford Taylorによる書籍『Nuremberg and Vietnam: An American Tragedy』に基づいていますが、映画では議論の焦点をそこから広げ、第一次世界大戦、第二次世界大戦、各地の内戦・紛争、ヴェトナム戦争、アフガニスタン戦争、現代のテロ戦争と、脈々と次の世代に受け継がれていく、人類全体が抱える死の病、戦争の本質に迫ろうとしています。
All photos are shared from Internationale Filmfestspiele Berlin Annual Archives.


「若者のすべて Rocco e i suoi fratelli / Rocco et ses frères / Rocco and His Brothers」(1960年製作)(177分版)

ルキノ・ヴィスコンティ監督 Luchino Visconti

…この名作中の名作は、わたくしめも古いバージョンのDVDを所有しているほどであり、一方ならぬ思い入れを持つ傑作であります。いずれ日を改めて、別の記事にきちんとまとめたいと思いますので、今回は解説は省略しますね。


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