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zoom RSS 「愛情は深い海の如く The Deep Blue Sea」(1955, 2011)

<<   作成日時 : 2015/05/21 18:37   >>

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2011年、テレンス・デイビス Terence Davies監督の手によってリメイクされた「愛情は深い海の如く The Deep Blue Sea」は、1955年に一度映画化されています。この時の監督と製作はアナトール・リトヴァク Anatole Litvak、主人公のヒロイン、へスター・コリアーを演じたのはヴィヴィアン・リー Vivien Leigh、へスターにとっては“オム・ファタール homme fatal”とでも呼ぶべき存在のフレディ・ペイジにはケネス・モア、へスターとは年の離れた夫ながら、忍耐強く妻のわがままに付き合う判事の夫サー・ウィリアム・コリアーにはエムリン・ウィリアムズというキャスティングでした。これは元々、テレンス・ラティガンの手になる戯曲を原作とした作品で、1955年度版ではラティガン自らが映画用の脚色も行いました。

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「愛情は深い海の如く The Deep Blue Sea」(1955年)
監督:アナトール・リトヴァク Anatole Litvak
脚色:テレンス・ラティガン
製作:アナトール・リトヴァク
撮影:ジャック・ヒルドヤード
美術:ビンセント・コルダ
出演:ビビアン・リー(ヘスター)
ケネス・モア(フレディ)
エムリン・ウィリアムズ(ウィリアム・コリアー)

1955年度版の映画も戯曲にかなり忠実に作られていたようですが、リトヴァク監督の甘いメロドラマ調の演出が、良くも悪くも50年代のハリウッド映画特有のセンチメンタリズムを前面に押し出しているため、好みが分かれるところであろうと思います。

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ヴィヴィアン扮するへスターが、社会的地位はあるものの気弱でマザコンな夫ウィリアムと、その母親との息が詰まるような生活に嫌気が差し、ウィリアムとは正反対の、どこか危険で不穏な気配も秘めた元空軍パイロットのフレディに惹かれ、反対を振り切って勢いで同棲。しかし戦争が終結した今、フレディはといえば、大戦中のスリルに満ちた華々しい毎日に心を囚われ、実際には重いPTSDを負った生活不能者であることが分かります。刺激に満ちた愛情ある生活を思い描いていたへスターは現実の厳しさに打ちのめされ、そのプライドの高さと気性の激しさも手伝って、自殺を図るわけですね。結局その自殺は未遂に終わりますが、それを知ったフレディは激怒。へスターへの愛情も一挙に醒めたようで、彼女への態度を激変させます。へスターは自らの早まった行為を後悔しますが、時既に遅し。苦悩の末、彼女はフレディとの別離を選ぶというお話です。

不倫が死罪に等しいと認識されていた時代(50年代はまだそんな風潮でした)に発信された、大変リスキーな内容のドラマです。しかしヴィヴィアン・リーという人は、このような夢も未来も期待できないような絶望的な恋愛ドラマを演じさせたら、右に出る者がいないほどの名演を見せる女優でした。そもそも彼女自身が、不倫大恋愛の末にローレンス・オリヴィエと略奪結婚したいきさつを持つ人なので、不倫愛に苦しむ女の役柄には、演技を超えた実感がこもってしまうのかもしれません。この「愛情は深い海の如く」でも、リトヴァク監督の演出は可もなく不可もない平板なものながら、彼女自身の演技には異様な気迫が感じられます。2度目のオスカーに輝いた1951年の「欲望という名の電車」で完成された、“プライドが高く、神経質でヒステリック、気性も愛情も人一倍激しく、愛の対象にはわがままをぶつけるしか愛し方を知らない哀れな女”というペルソナを、この作品でも充分に見せてくれました。

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へスターは、自らの理想を追い求め、新しい環境に飛び込んでいく勇気はあるものの、現実の厳しさと社会に迎合することができず、その一方で孤独にも耐えられないという、脆さを抱えた女性です。身体は大人なれども、心の中はまだ甘えん坊の子供のままだったのでしょうかね。そんな女性の全てを理解した上で受け入れるなんて、並大抵の男性にできることではないと思います。狂気を孕んだヴィヴィアンの演技に引きずられてしまい、つい見落としがちになるのですが、へスターの欠陥をも愛そうとするウィリアム・コリアーの人間的魅力、また真実の愛情の深さといったものも、大いに感銘を受けるお話です。

いってみれば、へスターと戦時中のPTSDに苦しむフレディは、似た者同士なんですよ。愛の形に決まったものはありませんし、どんなカップルが長続きするかなんて、神ですら予測がつかないことではあるでしょうが、まあ一般的に見て“似た者同士”カップルの恋愛はあまりうまくいかない傾向にあるのでしょうか(苦笑)。同じような激しい気質を持ち、同じように“自分よりも大きな存在に守られたい”タイプの人間であるへスターとフレディが夫婦のような関係になるには、おそらくかなりの時間と彼ら自身の忍耐が必要だと思います。男女の仲は永遠のミステリーであり、傍目にはまったくそぐわないように見えるカップルでも、長い絆を生むこともありますからね。


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「愛情は深い海の如く The Deep Blue Sea」(2011年)
監督:テレンス・デイビス
製作:ショーン・オコナー&ケイト・オグボーン
製作総指揮:キャサリン・バトラー他。
原作:テレンス・ラティガン戯曲「愛情は深い海の如く」
脚本:テレンス・デイビス
撮影:フロリアン・ホーフマイスター
美術:ジェームズ・メリフィールド
衣装:ルース・マイヤーズ
編集:デビッド・チャラップ
出演:レイチェル・ワイズ(へスター)
トム・ヒドルストン(フレディ)
サイモン・ラッセル・ビール(ウィリアム・コリアー)他。

さて、翻ってレイチェル・ワイズ主演の2011年度版は、余分な枝葉末節をそぎ落とした、非常にソリッドな作りになっていると感じました。そして、へスターがフレディと出会って密やかな不倫の末に家にいられなくなり、フレディの家に転がり込んで一緒に暮らし始めるが、理想と現実は全く違っていたことに絶望して…というストーリーの時間軸を組み換え、シャッフルした編集の妙。今の感覚で見れば古臭く、ありがちに感じられるお話に新鮮味を吹き込み、さらに、観客から理解を得辛いキャラクターであるへスターの心模様の変化を観客にも追体験させることができたのではないでしょうかね。
ソリッドな演出はまるで舞台を想起させる感覚ですし、時間軸の自由な移行は非常に映画的。映画の面白さと舞台の面白さを狙った作品のようにみえます。これは、本当に実力を持った俳優にしか演じられないタイプの作品でしょう。古い作品を現代の感覚でリメイクする際には、様々なアレンジが施されるものですが、今作の場合はストーリーをいじるのではなく、レイチェル・ワイズ演じるへスターと、トム・ヒドルストン演じるフレディの白熱する心理合戦により一層焦点を当てようとしていました。

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全体的にソリッドに力強くなった作品に合わせたのか、レイチェル扮するへスターのキャラクター造形も、ヴィヴィアン・リー版とは違って非常に芯の強さを感じさせます。“誰に反対されても、私はフレディとの愛を貫くのだ!”という確固とした意志をもったへスター。現代的に彼女を解釈するなら、そのような演出になってもいいだろうと思います。ちょっと力を加えれば崩れ落ちてしまいそうな、もろいガラス細工のような女ではなく、不倫の末に行き場をなくして自滅しかかっても、そこから再度這い上がるパワーをも秘めたへスター像は、硬質な印象を持つレイチェル・ワイズにぴったり合うと思います。最後の別離にしても、2011年度版は、絶望の成れの果てといった感じではなく、お互いにとってより良い結果を得るために選択したとも受け取れます。その方が、仄かに希望の余韻を感じることができますし、いい後味ですよね。

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ただ、未来のない不倫恋愛に倦み疲れているという設定なのかどうか、レイチェルの演技がやや表情の変化に乏しい印象だったのが気がかり。どのシーンでも同じような表情だというか。むしろフレディの情緒不安定ぶりの方が目立つ部分もあるほどでした。

感情の起伏が激しく、気に入らないことがあると大声で叫んでへスターにあたり散らすというフレディの状態は、一見するとただの冷酷な男でありますが、今で言うところのPTSDという症状そのものです。過酷な戦争を生き抜いて、尋常ならざる生活から何のケアも施されずに突然普通の日常生活に放り込まれれば、誰だって不安定にもなりまさぁね。そんなフレディに、へスターのような女を支えられるような余裕を持てという方が酷でしょう。

2011年度版では、へスターのみならず、フレディの心理状態の変化にも重きが置かれていたのが印象的でした。フレディはその不安定な状況から脱出しようと、彼なりに努力している様子も窺えます。フレディというキャラクターに、冷酷で情緒不安定な社会落伍者という単純なレッテルを貼らず、もう少し近しく寄り添っていこうとする演出も、現代的だと思いますよ。

演劇の世界では、フレディという存在はヘスターにとってのオム・ファタール homme fatal(運命の男)でした。良い意味でも悪い意味でも。現実の世界では、果たしてフレディのような男はどのように表現されるのでしょうかね。

でもまあ、結局、このへスターとフレディはお互いに結ばれるべき絆がありながら、おそらく出会った時期が早すぎたのでしょうね。恋愛とは、なかなか思い通りに事が運ばないもの。ほんに、摩訶不思議なものでございます。


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