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zoom RSS ゴジラは辛いわ〜「Godzilla ゴジラ」起きただけで“世界が終わる”言われんやで?

<<   作成日時 : 2017/03/08 10:33   >>

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…いや、ホンマにな、よーく考えてみて?この星がもっと若かった頃、気が遠くなるぐらい大昔に生まれて、全生態系の頂点に君臨しとったのはワタシの方ですよ?!…長い間に地球の環境が変わったし、ワタシ体でっかいですやん、せやから遠慮して地下深いところで寝てたんですわ。でもまあ、たまには地上に出てパトロールせなアカンなぁ思うて起きてみたらね。

…それを何やの?!

ワタシの全盛期のずーーーーっとずーーーーっと後に生まれたポッと出の、なんや、肉眼で確認できひんぐらいちっっさい、ウゾウゾ動くちょこまかした生きモンがね、偉そうにワタシに言うんですわ。「お前がウロウロしたらわしらの世界が壊れるさかい、元おったところに引っ込んどき!!!お前もう、地上に出てくんなや!!!核ぶつけんで!!!」って!

……んまぁ、どういうこっちゃ!!アナタどう思います?この物言い。何かもう、怒る前に呆れてしもうてね。地球の管理人として、ワタシ、このちっさい連中にちゃんと言うてきかさにゃあかんことがあったんですけど、黙っときましたん。だってあいつら、ホンマにワタシに爆弾ぶつけてきよったしね(笑)。まあいうても、元々ワタシの一番の好物は放射性物質ですから、なんや量が少のうてせっこいけど、前菜的なモンが向こうから飛んできたわ〜ってな感じやったけどね(笑)。

とにかくね、こんなオツムの方もちっさいアホどもにお説教したかて、時間の無駄ですやん?…何億年も前からずっと地球を見守ってきたワタシに対し、“ご苦労さんです”の一つも言えんような連中ですよ?遅かれ早かれ、取り返しのつかんポカをやらかすと思いますねん。…あいつらに説教かますのは、その時でもええかなあって…。


ー怒りのゴジラさんの談話より抜粋


人類滅亡への道、「Godzilla ゴジラ」編。

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「Godzilla ゴジラ」(2014年)
監督:ギャレス・エドワーズ Gareth Edwards
製作:トーマス・タル&ジョン・ジャシュニ&メアリー・ペアレント&ブライアン・ロジャーズ
製作総指揮:パトリシア・ウィッチャー&アレックス・ガルシア&坂野義光&奥平謙二
原案:デヴィッド・キャラハム
脚本:マックス・ボレンスタイン&フランク・ダラボン&デヴィッド・キャラハム&ドリュー・ピアース&デヴィッド・S・ゴイヤー
撮影:シーマス・マッガーヴェイ
視覚効果監修:ジム・ライジール
プロダクションデザイン:オーウェン・パターソン
衣装デザイン:シャレン・デイヴィス
編集:ボブ・ダクセイ
音楽:アレクサンドル・デスプラ
出演:アーロン・テイラー=ジョンソン(フォード・ブロディ)
渡辺謙(芹沢猪四郎博士)
エリザベス・オルセン(エル・ブロディ)
ジュリエット・ビノシュ(サンドラ・ブロディ)
サリー・ホーキンス(ヴィヴィアン・グレアム)
CJ・アダムズ(少年時代のフォード)
カーソン・ボルデ(サム・ブロディ)
デヴィッド・ストラザーン(ウィリアム・ステンツ司令長官)
ブライアン・クランストン(ジョー・ブロディ)他。


さてさて。前回触れましたように、今年の夏休みお祭り大作、ハリウッドよお前たちは何故に地球を破壊したがるのか、世界よこれがハリウッドのヤケクソだ映画第一弾「オール・ユー・ニード・イズ・キル Edge of Tomorrow」では、主にヨーロッパ全域がぺんぺん草も生えぬ程に綺麗さっぱり焦土と化しました。そうとくりゃ、お次は世界の破壊王こと、ユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカの出番でござんしょう。

しかしねえ。

昨年夏に公開されたブロックバスターのうち、ヨーロッパ方面を焼き尽くした終末映画「オール・ユー・ニード・イズ・キル」も、主にアメリカをぶっ壊す終末映画「ゴジラ」も、ロボットde中国を破壊する映画「トランスフォーマー」も、申し合わせたように日本で生まれた作品に基づいておりましたね、そういえば。……わざとかい(笑)?偶然なのかそれとも悪意ある必然か、私には分からんけれども、“日本原作作品=人類滅亡への序曲的作品”だと思い込んでるフシがないか、ハリウッドよ。日本のイメージと人類滅亡を感覚的に結び付けるのは、そろそろやめて欲しいかなあとも思いますでよ。

……ま、どうでもいいけどね別に。命あるものは必ず最後は死ぬんです。永遠に変わらないものなんて、人間の世界には存在しません。だからこそこうして、およそ現実離れした(荒唐無稽な)夢物語が作り続けられるのであってね。


さて、この作品のストーリーについては、ギャレス・エドワーズ版「ゴジラ Godzilla」のめちゃくちゃ力の入ったWikipedia内解説ページから、そのまんま引用させていただきます。ゴジラについてはド素人の私が下手なこと書くより、よっぽど信用できる、きちんとした解説ですから(笑)。ただし、物語の結末までがっちりみっちり書かれておりますので、ネタバレを疫病のように嫌っていらっしゃる方は、最後の方はお読みにならないように。お願いしますね。


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1999年、フィリピンの炭鉱を調査していた芹沢とグレアムらはそこで巨大な生物の化石を発見する。その化石には繭のようなものが寄生しておりそこから「何か」が誕生して海へと這い出た痕跡があった。同年、日本の雀路羅(じゃんじら)市にある原子力発電所に勤務するブロディ夫妻は近づきつつある謎の振動と電磁波を探知する。振動によって炉心が異常をきたしたため妻・サンドラは原子炉の調査へと向かうが直後、振動による事故で原発は暴走。夫・ジョーは妻の救出に向かうが間に合わずサンドラは死亡、その直後ジャンジラ原発が倒壊する。
それから15年後の2014年、ジョーとサンドラの息子・フォードは軍での任務を終えてサンフランシスコで待つ家族のもとに帰ってくるが、日本に暮らすジョーが警察に逮捕されたという知らせを受け、急遽日本に向かう。ジョーは事故の真相を探るべく、放射能汚染により立入禁止区域となったジャンジラ原発跡地に侵入したため、逮捕されてしまったのだった。ジョーはフォードと共にかつての実家に残されたデータを回収するべく放射能汚染エリアに再侵入するが、そこでは野良犬が元気に走り回っており、ガイガーカウンターにも放射線反応はない。実家にたどり着きデータを回収するも、現地パトロールに見つかり、原発跡地内に建造された研究施設に連行される。
研究施設で2人は、巨大な繭を目にする。それは、かつて原発事故が起きた際に観測された謎の電磁波と同じものを放っており、そこから何かが孵ろうとしている。研究機関「モナーク」の管理下にある研究所は、目覚めようとしている生物を食い止めるべく抹殺指令を下すも時すでに遅く、繭から昆虫のような細い足を持った巨大生物が現れて研究所を破壊し、背中から羽を伸ばして飛び去ってしまう。その際にジョーは重傷を負い、死亡する。
「ムートー」と名付けられた巨大生物は東へと向かう。芹沢博士をはじめとする「モナーク」の研究者も米軍の管理下に収まり、フォードと行動を共にすることになったセリザワ博士はフォードにモナークの活動目的と巨大生物の秘密について語り始める。
現在から約2億7000万年前の古生代ペルム紀、現在より高濃度の放射能に覆われていた地球では多くの巨大生物たちが生態系の上部で激しい生存競争を繰り広げていたが、ペルム紀末の大量絶滅とそれに伴う放射能濃度の低下により、彼らは地底深くへと追いやられていった。しかし、第二次世界大戦を皮切りに世界各地で核開発・実験が相次ぐようになったために地表の放射能濃度が上昇。そんな中、1954年に米軍の原子力潜水艦ノーチラスがとある怪獣を発見した。その後、米軍は実験を名目として怪獣への核攻撃を実行したが、逆に怪獣を強化する結果になってしまい、怪獣は攻撃後に行方不明となった。モナークは長年それを調査しており、芹沢博士はそれを「ゴジラ(Gojira)」と呼んだ。フィリピンで発見された巨大な化石はゴジラの祖先にあたり、それに寄生していたものはムートーの祖先と考えられた。体内に原子炉を持つゴジラと、放射線をエネルギーとするムートーは闘いが宿命づけられた怪物だった。芹沢博士は、ムートーを排除するためゴジラも復活する、と推測した。
ジャンジラ市を去ったムートーはハワイに上陸。ロシア軍のアクラ級原子力潜水艦を襲い、核燃料を捕食しながらホノルルの市街地に進行し、軍隊と戦闘を繰り広げる。ムートーの電磁波攻撃によってハワイは停電になり、暗闇に包まれる。そこへムートーを追跡してきたゴジラが上陸し、両者はホノルル国際空港にて対決するも決着はつかず、ムートーは飛び去り、それを追うゴジラも海へ消える。
一方、アメリカ本土のネバダ州ユッカマウンテン放射性廃棄物処分場に保管されていたフィリピンの繭から、メスのムートーが羽化する。処分場から逃げ出したムートーは、ラスベガスの街を蹂躙する。芹沢博士は、2体のムートーは繁殖のために同じ場所を目指していると断定する。ゴジラの後を追う米海軍は、サンフランシスコ湾で3体の怪獣が衝突すると推測する。
海軍指揮官のステンツ提督は3体の怪獣を殲滅するべく核兵器の使用を許可するも、芹沢博士はそれに断固反対する。「市民を守るためには、仕方のないことだ」と語るステンツ提督に対し、芹沢博士は父の持ち物だったという壊れた懐中時計を見せる。その針は8時15分、すなわちヒロシマへの原爆投下の瞬間を指したまま止まっている。それを見て、ステンツ提督は逡巡の表情を浮かべるも、作戦は実行に移される。
軍は列車で2基の核弾頭をサンフランシスコ市街地へ輸送するが、その途上でメスのムートーの襲撃を受けて弾頭1基を飲み込まれてしまう。もう1基の弾頭は海上でオスのムートーに奪われ、メスが市街地に建設した巣に運ばれる。その巣の周辺はムートーの電磁波によってあらゆる電子機器や、車両のイグニッションさえもが封じられ、軍の重火器は無効化されてしまった。一方、津波と共にサンフランシスコ湾に浮上したゴジラは、迎撃する陸海軍や逃げ惑う一般人を横目にゴールデンゲートブリッジごと踏み潰して突っ切り、ムートーと闘うために市街地へ進行する。フォードと海軍のチームはムートーに奪われた残り1発の核弾頭を取り返すため、小火器のみを携えて市街地上空からHALOジャンプで巣の近くへ降下する。ゴジラは2体のムートーから激しい攻撃を受けるが、メスのムートーに放射熱線を浴びせて応戦する。フォードたちは巣の中で核弾頭を発見するが、起爆を解除できないことに気付き、船で弾頭を洋上へ持ち去り爆発させることにする。
ゴジラはムートーの連携攻撃に苦戦を強いられるが、フォードがガソリンを使って巣を爆破したことに気を取られた隙を突き、オスのムートーを倒す。その衝撃で高層ビルが倒壊しゴジラは瓦礫の下敷きになる。メスのムートーは爆破された巣へ戻るが、核弾頭が奪われたことに気付き、チームを追跡する。チームは弾頭とともに海岸まで辿り着くが、メスのムートーの電磁波攻撃で船のエンジンが破壊されてしまう。ムートーが船上の兵士たちを殺害して核弾頭を奪い返そうとした時、ゴジラが現れムートーを急襲する。ゴジラはムートーの口をこじ開け、喉の奥に放射熱線を直接浴びせて倒すが、深い傷を負ったゴジラもその場に崩れ落ちる。
フォードは自らを犠牲にして船で核弾頭を洋上まで運ぼうとするが、運良くヘリコプターに救助され、無事に家族と再会を果たす。その時、息絶えたかのように見えたゴジラが突然覚醒。その模様を映すテレビ画面には、「怪獣王は救世主なのか?(King of Monsters Savior of our city ?)」の文字が。人々のどよめきと歓声、そして安堵と寂しさの入り混じる表情の芹沢博士を背に、ゴジラは海へと還ってゆく。―「ゴジラ Godzilla」(2014年)Wikipedia内ページより抜粋



……ということだったそうです、ギャレス・エドワーズ版「“ゴジラ”の発音は“がっずぃーら”ではなくて“ご・じ・ら”、“今何時?―今五時ら。”の“ゴジラ”なんだよゴジラ Godzilla」のストーリーは。本編を1度観ただけでは、流れが若干分かりにくい部分もあったかもしれません。皆さんも、細部のご確認を今一度お願いいたします。

いかがでしょう、ゴジラの大ファンであり、俺たちと同じオタ仲間(笑)にして、イングランド出身気鋭のSFXマンからフィルムメーカーに転じたギャレス・エドワーズ監督による、ゴジラへの暑苦しい愛情に満ち満ちた>“ゴジラは俺らのヒーローなんだよっっっ!と世界の中心で絶叫する”一大巨編は。

ゴジラはそもそも、原子力に手を出した人間が誤って生み出してしまった悲劇のモンスターであります。放射能を喰らい、放射能を凶器として口から吐き出して全てを破壊する、悪夢のような化け物。人間は、彼を恐れ忌み嫌いつつ、しかしある意味この地球上では無敵である彼に、本能的な部分で惹かれてしまうのを止められません。原子力の危険性を充分知りながら、やっぱりズルズルとそれに依存しなければならない人間と原子力の関係に似ていますね。従って、本来なら人間とゴジラとは、お互いに離れられない敵同士というような、複雑な愛憎関係にあるものだと理解しています。

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日本で製作された「ゴジラ」映画第1作目は、多くの方々が指摘されている通り、広島と長崎に落とされた原爆が招いた凄まじい惨状への日本人の怒りが、戦後何年経過しても癒えることのない深い傷を負った日本人の哀しみが具現化したものです。私たちの鬱屈とした感情を、ゴジラが抱える持って行き場の無い激しい怒りに託していました。だからこそ、ゴジラのあの哀しげにも聞こえる凄まじい咆哮が始めて聞かれる第1作目は、心底怖かったのです。あの恐怖は、おそらく日本人にしか理解できない怒りが恐怖に転化されたものでしたから。私達の怒りを凌駕する程の恐怖と圧倒的なパワーをゴジラに付加し、逆説的に我が身の内の怒りを克服しようという意識が働いたのかもしれませんね。その後、60年の長きに渡って様々なゴジラ映画が製作されていくうちに当初の設定は薄れ、ゴジラが神格化されたり、あるいは逆にもっと身近なヒーロー的存在に変化したように感じます。

そして、時代は更に変わりました。核への恐怖と怒りを抱きつつ、同時にそれに依存せざるをえないジレンマはそのままながら、戦時中の記憶を持った人々が亡くなっていき、その記憶も忘却の彼方に消え去ろうとしています。現在を生きる人々にとっては、“核”=“原子力発電所”=“今だ最大のエネルギー源”=“ぶっちゃけ放射能がどれぐらい環境にダメージを与えているか”が焦点であり、原子力と戦争が直接結びつけられる機会が減ってきたのではないでしょうかね。少なくとも表向きは。

そうなると、放射能の化身ともいえるゴジラの歴史的背景をどのように日本と結びつけるのか、かつ、世界中の人間が納得するような、新たな時代―原子力ではなく、自然エネルギーを利用する社会を目指そうというヘルシー志向―の共通意識に則した存在意義、役割を与えることが問題になってきますわな。ハリウッドで一度映画化された、例の(笑)ローランド・エメリッヒ監督の「ゴジラ」が受けなかった理由はこれではっきりします。“所詮はハリウッド映画だから、私達が期待するものとは違ってても仕方がないよねー”という、私達がハリウッド映画全般に対してあらかじめ持っている許容範囲を超えてしまっていたため。今回のギャレス・エドワーズ版と見比べてつくづく思ったのですが、何を作るにしてもバランス感覚って本当に大事ですよ。

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日本を離れ、ハリウッドに移住した「ゴジラ」に関して私達が願うのは、ゴジラ誕生の背景、また彼の存在そのものに、日本の歴史が抱える(ていた)ジレンマの例え千分の一でもよいから残っていて欲しいということですかね。実際問題、今のゴジラというキャラクターのイメージが刷新され、新しく生まれ変わることに関しては、私達は文句を言う筋合いにはないと思います。ゴジラは既にハリウッドのキャラクターになっているのですから。私達がここで、ゴジラとはこうあるべきだ、あああるべきだと議論したところで、誰も聞いていないし、それで今更ゴジラの作品世界が変わるわけではありません。

ギャレス・エドワーズ監督版「ゴジラ」、何度もこういう書き方をしますが、このゴジラを観た時真っ先に感じたのは、ついにゴジラが、完全にハリウッドのモンスターとして定着してしまったんだなあという寂しさでしたね。目の黒い巨大怪獣ゴジラではなくなり、“目の青い巨大モンスター、Godzilla(ガッズィーラ)”になったんですよ。日本の核実験が生んだ哀れな化け物ではなく、人間が誕生する遥か以前から、地球上の生態系の頂点に君臨し、自然界全体の調和を守り続けてきた、全ての生物にとっての守護神になったのです。いくら芹沢猪四郎博士がゴジラと日本との複雑な関係性を、日本に落とされた原爆に絡めてアメリカの軍人に説明しようとしたところで、聞き入れられるわけはない。もちろんアメリカの観客が、ヒロシマとナガサキの原爆の話を聞きたがるわけもない。だってゴジラは、既にアメリカ人のものになっているのですからさ。

ならば私達は、あくまでもハリウッドのテーマパーク仕様モンスター大暴れ世紀末映画として、我らがゴジラの活躍を見守ればいいのではないでしょうかね。ムートーのカップルによる傍迷惑なラブラブ☆繁殖大作戦に対し、芦沢博士が結局最後まで何一つ有効な手立てを打てずに、ただただゴジラが姿を現し、別の害獣を成敗するまでを見つめることしかできなかったように。

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・今回のゴジラはちょっぴりメタボ気味だぞ♪放射能食べすぎじゃないか?!いやいや、ぽっちゃりぐらいの方が却って健康的で良いと思うよ?とか。
・原子炉内蔵構造になったのなら、時々放射能補給しなくちゃならんだろうに、今後の放射能供給源は人間社会の原発になるのかしら?とか。
・ゴジラと人間のシーンでは、ゴールデンゲートブリッジ上で立ち往生していたスクールバスの運転手のおっさんとゴジラの一瞬のアイコンタクトかーらーの、絶妙のタイミングでゴジラのヘルプを生かしてピンチを脱した運転手のおっさんにベスト・コンボ賞を進呈したいとか。
・それならば、ムートー・カップルの愛の結晶を咄嗟の判断で焼き払い、ゴジラの戦いをバックアップしたフォード君にも、人間チームの中で一番役に立ったで賞をあげたいよね、とか。
・いやぁそれにしても、ムートー・カップルも考えようによっては気の毒だったよなあ。地上に人間がこれだけのさばっていなければ、ひょっとしたらそのまま愛の結晶を育てていけたかもしれんのになあ、とか。
・つーか、怪獣ですらリア充かよ、それに引き換え俺らは何なんだよ、怪獣以下かよ★とか(笑)。
・いやー、やっぱ怪獣とロボットは巨大に限るよなあ、スピルバーグ監督の「ジュラシック・パーク」第1作目の恐竜の動きのリアリティに腰を抜かした思い出が甦るよなあ、とか。
・もういっそのこと、人間社会のちまちました諸々を、ゴジラがことごとく踏み潰しながら、市街地で怪獣相手に暴れまわる姿をずーっと見つめていたい衝動に駆られるわ、むしろゴジラの咆哮と大暴れをずーっと見ていたいから、人間様のドラマを挟んで邪魔しないでくれ、とか。

日本と今回のゴジラを結ぶ唯一のよすがは、ムートーの卵を極秘裏に孵化させようとしていた芦沢博士たちの活動に、単独で切り込もうとしていた元原子力発電所の技術者ジョー・ブロディの物語だけでした。怪獣たちの目覚めによって起こった地震により、人間の原子力発電所があっけなく崩壊、同じく技術者だった彼の妻は危険区域から脱出できず、放射能にまみれて死んでしまいます。その無念がジョーを突き動かし、発電所の崩壊は普通の地震のせいなどではなく、その裏にもっと特殊でもっと大規模な何かが起こっていたせいだと信じ、真実を暴くため、事故の後何年もの間たった一人で戦っていたジョー。ついに芦沢博士たちの秘密にたどり着き、彼らに対して怒りを爆発させる彼の姿は、東日本大震災の際に福島第一原発の事故を防げなかった無念と、その後処理の実態を隠蔽しようとする東電と政府に対して怒りを抱き続けている私達そのものです。

私自身はジョーの無念と怒りに心から共感しましたし、ゴジラをはじめ、巨大怪獣たちの活動によって地震と巨大津波が起こっていたとする因果関係に、大きな大きな皮肉を感じずにいられませんでしたね。今作は、反原発、反核へのメッセージが盛り込まれているというよりは、もはやそれら無しでは生きていくことができなくなっている私達人類全般への、強烈な風刺劇になっているのだと思います。放射能を食う怪獣たちを、あわよくばうまいこと利用してやろうと画策し、結局大いなる自然の力の前に全くの無力であった人間たちへの皮肉ですね。

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ジョー・ブロディの怒りの延長線上に、芦沢博士の“人間が自然を支配できると考えるなんて傲慢そのものだ”という認識が生まれたのであり、ジョーと芦沢博士は、立場こそ違えども同じ結論に達したのだと考えたいものです。ゴジラが本当に、自然界全体の調和を守るために戦う守護者であるならば、地上に生まれて以降、地球環境を破壊し続けてばかりの愚かな人間共は、ゴジラにとっては最も目障りな存在になるでしょう。ゴジラは人類のために戦ってくれたのではなく、あくまでも自然のバランスを保つために邪魔なものを取り除いたに過ぎません。次に彼に成敗されるのは、他ならぬ私たち自身かもしれませんよね。


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