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zoom RSS シルヴァン物語1―「遭難者 Le Naufrage」 ギョーム・ブラック監督

<<   作成日時 : 2014/05/06 02:12   >>

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興行成績を取り沙汰されるような派手な作品ではないし、映画史に残るような傑作…というわけでもない。それでも自分にとっては、とても大切で愛しい映画というのは確かにあります。

名前も知らなかったフランスの若手映画監督ギョーム・ブラックの短編と中編が、恒例のフランス映画祭で紹介され、その後日本各地の映画館で上映されました。作品をご覧になった方々の反応は上々。ブラック監督は、いわゆる“ヌーヴェル・ヌーヴェルヴァーグ”とでも呼ぶべき、今のフランス映画界に静かに打ち寄せている新たな“波”の1人に数えられる新鋭だそうです。かつてのヌーヴェルヴァーグ作品群が持っていた瑞々しさ、繊細さとごく身近にあるリアリティを映像の肌触りに継承しつつ、現代っ子らしいユーモア感覚やドライなキャラクター解釈も作品の随所に散りばめられていますね。今回初見の私もまた、日常生活からほんの少しだけ浮遊したような魅力にしてやられてしまいました(笑)。


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ギョーム・ブラック Guillaume Brac

1977年生まれなので、私よりも一回り下の世代。FEMIS(フランス国立映画学校)で映画製作を学ぶ。在学中に短編を監督し、2008年、友人と共に小規模なインディペンデント映画のための製作会社「アネ・ゼロ Annee Zero」を立ち上げた。この「アネ・ゼロ」で「遭難者」「女っ気なし」を製作し、仲間の短編作品の製作も手がけている。2013年には、「遭難者」「女っ気なし」で盟友となったヴァンサン・マケーニュを主演に迎え、初の長編ドラマ「Tonnerre」を完成。ロカルノ国際映画祭のコンペ部門に選出された。2014年フランス国内で公開予定。フランス映画祭のためにヴァンサン・マケーニュと共に来日した。

●フィルモグラフィー(監督)
2013年『Tonnerre』(兼脚本)第66回ロカルノ国際映画祭コンペ部門出品。
2011年「女っ気なし Un monde sans femmes』(兼脚本)
2009年「遭難者 Le naufragé」(短編)(兼脚本)
2007年『Une aventure de Valentine』(短編)(兼脚本)
2006年『Le funambule』(短編)(兼脚本)


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ヴァンサン・マケーニュ Vincent Macaigne

1978年生まれ。ギョーム・ブラック監督と同世代。前述したヌーヴェル・ヌーヴェルヴァーグ・ムーヴメントの真っ只中で、リーダー的役割を担っている人物である。パリ生まれ、パリ在住のハイクラスな家庭環境に生まれ育つも、“僕は典型的な落ちこぼれだった”という。「遭難者」や「女っ気なし」の、田舎町で孤独に暮らすシルヴァンのイメージが強いため俄かには信じ難いが(笑)、素顔のご本人は至って陽気な都会っ子である。母の影響で画家を志した時期もあったが、おしゃべりが大好きで、かつ孤独に作業をするのが嫌だという理由で、コンセルヴァトワールで演技、並びに演出を学ぶことに。

映画作家としても知られる演出家フィリップ・ガレルに認められ、彼に師事して多くの企画に携わる。舞台に俳優として立つ傍ら、演出家としてのキャリアもスタートさせ、ドストエフスキーやソフォクレス、古典から現代舞踏のステージまで、フットワーク軽く幅広いジャンルを手がけるようになった。彼の舞台演出家としての名前を一躍広めたのは、2011年のアヴィニョン演劇祭で披露された舞台劇「Au moins j'aurai laisse un beau cadavre 少なくとも、僕は美しい死体を残すだろう」。この舞台は、シェイクスピアの「ハムレット」からインスパイアされたもので、舞台装置から小道具、役者の演技に至るまで自由でリミットレスな演出が試みられている。その結果、1人の王子による血みどろの復讐劇という元々の陰鬱なテーマが、更にエログロナンセンス且つ暴力的な表現を纏い、観客からの評価を賛否両論真っ二つに分けてしまった。しかし、マケーニュの演出を批判する人と同じぐらい熱狂した観客によって同舞台は支持され、パリで再演もされている。

恩師ガレル監督の「灼熱の肌」(2010年)には、舞台演出家としてのヴァンサン自身を髣髴とさせるエキセントリックなアーティスト役で登場、出演シーンを浚ってしまう。2011年には、初の映画監督作品『Ce qu'il restera de nous』を短編で完成した。「遭難者」「女っ気なし」のギョーム・ブラック監督とは、今年やっとフランスで公開される予定の長編『Tonnerre トネール』(2013年製作)でもコンビを組み、シルヴァンとは180度イメージの異なるロック歌手(!)に扮している。多彩な役柄を実に器用に演じ分け、リアルでエモーショナルな演技を身上とするヴァンサンだが、ギターを抱える姿が様になるように強いられた、20キロもの体重を落とすダイエットには、心底泣かされた模様(笑)。

子供のように好奇心旺盛で、やりたいことをひたすら純粋に追求するヴァンサンは現在、イプセンの「民衆の敵」を翻案した長編映画を準備中である。映画監督として初めての挑戦。俳優としてももちろんひっぱりだこで、フィリップ・ガレルの息子でヴァンサンとの交流も長いルイ・ガレルの監督作品をはじめ、複数の出演予定作品が控えている。

●フィルモグラフィー

2014年『Eden (post-production)』
2014年『Tristesse Club (completed)』
2013年『Tonnerre』
2013年『La fille du 14 juillet』
2013年『La bataille de Solférino』
2013年『2 automnes 3 hivers』
2013年『Kingston Avenue (Short)』
2013年『Les lézards (Short)』
2012年『À l'ombre du palmier (Short)』
2012年『Crazy Pink Limo (Short)』
2012年『Le monde à l'envers (Short)』
2011年『I'm Your Man (Short)』
2011年「灼熱の肌 Un été brûlant」
2011年『Goldman (TV Movie)』
2011年『La règle de trois (Short)』
2011年『Rives』
2011年「女っ気なし Un monde sans femmes」
2011年『Moonlight Lover (Short)』
2009年「遭難者 Le naufragé (Short)」
2008年『Le jour où Ségolène a gagné (Short)』
2008年『De la guerre』
2008年『Écrire pour un chanteur (TV Series)』
2007年『24 mesures』
2004年『Quand je serai star』
2002年『Le doux amour des hommes』
2001年『La répétition』
1998年『Jeanne et le loup (TV Movie)』


“ただ僕は、君のために何かしたかっただけなんだ…”

「遭難者 Le Naufrage (Stranded)」(2009年)
監督:ギョーム・ブラック
出演:ジュリアン・リュカ (リュック)
アデライード・ルルー(ジュリー)
ヴァンサン・マケーニュ(シルヴァン)他。

週末だけ都会から逃れ、何もない田舎道をひたすら自転車で走り続けるリュック。別にツール・ド・フランスを目指しているわけでもなんでもないのだが、リュックは毎週末、見た目だけはプロの自転車乗りさながらのフル装備で田舎に出かけ、何かにとり憑かれたように自転車に乗っていた。都会の喧騒で疲れきった神経を休めるためには、頭の中を空っぽにしてひたすらペダルをこぐという行為が、リュックには必要であったのだ。

ところが今日はついていない。朝から何度もパンクしていたタイヤが、遮るものさえないだだっ広い草原を突っ切る道路の真ん中で、ついにご臨終となってしまったのだ。リュックは、使い物にならなくなった自転車を憎しみを込めて蹴り飛ばし、悪態をつきまくる。結局その行動自体が、リュックをして、己の都合の良いときだけ勝手に田舎町にやって来ては、その閑静をありがたがる、他大勢の似非ナチュラリストと同じ穴の狢であることを証明してしまっていた。従って、人っこ1人いない田舎道で立ち往生してしまえば、彼はたちまちどうすることもできなくなる。町中まで戻るにも足はなし、どこかの民家に助けを求めようにも、そもそも民家すら見当たらないのだから。

だが、捨てる神あらば、必ずどこかで拾う神もいる。リュックがぷんぷん怒りながらタイヤに応急措置を施していた時、一台の自家用車が同じ道路に通りかかった。車は自転車を修理している自転車乗りを見つけ、傍で停止した。車の運転者は、困っている人に何かしてあげたいのだが、しかし何をどうしたらいいか分からずに途方に暮れている様子でこちらを窺っている。歩いて町中まで戻る気でいたリュックは、この、小太りで前髪はハゲかかった冴えない風貌の男の存在を無視していたが、彼はついに車から降り、菓子を片手にリュックに話しかけてきた。リュックのつっけんどんな物言いにもめげず、彼…シルヴァンは、今しがた彼が食っていた菓子を差し出して、手伝おうと申し出たのだ。険しい表情のリュックを見れば、今彼はとてもビスケットを食うような気分ではないし、手伝いは要らないし、暇な田舎者のおしゃべりに付き合う余裕もないことは分かりそうなものだが。どこかボンヤリとした表情のシルヴァンは、他人の発散する感情の空気を読むのが苦手だった。その代わり、彼には子供のように純粋な好意がある。リュックはシルヴァンの菓子を儀礼的に受け取ったが、彼の手伝いは断った。シルヴァンはなおも粘り、リュックと自転車を車に乗せて町まで送っていくことを提案したが、リュックはシルヴァンを一瞥し、彼の残像と共にその魅力的な申し出も一蹴してしまった。

結局夕闇の帳が下りる頃、リュックはヘトヘトに疲れて町中に到着した。時刻が時刻だけに、最終電車を逃したかもしれない。夜になると人っこ1人いなくなる田舎町で、リュックは手当たり次第に駅まで車に乗せてくれそうな人を探した。結果は空振り。だが、明日はガールフレンドの両親と食事する予定なので、今日中にパリに戻りたい。万策尽きたリュックは、嫌々ながら昼間の菓子男シルヴァンを思い出した。この際贅沢は言っていられない。とにかく電車に乗らなければ。町に一軒しかない酒場でプリッツをつまみに地味に呑んでいるシルヴァンを見つけたリュックは、駅まで車で送ってもらうよう頼み込んだ。既にほろ酔い加減のシルヴァンは、相変わらずせっかちなリュックに、いつにも増してのんびりとつまみを勧め、地元の常連しかいない店内で、仲間にからかわれていた。自分自身が車の免許を持っていないことを心の中で呪いつつ、リュックはシルヴァンを急き立て、買ったばかりだという彼ご自慢の車に乗り込んだ。ところが、シルヴァンが新車に慣れていないのと酔っているのとで、どう贔屓目に見ても運転はヨレヨレだ。案の定、車を出してすぐに警官に止められ、酔っ払い運転がバレたシルヴァンの免許はその場で取り上げられてしまった。

リュックは心配性の恋人に、携帯で事の次第を必死で説明し、最終電車を逃して今日中にパリに戻れないことを告げる。浮気を疑う恋人は受話器の向こう側で癇癪を起こしているようだ。シルヴァンはリュックに謝罪した。こうなっては騒いでもどうしようもない。リュックは結局、着の身着のままで町中のホテルに一泊することになった。ところがそうなると、今度は昼間からまともに食事を摂っていない腹が不満の声を上げる。ところが、ホテルの食堂は真っ暗でもぬけの殻。リュックが何か食べさせてくれと頼んでも、従業員は本日の営業は終了の一点張りで埒が明かず。田舎町の外食産業は、パリのレストランがようやく開店し始める時間に終了してしまうのだ。

何もかもが裏目に出るこんな経験も珍しい。ホテルの部屋に閉じこもっていても、疑り深くて口うるさく、メール送信も過多なガールフレンドからのヒステリックな電話攻撃かメール攻撃を受けるだけなので、リュックはホテルの外に出た。食べるものを出してくれる店を探すつもりだったが、結局目的は果たせず、無意識のうちにあの、今日一日の災難の発端かもしれない、風体も生活環境も前髪も寂しいシルヴァンの家に辿りついてしまっていた。なんといっても、この田舎町でリュックが個人的に知っている人間は彼しかいないのだ。シルヴァンは、リュックが玄関に突っ立っているのを見て心底驚いたが、食事が摂れなかったという彼の事情を察すると、おそらく自分用に用意していたのだろうパスタをリュックに振舞った。駅まで送っていけなかったお詫びだと。リュックが決まり悪げにパスタを頬張るのを見つめながら、シルヴァンは当初リュックの来訪にビビッていたことを白状した。最後に見たリュックの怒った表情と電話でのガールフレンドとのやり取り、予定を狂わされてイライラの頂点に達した様子、どれをとっても、一発殴られても文句は言えない立場だから。正直、ほんの少しそれに似た考えが脳裏を掠めなかったわけではなかったが、リュックは過ぎたことを悔やんでも仕方ないからと、大人らしくその話題を終わらせた。

せめてくつろぐのに適した服を…と、シルヴァンは自分の古ぼけたTシャツをリュックに貸してやった。こうして、夜が早くやってくる田舎町の時間に合わせて静かに孤独に暮らしている青年と、都会からやってきたバリバリのキャリア志向の青年という、本来なら出会うこともなかったはずの2人が、辛気臭い部屋の中でお互いの身の上話を語らうことになった。

リュックが毎週田舎町にやってきては、しんどい思いまでしてひたすら自転車のペダルを踏むのは、都会暮らしで雑念を溜め込んだ頭の中を空っぽにするためだ。マラソンと同じで、何も考えずペダルを踏んでいると、ある段階から身体が疲労の壁を突きぬけ、アドレナリンが自分の全てを支配するようになる。肉体的には辛いはずの状況が、精神的には爽快になるのだ。その瞬間は何にも代えがたい経験だ。自転車の素晴らしさについて熱弁を奮うリュック。しかし、元来ものぐさで、身体を動かすといえばWi-Fiゲームで遊ぶぐらいしか思いつかないシルヴァンにとっては、わざわざ自分を痛めつけているだけのようなリュックの趣味は到底理解できないものだったが。

野郎二人が語らう場には、必ず女性の話題が登場するが、シルヴァンのケースは本人同様、今ひとつ冴えない。シルヴァンは実は過去にガールフレンドがいたのだが、彼自身に結婚に踏み切る意気地がなくて、別れる羽目になったという。でも、今でも連絡を取り合う良い友達だ。肌身離さず持ち歩きこそしないが、彼女の写真も大切に保管してある。破局に至る経緯をシルヴァンは詳しく語らず、しかし、ただ自分がロクデナシだったからだと笑った。

リュックには、結婚を視野に入れた恋人ジュリーがいる。パリに戻ったら彼女の両親と食事する予定だったので、彼女は電話の向こう側でひどく取り乱したのだ。とても情熱的でキュートでリュックにぞっこんのようだが、昔のシルヴァンと同じく、リュックもまたそんな彼女との結婚に違和感を覚えていた。ジュリーの方も、そんなリュックの心境の変化に気付いていて不安でたまらない。
…何故ジュリーとの結婚を嫌がる?リュックは、こんなプライベートなことまで赤の他人にべらべらしゃべってしまった自分に驚きつつも、その質問に明確に答えることはできなかった。ジュリーは口うるさいし、声がでかいし、すぐ興奮して怒鳴るし、しょっ中電話をかけてきたりメールを送ってきたりして、息が詰まると感じるときもある…。これでは、まるで子供が駄々をこねているような言い訳だ。それらは全ての女性に共通する現象だし、たいした問題ではないのだから。…問題があるとすれば、それはジュリーから離れようとする自分自身の気持ちの行く末だろう。素晴らしい女性が自分に純粋な愛情を注いでくれているというのに、その想いに充分応えるどころか、彼女のあまりにも真っ直ぐな愛情を逆に疎ましく感じてしまう。そんな自分に嫌気は差すが、かといって、その問題に正面から立ち向かう勇気も持てない。
リュックは、自分で自分を袋小路に追い詰めている節がある。本人が気付いていないだけで、本当はジュリーのことを心底愛しく思っているに違いない。今は2人の気持ちがちょっぴりすれ違っているだけなんだろう。ロマンチックなシルヴァンは、ハンサムなリュックとその可愛い恋人ジュリー(会ったことはないが)が並ぶ姿を思い描き、そう好意的に解釈することにした。

誰にも話したことがなかった悩みまで吐露し、しこたま呑んで、トラブル続きだった一日の疲労に負けたリュックは、シルヴァンの部屋で眠りに就いた。シルヴァンはこっそりリュックの携帯を覗き、ジュリーから送られてきた大量のメールを確認した。文面は全て、リュックの身を案じ、変わらず愛していると誓う内容だ。こんなに懸命に愛情を捧げてくれる人がいるのに、その思いをないがしろにすれば、過去の不甲斐ない自分自身の二の舞になる。リュックはきっと後悔するだろう。不思議な縁で友人となった彼の役に立ちたい一心で、シルヴァンは名案を思いついた。そしてリュックに成り代わり、心細い気持ちで返信を待っているだろうジュリーに充ててメールを打ち始めた。

翌朝。
目下のところの一番の悩みをシルヴァンに話し、少し心が軽くなったリュックは、まだ寝ているシルヴァンと自分用に朝食のパンを買いに外に出た。パン屋は朝早くから開いている。きっと甘いパンに目がないに違いない、あの人の良い小太りの友人のために2〜3個余分に菓子パンを買い求めると、パン屋の店主とおしゃべりしていた常連のおばちゃんにからかわれた。『そんなに食べると私みたいに太るわよ』

シルヴァンはリュックの心遣いに照れくさそうに感謝した。リュックの携帯にジュリーから連絡が入る。自分の車を運転して、この町までリュックを迎えに来たと。それはもう嬉しそうに。この町の場所や、ましてや“迎えに来てくれ”などと彼女に言った覚えのないリュックは動転する。毎週末ごとに自転車を口実にパリを離れているのは、とりもなおさずこのジュリー当人から距離を置くためだ。それなのに、パリに戻るまでの長い時間を、彼女と2人きりで車の中に閉じ込められるなんて、考えただけでぞっとする。…とうとうシルヴァンは、自分がジュリーのメールに返信したこと、リュックが面と向かって彼女にいえない言葉を彼に代わって告げたことを白状した。『僕も君がいなくて寂しい。町の場所を知らせるから、明日の朝一番で迎えに来てくれないか…』
リュックはシルヴァンの告白を聞くやいなや、凄まじい形相で激怒した。勝手に他人の携帯を覗き見したばかりか、頼んでもないおせっかいを、しかも昨日の話から薄々察してくれてもいいはずの、最もやってもらいたくないおせっかいをしでかしたシルヴァンに、思いつく限りの罵倒の言葉を浴びせたのである。借りていたダサい柄のシャツも脱ぎ捨て、シルヴァンの純然たる好意と共に本人に投げ返してしまった。リュックのあまりの怒りように恐れをなしたシルヴァンは、ただただ彼のためになるだろうと思ってやったのだと繰り返す。自分と同じ過ちを犯して欲しくない、ジュリーと幸せになって欲しいだけだったと。しかし玄関のドアは叩きつけられるように閉まり、リュックは二度と戻ってこなかった。

ジュリーは恋人が姿を現すのを笑顔で待っていた。その表情の上に、シルヴァンの間の抜けたふにゃふにゃした笑顔が重なり、大体いつも不機嫌なリュックは尚一層不機嫌なしかめ面を作った。無言のまま、いまだ煮えくり返る腹の内を隠しもせず、乱暴に自転車を扱うリュックを見て、ジュリーは浮き立っていた気持ちが一気に冷え込んでいくのを感じた。自分が来たことが、リュックにとっては迷惑だったのか。ジュリーの声は無意識のうちに鋭く尖り、リュックの理不尽な怒りに向けられる。またいつものように金切り声の癇癪を起こされては堪らない。リュックもまた、いつものように口先ではジュリーの疑いを否定しつつも、声は抑え切れなかった怒りで震え、手はジュリーの車のボンネットに八つ当たりしていた。ジュリーはリュックのその態度で全てを察し、饒舌な口を真一文字に閉じた。リュックを車に置き去りにすると、黙ったまま海を見渡せる丘に座り込む。

リュックが去ったシルヴァンの家では、何かを思い詰めたような硬い表情のシルヴァンが、薄暗い室内で佇んでいた。

彼女が空ろな目で見つめているのは、その視線の先にある海ではなく、もっと遠いところだった。リュックの心が既に自分から離れており、絆を修復するのは不可能になっていたこと。リュックと一緒に作るはずだった未来など、とうの昔に失われていたこと…。少し遅れてやって来たリュックが自分の傍にへたり込んでも、ジュリーはもはや彼の方を見ようともしない。今しがた思い知らされた厳然たる事実から、ジュリーは目を背けることが出来なかったのだ。

リュックは結局、長い間心の奥底に溜め込んでいた本音―自分はもうジュリーを愛していない―を、思わぬアクシデント―シルヴァン―によってジュリー本人に知らしめることになった。しかし、悪いのはシルヴァンではない。成り行き上、彼に当り散らしてしまったが、本当に悪いのは不甲斐ない自分自身だ。ジュリーとの恋愛の答えを出すのを先延ばしにし、いつまでも曖昧なままにしていた自分自身が招いた事態だ。

…この田舎町でジュリーという名前の人生の命綱を完全に失ったことを悟ったリュックは、遭難した旅人のようにひたすら泣きじゃくるのであった。

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つい最近まで、シルヴァンの孤独は、私にもあなたにも誰にでも覚えのある感覚ではないかと思っていた。社会の中でごくごく普通に暮らしているごくごく普通の人々が、日常的に慢性的に抱えているもの。人種や宗教や文化の違いすら問わず、誰にでも共有し得る感情だろう。フランス映画祭で来日したギョーム・ブラック監督も、まさしくそんな感情を描きたかったのだとインタビューで話していた。

壊れた自転車を押して歩くリュックの後姿、あるいは、彼が誰もいない田舎道を自転車で走る姿などを、遠景の中で小さく捉えながら長回しで見つめたり、不器用に語り合う青年2人の姿を少し離れた場所から捉えてみたり。日常生活というパノラマ風景の中にぽつねんと佇む人間の、孤立した感覚というやつを、この作品の映像はよく表現していたと思う。

不器用で不細工でおまけに不運続きで、格別何かに秀でているわけでもない哀しい凡人シルヴァンを巡るささやかな物語は、私達の物語でもある。決して見ていて楽しい話でもなし、胸がすくような冒険譚でももちろんない、哀しくなる程平凡な日常の中に埋没する物語。存在の全てがドン臭いシルヴァンの人生など、わざわざ映画館で見るようなものではないのだろうが。それでも私は、孤独の中で格好悪く途方に暮れるシルヴァンの物語を、願わくばもう一篇観てみたい欲求を捨て切れないでいる。

シルヴァンなんて、たとえ街中ですれ違ったとしても気付きもしないだろう。しかし、シルヴァンというキャラクターには、数億人の凡人から抽出した“平凡”が込められている。その普遍性と、それをごくナチュラルに演じてみせた俳優ヴァンサン・マケーニュの非凡なる魅力が、凡人シルヴァンをして忘れ難いヒーローに仕立てていたことに、映画を観てしばらく経ってから気付くのだ。


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