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zoom RSS ヒーロー誕生―「アメイジング・スパイダーマン2 The Amazing Spider-Man 2」

<<   作成日時 : 2014/05/29 23:56   >>

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“彼女のため”ではない。彼女が君の道となるのだ。

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「アメイジング・スパイダーマン2 The Amazing Spider-Man 2」(2014年)
監督:マーク・ウェブ
脚本:アレックス・カーツマン&ロベルト・オーチー&ジェフ・ピンクナー
原案:ジェームズ・ヴァンダービルト
製作:アヴィ・アラッド&マシュー・トルマック
製作総指揮:アレックス・カーツマン&ロベルト・オーチー
出演:アンドリュー・ガーフィールド(ピーター・パーカー/スパイダーマン)
エマ・ストーン(グウェン・ステイシー)
ジェイミー・フォックス(マックス・ディロン/エレクトロ)
デイン・デハーン(ハリー・オズボーン/グリーン・ゴブリン)
コルム・フィオール(ドナルド・メンケン)
フェリシティ・ジョーンズ(フェリシア)
ポール・ジアマッティ(アレクセイ・シツェビッチ/ライノ)
サリー・フィールド(メイ・パーカー)
マートン・チョーカシュ(アシュレイ・カフカ博士)
クリス・クーパー(ノーマン・オズボーン)他。
音楽:ハンス・ジマー&The Magnificent Six
主題歌:アリシア・キーズ feat. ケンドリック・ラマー “イッツ・オン・アゲイン”
挿入歌:フィリップ・フィリップス(英語版) “ゴーン、ゴーン、ゴーン(英語版)”
撮影:ダニエル・ミンデル
編集:ピエトロ・スカリア&エリオット・グレアム

高校を卒業し、ごく普通の青年として大学に進学したピーター。一方、謎のヒーロー、スパイダーマンとしてNYを犯罪から守る稼業も相変わらずで、二足の草鞋を履き分ける忙しい毎日を送っていた。しかし、同じように大学に進んだ恋人グウェンとの仲は停滞気味。なぜなら、彼女の亡き父親と今際の際に交わした約束―スパイダーマンとして危険な戦いを続けるならば、グウェンの人生には決して立ち入らず、彼女を犯罪の世界から遠ざけておくこと―が、ピーターの心を縛っていたからだ。そんなことは露知らないグウェンは、スパイダーマン稼業に明け暮れ、自分との時間をとろうとしない恋人に不満を抱える。ピーターの逡巡を見兼ねた彼女は悩んだ挙句、夢であった英国への留学を決意した。悲しことだが、ニューヨークを離れられないピーターとは、進む道が違ってしまったのだ。

ピーターの両親の謎の失踪に大きく関与し、カート・コナーズ博士が“リザード”になる要因ともなったオズコープ社では、オズコープ創始者にして科学者、ピーターの父と盟友でもあったノーマン・オズボーンが不治の病に倒れた。コナーズ博士の事件以来、相次ぐ不祥事の責任を問う厳しい声が世間から寄せられていたオズコープ社は、対外イメージを回復して企業株価暴落を防ぐため、ノーマンの1人息子でヨーロッパの寄宿学校にいたハリー・オズボーンを呼び戻した。実はオズボーン家の人間には代々、20歳頃から奇怪な難病の症状が出始め、数年後には肉体は化け物のように変化し死に至るという、恐ろしい遺伝があった。このことは公にされず、社の重役トップしか知らない秘密であったのだが、ノーマンが難病や奇病治療の名目で危険な遺伝子交配実験にのめり込んでいた理由でもあった。彼は、ピーターの父親リチャードが半ばまで完成していた研究を臨床実験に持ち込もうとしたが、オズコープ社が裏稼業として、政府のために秘密の武器開発を行っていたことを知ると、リチャードはノーマンへの協力を拒絶。真の研究成果を誰にも手の届かない場所に隠し、ピーターが成長した暁にそれを発見し、研究を完成させ、社会に役立てるだろうことを願いつつピーターをパーカー夫妻に託したのだった。

ノーマンは、どうしても人体実験まで辿り着けなかった研究成果を、死の直前に志半ばでハリーに託した。ハリーは、生まれてはじめて知った自身の肉体の秘密と死への恐怖、親らしいことを何一つして貰えなかった父親への恨みを、父亡き後のオズコープ社重役たちにぶつけた。経営状態に暗雲が垂れ込めているにもかかわらず、ハリーは子供のような癇癪を繰り返すばかりで、彼自身、オズコープ社のことなどどうでもよかったのだ。オズコープ社重役陣は、ドナルド・メンケンを筆頭に、ハリーを会社から追放する方針を固める。孤独なハリーのニューヨークへの帰郷を喜んだのは、皮肉にも、父ノーマンを追い込んだリチャード・パーカーの息子ピーター・パーカーだけだった。

ノーマン・オズボーン死去のニュースを聞いて、ピーターは幼馴染のハリーと10年ぶりの再会を果たした。しかし、そのハリー本人から、オズコープ社がピーターを幼い頃から監視していたという衝撃の事実を知らされ、混乱に陥ってしまう。父リチャードとオズコープ社との因縁と、両親失踪の真実を追って行くうちに、彼は自分に課された使命のあまりの大きさに気付き、苦悩を深める。そこで改めて、スパイダーマンとしての使命と、自分と距離をおこうとするグウェンへの愛情を天秤に掛け、スパイダーマンでい続けるべきか否か、ピーター自身も将来への選択を迫られることになる。

そんな中、醜聞続きのオズコープ社で、再び悲惨な事故が起こった。オズコープ社の優秀な電気技師マックスが、1人でシステム故障箇所を修理しようとして、誤って大量の電気に感電してしまったのだ。マックスは技師としては優秀だったが、パッとしないみてくれと地味な性格が災いし、何年も一緒に働いている同僚からも名前を覚えて貰えず、従って友人と呼べる人間もいない孤独な男だった。だが唯一、ピンチを救ってくれたスパイダーマンだけが彼を“マックス”と呼び、以来、マックスはスパイダーマンを自分の親友だと思い込むようになった。スパイダーマンは彼が胸につけていた名札を見ただけだったのだが、ニューヨークのスーパーヒーローから直々に名前を呼んでもらったことで、マックスの妄想が膨らんでしまったのだ。

普通の人間なら焼け焦げの死体になっているはずだが、特殊体質だったマックスは死ななかった。代わりに、自分の身体の中に電気を溜め、それを自由自在に放出出来るモンスターになっていたのだ。目覚めたマックスはニューヨークの街中に彷徨い出た。自分のせいとは知らずに辺りを破壊し、街を一瞬にして停電させたところでスパイダーマンとの再会を果たしたが、もちろん彼はマックスの名前など覚えてはいなかった。マックスは、スパイダーマンが自分のことを覚えていなかったばかりか自分を倒そうとし、街中の人たちからバケモノ呼ばわりされたことで、完全に狂人と化す。

マックスは、オズコープ社が生物兵器開発のため極秘裏に使っている刑務所に収容された。オズコープ社は今度は、“エレクトロ”としての彼を生体実験のモルモットにするつもりなのだ。マックスは自分に巨大な力が宿ったことを知り、自分以外の人間たちに復讐するため、世界中の電気を操って自らが法律となる世界を創ることを誓った。

ハリーはオズコープ社の秘密を探り出し、自分の病を治す最後の手段として、実験用の毒グモに刺されても死なず、超人となったスパイダーマンに助けを求める。スパイダーマンの血液を自分に注入すれば、スパイダーマンの持つ特殊な免疫力がこの忌まわしい病気を倒すだろうと。ピーターは、ノーマン・オズボーンがなぜ父リチャードの研究を引き継ぐことが出来なかったのか、その理由をリチャードが残したメッセージ映像から知った。ハリーからの必死の懇願にも関わらず、スパイダーマンとしてハリーと対峙したピーターは、危険過ぎてハリーが望むような結果は得られないと、血液の提供を断らざるを得なかった。スパイダーマン=ピーターだと知らないハリーは絶望し、ついに重役陣からオズコープ社を追放されると、密かにスパイダーマンへの復讐を誓う。

グウェンは、研修生として働いていたオズコープ社内で、失踪したマックスの行方を調べようとした。しかし、マックスに関する資料は全て極秘事項扱いに変わっており、グウェン自身もオズコープ社から目を付けられてしまう。

こうして、ピーター、ハリー、マックスの運命は、グウェンをも巻き込んで予想外の方向に転がっていく…。

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さて。

27日には、現在のアメコミ・スーパーヒーロー映画大流行の発端となったマーヴェル作品の一つ、「X-MEN」シリーズ最新作「X-MEN: フューチャー&パスト X-MEN: Days of Future Past」(以下、DoFPと略)が、ここ日本でも先行上映されました。このDoFPに関しては、“80日間世界一周”のようなノリで、大勢いるキャスト陣が力を合わせた(笑)世界同時多発プレミア大会を敢行。今の世界経済地図の中心になっている大都市に限られましたが、今作のプレミアが行われていた一時期、確かに、様々なネットワーク・サービスがDoFP関連の情報で占拠された感がありましたね。

そんな中、マーヴェル・スタジオ傘下にはないマーヴェル作品映画の代表選手「スパイダーマン」のリブート版シリーズが、第2作目を発表。思い返せば、ジョゼフ・ゴードン=レヴィットのヒット作「(500日)のサマー」のマーク・ウェブ監督がメガホンを取ると聞いたときは、スパイディをコメディ・タッチの青春ドラマにでもするつもりなのかと怪訝に感じたもんです。確かに新シリーズの路線は、サム・ライミ版より、ピーター自身の内面の変化や恋人グウェンとの心のすれ違いを強調した作りになっていました。しかしながら、リブート版第1弾「アメイジング・スパイダーマン The Amazing Spider-Man」が予想以上にアメイジングだった(笑)ため、また、我らがポール・ジアマッティのヴィランっぷりも見たかったので、第2作目も映画感で観賞することにしたわけです。

第2作目となるスパイディの物語は、由緒正しい“アメリカの”ヒーローが、逡巡を克服し、ついに誕生したことを宣言するのがメイン。そのためにピーターが如何なる代償を支払わねばならなかったかを、恒例の、ビルとビルの間をビュンビュン飛び回る、それこそ目の回るアクションの連打の合間に描きます。

今作が日本で劇場公開されてからしばらく経ちますが、正直なところ、作品そのものへの評価は総じてあまり芳しくないと結論せざるを得ません。おそらくその理由は、前作が大方の予想以上に良い出来だったこと、それに比べて今作は、観客が“中だるみだ”と感じる箇所がいくつかあったことだと思います。それらが、純然たるスーパーヒーローもののファンやマーヴェル・コミックのコアなファンが必要ないと切り捨てるような演出だったことが、“アメコミ映画”としての今作に厳しく意見する人たちの共通項でしょう。
しかし一方では、マーヴェルが大量生産する“一定規格に則った”スーパーヒーロー映画に飽き始めている観客もあり、彼らの中には、スパイディと他のヒーロー達との間にある“ズレ”を気に入っている人も確かにいるのですよね。現に、格別アメコミ好きでもないし、ヒーロー映画だって気に入った俳優が出なければ観ない人間である私も、なぜかスパイディだけは他マーヴェル映画から浮いた存在だと感じます。“ズレ”てるからこそ、なんだかんだ文句を言いつつも(笑)、結局スパイディ映画は観てしまうんですわいね(笑)。

これはもう個人の好みの問題になるので、どちらが良い悪いとジャッジすることは出来ません。ただ、こうしたアクション映画を本当に面白くするのは、非常に難しい作業なのだということは覚えておきましょう。アクション部分とストーリーの語り部たるドラマ部分のバランスの問題です。スパイディの飛行アクション・シークエンスがいくら優れていても、そればっかりでは映像が単調になってしまう。だからといって、新シリーズから顕著になったピーターとグウェンの微妙な関係性を伝えるために、アクションシーンの流れと勢いを犠牲にしてでも、彼ら2人きりの繊細なシーンを割り込ませるべきなのか…。

今回のスパイディにブーイングしている人たちは、スパイディの爽快感、一体感共に最高レベルの飛行アクション・シーンが、せっかくのIMAX 3D仕様のアクション・シーンが、ピーターとグウェンによるモジモジした(観ている私らはイライラ・笑)ティーンの甘酸っぱいイチャツキに台無しにされたと、声を大にして訴えておられます。共演を機に交際が始まった主演カップル2人の私生活の部分が透けて見え、前作より増えた2人の糖分高めシーンに居たたまれなさを感じるのは確か(笑)。しかし、ピーターとグウェンが互いを大切に思いながらも、“スパイディ”という重すぎる運命によって、それぞれが別の道を選択せざるを得なくなるくだりは、2人の間に本物のケミストリーがあるからこそ一層悲劇色を強めたわけでしてね。

実は私が個人的にこの作品から強く感じた感情は、“喪失感”でした。それはピーターやグウェン、ベンおじさんを喪ったメイおばさんだけではなく、運命のいたずらでスパイディに敵対する(そして最大の敵となる)ハリー・オズボーン然り、もう1人の悲劇の主人公であるエレクトロことマックスも然り。結局今回のお話は、様々な形で“喪失”を経験した人たちが、どうやってその悲しみを乗り越えたのか、テーマはそこに絞られるのではないかと思いました。

私は原作コミックを知りませんので、今回の2人のヴィランの成り立ちの経緯やルックス、あるいはキャラクターの描き方が原作と比べてどうなのかは、私には判断できません。ただ、この映画から窺えるキャラクターの解釈は、大きな喪失に絶望した末のダークサイドへの落下であり、多分に同情的だったと思います。

私自身、柄にも無く感情移入してしまったのは、やっぱりマックスとハリーでしたもの。特に私の心に堪えたのはマックスの方な(泣笑)。おそらく彼は、子供の頃からずーっと友達を持ったことがなく、一人ぼっちで生きてきたのでしょう。“自分の名前すら覚えてもらえない状態”ってのが、どれほど自己の存在を踏み躙る酷い所業であることか。なんだかね、子供時代にいじめられていたトラウマが甦りましたよ。スパイディにたった一度名前を呼んでもらっただけで舞い上がってしまうマックスの気持ちも、私にはよく理解できます。てめえの存在意義をことごとく否定されつくした上での、スパイディからの裏切り行為(と彼は信じている)だったんですよ。

普通の人々が暮らす世界を守るのがスパイディなら、そこから転がり落ちて二度と戻れず、行き場を失ってしまったのが、マックスや、呪われた家系のたった一人の生き残りハリーです。マックスもハリーも、好き好んで人間を攻撃するサディストではありません。自分達の生きる場所が欲しいだけ。彼らが自分達の居場所を作ろうとするのを、“正義”“平和”というお題目を唱えながら邪魔だてするのが、スパイディなんですよ。ハリーに至っては、彼自身の生命が懸かっていますから、“自分が生きられる場所作り”という使命は、より切実で悲壮感を帯びてきますね。ハリーとマックスは、これまで生きてきた環境は全く違いますし、社会から弾き出された経緯も異なります。しかし、彼らが味わった“喪失感”が、偶然スパイディへの落胆に端を発していたこと、両者とも家族も友達もなくして完全に孤立無縁であったことが、悪の世界に堕ちた2人を結びつけてしまいました。尤もマックスことエレクトロとハリーの同盟関係なんて、所詮は便宜上のものですけどさ。

では、ハリーは何を喪ったのか。肉親である父親は赤の他人以上に宿敵同然、オズコープの社員の中にも友人どころか味方すらいない状況で、ハリーが唯一人間らしい感情を持てる、心安らぐ人物はピーターだけでした。オズコープ社とピーターの父親との因縁はありますが、まあぶっちゃけ、それは父親世代に属するゴタゴタであり、ハリーとピーターの個人的な友情には影を落とさないはずでした。しかし、ハリーが一族から受け継いだ奇病という大きな障壁が生まれ、孤独な2人の青年の関係性も狂わされ、彼らもまたお互いの進む道を完全に別ってしまいました。病を治療するための行動が、ハリーを完全なモンスター“グリーン・ゴブリン”に変化させ、スパイディことピーターとの友情も喪いました。結局彼は、ピーターの父の機転によって、自身の病気を克服する望みも永遠に封じられたようなもの。グリーン・ゴブリンとピーターが戦う最後の場面で、ピーター=スパイディだと解った瞬間に、ピーターを介して辛うじて保っていた人間らしさも永遠に喪ったわけです。まあおそらく今後は、前作でもコナーズ博士のもとに訪れていた黒服の男を通じ、バイオ兵器を使った不気味な犯罪組織を地下に構築するのでしょう。

ハリーが喪ったものって、最初から奪われていた肉親からの愛情、年齢相応のバカができる気の置けない親友、父親から押し付けられた倒れかけの会社、そして自尊心だと思います。残ったのは、スパイディへの歪んだ復讐心と、自らを哀れむだけの惨めな自己愛のみ。……スパイディのお話が、他のスーパーヒーローものと違ってすんなり受け入れられるのは、多分に、ヴィランのキャラクターに私らのような一般ピープルと共通する痛みや惨めさ、哀しさがあるせいだと思いますね。500日の青春ドラマ・スパイディ・シリーズも、スパイディの前に立ちはだかるヴィランは“元は普通の人間”だという鉄則を守ってくれているようです。

それを踏まえた上で、ピーターの喪失の意味合いを考えると、犠牲にしたものの大きさが絵空事ではなくリアルに感じられると思いますよ。グウェンとの未来とヒーロー稼業を天秤にかけたとき、ピーターは答えを求めて父リチャードの足跡を辿ります。そのピーターを導くように、ピーターの両親がアメリカを脱出した後どうなったのかを、映画は観客に対して明らかにします。メイおばさんの家に預けられた時に垣間見た両親の記憶は、ピーターの心の中ではまるで夢の中の出来事のように曖昧としていますが、この、ピーターが最後に見た両親の残像と呼ぶべき切ないイメージが、寄せては引くさざ波のように映像に登場します。ピーターがヒーロー稼業に殉ずる覚悟をきめるかどうかは、結局、父リチャードが命懸けで守り息子を導こうとした研究に、ピーター自身がどこまで真剣に向き合えるかに拠るからですね。

リチャードがピーターに託した遺伝子操作の研究の全容と、オズコープ社からの追っ手に怯えつつ、リチャードが将来の息子へ宛てて語った最後の映像メッセージ。この映像メッセージをついに発見したとき、ピーターは自分がスパイダーマンになったのは偶然ではなく、そうなるように運命付けられていたことを知るわけです。父の研究をひき継いで完成させることとスパイダーマンでいることは、コインの表と裏の関係のようなものでしょう。ピーター自身の人生を巻き込んだ運命です。考えてみれば、これほど重い十字架もありませんが、それでもなお、英国に留学することが決まったグウェンにくっついていこうとするところは、さすがはちゃっかりした現代っ子らしいというべきか(笑)。

スパイダーマンが本当の意味でヒーローとして覚醒した今作は、オズコープという巨大企業による信じ難い陰謀を、とてもじゃないが荒唐無稽だと笑い飛ばせない皮肉も含め、「バットマン/ダークナイト」トリロジーにおいて顕著だった、ストーリーの現実世界への限りない接近と、“アメリカのヒーロー像”を嫌というほど能天気な理論で薀蓄たれた「アベンジャーズ」シリーズの明るいファンタジー性双方の特色を兼ね備えた形になったのではないでしょうかね。


しかしそれにしても。世界には…というか、アメリカだけでも多種多彩なスーパーヒーローがうじゃうじゃ存在しているのに、何故に世界は荒廃していくのでしょうね。ヒーロー達は、所詮人類全体を救う神様ではないということか。


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