House of M

アクセスカウンタ

更新情報

zoom RSS 意思を持った少女たちー「アナと雪の女王 Frozen」

<<   作成日時 : 2014/03/31 12:25   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 6 / トラックバック 0 / コメント 0

…そして、プリンセスを魔法から救えるのは“真実の愛”だけなのです。…

画像

「アナと雪の女王 Frozen」(2013年)
+短編「ミッキーのミニー救出大作戦」
監督:クリス・バック&ジェニファー・リー
製作:ピーター・デル・ヴェッチョ
製作総指揮:ジョン・ラセター
原案:アンデルセン『雪の女王』
脚本:ジェニファー・リー
音楽:クリストフ・ベック
主題歌:イディナ・メンゼル“Let It Go”
主題歌作曲:ロバート・ロペス
主題歌作詞:クリステン・アンダーソン=ロペス
声の出演:クリステン・ベル(アナ)
イディナ・メンゼル(雪の女王/エルサ)
ジョナサン・グロフ(クリストフ)
ジョシュ・ギャッド(オラフ)
サンティノ・フォンタナ(ハンス)
アラン・テュディック(ウェーゼルトン公爵)
シアラン・ハインズ(パビー)
クリス・ウィリアムズ(オーケン)他。

アレンデール王国の王女姉妹エルサとアナ。幼い頃は大の仲良しだった2人だが、姉エルサには触れたものを凍らせてしまう魔法の力があった。ある時、その禁断の力がアナを危険にさらしてしまい、責任を感じたエルサは魔法を封印し部屋に閉じこもってしまう。しかし月日が経ち、国王夫妻が不慮の事故でこの世を去ると、エルサは王位を継がなければならなくなる。美しく成長した彼女は、新女王として戴冠式に臨むが、力を制御できずに、真夏の王国を冬に変えてしまう。国民から魔女と恐れられてショックを受けたエルサは、城から逃亡して雪山に氷の城を築く。“雪の女王”となったエルサは、孤独な氷の世界でそれまで抑え込んでいた本来の自分を解放していく。エルサが心を閉ざしてしまった理由を知ったアナは、大好きな姉と王国の危機を救うため、危険をかえりみず雪山の奥深くへと旅立つ。―allcinema onlineより抜粋


生物学上は一応女性に分類される館長ですが、これまでの長い人生の間でディズニー・プリンセスの映画を観たことはあんまりありません。子供の頃、ディズニー・プリンセスに憧れていたかと問われれば、“幼稚園児だった頃までは”と答えます。長じるに従い、さすがに“プリンセス”を夢見ること自体が非現実的で子供っぽい行動だと感じてしまったもので。

子供の頃は、ディズニーが創造する、母性と処女性が合体したような独特のエレガンスを持ち(持たされ)、自分の住む世界ではありえない方向に純化された女性像を専ら絵本で眺めていました。反抗期に入ると、子供騙しの夢物語そのものを僻み半分に否定するようになってしまいましたね(苦笑)。ディズニー・プリンセスのみならず、一定のモラルを観客に押し付けてくるディズニー・アニメ全般を鼻で笑うような、立派に捻くれた人間になったわけです(笑)。

それはなぜか。私が思うに、昔ながらの“ディズニー・プリンセス”というアイコンには、男の側の身勝手な思い入れと現実離れした“理想の女性像”が込められていたせいではないでしょうかね。成長するにつれ、そんな、女性の側の心理を無視した一方的な“ヒロイン像”に違和感がつのっていくのも無理はないと思いますよ。

物語に登場する彼女達、見た目は確かにキレイキレイな見目麗しきプリンセスです。王子様に起こされるまでいびきをかいて眠っているだけの姫君、下半身はお魚にも関わらず種族の違いを超えようとするお姫様、アジアのジャンヌ・ダルクこと戦うヒロイン、あるいはネイティヴ・アメリカンの伝説的なプリンセス、はたまた、恐ろしげな野獣と一緒にされかけたレディに、ホークアイも真っ青の弓の技術を披露するハンター王女様。彼女達は皆一様に、女の子ならば一度は夢想するドラマティックでロマンティックな人生を生き、しかし最後には必ず、周囲に祝福されながら幸せの国に旅立っていきますね。

ピンチに陥ったときには必ずといっていいほど、白馬に乗っても乗らなくてもまあそこそこルックスも良くて、ボンボンの割には結構役に立つ王子様が駆けつけてくれます(笑)。プリンセスとしては、自ら立ち上がって自分の力で事態を打開する努力をせずとも、勝手に周囲が問題を解決してくれ、いつの間にか“めでたしめでたし”な結末になっている…。これまでのディズニー・プリンセスに、ただただ運命に流されていくだけの受動的な役目しか与えられていなかったのは残念ですが、これはひとえに、ウォルト・ディズニー健在時に完成した古いジェンダー感覚から製作陣が中々脱却できなかったからだと思われます。これでは、いくらヒロインの見た目を変えたところで、彼女が巻き込まれる怒涛の運命と、それを救う王子様という黄金のワンパターンは変わりようもありません。どんなに美しい光景が映像になっていようとも、女性の視点から作品を振り返れば、今自分が立っている現実との著しい乖離に歯が浮いてしまうのですね。

画像

では、“プリンセスのプリンセスによるプリンセスのための映画”という触れ込みの「アナと雪の女王 Frozen」はどうだったか。脚本だけではなく監督も同じ女性が務めた(ジェニファー・リー)効果が大きかったのでしょうか、“ヒロイン”という存在そのものの解釈が従来の作品からかなり前進していると感じました。なるほど、原作はアンデルセンの有名な童話ですし(ストーリー展開は全く異なりますが)、往年のミュージカル映画にオマージュを捧げた、登場人物がここ一番というところで朗々と歌い始めるファンタジックな展開、これまでのディズニー作品で頑なに守られてきた“ヒロインは他者から得られる真実の愛情によってのみ救われる”という、ある意味他力本願なセオリーを一踏襲している点などなど、佇まいはまっこと正しいディズニー・プリンセス映画であります。しかし、今作の最も大きな驚きは、これまで軽視されてきたヒロインの内面にフォーカスし、それを極めて現実的に描写した点でしょうね。

画像

ヒロインの心理描写に現実味を持たせるため、典型的ディズニー・プリンセスの肖像の対極に、対照的な性格のヒロインをもう1人登場させて彼らを対比させました。このような設定からしてディズニー・アニメにとっては画期的な出来事だったそうですが、そんな風に騒がれること自体がディズニーという組織の問題点を明らかにしているといえますよね。

ともあれ今作では、対照的な性格を持つ2人のヒロインそれぞれが、ディズニー的怒涛の運命を背負っています。一方は、全く望まないスーパーナチュラル・パワーを持ってしまったために、周囲から理解されず、普通の人間の幸せを求めることも叶わず、それどころかモンスターとして人間達から迫害される恐怖に怯える苦悩を抱え、もう一方は、世間知らずの非力なお姫様ながら、唯一の肉親である姉を救うために命を賭けねばならない羽目になるわけですね。彼女達の両親が亡くなり、エルサが新女王となって閉ざされていた城の門戸が開放され、国民の前に姿を現したことをきっかけに、エルサとアナの運命も大きく転調しました。

雪山に建つ、この世のものならぬ美しさの城。普通の人間として生きられない自分の運命を受け入れ、以後誰も傷つけることのないように自ら孤独を選んだエルサの哀しみが垣間見えるようです。石もて追われるように故郷を離れた彼女が、今やすっかり名曲となった“Let It Go”を歌いながら氷の城を築くシーンは圧巻ですが、この歌の真意は、決して、押さえ込んでいた自分の力を解放する自由と喜びではありません。他の人間達を守るため、今までは親の言いつけに盲目的に従い、自分の本当の姿を他人に知られないように、それを否定すらして生きてきたけれど、これからは、自分らしくいられる世界で1人ぽっちで生きることを決意したのだという、少女の悲壮な心境を歌ったものなのです。
エルサというキャラクターには、男性中心の社会の中で、自分を押し殺し、否応無く一定の型にはまって生きざるを得ない世界中の女性たちの鬱屈が込められています。社会が求める女性像からはみ出したエルサを氷の城に追いやったのも、そして彼女を“モンスター”として追い詰めるのも、そうした無理解で無慈悲な社会であり、そんな社会を支配する男性でした。

社会から孤絶して生きようとするエルサと、そんな彼女をもう一度社会に連れ戻そうとするアナ。2人の運命が交錯する瞬間、従来の“ディズニー的クライマックス”を新しい視点で解釈し直した、本当の意味での“ヒロインのための物語”が生まれます。ヒロインそれぞれに課された過酷な運命は、突然何処からか降って湧いたような曖昧な存在たる“王子様”ではなく、文字通り彼女たち自身の行動力と必死の努力で切り開かれました。結局、エルサにかけられた“魔法の呪い”も、アナにかけられてしまった“魔法の呪い”も、“自分以外の誰かから捧げられる無償の愛”によって解除されるディズニーの鉄則を踏襲しているわけですが、その意味は、ヒロインという存在を本当の意味でリスペクトする内容だったと思います。世界中の観客が納得するはずですよね。

画像

この作品によって初めて、ディズニー・ヒロイン達は、“何処かの王子様”という名の男性陣に長らく奪われたままだった物語の主旋律を、彼女達自身の手に取り戻すことができたのだと思います。ディズニー史上初の“2人のヒロインの物語”の裏には、何百年もの間続いてきたジェンダー闘争への一つの回答が隠されているようにも感じられましたね。

ピクサーのCG技術を吸収し、そこにディズニー・アニメの伝統を合体させる試みは、今作のクライマックスの一つ、エルサによる氷の城の誕生シーンでピークに到達しました。まさに“自分もその場に居合わせているような”興奮を観客に提供することに成功したのです。雪の結晶一つ一つが舞う様は、リアルでありながらドリーミーかつファンタスティック。その中で、歌い舞うエルサの指や腕、足のエレガントかつ生き生きとした動き、ドレスの裾の流れるような動きは、アニメーションでなければ表現できない躍動美です。これこそ、ディズニーが目指していた表現美だったのでしょうね。

この氷の城のシーンが、技術云々以上に名シーンたり得たのは、私もそうですが、多くの観客がエルサの変貌に深く共鳴したためでしょう。そしてそれは、ここに至るまでの間に、アナとエルサという姉妹を巡る境遇が丁寧に描写されていた下地があったことが大きく影響しています。アニメーション映画であれ実写映画であれドキュメンタリー映画であれ、優れた作品を作るためには、ストーリーを的確に理解し解釈し、物語る重要性を無視することはできないのです。

そうすれば、自らの意思を持って生きる道を模索し始めた“ヒロイン”に、彼女達に象徴される世界中の女性達からの共感が寄せられることも可能となるのですよ。

アナと雪の女王 オリジナル・サウンドトラック
WALT DISNEY RECORDS
2014-03-12
V.A.

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by アナと雪の女王 オリジナル・サウンドトラック の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

“Let It Go”はええ曲やねぇ。


にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 6
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス

にほんブログ村

意思を持った少女たちー「アナと雪の女王 Frozen」 House of M/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる