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zoom RSS バーグドルフは魔法のデパート 'Scatter My Ashes at Bergdorf'

<<   作成日時 : 2015/10/14 13:44   >>

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ドキュメンタリー映画「ニューヨーク・バーグドルフ 魔法のデパート Scatter My Ashes at Bergdorf's」について、おそろしく大事なことを見落としていました…。そう、この作品、ナレーションを我らがウィリアム・フィクナー(フィクトナーorフィッチナー)さんが務めておられるのであります!これで、“高級ブランドにゃついぞご縁はないわ興味ないわ(涙)”という貴方も貴女も、俄然モチベーションが上がることでありましょう!

「ある日バーグドルフのカフェで一休みしていたら、フランスからわざわざやってきたらしい2人のご婦人が興奮気味に話をしていたの。彼女たちは、“私が死んだら火葬にして、灰をバーグドルフのフロアに蒔いて(scatter my ashes at Bergdorf's)くれれば本望だわ!”って言ってたわ」

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「ニューヨーク・バーグドルフ 魔法のデパート Scatter My Ashes at Bergdorf's」(2013年)
監督:マシュー・ミーレー
脚本:マシュー・ミーレー
撮影:ジャスティン・ベア
編集:ジャスティン・ベア
音楽:アンソニー・ローマン
出演:ウィリアム・フィクナー(ナレーター)
カール・ラガーフェルド
クリスチャン・ルブタン
マーク・ジェイコブス
トム・フォード
トリ・バーチ他。

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米ニューヨークの老舗デパート“バーグドルフ・グッドマン”の裏側にカメラを向け、創業者の思いや伝統を支える人々のドラマに迫ったドキュメンタリー。1901年にオープンした創業112年の格式高いデパートとして知られ、ブランドショップが多く立ち並ぶマンハッタン5番街に建つバーグドルフ・グッドマンは、新人デザイナーの発掘や、芸術的なウィンドウディスプレイなど、常に斬新なアイデアでファッション業界をリードしてきた。カール・ラガーフェルドやクリスチャン・ルブタン、マーク・ジェイコブスら一流のファッションデザイナーたちが、伝統と革新さをあわせもつバーグドルフ・グッドマンについて語りながら、一流デザイナーへの登竜門でもあり、モデルやセレブたちを魅了する世界一のデパートの裏側に迫る。


2013年の劇場公開映画に関しては、ドキュメンタリー映画がたくさん公開されたことが特に印象に残っております。当館でも取りあげた「メキシカン・スーツケース」、「ビル・カニンガム&ニューヨーク」、「シュガーマン 奇跡に愛された男」「世界一美しい本を作る男」。確かに、本編の製作年や本国での公開時期は2013年の限りではない作品ばかりですが、全国の映画館で大きなスクリーンでこれらの傑作ドキュメンタリー映画が公開されたこと自体が、昔ではあまり考えられなかった現象でした。だって昔は“ドキュメンタリー映画なんぞ当たらんわ”というのが常識とされていましたもん。昔ももちろん、素晴らしいドキュメンタリー映画は製作され続けていましたが、現在のドキュメンタリー映画界を巡る事情は、昔と異なる点が多いでしょうね。

ど素人が出てきて“台本のない”状況でワチャワチャ大騒ぎするだけの、私生活を垂れ流すリアリティ番組がテレビ界の一角を担うようになったのは、いつ頃からか。映画の観客もテレビの視聴者も、新しいアイデアや才能のひらめきを失った創作作品群に飽き飽きしていたせいか。あるいはまた、つまらん映画やドラマより、軋轢の多い現実世界で起こる実際の出来事の方が、言葉は悪いですが、よほど途方もなく刺激的で(面白い)せいか。

…台本も演出もない(という触れ込みの)作品が受けるようになった本当の理由は分かりません。ただ確かなのは、人間の“素”のドラマを楽しむ土壌が映画やテレビの市場に定着したことだけ。つまり、台本も演出もなしの“素”のドラマを追う、すなわちドキュメンタリー的な作品への需要が増えたということです。内容の良いものなら、ドキュメンタリー映画も充分ヒットする可能性が出てきました。大手の映画製作会社や配給会社の後ろ盾がなくても、金をかけてど派手な宣伝を打つことができなくとも、SNSを駆使することによって“クチコミ”で観客を動員する方法が確立したことも、ドキュメンタリー映画の市場を広げる後押しをしました。2013年の日本で、過去作含め多くのドキュメンタリー映画が公開され、多くの観客が劇場に足を運んだのは事実です。

そして2014年になっても、ドキュメンタリー作品が続々と公開される予定になっています。そのラインナップを見ていますと、ドキュメンタリー本来の役割である“事実をできるだけ客観的に捉え、それを記録する”地味な作品より、多少の演出を施したエンターテイメント寄りのものが増えてきたのかなあとも感じますね。マーベルの躍進によって今も尚続く、“猫も杓子もヒーロー映画”という状況が、ひょっとしたら今のドキュメンタリー映画界に起こりつつあるのかもしれませんね。

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さて。本日取りあげた作品は、ニューヨークにただ一軒だけ存在する、そして世界で一番有名かもしれないウルトラ・スペシャル・超高級デパート(笑)、バーグドルフ・グッドマンの舞台裏に取材したドキュメンタリーです。これを劇場で観たのは実は昨年のことですが、感想を書こうか書くまいか悩んでいるうちに年を越してしまいました(笑)。

悩んだ原因は、取材する対象―この作品の場合は、世界中のセレブを顧客に持ち、由緒正しく、庶民の住む世界とは次元を異にする高級デパート―があまりに巨大過ぎ、製作陣が、このデパートのどういった側面を描きたかったのか分かりづらくなっていることです。

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(上の画像は、顧客に何万ドルもの服を一度に買わせる手練手管で有名な、バーグドルフ髄一のやり手販売員ベティ・ホールブライシュと顧客)
バーグドルフは、ニューヨークという世界一有名な街のシンボルとして、非常に多面的で複雑な役割を担っています。例えば、このデパートの主な顧客層であるセレブたちの華やかな逸話なら山ほどあるだろうし、デパートにやってくる客の中にも、個性派ぞろいの従業員たちの中にも、特筆すべき天外な物語があったことでしょう。それこそ、映画「グランド・ホテル」のように、星の数ほどの人々が集まる場所が舞台なのですしね。たくさんの人々の背負っている物語がデパートに集っては次の瞬間には消えていく、多数の人生が刹那に交錯する群像劇に焦点を据えてみれば、それも面白いでしょう。

また、ニューヨーク市とバーグドルフとの関係性に焦点を当てるなら、街の歴史とデパートの歴史を詳しく紐解く必要があるだろうし、毎年、ニューヨーカーたちの目を楽しませ、街の風物詩にもなっているアーティスティックなウィンドウ・ディスプレイを細かく取材するだけで、90分なんてあっという間に経過してしまいますよね。
長い歴史を誇るデパートに降り積もっていった様々なドラマ…重役の背信事件といった苦い記憶含め…を細かく検証したいなら、上映時間はいくらあっても足らないでしょう。庶民お断りの雲の上の店ながら、街全体の経済の活性化にはなくてはならないという、一種の矛盾した存在であるのは何故なのかを追及するのも、面白い着眼点だと思いますし。

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(上の画像は、バーグドルフへのショップ展開を足掛かりに、アメリカのファッション市場に殴りこんできたアルマーニ。バーグドルフに店を出すことが、ブランドにとっても格上げ効果があることを証言している)

このように、エピソードには事欠かない魅力的な素材ではあるものの、ではいざ取材するとなったら、一体どこから手をつけてよいのやら見当もつかない…。今作に取り組んだ製作陣の、困り果てた顔が目に浮かぶようですね(笑)。最終的に、マシュー・ミーレー監督がとった方法は、“NYファッションの発信源としてのバーグドルフ”という、このデパートにしかできない、ある意味特殊な役回りにスポットライトを当てることでした。バーグドルフとファッションの関係を追うのと同時進行で、バーグドルフ名物のウィンドウ・ディスプレイが完成していくまでの舞台裏を継続して見せ、店の歴史もかいつまんで紹介し、セレブや従業員の過去の逸話、バーグドルフを愛するNYハイソサエティ人種や著名デザイナーたちからの証言も披露、ニューヨーク経済とデパートとの関わりにも触れ…といった具合に、多面的なバーグドルフの全ての側面を網羅しようと欲張った結果、本当に描きたかったことのインパクトがぼやけてしまったように感じられました。

これは確かに今作について残念だった点ではありますが、まあそれも致し方ないとも思いますね。チェーン化もせず、大量消費層である庶民に迎合することなど一切せず、ひたすら最先端のハイ・ファッションのみを追求し、世に問う役目にまい進する、言ってみれば世相に逆行し続ける異様な百貨店が、どうやって利益をあげているのか、誰が分析してみても確かなところは分からないでしょうから。

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まあしかし、今にして思えば、バーグドルフの現在まで連綿と続く繁栄は、以前うちでもとりあげた「世界一美しい本を作る男」のシュタイデル社と同じく、“最高のモノしか扱わないというオンリーワンの存在になることで、新しいビジネスモデルを生み出す”ことに特化した戦略がもたらしたものだったと理解できます。

私達は何故高級デパートに赴くのか。例えば大根1本買うためにわざわざ行きゃしないだろうということで分かるように、文字通り“日常生活を離れ、夢の世界に遊ぶ”ためなのでありますね。…まあ中には、“たくは、高級デパートで日常品も買うざぁますのよ〜ノホホホホホ〜♪”という人種もおられるでしょうけどさ(笑)。少なくとも私にとっては、高級デパートという異空間は、映画を観るために映画館に行くのと同じ意味を持つものです。

ですから、バーグドルフに限らずどの高級デパートでも、“おのぼり買い物客”や“セール狙いのいちげんさん”を排除する傾向があるのは理解できるんですよ。そもそも、庶民のつましい日常生活から遠くかけ離れた空間を演出するのが、高級デパートに課せられた使命ですものね。なかでもとりわけバーグドルフは、有望な新進ファッションデザイナーを発掘してはデパート内にスペースを与えて有名になるチャンスを与えたり、著名ブランドのアメリカ進出を誘導したりといった独自のビジネス形態で、店の名前に箔をつけ、どんな世界でも優劣順位ができてしまう格付け社会を勝ち抜いてきたわけです。このドキュメンタリーでは、才能あるデザイナーを発掘して育てる“ファッション・スカウト”としてのバーグドルフとデザイナー達の関係、及びその歴史を主に取材しています。

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(上の画像は、クリスチャン・ルブタン。彼もやはりバーグドルフに出店してから売り上げが急激に伸びたことを証言している)

大昔から、芸術家のパトロンは王侯貴族でした。才能ある芸術家達は、パトロンからの庇護を受けることで創作活動に専念することができ、優れた作品を生み出し、また彼らの残した作品が多く後世にまで伝えられることになりました。パトロンである貴族達は、芸術家を庇護することで、自らが支配する地域の文化水準を高めて更なる新しい才能を育て、社会的なステータスを上げていくというわけですね。バーグドルフとファッション・デザイナー達の関係もこれに似ています。貴族という人種が廃れた今、彼らの役目の一部をバーグドルフが肩代わりしているのではないでしょうか。

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(上の画像は個性的なセンスをバーグドルフに買われたデザイナー、ステイシー・ベンデット。彼女もまたバーグドルフの後押しによって知名度を上げたデザイナーである)

そんなわけで、バーグドルフにとっては、新しい才能を世に問うことでファッション発信地になるという大きなステイタスを得られます。また、若手デザイナー達にとっても、バーグドルフという格式あるデパートに店を出すことで、無名だった自身のブランド名が広く知られる効果が期待できます。あるデザイナーが証言するには、“バーグドルフに全く声をかけてもらえない若手デザイナーなんて、お先真っ暗、成功する見込みはまあゼロだね”と。

となれば、新進デザイナーをスカウトする仕事というのは、バーグドルフにとって大変重要なポジションとなりましょう。現に、今その仕事をこなすリンダ・ファーゴは、バーグドルフのスタッフの中でも中心的な役割を担う花形ファッション・ディレクター。あらゆるパーティーに出没してアンテナを広げ、新しい才能の発見に余念なく、また才能あるデザイナーに対してはブランドがより良くなるようアドバイスもする“指導”も行っているとか。いやはや、大変な仕事でありますね(笑)。

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本編には他にも、ニューヨークハイソサエティのセレブとして、あの「ビル・カニンガム&ニューヨーク」でもフィーチャーされていた自称“最高齢のファッショニスタ”ことアイリス・アプフェルおばあちゃん(笑)も登場。実は、本編最初にちょこっとだけビル・カニンガム氏ご本人も姿を見せていて、嬉しいサプライズでしたね(笑)。ですがまあ、ニューヨークの社交界というのは、バーグドルフやデザイナーたち、あるいは多くの金持ち顧客だけではなく、彼女のような最後の上流社会世代も生息する、まさしく人種の坩堝たるニューヨークらしい場所です。
翻ってみれば、このドキュメンタリー作品が、バーグドルフを中心にして様々な背景をもった人たちを俯瞰して捉えようと試みるのは、坩堝の中から独特の活気が生まれるニューヨークが舞台だからこそなのでしょうね。そう考えると、この作品の、雑多でまとまりのつかない佇まいも理解できる気がします。

今、世界的な規模で経済が停滞し、社会の大多数を占める一般市民が、生活にかかるコストをギリギリまで切り詰めてようよう生きている現状を思えば、“バーグドルフもファッション・デザイナーもセレブもわしらにゃ関係ないわ、アホが!”と切り捨てたくなる気持ちも分からんではありません。現に、このドキュメンタリーのレビューを見ていると、ミーレー監督と仕事をした経験のあるピーター・トラヴァース氏他、一部の評論家を除けば、辛い評価を下している人がほとんど。高級デパートの持つ似非ブルジョワジー的感覚、スノッブさ、現実世界からのとんちんかんな乖離に、違和感と嫌悪感を抱いてしまうのも無理はないですもの。

しかし、故アレキサンダー・マックィーンの回顧展に、連日予想以上の一般市民が足を運んだことも確たる事実であり、なにも金がない市民が最先端ファッションに関心がないというわけではないのです。ブランド名がさっぱり覚えられない私だってそうですよ。むしろ庶民の多くは、実際には手が届きそうにないハイ・ファッションという奴に興味津々であり、自らのファッションセンスを磨くためのお手本にしています。まあ、そんな形で、ハイ・ファッションが文化の一部として広まり、流行を形作っていくのでしょう。バーグドルフや彼らが庇護し育てているファッション・デザイナー達は、つまり文化的な側面で社会に大いに貢献しているというわけです。

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バーグドルフの特筆すべき美点は、ニューヨークの文化水準を引き上げ、怠りなく研磨し続けていることだと思います。著名ブランドの商品をふんだんに使用して、何とも幻想的に完成したクリスマス用のウィンドウ・ディスプレイを前に、たくさんのニューヨークっ子たちや観光客が写真を撮っている様子を見たとき、バーグドルフの存在意義や繁栄が理解できた気がしました。そう、私たちには、灰になって撒かれても後悔しないほど、強烈に美しい夢を見る場所が、どうしても必要なのだと。


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