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zoom RSS シネマ歌舞伎ー「人情噺文七元結」…追記しました。

<<   作成日時 : 2013/06/09 21:22   >>

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本日は、日本の伝統文芸を映画館で学ぼうという考えのもと、シネマ歌舞伎「人情噺文七元結」を観にやってまいりました。当館でも、映画館で上映された坂東玉三郎氏監督・主演作品のいくつかを“シネマde歌舞伎”と呼んで記事にしておりますが、今回は、先日惜しまれつつ亡くなった中村勘三郎氏主演、山田洋次監督(「男はつらいよ」シリーズの映画監督としておなじみ)というなんともわくわくするコラボレーションで完成した“シネマ歌舞伎”「人情噺文七元結」という舞台の映像でございます。

全速力で歌舞伎役者としての熱い生涯を駆け抜けていった故中村勘三郎。氏が生前に主演したこの“人情もの”お芝居は、元はといえば明治時代に三遊亭円朝が口演した落語作品なのだそうです。歌舞伎の伝統にのっとってこの作品を何度も舞台上で演じてきた歌舞伎役者陣はもちろんのこと、自ら新作落語を書いた経験もあるほど落語に造詣の深い山田洋次監督も熟知していた題材だったことが、完成した映像作品に大きなメリットをもたらしたと思います。

歌舞伎という一種独特な閉鎖的芸術世界と、映画やテレビなどの開放的エンタメ世界の両方を、フットワーク軽く自由に行き来した勘三郎氏らしさの溢れる逸品となりました。歌舞伎の良さと映画のダイナミズムの双方を兼ね備えた、カテゴリ内に収まり切らぬパワフルな人情喜劇です。

歌舞伎界の誰よりも歌舞伎世界の改革を強く意識し、クレバーに、大胆不敵に活動してきた勘三郎氏は、しかし自身の“庶民派”のイメージは最後まで頑なに守り続けたように感じます。それはおそらく、歌舞伎を一部の観客だけの特権的芸術形態に留めておかないための、氏なりの作戦だったのではないでしょうかね。そんな氏の面目躍如といった名演を、この作品では十分に堪能できます。

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人がよく、愛嬌もある長兵衛は、元はといえば腕のいい左官であった。しかし唯一の欠点が酒と博打。今では博打場に有り金すべて吸い取られ、家賃はじめ、あちこちに借財を抱え、家計は火の車となっている。年の瀬も押し迫っているというのに、このままでは無事に年を越すこともままならない。先妻にはとっくに愛想尽かしされていた長兵衛は、今は後妻のお兼と先妻との娘であるお久と3人暮らしであったのだが、そんな長兵衛の甲斐性のなさゆえに夫婦の間にはいさかいが絶えなかった。“なさぬ仲”とはいえ、心根の優しいお久をわが子同然に可愛がっていた義母の苦労を間近でみていたお久は、一人心を痛めていた。

ある夜更け、いつものように博打ですっからかんになって帰宅した長兵衛は、明かりもつけずにふさぎ込んでいたお兼の愚痴と恨み言の山に出迎えられた。お兼がことのほか憔悴していたのは、お久が昨晩から姿を消してしまっていたからだ。やっと事の重大さに気づいた長兵衛は慌てふためき、お兼と大騒ぎを演じるが、そこへ、以前の左官の得意先である吉原の大店、角海老の手代藤助がやってきた。なんとお久は、昨晩から角海老に身を寄せていたという。お久の処遇について、角海老の女房であるお駒が長兵衛と直に話をしたがっており、藤助は長兵衛を自宅まで迎えに来たのだった。寒い中、ハッピ一枚という無様な格好だった長兵衛は、嫌がるお兼の一枚ぎりしかない着物を無理やり借り、見かねた藤助の羽織も借りて、転がり込むように角海老まで出向いていった。

角海老の女房お駒の部屋では、背中を丸めて申し訳なさげに座り込んでいるお久の姿があった。長兵衛は、華やかな花魁たちの中にあって、着たきりすずめの薄汚れた着物姿でしょんぼりしているお久にくどくど文句を言い始めた。勝手に家を出て行ったりしてどういうつもりかと声を上げる長兵衛を、しかしお駒は静かに制した。お久が角海老にやってきたのは、よくよく思い詰めてのことだったからだ。長兵衛の博打によって、家計は年を越せないほど逼迫していた。お兼はいよいよ家を出て行くと怒り心頭、このままでは家族がばらばらになってしまうと、お久は昨夜、角海老に自らの身を売りに来たのだ。その金で借財を返し、長兵衛とお兼二人して手を携えて出直してほしいと、あかぎれまみれの細い手で父の手を握り締め、何度も念押しするお久。お駒はお久の孝心に打たれ、それに免じて長兵衛に50両もの大金を貸し与える。猶予は一年間。来年の大晦日までに懸命に働き、50両の金をこしらえ、返しにきたらばお久を家に連れて帰ることができるが、一年を過ぎれば、お久を店に出して客をとらせる約束だ。廓では情け深いともいえる寛大な処置に、長兵衛は自らの甲斐性を恥じ、娘の情愛に泣き、必ずお久を迎えに来ると宣言した。

角海老を後にした長兵衛が大川端に差し掛かると、青白い顔をした若い男が大川へ身投げしようとしている場に出くわした。慌てて身投げを引き止めた長兵衛は、帰りを急ぐ道ながら、その男文七に仔細を尋ねてみた。文七は和泉屋の手代で、主人の命で出入りの屋敷に掛け金50両を受け取りに行った帰り、どうやら怪しげなスリに懐の金を丸ごと盗まれたようで、大事な金を失ってしまったのだった。頼るべき身寄りもなく、天涯孤独の奉公人である文七には、なくした金を穴埋めする手立てなどない。思い余った文七は、主人への申し訳が立たぬと身投げしようとしていたのだ。
思い詰めたお久が廓に身を売ってまでこしらえた金は50両。因果なことに、この文七が命を差し出そうと思い詰めている金もぴったり50両。両の親と死に別れた文七の身の上に同情した長兵衛だが、そういう長兵衛自身も、金がなければ一家離散の憂き目に遭う。17のみそらで金と引き換えに売られたお久の身の上と、この孤独で哀れな奉公人の身の上と。何度も心の中で秤にかけ、悩みに悩んだ挙句、人の命は金では買えないという苦渋の結論に達した。文七に娘の身の上と50両の謂れを語り、せめてお久の幸運を祈ることを条件に、汚い手ぬぐいで包んだ虎の子の50両を文七に無理やり押し付けるようにして、長兵衛はその場を走り去った。「たかだか50両ごときで命を粗末にしちゃいけねえよ」と言い残して。

帰宅するなり煎餅布団を頭からひっかぶり、お兼の猛口撃に夜を徹して耐え続ける羽目になった長兵衛。お久が身を削るようにしてこしらえた金を、右から左に赤の他人にくれてやった長兵衛のお人よしっぷりが信じられぬお兼は、長兵衛が博打ですった言い逃れをしていると決め付けているのだ。あまりに激しい夫婦喧嘩に、とうとう家主の甚八が出てきて仲裁に入る。長兵衛の話を嘘っぱちだと喚くお兼と、何度責め立てられても大川端で手代を助けた話は本当だとしか言いようのない長兵衛。間に入った甚八を巻き込んでの、すったもんだの大騒動は、しかし、意外な人物たちの訪問で思わぬ展開を迎える……。

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本物の役者陣による、真実本物の“優れた演技”の粋。今の日本でこれを目にしようとするなら、もはや伝統芸能の世界に身を投じるしかないのではと、最近よく感じます。邦画に限らず、世界中の映画界でもとかく重要視される“リアリズム”の枷は、映像や音声といった技術面のみならず、役者の演技、演出にまで一定の制約を課すようになったのではないでしょうか。本来、現実世界を忘れてひとときの夢に遊ぶツールであったはずの映画が、限りなく現実世界に近づき、現実の憂鬱をそのまんまスクリーンになすりつけただけの、ダラダラした現実そのものの“リアルな”映画が尊ばれる傾向にありますね。
描こうとする物語を重厚にするためのリアリズム追求は結構ですが、その仮初の“現実”に思わぬ方法で切込みが入り、作り手にしか見えない新たな物語の軸でもって別の次元に切り裂かれていく様こそが、映画のみならず全ての芸術の醍醐味であるというのに。こと、最近の映画ときたら、“ストーリーを語る”という基本の所作さえなっちゃいないねぇ(笑)。…語るべきものすらない空っぽな作品であることを、“リアル”を言い訳にカモフラージュしているのでしょうか(笑)。

その点、まずは“物語ありき”の伝統芸能には、長い歴史の間に蓄積された経験値から完成された、演技の様々な型があります。それらをどのように組み合わせ、アレンジししていくかは、それぞれの役者の能力と経験によって変わってくるでしょう。それが、各役者の個性になっていくのだろうなあと、この「人情噺文七元結」で大笑いしつつ考えたことでした。
そして、「人情噺文七元結」のストーリーそのものは、落語の子として生れ落ち、歌舞伎に育てられたお話だけあって、“人情噺”の伝統的型に則った骨子に、細部まで緻密に練り上げられたどんでん返しの妙が加わった力強いもの。登場人物それぞれの心理描写、その人となりを表現する演出も細やかで達者です。山田洋次監督は、お客さんを入れた状態の劇場で実際に上演される舞台に、8台ものカメラを据え付けて様々な角度から役者陣の演技を捉え、歌舞伎の表現形式にあえて映画話法を適用しました。カメラの切り替えしや編集によって、舞台らしい表現と映画ならではの表現の間にある若干のズレをなくし、演者の息遣いまで聞こえてくる生々しい舞台上での演技をひとつも損なうことなく、スクリーンに投影することに成功しました。“舞台と映像の融合”の試みは、この点で非常にうまく機能していたように思います。

この作品を観て、たとえば“予定調和”だとか“ご都合主義”だとかいう言葉が頭をよぎるようになったら、そりゃあなた、かなり“リアル志向”文化に毒されちゃった証拠だと思いますよ(笑)。私のような疑り深い人間が観ていても、不思議なことに、作り手のわざとらしい作為を感じなかったのですからね。揺ぎ無く完成されたストーリーを、観ている人たちの心に疑問を差し挟む暇も与えず焼き付ける役目を担っていたのが、歌舞伎界の才能豊かな役者陣の演技だったからかもしれません。
映画にしろ舞台にしろ、よい作品を生み出すためには、ストーリーや背景の枠組みだけではだめで、そこに役者の素晴らしい演技が作用せねばどうにもなりません。今回、中村勘三郎をはじめとする実力者ぞろいの名演技が、熱狂を伴って火花を散らしている様をみていて、しみじみ実感しましたね。どんなにリアルな映像があっても、どんなに美しい映像があっても、どんなに機知に富んだストーリーがあっても、役者の演技がダメなら作品もダメになるんだって(笑)。最終的に作品の出来不出来を決定するのは、役者の演技。何年もかけて“演じる”ことのノウハウを叩き込まれる、伝統芸能の担い手の凄さを、ことさら思い知らされた気がします。今一度、“演技とは何ぞや”という初心にたちかえらねばならんのかなあ。

生の舞台と、映画・テレビの間に埋め難き溝があった昔と比べると、今では“舞台の映像化”がより積極的に行われるようになったと思います。映画館で様々な舞台を―歌舞伎に限らず、オペラであるとかバレエなども―観ることが珍しくなくなり、“映画館で舞台を観せる”という新たな潮流が定着しつつある今、むしろ“舞台と映像の高次元における融合”を目指して、両者間の往来の頻度が格段に増しているようです。映像になることで、演劇に映画的枠組みや映画話法が注入されて化学変化が起こり、今までになかったような芸術形態が生まれる可能性も無視できません。坂東玉三郎氏のシネマ歌舞伎の記事のときにも書いたことですが、私自身は、この舞台と映像の融合という現象に、衰退しつつある舞台芸術と映画芸術双方の未来があるように思えてなりませんね。それに、遠い外国で行われる舞台など、いくら“舞台は生で観てこその芸術”だといわれたって、観に行きたくとも物理的に不可能だというファンがほとんどでしょう。舞台の映像化は、このような“熱心な観客予備軍”を育成し、将来的に本物の演劇通に仕立て上げることができると思いますよ。

ただし、舞台を映像化するには、生の公演と撮影をどう噛み合わせるのかなど、技術的な面で解決せねばならない問題も多いことでしょう。しかし可能であるならば、全ての舞台が映像化される未来が、早く訪れるとよいなあと願うばかりです。


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