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zoom RSS 「Cargo」(2013)(short film)

<<   作成日時 : 2016/06/19 18:28   >>

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だいぶ前に一度ここでご紹介した、ゾンビものの変形秀作短編「Cargo」。ゾンビものっていうのは、ジョージ・A・ロメロの聖典をはじめとして、その続編、亜流含め、星の数ほど映画が作られているジャンルですが、この「Cargo」は中でも大変よくできた作品でした。が、これがなんとマーティン・フリーマン氏の主演で長編映画として製作されるらしいというニュースを、本日初めて知りましてね(冷や汗)。

実は、今日は父の日ということで、お父ちゃんの我が子への愛情が涙なくしては見られぬ感動ゾンビ物語(妙な言い回しですが)としてこの記事を再掲しました。ですが、長編映画化の話があったとは。それは凄い。この短編自体も素晴らしい出来栄えですが、これが長編となって、背景の世界観がどのように表現されるのか、私も是非見てみたいですよ。

それでは、短編「Cargo」の記事を以下に再掲します。



パパはいつまでもお前を愛してる。 Daddy loves you forever.

“Cargo”

Cargo from Daniel Foeldes on Vimeo.



「Cargo」(2013年)
監督:Ben Howling & Yolanda Ramke
製作:Ben Howling, Yolanda Ramke, Marcus Newman, Daniel Foeldes
脚本:Yolanda Ramke
撮影:Daniel Foeldes
編集:Shannon Longville
音響:Tara Webb & Paddy Boylan
音楽:Helen Grimley
出演:Andy Rodoreda(父親)
Ruth Venn(赤ん坊)
Allison Gallagher(母親)
Yolanda Ramke(女性)

・オーストラリアのシドニーで行われた映画祭“Tropfest 2013”で、ファイナリストになった作品だそうです。

……………

気を失っていた彼は、腕に強烈な痛みを感じてようやく意識を取り戻した。朦朧とする頭で助手席に座っているはずの妻を見ると、彼女は既にゾンビ化していた。

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父親は我に返ると、ただの化け物となって襲ってくる妻を殺し、車の後部座席に座らせていた赤ん坊を救出した。彼らは、全米に蔓延しつつあるゾンビ・ウィルスを避け、安全地帯まで車で移動しようとしていたところだったのだ。その途中で妻は発症し、ゾンビになってしまった。

腕に噛まれた痕があるのを確認した父親は、自分もいずれゾンビになることを悟る。ゾンビ・ウィルスが発症するまでの時間を約3時間だと推測すると、ここでぐずぐずしてはいられない。自分が化け物になってしまう前に、可愛い娘をなんとかして安全地帯に運ばねば。

彼は自分の腕に、赤ん坊を安全地帯まで運ぶこと、自分がゾンビになるまでの時間を書き込み、赤ん坊のお腹にも彼女の名前を書いておいた。自分がゾンビになっても、誰か他の人間が彼女を見つけてくれることを祈って。そして赤ん坊を背負うと、急いで歩き始めた。

異様な状況に恐怖を感じるのか、母親がいないせいか、赤ん坊はぐずり続ける。父親は、無人となった人家に立ち寄ると、風船を膨らませて背中に結わえ付け、せめてもの慰めとした。

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自分の身体は徐々にウィルスに蝕まれている。父親は、たとえ自分がゾンビになっても娘を襲ったりしないよう、道端に転がっていた人間の臓物―ゾンビが人間を食い散らかした後だろう―を袋に入れると腰につけた。だが、あと少しで安全地帯だというところで、ついに彼は力尽き、赤ん坊ごと倒れてしまう。

ウィルスに身体を完全にのっとられてしまう直前、彼は執念で自分の腕を見た。娘を安全地帯まで連れて行くこと。自分がゾンビになりつつあること。それを思い出した彼は、最後の気力を振り絞る。

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棒の先に臓物を入れた袋をぶら下げ、ゾンビとなった自分がその臓物だけを見るように仕向け、自分の両腕は縛りつけておく。そうすれば、背中にいる赤ん坊には手出しができなくなる。あと少しで安全地帯だ。そこまで自分が歩ければ、それでいい。

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彼はもう、風船を見てもそれが何を意味するのか分からなくなっていた。ただ単に、目の前にぶら下がっているおいしそうな臓物の匂いにつられ、よろよろと前進しているに過ぎない。

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銃声が響いた。安全地帯にいる人間が、フラフラ歩いてきたはぐれゾンビを撃ち殺したのだ。死体を埋めてしまおうと、近づいてくる人間たち。

しかしその中の女性は、今まで遭遇した化け物達とは違う格好をしたこのゾンビに違和感を覚える。棒の先に臓物を吊るし、両手を縛ったゾンビなど見たことがなかった。彼女が知っている化け物たちは、ただただよろよろと歩き、生きた人間を襲って食うだけだったからだ。ひとしきり不思議がるも、いまさらそのゾンビの“生前の姿”なぞ分かろうはずもない。仲間に促され、彼女もその場を離れようとしたその時。

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倒れたゾンビの身体の下から、なんと赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。女性は慌てて引き返し、声の主を引っ張り出す。赤ん坊のお腹には、“私の名前はルーシーです”と書かれていた。とすると、このゾンビは赤ん坊の父親だったのか。

赤ん坊は、今は女性の胸にしっかりと抱かれていた。父親の肉体は土に埋められたが、彼の最後の願いは叶えられたのだ。

…………

このショートフィルム「Cargo」がYou Tubeに投稿されると、世界中のホラー映画ファンの間で瞬く間に大きな話題となりました。実は私もYou Tubeで観ていたのですが、この作品がVimeoサイトにも投稿され、ただちにVimeoスタッフによってピックアップされていたのを本日確認、速やかに我が家でもご紹介したというわけです。

以前に何度も書いていることなのですが、いわゆる“ゾンビもの”―ロメロが創造した最初の記念碑的ゾンビ映画から、無数の亜種・亜流映画、変種的作品まで含め全て―に、失敗作らしきものは見当たりません。この、オーストラリア、シドニーを基盤として活動するカメラマン、撮影監督Daniel Foeldesの「Cargo」も、“ゾンビがゾンビになる前”の段階に目をつけた新しい切り口のゾンビ映画として、非常に面白い仕上がりになっています。

ゾンビ映画の設定にも、吸血鬼映画のそれと同じように、無数のローカルルールがあります。ただ、ロメロが決めたゾンビの設定に関する大原則―・ゾンビに噛まれたら、自分もゾンビになる、・ゾンビになったら、ただひたすら生きた人間しか食わなくなる、・ゾンビになったら生前の記憶は全て消える―は、どの派生作品でも守られているようですね。ただ今作は、ロメロ・ゾンビの設定の中でも最もやっかいで恐ろしかった、“ゾンビは既に一度死んでいるから、手足がもげようが内臓が飛び出ようが、頭を潰さない限り倒せない”という、あらゆるゾンビ映画の肝となる要素はないようです。人間がゾンビになるのも、ブードゥー教は無関係で、そのような症状を促す未知のウィルスが原因であり、銃で撃つなり刀で切りつけたりすれば、ゾンビの身体は死んでしまうということですね。また、発症までには少しく猶予があるとしたことで、このお話に妙なリアリティが付与されました。

まあだからこそ、私なんぞは余計に怖いと感じたのですけどね。だって、未知のウィルスが原因なら、今作のような状況も起こりえるかもしれないでしょ?ゾンビだって、最初からゾンビだったわけではなく、かつては普通の人間であり、家族や友人がいて、人生を謳歌していたのだから。そんな、人の数だけ存在したに違いない無数の人生のドラマが、ゾンビ化することで綺麗さっぱり無かったことにされてしまう恐怖。死んだのなら、せめて静かに土の中で眠らせて欲しいと思うところですが、ゾンビ化したからには、そのような最後の望みも絶たれてしまう。身体がバラバラに引き裂かれても、生肉を貪る欲求に急き立てられ蠢き続けねばならないなんて、それは地獄だとしか言いようの無い悲惨な状態ですよね。

盛んに製作されるゾンビ映画は、昨今の終末思想…暗黒の未来像しか想像できない程、現況への不安と絶望が大きい…ことを反映しているといわれます。確かにそうですよね。世界中から今もなお内戦、テロ、紛争が消えないのは、敵の血を求め、敵の持つ全てのものを欲する浅ましい人間の業のせい。また、欲望に忠実に科学を発達させてきた結果、自然を破壊し、昔には存在しなかったような恐ろしい病原菌を、実際に生み出してしまってもいます。人間社会は緩やかに破滅に向かっていると悲観してしまっても、無理もないでしょう。そんな悲観論が、人をして絶望的なゾンビ映画の量産に駆り立てるのでしょうかね。

「Cargo」で強調されるのは、滅亡に向かってひた走る人間の最後の砦である“親子、あるいは家族間の愛情”です。父親は赤ん坊を守るために、最後の最後まで“ゾンビ”という名の絶望と戦います。化け物の身体になっても、今度は“諦め”という名の絶望に抵抗し続けます。最終的には命を落とすことになると分かっていてもなお、おまけに、赤ん坊が無事だという保証なんてゼロに等しいと分かっていてもなお、それでも“親の愛情”という、吹けば飛ぶようなささやかな希望に縋り続けるのです。それは、傍から見ればなんとも愚かな行為に映ることでしょうね。

しかし人間という奴は、愚かだと分かっていても、負けが見えていても、やはり最後まで愛しい存在を守る誇りのために戦います。なぜなら、それを失ってしまえば、人間は人の形をしたただの肉の塊でしかありえなくなるからです。

…しかしながら、“人間が人間らしさをすべて失い、人間ではなくなる”という、“ゾンビ”の真の恐ろしさは、何もゾンビ映画だけにみられる現象ではありません。今の世の中、表側の皮を一枚剥げば、いわゆる精神的ゾンビ化してしまっている人達は案外多いのでは?私には、そんな“見た目には決して現れてこない”内的ゾンビ・ピープルの方が余程恐ろしく感じますね…。

ストーリーの目の付け所といい、プロのカメラマンらしい映像の捉え方の上手さ、鮮やかな編集の手際といい、確かな才能の持ち主だと拝見しますDaniel Foeldesの公式サイトはこちら。カメラマンとして撮影した写真の数々が見られる公式ブログはこちら


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なるほど(納得、参考になった、ヘー)
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