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zoom RSS 3月は劇場映画決戦なのである。

<<   作成日時 : 2013/03/07 13:42   >>

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ここ名○屋では、3月に封切られる映画がてんこ盛り状態でしてね。少なくとも館長にとっては、この3月は“館長 vs. 新作映画、劇場での仁義なき大決戦”とでもタイトルをつけたくなるような(笑)状況になりそうですよ。

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「愛、アムール」に主演して各国の映画祭で受賞を果たしたフランスの大ベテラン、エマニュエル・リヴァ。第85回アカデミー賞レッド・カーペットでの、彼女の画像です。なんともエレガントな86歳。こんな風に年をとりたいもんですね…。

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まずは、3月8日から伏見ミリオン座で公開のミヒャエル・ハネケ監督の「愛、アムール Amour」。ここでも何度も触れましたので、作品の内容や感想については、また観賞後に記録したいと思います。

同じ劇場で3月16日から公開する「偽りなき者 Jagten (The Hunt)」は、何をおいても必ず観に行こうと思っている作品の一つ。トマス・ヴィンターベア監督、マッツ・ミケルセン主演のドラマなのですが、マッツはこの作品の演技で昨年のカンヌ国際映画祭で最優秀男優賞に輝きました。

離婚や失業といった悲劇を乗り越え、幼稚園の教師としてやっと穏やかな日常を取り戻した男ルーカス。ところが、彼に好意を抱いていた娘クララが彼に“特別な関係”を要求したのを断ると、それを恨んだクララは、まるでルーカスに乱暴されたかのような作り話を吹聴する。幼い子供の嘘を鵜呑みにした街の大人達は、ルーカスにペドフィリアの烙印を押して迫害を加えるようになった。住人に嫌がらせをされてもルーカスは誰のことも責めず、ただ誇り高く自身の潔白のみを主張。しかし、ルーカスの息子が暴行されるに至り、ルーカスは苦渋の決断を迫られる。彼はある日、とある決意を胸に住人達と教会で対峙するのだった。


あらすじを見るだけでも、今作を観賞するにはこちらも腹を括らねばならぬことが分かる作品です。北欧の気質なのか、それとも映画界の伝統なのか。この作品の主人公ルーカスが受ける理不尽な仕打ちと、大勢の“無辜の民”が、意識的にあるいは無意識のうちに彼になした罪、そしてそれに対する贖いを問いかけるテーマは、以前ここで取り上げたカール・ドライヤー監督の名作「裁かるるジャンヌ」を思い出させますね。私やあなたも含めた一般ピープルというのは、何か事が起こると、ある種の集団ヒステリー状態に陥りやすくなります。この作品でも、“子供は嘘をつかない”という根拠のない思い込みと、子供に害をなすことやそんな輩に対して大勢の人間が持っている本能的な嫌悪感が結びつき、良識ある大人達があっという間に洗脳されてしまいますね。それは夢物語などでは絶対になく、実際にあちこちでみられる現象であるし、おそらく私たちも少なからず身に覚えのあることだと思います。
結局、そのような“洗脳”に安易に流され、理性や良心を見失ったロボットになり果ててしまうのか、それとも、ルーカスが私たちに突き付けてくる“真実を知ろうとする勇気”を取り戻すのか。私たちに問われているのは、人間が本来持っているはずの良きものを失わないようにするために、犠牲を払う覚悟があるかということではないでしょうか。おそらく、今現在の私たちが観るべき作品のひとつではないかと予想します。


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3月公開映画の一つのピークになるだろう、ポール・トーマス・アンダーソン監督の「ザ・マスター The Master」。“カルト宗教にハマッた主人公”という、作品の中のごく一部分が誇張されて伝わったため、作品のテーマが誤解されてしまったのであろう不幸な作品です。まあ、オスカーから黙殺されようとどうしようと、今のこのカオティックで不安定な時代にこんな映画が作られたことそれ自体に、私は幸福を感じずにはいられません。また、そんな映画に、現代映画界を代表する優れた俳優達が集まったことにも。
失われたアイデンティティを求め、宗教に解答を見出そうとする主人公と、そんな彼を救いたいと思いながらも、反面、予測不能な行動に走る彼を挑発し、彼からの激しい怒りを誘導することに屈折したスリルをも感じる“マスター”。アンビバレントな感情に揺り動かされ、変容していく主人公とマスターの関係の行く末が見物です。

ふと思ったのですが、前述の「偽りなき者」然り、この「ザ・マスター」然り、もちろん「愛、アムール」にしたって、この世のどんな森羅万象も結局は人と人との関係性によって決定されるものなんですねえ。それを良くするも、悪くするも、要は人と人との結びつき次第。老いとその先にある死によって、物理的に引き裂かれようとしている老夫婦の間の“愛情”、見えない罪を平然と犯す“無辜の民”の罪、どうしようもなく引き寄せられるのに、互いに傷つけ合わずにはおれない二つの自我の闘い。三者三様に観る者に苦痛を強いるようなシーンを一枚、また一枚…と剥がしていくと、その一番下に隠されているのは人間の偽りようのない“業”であります。この3つの作品を観終わった後、自分自身の本質は一体何なのか、とおそらく私も何度も自問することになるでしょう。


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3月16日からセンチュリーシネマで公開開始の「アントニオ・カルロス・ジョビン The Music According To Antonio Carlos Jobim」は、“イパネマの娘”の生みの親であり、“ボサ・ノヴァの父”でもある音楽家ジョビンのドキュメンタリー映画です。特筆すべきは、ジョビンという人間像を、彼の音楽とそれを演奏する錚々たるミュージシャンの映像のみで描き出すという手法。彼の音楽がなぜ愛され、世界中に広まっていったのかは、その音を聴けば分かるはず。余計な解説は必要ない、ということですね。多くの人に愛された音楽の持つ純然たるパワーだけが、その音楽を生んだ人間を語ることができるのです。

同劇場で3月26日から公開の「シュガーマン 奇跡に愛された男」は、第85回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を獲得したドキュメンタリー。一人の天才ミュージシャン、ロドリゲスが生んだ音楽が、遠く遠く海を越え、南アフリカの若者達を突き動かす原動力になったという、信じ難い実話を追ったものです。ジャンルや時代すらも乗り越えて、やっと今彼自身の手元に戻ってきた彼の音楽と、その生みの親の邂逅は、幸福に満ちていると同時に音楽が秘める可能性の大きさを認識させられますね。

3月30日から公開予定の「ジャーニー/ドント・ストップ・ビリーヴィン」は、新生ジャーニーの新しいアイコンとなったボーカリスト、アーネル・ピネダの御伽噺のようなビッグ・ドリームを描く、これまた音楽ドキュメンタリー映画です。彼は、自身が歌っているYou Tubeの映像をきっかけに、なんと40歳で伝説的なアメリカン・ロック・バンドのボーカリストに抜擢されました。彼の掴んだアメリカン・ドリームは、奇しくも、ジャーニーの名曲“ドント・ストップ・ビリーヴィン”を地で行くようなドラマティックなものでありました。“信じていればやがて夢は叶う”なんて、それこそ夢のようなことは、現実世界ではそうそう起こりはしません、残念ながら。でも、こうしてごくごく稀に、“決して夢を諦めなかった人間”の中のわずか1人が本当に夢を実現することもある。その姿を見せられると、確かに大勢の“諦めざるを得ない人間”の心は癒されるのです。
いやー、リアルタイムでスティーヴ・ペリー版全盛期のジャーニーの音楽を聴いていた私にとって(実年齢バレバレ・笑)、いろいろな意味で見逃せないドキュメンタリーですねえ。


…まだ他にも3月公開で観たい映画があるんですよ。

…ホントに全部観られるのでしょうか。不安になってきました…。


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