House of M

アクセスカウンタ

zoom RSS 夢を見ていればいい、覚めない夢を―「Forever Ago」

<<   作成日時 : 2016/01/09 01:34   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

“人生は夢である。死がそれを覚まさせてくれる” ―ホジヴィリ

“Forever Ago”

Forever Ago from bzgibson on Vimeo.



「Forever Ago」(2012年)
監督&脚本&キャラクター造形:B.Z.Gibson
脚本:Stephanie Harlow

雪が音もなく降り積もる。街灯には既に灯がともった。外は真っ暗、皆温かい家の中で食卓を囲んでいる頃合だろうか。

画像

しかし老人は、たった一人、冷え渡る外のベンチで目を覚ました。

画像

街灯にはクリスマスリースが飾られている。そう、今日はクリスマスなのだ。だが、天涯孤独な身の上である老人には、あまり関係のないことかもしれない。

画像

帰る家もない老人は、蓄音機から流れる懐かしい音楽の音色を耳に留めた。…はて、こんな夜更けの寒い寒い外で、一体どこの酔狂が蓄音機など流しているのか。彼は音を辿ってふらふらと歩き始める。

画像

まるで老人を手招きするように、蓄音機に向かって雪の道が一筋ついている。

画像

ところが老人が近づくと、蓄音機は壊れ、針が飛んでしまった。仕方なく老人はスイッチを止める。甘いクリスマス・ソングのメロディはひずんだ音と共に消えてしまった。ところが、老人の視界の横から、またもおぼろげな明かりが揺れているのが見える。老人の足を促すように、新しいメロディが流れてくる。…やれやれ、また別の蓄音機か?彼は寒さのために関節炎が痛む足を引きずるように、明かりに向かって歩き始めた。

画像

今度はクリスマスツリーだ。やはり老人が来るのを待っているように、一筋の雪道がつけられている。

画像

しかしまたしても、老人が近づくとメロディは調子っぱずれになり、ツリーはオルゴールのような回転を止めることができなくなった。そのうち、クルクルクルクル回り始め、枝に火がついてあっという間に燃えてしまった。

画像

ただの木炭と化してしまったツリーの残骸を、途方にくれた思いで見つめていた老人の目に、再び光が揺れているのが見える。遥か彼方。耳に届くメロディは甘く切なく、また違う歌を奏でている。

画像

この細い雪道の先に、今度は何が待っているのか。老人は何も考えず、ただただ光に向かって歩き始めた。まるで、その光のある場所にたどり着けさえすれば、全ての疑問に対する答えがあるかのように。

画像

老人が見たものは何だったのだろうか。果たして彼は、これまでの人生に対する解答を得ることができたのだろうか。


画像

この滋味深いストップモーション・アニメ作品「Forever Ago」を制作したBen.Z.Gibsonのホームページの中に、今作の制作過程を追った舞台裏のページがありました。こちらからどうぞ。このアニメに登場する老人のパペットをはじめ、リースやツリーといった小道具、雪のちらつく寂しいベンチなどの背景は、すべてGibson自身の手作りであるそうです。
著名なストップモーション・アニメ「ピングー」や「ウォレスとグルミット」シリーズでもそうですが、どのような素材であれストップモーションは、対象となるオブジェを少しずつ動かしながら一こま一こまコマ撮りしていくという、気が遠くなるような過程を必要とします。

画像
 ―shared from B.Z.GIBSON
常々思うのですが、特にこういったストップモーション作品は、作り手の創造への意欲と根気と執念、そして、自らが生み出そうとしている作品やキャラクターへの大きな大きな思い入れがなければ、全うすることはできないのではないでしょうかね。公式サイトから窺えるBen.Z.Gibsonさんの人となりは、以前当館でもご紹介した「ウォレス&グルミット」の生みの親ニック・パーク同様、自身が生み出したキャラクターやストーリーに大きな愛着と敬意をもって創造に励んでいる努力家であるように感じられます。Gibsonさんは、ボストンをベースに、ストップモーションはじめ様々な表現形式を駆使して、映像作品製作に携わっておられるアーティストであるとか。
CGアニメのような派手さはなくとも、今作のように味わい深くもほろ苦い人生の機微を感じさせるような、そんな作品を作り続けて欲しいものです。ええ、できればストップモーション・アニメで(笑)。コンピューター上で作るのとはまた違った独特の手作り感覚が、観る側に強い印象をもたらすと思います。


さて、雪がちらつくような寒い寒い冬の夜空の下、着の身着のままで外のベンチに座って眠りこけていた一人の老人。彼が目を覚ますと、街灯にはクリスマスリースが飾られており、世間はいつのまにかクリスマスを迎えていたことを知ります。
おそらく彼にも、遠い遠い昔には、暖かい家の中の暖炉近くにクリスマスツリーを置き、蓄音機からは甘いメロディの流行歌が絶えず流れ、おいしいご馳走と家族との団欒を楽しんでいたことがあったのでしょう。彼は、遠い記憶を呼び覚ます蓄音機のメロディと、夜の部屋を照らすろうそくに導かれるように、細い雪道をとぼとぼ歩いていきます。彼がそのたびに出会うもの―蓄音機、クリスマスツリー…ーは、遠い昔に彼が失ってしまった暖かい“家族の思い出”と密接に繋がっているのでしょう。蓄音機もツリーも、戦禍のせいか、あるいは他の悲劇が起こったか、壊れたり燃えてしまったりして、結局家族の記憶に繋がる全ての思い出が、彼の中から絶たれてしまったことが暗示されています。
最後に老人が導かれる窓辺。これは、彼がかつて住んでいた“家”から外を眺めていた窓であったと思われます。今、彼がその窓から見る光景は、紛れもなく彼自身の姿でした。雪がしんしんと降り積もる外のベンチに腰掛けたまま、微動だもせず眠り続ける哀れな老人。多くの人は彼を見て、“ああ、可愛そうに、身よりもなく帰る家もなく、たった一人ぼっちで凍えてしまったんだな”と思うことでしょう。
人は死の直前、これまでの己の人生を早回しの映画のように思い出すと言われます。街の片隅に、人々から忘れられたままぽつんと立ち尽くす街灯同様、ほろ苦い人生を送ったであろう老人の“走馬灯”は、わずかに残った思い出の破片を拾い集めるにも似ていました。天に召されるその直前まで、彼の魂は失ってしまった“家族”の思い出を求めましたが、それを知っていたのは、わずかな街灯の明かりと、申し訳程度に飾られたリースだけでありました。

画像

ホジヴィリによると、今生きている人生こそが“夢”であり、“死”によってはじめて、人は長い長い夢から覚めるのだそうです。この逆説的な言葉は、老人の孤独な魂を大いに癒すことでしょう。


にほんブログ村 映画ブログ 映画備忘録へ
にほんブログ村

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス
夢を見ていればいい、覚めない夢を―「Forever Ago」 House of M/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる