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zoom RSS 何が彼女を殺したか?―「The Girl Is Mime」(short movie)

<<   作成日時 : 2014/09/08 09:45   >>

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主演作「ホビット」シリーズの最終章「ホビット 決戦のゆくえ The Hobbit: The Battle of the Five Armies」の日本公開を12月13日に控えているマーティン・フリーマン氏。泣いても笑っても、中つ国の物語はこれで全て語り尽くされることになります。まだ3ヶ月も先の話ですが、私は今から緊張しておりますよ。

ついこないだ観に行った「イントゥ・ザ・ストーム」(「ホビット」シリーズでドワーフの王トーリン・オーケンシールドを演じるリチャード・アーミティッジ主演の竜巻ディザスター・エンターテイメント映画)で、本編開始前に「ホビット 決戦のゆくえ」の予告編が大スクリーンで流れましてね。心の準備が出来ていない時に不意を打たれたので(笑)、めちゃくちゃ動揺してしまいました。なにはともあれ、ホビットの冒険の最後の物語に向けて、気持ちを落ち着けないことにはね(笑)。

さて、本日はマーティン・フリーマン氏のお誕生日なのだそうです。マーティンの作品はあまり取り上げていない当館ですが、お祝いの真似事をやってみようかと思います。彼が2010年に出演した一風変わったショートムービーのお話。

マーティンの細やかで丁寧な演技をじっくり堪能できる作品であると同時に、大昔から続く“男と女の意識のすれ違い”をシュールなタッチで描いたストーリーだといえるでしょうね。あるいはまた、この作品の中で描かれる夫婦関係は、孤立化が進むストレス社会の中で、それを少しでも軽減するために自分の周囲に見えない繭をこしらえ始めた人間が、行き着く最果てを暗示しているようでもあります。


“The Girl Is Mime”

The Girl Is Mime - Starring Martin Freeman from Tim Bunn on Vimeo.



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「The Girl Is Mime」(2010年)
Director&Producer :Tim Bunn
Writer&Producer :Joseph Patrick
Writer&Producer :Jackie Thompson
Writer :Tim Woodall
Director of Photography :Mark Adcock
Costume :Daniella Orsini&Jen Derbyshire
出演 :Martin Freeman (Clive)
Daniel Caren (detective)
Jennifer Rhonwen Short (Samantha)

「The Girl Is Mime」 公式サイトはこちら

顔を白いおしろいで塗り固め、眉毛と唇を黒く塗りつぶし、目の下には黒の三角模様。白と黒のボーダーTシャツ、黒のパンツに黒の帽子。彼のいでたちは、週末の公園や広場、お祭りの会場でよく見かけるパントマイムそのものだ。

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だが、彼―名前はクライヴ―が落ち着かない様子で座っているのは、公園でもフェスティバル会場でも広場でもない。…彼は第一級殺人罪で逮捕され、今まさに起訴されんとしている瀬戸際にあるのだ。クライヴの前に座るのは、一人の刑事。刑事はクライヴの素顔を隠したいでたちにも動ずることなく、事件のいきさつを淡々と説明し始めた。クライヴに事件発生までの事柄を整理させ、理解させるためだ。

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はじまりはごくありふれた出会いだった。今時ティーン向けのテレビドラマでもやらないだろう。目に見えない透明の犬を散歩させていたクライヴと、普通にランニング中だったサマンサが交差点でぶつかったのだ。サマンサは、パントマイムの格好の男にも、彼が“マイムで”連れていることになっている透明の犬にも驚いたが、その見えない犬を介してクライヴと意気投合。さよならを言って右と左に別れる頃には、電話番号を交換するまでになっていた。

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それからは、あれよあれよという間にことが運んだ。クライヴは古来から続くしきたり通り片膝を付き、サマンサに指輪を―目には見えないが―完璧なマナーをマイムで捧げた。結婚の申し込みと共に。サマンサは驚き、うろたえつつも…実際には、彼女が見えない指輪に驚いているのか、プロポーズが予想より早かったことに驚いているのかは判別不能だが…初々しくクライヴの妻になることを承諾したのだった。

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二人は幸せだった。大きな事件があるわけでなく、ごくごく平凡な新婚夫婦の穏やかな生活が流れた。…しばらくの間は。

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尋問を続ける刑事は意味深に言葉を切った。尤も、尋問というからには、何らかの形で両者間に質疑応答のやりとりがなければならないが、あいにくクライヴはマイムの世界に住む人間だ。彼に言葉は必要ない。言葉で釈明も取り繕うこともできないが、代わりに彼には言葉より雄弁な“マイム”がある。刑事の眼前で、クライヴは控えめに表現しても明らかに動揺し始めた。イライラとした仕草で、見えない上着の内ポケットからタバコらしきものを引っ張りだし、立て続けにニコチンを肺に入れ始める。次にやってくる章の激動の展開に、まだまだ心の準備ができていないらしい。

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新婚生活も、特に変わったこともなく過ぎてゆくと、人間の悪癖の一つである“退屈だ”という感覚が頭をもたげてくる。人は“あー暇だ、何か面白ぇえことねぇかな”と虚空に向かってつぶやくたびに、足を踏み入れてはならない“誘惑”という名の領域に引き寄せられている。サマンサとて例外ではなかった。彼女は、クライヴとの生活が始まってしばらくすると変わり始めた。
夫婦間の情熱はいつまでも恋人の頃のままではない。どうしたって時間を経るほど穏やかに凪いでゆくし、それはたびたび退屈だと思えるような時間を夫婦双方に緩慢に植えつけてゆく。それを協力してうまくかわしてゆければ良し。大抵は、生まれてくる子供たちの世話という共通の仕事が、夫婦の絆を別のものに変えてゆくものだ。時間の経過は、夫婦を同じ戦場で戦う戦友にする。
クライヴとサマンサの場合はどうだろう。彼らがお互いの存在に退屈を感じた頃、不幸なことに彼らには子供がなかった。夫婦に共通するものといえば、クライヴの奇妙な“マイム”だけ。クライヴは、サマンサと一緒に暮らすようになっても、かたくなにおしろいと化粧とボーダーのTシャツと黒の帽子と黒のパンツの衣装のまま、現実世界の中で自分だけのパントマイムの世界を生きていた。彼は無意識のうちに、彼のマイムの世界に調子を合わせて生きることをサマンサに強いていたのかもしれない。だから彼女は、無音で無色透明なクライヴのマイム世界に、いっそのこと自分も飛び込んでいこうと思ったのだろう。

ところが、当然喜んでくれるだろうと思っていた彼女の夫は、自分と同じように真っ白なピエロ顔になったサマンサを見るなり激怒した。“何かの振り”をする生き方なら、サマンサはずっとクライヴに調子を合わせてきたお陰で随分上達している。その上、妻が夫の世界に入り込めば、理想のマイム生活は完璧になるだろうに。だが、クライヴはそれを絶対に許さなかった。妻が、おしろいと化粧とボーダーのTシャツと黒のパンツと黒の帽子という、“誰でもない”人格になり、眼に見えない世界の中で、なんのしがらみもなく自由に生きるのが我慢ならなかったのか?自分は現実世界の中で完全に自我を消し、自分だけに見える心地よい世界を周囲の人間に認めるよう強いていたのに。

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自分の純粋な好意を拒絶された妻が背信に走るのに、たいした時間はかからなかった。サマンサはクライヴよりも、うんと腕の良いパントマイムを行うことができたからだ。女の武器という、クライヴには逆立ちしても敵わない技量でもって、彼女はたいそうセクシーになった。…しかし、彼女の大胆不敵な行動も、夫がそれを目撃した日を境に終わりを告げることになる。

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刑事は、動揺の頂点に達しているクライヴに向かって静かに告げた。

…あんたが、不貞にふける奥さんを手にかけたことは分かってる。あと俺たちに必要なのは、奥さんを殺した“武器”なんだよ。物的証拠だ。なあクライヴ、奥さんを殺った銃はどこにあるんだ?…

クライヴは、化粧が剥がれるのも厭わずに、“お口にチャック”のマイムを行った。ご丁寧に、チャックした口に鍵までかけてみせる念の入れようだ。そう、つまりは、“黙秘”ということだ。

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クライヴは、本物の留置場に放り込まれた。そこは、マイムによって彼の脳裏に瞬時に再生されるような、カラフルで楽しくて暖かく、いつだって心地よい理想の世界ではない。暗くて澱んでいて深い極まる檻なのだ。彼は震える手でポケットの中を探り始めた。

……どんなに刑事に詰問されようが、結局クライヴには犯行に用いた凶器が何なのか、そしてそれはどこにあるのか、何も答えようがなかっただろう。なぜなら、彼が最愛の妻を殺めた凶器とは、“実態のない世界”であるマイムに生きるクライヴと唯一同化することのできた、言い換えれば、彼の最大の理解者でもあったサマンサにしか“見えない”ものだったからだ。

クライヴは震える手でポケットから“見えない”拳銃を取り出した。しかしそれは、普通の人間には、ただ単に自分の手をピストルの形にして拳銃の“振り”をしているようにしか見えない。だが、自分の手に拳銃が握られている様子を、これ以上ないほど厳密に思い浮かべることのできるクライヴにとっては、それは紛れも無く“現実”であった。彼は、緊張のあまりぼんやりと薄らいでゆく視界の中で、震える指を引き金にかけた。彼が生唾を飲み込み、意を決して引き金を引いた瞬間…。一向に凶器が特定されず、捜査が行き詰まっていたサマンサ・バックル殺人事件の真相が、誰に見られることもなく明らかになった。


テレビシリーズ「シャーロック」で、ベネディクト・カンバーバッチ演じる名探偵シャーロック・ホームズの相棒ジョン・ワトソンに扮し、一挙に知名度を上げたマーティン・フリーマンは、ピーター・ジャクソン監督の「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズに続くトールキン原作翻案作品「ホビット」に主演しています。「ホビット」では、まるで生まれながらのホビットではないかと錯覚するほどの(笑)名演っぷりで、ビルボ・バギンズを生き生きと体現していました。ビルボの演技を見たときにも感じていたのですが、マーティンは、顔の表情の微細な変化や、軽やかなフットワークから生み出されるリズミカルな身体の動きを駆使して、実に多彩な表現を見せてくれる役者さんです。このショートムービーでも、一言も言葉を発することなく、愛妻を手にかけるに至った悲劇を雄弁に物語ってくれました。もうとにかく、彼の演技は圧巻です。ぜひ繰り返し、このショートムービーをご覧になってみてください。

今作は、パントマイムする…何かの振りをする、真似る…ことで、無意識のうちに誰を寄せ付けることなく自己完結していた人間と、普通に言葉を発してコミュニケーションし、目に見える葛藤やしがらみと共に生きる人間達との間に生じるであろう軋轢を、象徴的に描いたものではないかと思いました。マイムという“妄想”と、“現実”の間の曖昧な境界線を歩いているうちに、知らず、自分が作り上げた砂上の楼閣であるマイムに人生を乗っ取られ、自らのアイデンティティすらも失ってしまった男。自分の周りに繭を張り巡らし、その中で、居心地の良い自分だけの世界を作ることがクライヴの幸せであるならば、彼の生きる世界には、サマンサはもちろんのこと、どんな他者の介在する余地もありません。このようなクライヴの姿は、“個”の社会である今の世の中に生きる私たちを反映しているような気がしてなりませんね…。

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人生の全てにおいてパントマイムしているような男が犯した殺人事件で、“凶器”を物的証拠として挙げることはできるのか?ある意味、しごくシンプルなワン・アイデアを最後まで押し通した今作では、作品のミステリアスな側面もサスペンスの領域もドラマティックな部分も、全ては役者陣の演技力ひとつに懸かっています。マーティン・フリーマンという、コミカルな演技もシリアスな演技も器用にこなしてみせる役者を得て、「The Girl Is Mime」は、妄想と現実の間を悠々と行き来して観る者を惑わせる、マジカルな作品になりました。

また、“マイム”という無言のアートの特徴を利用して、声を発するキャラクターの台詞は字幕にし、映像の背後には、その空気を伝えるための音楽が控えめに流れ続けるだけという演出も面白い。人の声が一切聞こえてこない空間というものが、普通にしゃべっている人間にとってどれほど居心地の悪い、不安定なものかが分かりますね。クライヴのマイムの世界から、私たちが無意識のうちに感じ取っている“違和感”は、音が聞こえず、なおかつ目にも見えないという二つの感覚を封じられていることに起因するのでしょう。

不条理な別世界にみえる物語の隙間から、現実世界のどこにでもころがっている孤独や、やるせない男女の愛情の捩れが不意に姿を現す、後味の悪さ。まあ、現実世界ってやつはいつでもどこでも、そこから逃亡した者達を妄想の繭の中から引きずり出し、現実の裁きの場に晒してしまいます。私ら皆、結局は現実から逃げることはできないのだという砂を噛む感慨が、いつまでも脳裏の片隅にこびりついているような作品でした。


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