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zoom RSS 「Requiem 2019」(short film)―老人と青の鯨の記憶

<<   作成日時 : 2015/11/25 13:32   >>

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ロン・ハワード Ron Howard監督、クリス・ヘムズワース Chris Hemsworth主演の新作「白鯨との闘い In the Heart of the Sea」は、1820年、マッコウクジラの捕鯨漁中に、群れの中の巨大マッコウクジラに体当たりされて沈没した捕鯨船エセックス号の悲劇を映画化したものです。わずかに残ったエセックス号の生還者達が無事保護された後、この壮絶な生還劇が一冊の本にまとめられました(著者はオーウェン・チェイス一等航海士)。チェイス一等航海士の息子は父の著作を、同じ年頃の若き船乗りだったハーマン・メルヴィルに貸しました。メルヴィルはその信じ難い生還のための闘いを読んで戦慄し、同時に強いインスピレーションも得て、名作「白鯨 Moby Dick」を書くことになります。


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では本日は、“鯨”に敬意を表し、オランダ出身の国際派俳優ルトガー・ハウアー Rutger Hauerが主演、共同監督したショートムービーのお話をしてみようと思います。

右も左も前も後ろも、見渡す限り広がるのは何もない荒野だけだ。老人が歩くのは、かつて生き物がそこにいたことすら思い出せないほど荒廃し、何もかもが風化した砂漠。最後の老人は、ここで最後の鯨に再会した。彼らは一体どんな記憶を共有していたのであろうか。


“Requiem 2019”

Requiem 2019 from Sil van der Woerd on Vimeo.




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砂漠は、老人の目の色と同じ深い青色に包まれていた。老人はあてもなく、ただとぼとぼと歩いていく。


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青の鯨は、何もない荒野の空をかつてのように悠然と泳いできた。


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突然現れた鯨の姿を認めた老人は驚く。そして、砂漠と同じように風化してしまった記憶の遥か彼方から、何かが蘇るのを感じる。


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何かを思い出そうとして思い出せない老人のもどかしさを感じ取ったのであろうか、鯨は己の身体に、彼らが共有しているはずの過去の記憶を映し出しはじめた。


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かつてここには“海”というものがあり、そこには鯨と共に数多くの魚が住んでいたのだ。


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そして、背びれやえらを持たない人間達は“船”というものを作り、鯨や魚たちと同じように海を闊歩していた。


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“…思い出さないか?私たちは遥か昔に、この海であいまみえていたのだよ…”


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“…お前は海にいた。船に乗っていたんだ。私たちは海で出会った。たった一度だけ…”
青の鯨の姿は、一人ぼっちになってしまった老人に、胸を締め付ける懐かしさを呼び覚ました。


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“…私の目を見てみるといい。いずれお前は思い出すだろう。かつて海でお前がやっていたことを…”
何かが…


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“…思い出さないか?”
蘇る…


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“…あのときから長い長い月日が経った。お前の目も、かつてのような強さを宿さなくなった。私の目と同じ色をしているようだ…”
忘れてはいけない、でも、できれば永遠に忘れ去ってしまいたい何かが蘇る…


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“…見よ、これがかつてのお前だ”


そうだ。

思い出した。

老人はかつて船乗りだった。
船に乗り、獲物を探していた。
彼が鋭い銛で狙う獲物は、鯨だった。

青の鯨は、老人の銛で一突きされる直前、じっと老人の目を見つめ返していた。
死を覚悟したにもかかわらず、不思議なことに、鯨はそれまでの長い長い生の情景を脳裏に蘇らせることはなかった。
ただじっと自らの敵の目を見つめていた。
今にも自分を殺そうとしている老人の青い目の中に、自分と同じ無常観と孤独、心の奥底で疼く哀しみを見出したからだ。

“…お前は私と同じだったのだな…”


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老人が青の鯨との最後の記憶を取り戻したとたん、まるで銛で一突きされた乾ききった砂の塊ように、彼の姿は崩れ始めた。


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そして、風に吹かれる塵のように、やがて跡形もなく消え去ってしまった。


このショートフィルムは、オランダ出身の名優ルトガー・ハウアーと同郷のSil van der Woerdによって共同監督、製作されました。彼らは海を、そして滅び行く生き物である鯨を愛するという共通の信念をもっており、捕鯨だけではなく、海洋環境を破壊するあらゆる行為を告発し、止めるためにこの作品製作に着手したそうです。
私自身は、世界中のどの環境保護活動団体とも、一切の関係を持ちませんが、いい加減環境破壊をやめなければ、近い未来に人類そのものが絶滅危惧種リストに名を連ねることになるだろうことは確信しています。ですから、環境保全運動の活動家という一面も持つハウアーの怒りが、このショートムービーに込められていることは充分に理解できますね。傲慢な人間が地上から駆逐してしまったあらゆる美しい生き物、恵みの大自然への“レクイエム”を、この美しい映像の中で謳っているのでしょう。

ハウアーの瞳は、今作で繰り返しクローズアップされているように、透き通った色合いの薄いブルーです。その非常に印象的な青色は、しかしハウアー自身の色彩感知の能力を奪ってしまいました。元々海が大好きで船乗りになるつもりだった彼が、色盲であったがゆえに、その夢を断念せざるを得なかった逸話はよく知られています。

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その青色が、この作品ではもう一つのテーマとなっていますね。老人の姿を遠景で捉えるシーンでは、全体的に海の底深くに潜っているような錯覚を覚えますね。しかし、彼が空を泳ぐ鯨と出会うのは紛れもなく荒野であり、青色の霞がかかったような不毛の地です。彼が歩く遥か向こうに、船の残骸が砂にうずもれて放置されたままになっているのが見えますね。この作品の中では、既に人類も他の生きとし生けるものたちもとっくに絶滅し、かつての文明の跡だけがわずかに残っているのみなのです。生命をもたらす水もとっくに干上がってしまっているのに、荒れ果てた地と乾ききった空気は、海の名残りであるかのように、ぼうっと青色に霞んでいる情景の哀しいこと。寂寥感と共になんとも皮肉でもありますね。

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海の代わりに空を泳ぐ青い鯨の身体には、かつての海の模様が映し出されます。でも、彼が今泳ぐ空には一滴の水も存在しません。彼の存在、身体そのものが、海の辿った歴史…ひいては、海と共に人類が辿った歴史を振り返るための、一大キャンバスになっているのです。
では、この青の鯨は何故老人の元にやってきたのでしょうか。老人がかつて捕鯨を専門とするハンターであったからなのか。昔の宿敵に最後の戦いを挑みにやってきたのか。それにしては、鯨の目はあまりに優しく老人の姿を映していますし、記憶をどこかに置き忘れたらしい老人に寄り添い、その再生を促しているようにも見えます。
この、老人(ハウアー)の目のアップと鯨の目のアップが重なるシーンはとても印象的ですね。ハウアーの目は、作品全体のカラーである“青”を象徴するだけではなく、長い年月の間に様々な喪失を経験するうち、深い哀しみが蓄積された生き物のやるせなさを表現しているように思います。彼らの目が、“敵と味方”の関係から変化して、やがて地上から共に消え去るべき“仲間”として同化していくのがわかりますね。目の表情を通じ、鯨も老人も既にこの世界に生存するものではなかったことが暗示されるわけです。

後には、生命の存在しない乾いた青の荒野だけが残されました。

エンヤ風のヒーリングミュージックが緩やかに流れる中を、大きな鯨がゆったりと泳ぐ様子は雄大そのもの。小さな老人の姿とうまく対比され、人の手には届かない大自然の偉大を表しています。鯨の泳ぐ姿を三次元的に捉えた映像も素晴らしいですね。メッセージ性、アイデアの斬新さ、卓越した映像表現技術、エモーショナルな演出が高い次元で幸福な融合を果たした作品ではないでしょうか。

このショートムービーに主演し、共同監督も務めたルトガー・ハウアー Rutger Hauerについては、ブログ内記事“青い瞳に映る色は…―ルトガー・ハウアー Rutger Hauer”をご参照くだされ。


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